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2018年12月18日 (火)

打たせ湯の肩

俳句と言えば、松尾芭蕉である。

これまであった和歌の前半(発句)、5音、7音、5音の計17音で何が表現できるのか。

日本の景色は四季によって変わる、その四季を芭蕉は季語を使って表現することに成功した。

ーー

例えば、芭蕉が音(おと)を読むとどうなるか。

古池や蛙飛び込む水の音

静けさ(無音)については、

静けさや岩にしみいる蝉の声

読者は、句から春(蛙)と夏(蝉)の情景を鮮やかに思い浮かべることができる。

ーー

縦椅子の故郷は京都の山深い渓谷にある。

夏には、山を一匹のミンミンゼミが谷を震わすかのように鳴く。

ミンミンゼミの声は、夏の日差しと川のせせらぎと小川の合流地点(落合)にあった八幡様で遊んだ頃のことを思い出させてくれる。

「静けさや岩にしみいる蝉の声」は、「奥の細道」の中で最も有名な句で初めて知ったのは確か中学の頃だったと思う。

それが、まさか無音を詠んだものとは思いもしなかった。

ーー

俳句には、目の前の状況や心境を、17音でどのように切り取るか、工夫だけではない才能が必要であることがわかる。

ーー

つまり俳句は、字数制限がある上に、季語があって難しいのだ。

この・こ難しい俳句で浜田雅功が、番組を作ってしまった。

もっぱら反日番組を作り続けているTBSが、浜田を招いて作り上げたプレバト(pressure battleの略であるらしい)がそれだ。

ーー

与えられた「お題」をもとに、出場者が俳句を一句つくる。

その俳句を作った人物について、才能あり、凡人、才能なしと遠慮なく評価していく。

その際、浜田が、「せんせー」と呼ぶと、提出された俳句を評価し「なおし」をするのが、夏井いつき先生。

浜田が「おもろいおばはんやなー」と評した、この夏井いつき氏は、俳句の魅力に取りつかれて、国語教師を辞めたような御仁である。

ーー

どんな相手であろうと遠慮なく評価し、作者から作句の状況や意図を聞いてその場で「なおし」を入れていく。

ーー

関西では、浜田雅功(はまだまさとし)人気もあって、いまでは日テレの人気番組「イッテQ」よりも人気なのだという。

3年以上続いており、番組から俳句らしい俳句が作れる人が何人も出ている。

12月13日の「お題」は「冬のスーパー銭湯」だった。

そこで、特待生の一人・ミッツ・マングローブが作った、破調(5・7・5ではない)の次の句が紹介された。

(彼(?)は以前番組の中で夏井先生の言葉から示唆を得て、作句のコツをつかんだと発言している)

ーー

打たせ湯の肩 夜をしのぶ 雪女郎

「せんせー」は、「なおし」はいりませんと評し、次のように解説したのだった。

雪の夜の露天風呂で打たせ湯をしているその人の肩(想像?)を見た作者が、その美しさに感動し、その人はきっと、世を忍んで生きている雪女郎(雪女)に違いない、

世を忍んで生きている雪女が、物の怪(もののけ)になる前の夜を偲んで(懐かしく思って)打たせ湯をしていたと読めると。

こう説明されれば、「冬のスーパー銭湯」の「お題」から詠まれたこの歌のぶっ飛びぶりはものすごい。

そしてミッツ・マングローブは、特待生3級から2級に昇進したのだった。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>日本文化の粋、俳句
 そうですか、京都のご出身だったのですね、此のブログの常連投稿者であるポッポさんと同じですが、只、彼は、今は京都市内に棲んで居ますが、市内の出身がどうかは、知りません。 京都と言っても広いので、丹波の方なのかなぁ、と勝手に連想して居ますが、」私が、昔から一家で親しくさせて頂いて居る家が、丹後の宮津の出身で、寂れ行く地方の中で、市井の賢人たちが、色々な知恵を巡らせて居る話を訊いて居ます。

 俳句ですか、確かに日本独特のもので、或る意味、日本文化の粋であろうと思います。

 その前提として、三十一(みそひと)文字の和歌があったワケですが、その上の句を特化して、17音の中に、多くの人に、色んな情景や心打つモノが伝わる、「究極の表現法」とでも言えるものであり、他の表現法、例えば、絵画であるとか、音楽であるとかを、連想させる事が出来る「言葉の芸術」だと思います。

 西洋人の中には、如何にかして、自国語で俳句と同じ機能を持つ、凝縮した散文詩を目指して、形を創り出そうとしている様に思えますが、日本語には、漢字やひらがなの一文字で、読み手に色々なイマジネーションを惹起する事が出来る「道具」が有りますが、アルファベット他の表音文字には、それが有りませんからね。 表現力に与えるハンディは大きいでしょうね。

 然し、外国人でも、日本語で俳句が作れる様になれば、外見はドゥでも中身は、立派な日本人の感性を持って居ると言えましょう。 昔の日本の教養人は、漢詩が造れないと一人前とは認められなかったと言う話ですが、今は、俳句なのかもしれませんねww。

 戦後、将棋をGHQの高官に教えた処、「味方だった駒が敵側に取られたら(寝返って)敵の駒に成る、何て、赦し難い。」とか言いだして、教えた升田幸三名人は返答に困った、と言う逸話が有りますが、事程然様に、米国人は、他文化に対する理解力が無いのですね。

 日本文化の「深さ」は、世界有数のものだと言えますが、1300年前の貴族の遊びだった和歌から、俳句が分離され、それが川柳になり、狂句になって大衆文化になって行くのですが、そういう文化の伝播・変遷が、上から下へ、逆に、下から上へと、自在に交流して居たのも、日本文化の素晴らしい処で、庶民レベルでも高い文化発信力を持って居た事が、特に江戸時代と言う260年の長きに亘って続いた事が、大きく貢献していると思います。

 日本の為政者と大衆の間が、上手く行って居た事を示す事に、祭りの存在が挙げられるでしょう、 然し、本来祭りは、民衆が集まって、競り事や催事を行うので、暴動に繋がる事が懸念されます。 つまり、支配者側のリスクになるし、治安維持の為の負担にもなりますが、全国津々浦々で、「おらが国の祭り」をやって居るのには驚きます。 

 是は、お上と民衆が、理想的な関係に無ければ成り立たない事象で、そう言った意味でも我々は、日本文化の大衆発信性を、世界に誇って良いのだと思います。

 亦、和歌を含む、日本文化の文学を語る上で、額田の大君や持統天皇と