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2019年1月21日 (月)

共産党員という名称の「民族」が、1949年設立のわずか70年の絶対君主制の帝国主義王朝を築いているというのが、いまの支那です

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

平成12(2000)年、中国で発見された、古い遺骨のDNA分析の結果が発表されました。

東大の植田信太郎、国立遺伝学研究所の斎藤成也、中国科学院遺伝研究所の王瀝(WANG Li)らによる研究の結果報告でした。

対象は、
1、約2500年前の春秋時代の人骨
2、約2000年前の漢代の臨シ遺跡から出土した人骨
3、現代の臨シ住民

(臨シは春秋戦国時代の斉の都で中国山東省、黄河下流にある)

ーー

ミトコンドリアDNAを比較したところ、三つの時代の臨シ人類集団は、まったく異なっていた。

1、約2500年前の春秋戦国時代の臨シ住民の遺伝子は、現代「ヨーロッパ人」の遺伝子に非常に近い。

2、約2000年前の前漢末の臨シ住民の遺伝子は、現代の「中央アジアの人々」の遺伝子と非常に近い。

3、現代の臨シ住民の遺伝子は、現代「東アジア人」の遺伝子と変わらない。

ーー

つまり、2500年前に春秋戦国時代を築いていた集団は、現代ヨーロッパ人類集団と遺伝的に近縁な人類集団であった。

すなわち、いまの支那人とは、異なる集団であった。

2500年前から2000年前の500年間に、支那大陸では、大規模な人類の移動があったことになる。

ーー

実際支那で使われている多くの言語とヨーロッパで使われている言語には、文法や語順に多くの共通点が見られるのです。

漢文で表記されてい支那語は、むしろ欧州語に近かった。

ーー

しかし支那語といっても、支那大陸は広大で、さまざまな言葉が話されており、たがいに話す言葉が通じない。

互いに、文法や語順、あるいは基本的名詞に至るまで、まったく違っている。

それらは方言というよりも、別な言語というほうが、はるかに正しい。

だから公文書の文字に発音に関係なく理解できる漢文が使われてきたのだった。

ーー

我々が中国語口座を受けると、「声調」は「四声」と教わる。

これは北京語の話であり、広東語は九声、福建語は八声もある。

上海語と客家(ハッカ)語は六から七声です。

ーー

また、北京語には濁音がないけれど、南方語には、濁音が存在する(日本語の影響?)。

フランス語と、英語は、語順等は似ているけれど、母音の数がまるで異なります。

当然、異なる言語とされている。

国も別になっている。

ーー

支那大陸の諸方言を考えたら、これらをひとまとめに、同一言語であるとみる方が、むしろおかしいでしょう。

ーー

支那四千年の歴史というのは、三皇五帝(さんこうごてい)という神話時代の帝王からきている言葉です。

三皇は神、五帝は聖人で、それらは、「夏」の時代(紀元前2070年頃 - 紀元前1600年頃)よりも古い時代の皇帝だという。

大載礼記、史記、戦国策、易経、礼記、淮南子、世経、三統経、資治通鑑外記などに記載されている。

しかし、誰が皇帝であり、誰が帝王だったのかは、それぞれ言い分が異なっているのです。

ーー

炎帝(姜王)は、礼記と准南子に登場するが、体が人間で、顔は牛だったという。

これらは、いまでは、その実在は誰も認めていません。

ーー

三皇五帝のあとにくる「夏王朝」にしても、いまからちょうど四千年あたり前から470年続き、その後「殷」に滅ぼされたとされている。

けれど、これも、その実在性がかなり疑わしいとされている。

ーー

結局支那大陸で考古学的にはっきりとその存在が証明されているのは、「殷王朝」です。

これは、紀元前17世紀頃から紀元前1046年の王朝です。

遺跡もある、その遺跡から殷王朝を形成した人々の人骨が出土した。

そのDNAから、彼らが、いまの支那人とは、別の種族であったことが立証されてしまった。

ーー

西暦220年頃の三国志に登場する関羽は、髭(ひげ)の長い巨漢、張飛は、ずんぐりむっくりの巨漢です。

関羽あたりは北欧系のノルウェーの海賊(バルカン民族)の特徴をよく備えているし、張飛はどうみても、北欧系のドワーフです。

ーー

この時代の人骨からは、先に述べたとおり、明らかにヨーロッパ系の遺伝子を持った人骨・が発見されています。

ーー

支那文明の始祖として、20世紀前半に黄河文明の仰韶(ヤンシャオ)遺跡が発掘されました。

仰韶遺跡は、紀元前5000年から同3000年まで続いた文化です。

遺跡からは、彩文土器、竪穴住居、磨製石斧などが出土。

彼らは粟などの栽培や、豚や犬の飼育、鹿などの狩猟を行っていて、竪穴住居に住み、集落を形成し、石斧・石包丁などの磨製石器や彩陶を使用していた。

ーー

しかし、そこで発見された彩陶土器は、西アジア、中央アジアから伝来したものです。

どうやら工具的にも、ここの文化を構築した人たちは、東洋系の人種ではなく、コーカソイドだったようなのです。

漢民族的特徴を示す物は、残念ながら発見されていません。

ーー

これに対し、黄河文明よりも、もっと古い遺跡として発見されたのが、長江文明です。

紀元前6000年~紀元前5000年ごろのもので、河姆渡(かぼと)遺跡などからは、大量の稲モミなどの稲作の痕跡と、高床式住宅、玉器や漆器が発見されています。

栽培されていた稲は、ジャポニカ種です。

ーー

このことを根拠に、ジャポニカ米の原産地は、長江中流域などとされているのです。

ーー

しかしジャポニカ米の栽培(稲作)を示す遺跡は日本にもあって、岡山県の彦崎遺跡と朝寝鼻遺跡がそれで、その年代は縄文前期(紀元前6000年前)なのです。

要するに、いまから約8000年前に、日本には稲作文化があり、7000年前には、支那長江流域に、日本と同じ稲作を営む集団がいたということです。

ーー

これは、日本で始まった水田灌漑技術と、稲が、支那にわたって長江文明を形成した可能性を示すものです。

ーー

そして、長江文明を営んでいた人骨は、明らかにモンゴロイド系の特徴を持っています。

そのモンゴロイド系の遺伝子を持つ長江文明を形成した人々は、その後西から移動してきた麦作と牧畜を基礎とした文化を携えたコーカソイドの人々によって滅ぼされてしまいます。

その後、できたのが黄河文明です。

ーー

おそらくは、狩猟民族と農耕民族の違い、すなわち武器文化と非武器文化の違いで、武力に勝るコーカソイドが勝利した。

ただ、流れてきた人々よりも、農耕によって食を賄い、古くから住んでいた人々の方が、人口的には多かった。

それで、人口に勝るモンゴロイドが、軍事的政治的文化的には敗者となったけれど、結果として遺伝子的には黄河文明の人々をしのいだ。

それで漢民族が「黄色」になったとみることができます。

ーー

男から男に引き継がれるY遺伝子は、ほぼ完全に黄色人種の特徴を示す。

これに対し、女性から引き継がれるミトコンドリア遺伝子は、コーカソイドの特徴を持っているのです。

つまり、戦い好きなコーカソイドの男たちは、結局は死に絶え、その遺伝子はミトコンドリア遺伝子にのみ残ったと考えられる。

ーー

ふつうに考えればわかることですが、狩猟族というのは、獲物を追ってどこまででも遠くへ移動する。

土地に定着する必要がないのです。

ーー

そしてコーカソイドが、古代に日本にも来たというお話もあります。

それがソ(ス)サノオのヤマタのオロチ退治の伝説です。

古事記などでは、ヤマタのオロチは、八本の尾がある大蛇とされていますが、飛騨の阿礼家に伝わる伝承では、ヤマタのオロチは、八人のオロシャなのだそうです。

おそらくは、漂流してきたコーカソイドの男たちであったのでしょう。

ーー

彼らは、山に巣食って、村を襲い、村の娘たちを拉致していた。

そこをたまたま通りがかったソサノオが、オロシャ人に酒を飲ませて、酔いつぶれたところを退治した。

ーー

日本は、島国だったので、8人程度の移民で済んだのでしょう。

が、大陸ではそうはいきません。

大挙して押し寄せて、村の娘たちや食糧を根こそぎ奪っていった。

ーー

そうして、出来たのが黄河文明だったと考えられるわけです。

ーー

いづれにしても、黄河文明を形成した人々と、いまの支那人とは、血統はどこかでつながってはいるのでしょう。

しかし彼らが、四千年の歴史と称する、連続する民族の記録は存在しないと言ってよいでしょう。

王朝が変わるたびに、ことごとく前王朝の民族抹殺、大量虐殺を繰り返してきたからです。

ーー

さらにいえば、いまある支那共産党の中華人民共和国などは、まさに中国共産党王朝ともいうべきものでしかありません。

なにせ、支那十五億人の中の、わずか7千万人の共産党員が、我が物顔にのさばり、党員以外の人々から収奪を繰り返しているのですから。

ーー

支那大陸には、多くの民族、多くの言語、多様な文化が存在するのです。

その中で、共産党員という名称の「民族」が、1949年設立のわずか70年の絶対君主制の帝国主義王朝を築いているというのが、いまの支那です。

ーー

ちなみに、中華人民共和国という国名のうち、「中華」と「国」以外は、全部日本語です。

そして支那の時間経過は民族浄化と大虐殺の繰り返しであった。

民族同士が互いに殺戮しあい、生き残りのためには互いに信用しなかった。

ーー

とてもじゃないが、四千年の歴史などと呼べるものではない。

支那四千年は、異民族同士が、互いに殺し合い、強姦しあい、騙しあってきた、殺戮と暴力の期間であった。

支那四千年の歴史とは全くの虚構です。

ーー

その暴力と虚偽の歴史は、いまなお、法輪功の弾圧や、チベット・ウイグルの虐殺、旧満州の女真族に対する民族浄化で続けられている。

そんな支那に対して、長く平和と愛情と和の精神を築きあげた日本が、自ら率先して「友好」などしにいく必要など、さらさらないのです。

それは、まじめに生きてきた日本民族を、暴力団や極道よりもはるかにたちの悪い亡者の前に、進んで身を晒すようなものだからです。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>DNA解析で分った、黄河文明の真実
 いやぁ、読んで吃驚して居ます。BC6千年と言えば、今から8千年昔ですから、欧州の歴史は未だ黎明期を迎えて居ませんね、ですから、そのコーカソイドと言うのは、青人の事なのでしょう。 それも、アーリア人とかスキタイ人とかチュルク系の好戦的で凶暴な種族が多かったのでは、ないでしょうか。

 就中、アーリア人は、現在、ペルシャ系とインド系に分かれて居ますが、現地人と混血の結果が今のインド人に成ったダケで有って、元は同じで、黒海周辺から中央平原に懸けて、小麦を発見した農耕民として、チュルク系の遊牧民と覇を争って居たのではないかと想像して居ます。 

 同じく中央平原の遊牧民で有ったモンゴル人が、大陸島の3/4を占領した様に、黒海周辺に居たアーリア人がシナまで来た可能性は十二分にありますね。

 その可能性については、仄聞した事が有りましたが、流石は、ねずさんチャンと突っ込んで調べているのには感心しますね。 

 そして、更には、元々、熱帯の浮稲と言う、水草の一種だった水稲が、長江民の南蛮族に分類される苗族によって、陸路~川伝いに、長江中流域の湿地帯に持ち込まれ、凡そ、1万8千年前には、長江の中流域の最古の遺跡「=三星体遺跡」から陸稲と思しき種籾が出土して居ますが、その当時は、当然これは、温帯性に順化したジャポニカ種で有るとの報告はありませんでした。

 然し、約1万年を経過する間に、その陸稲はジャポニカ種に自然に進化したわけでは無でしょう。 当然、人為的なモノが介在して居る可能性が高いですよね。 共産シナの隠蔽体質から考えて、この辺りの詳細な情報が欲しい処ですが、ねずさんの報告に拠れば、日本からも同じ時期に、岡山他から、ジャポニカ種の種籾が出土しているとの事です。

 すると、今迄の考え方である、西から東へ、ではなく、東から西へも、文化や人が動いて居たと言う事に成りますよね。 是は、海流の流向や風の向きなどで考えれば、逆転の発想ですが、1万2千年以前の氷期の最中には、大陸と列島は、東シナ海や日本海と言う内海を包接する陸橋で繋がって居た事を考えれば、不思議ではありませんね

 亦私は、日本が海に囲まれた島国なのに、日本人の海洋民族としての顕かな事績が、特に古代に有りませんが、逆に古代にこそそうした移住・開拓は、侵略行為無しで出来たのではないかと思いますね。唯、海流の向きから考えて、向かい風でも直進可能な帆船が、発明されるまでは、帰りは楽ですが、行は逆流ですから、中々目的地に辿り着けなかったでしょうね。

 然し、内海と言う地理条件は、帆船を操るものにとっては、風向が安定している、海流の流向がそんなに強くない、と言う利点がありましたから、帆船を知った民族なら、列島と大陸間の交通・交流は、容易かったと思われます。

 日本では、1万数千年の縄文早期には、カナリはなれた場所の、例えば、石刃(ナイフ)石器に使う、黒曜石だとか祭祀に使う瑪瑙や貴石類が、出土して居ますので、列島内での海上交流は、盛んに行われて居たと言う事ですね。。

 海上交流が、氷期の最中から盛んだったとすれば、最初に、稲を列島に持ち込んだのは、スンダ・ランドから北上した移住者だったとしても、熱帯のスンダ地方とは違い、日本の激しい気候変化に拠って、稲だけに食糧源を頼って居ると、2,3年凶作が続けば、飢えで民族が全滅しかねない可能性が高いので、列島での稲の栽培を一旦諦めたのでしょう。

 然し、列島と交流が有った、大陸に上陸したスンダ人(=柳江人、東夷族)からの要請で、長江を遡った、春~夏・秋は、比較的気候が安定している中流域で、水稲栽培を完成させた。 と言う事なのではないでしょうか。

 こうしたストーリィを考えると、共産シナが、長江文明そのものを公表したくない理由が分りますね、だって、この筋で考えれば、「漢民族」なんて、何処にもその起源が見いだせないワケで、シナに紀元前11世紀に殷が滅んで、周が建った時点でさえ、漢民族の存在は証明出来ませんからね。

 然も、漢字と言われている表意文字も、長江文明からの剽窃で有った事が、前世紀末に出土した大量の竹簡で、証明されたわけですからね。

 すると、今迄の、文明はシナで興り、日本や朝鮮に伝わったと言う認識は、大きく変わり始める事に成るでしょうね。つまりは、シナには、一つとして連綿と伝わる様な文化創造力も、発信力もない、唯々、殺戮と侵略で、栄枯盛衰を繰り返しただけの、4千年変わらない野蛮人である事に成って終いますから、発表したくないでしょうね。www 

 一番困るのは。漢民族と言う括りが欧州のゲルマン族と言う括りと同じように、プロパガンダである事がバレて終い、消滅してしまう事で、シナは、中世の欧州の様に、バラバラの国と民族に分裂して終うのは、自明の理でしょうね。

縦椅子様、ブログの更新をありがとうございます。

支那の住人は、2,500年前と2,000年と現在では、2回も変わっているのですね。
此では、4,000年の歴史ではなくせいぜい、2,000年の歴史です。
元の時代にマルコポーロが支那に行って東方見聞録を書いていますから、イタリアと交流があることは分かっていましたが、それよりも前に、民族毎入れ替わっていたような感じで、やはり大陸と言うものは広いようで狭いような気がしました。


>漢文で表記されてい支那語は、むしろ欧州語に近かった。

どうも私は、英語の感覚が分からず、英語だけは中学から全く出来なかったのですが、嫁に英語と漢文は近いと言われたことがあったのですが、そうなのかと驚いたことがありましたけれど、やはりそうでしたか。
文字は、英語の26文字で組み合わせるよりも、漢字は表意文字ですから他民族で記録するには、漢文の方が便利だと思いました。
尤も、欧米人は漢字の意味と数の多さに、理解できないと思います。

>西暦220年頃の三国志に登場する関羽は、髭(ひげ)の長い巨漢、張飛は、ずんぐりむっくりの巨漢です。

此までは、三国志の登場人物は支那人というのか有色人種をイメージしていたのですが、北欧系のバルカン民族やドワーフのイメージと言われますと、イメージが途方もなく変わるというか、笑えると言えば良いのでしょうか。挿絵を変えたら楽しそうです。

>要するに、いまから約8000年前に、日本には稲作文化があり、7000年前には、支那長江流域に、日本と同じ稲作を営む集団がいたということです。

支那人の歴史より日本人の歴史の方が古いことなど、義務教育で習ったときに想像することは出来なかったのですが、いよいよ科学的に日本の方が支那よりも歴史のあることが証明されてきたのです。
新しい歴史小説のジャンルが出来そうな気もしてきました。

だけど、蒙古襲来の時、日本が負けていれば日本人の遺伝子も、完全に上書きされた可能性があったと言うことです。何しろ、元の使者を処刑していますから、蒙古は日本人を根絶やしにした可能性がありました。


>さらにいえば、いまある支那共産党の中華人民共和国などは、まさに中国共産党王朝ともいうべきものでしかありません。

支那共産党による中華人民共和国ですが、国民党との内戦に於いては、正に国民党を全滅させる勢いで大陸を制し、政権を作りました。
此は、毛沢東による新たな王朝だと思いますし、共産主義が良かったのではなく、毛沢東の近くに共産主義があっただけだと思っています。残念ながら、毛沢東の妻である江青がその政権を継ぐことが出来ず、華国峰がその政権を継承しましたけれど、今でも毛沢東の孫が残っていますから、内乱の可能性を持っています。

7千万の共産党員のための政権ですけれど、今回の政権は、民族に関係なく作られているのなら、その内崩れていきそうな気がします。
その理由については、支那人は他人を信じることが出来ず、国を信用できないのですから、国論で割れることがあった場合には、宋氏でしかまとまることが出来ないからです。

>そんな支那に対して、長く平和と愛情と和の精神を築きあげた日本が、自ら率先して「友好」などしにいく必要など、さらさらないのです。

支那に平和も友好もないのに、憲法を作れば「和」から始まる日本の国が「友好」を求めれば、「食い物」にされるだけです。
支那では「人」すら食べ物にされるのですから、日本民族をシャブリ尽くされるだけだと思いますので、折角、海で離れているのですから、これ以上近づかないようにして欲しいものです。

日本人は真面目でお人好しですから、彼等の手に乗りますと、簡単に賄賂に掛かったり、ハニートラップに掛かります。
真面目なら真面目を通して生きる方が、世界に通じると思います。それが出来ないときは、「海乱鬼」なるのです。

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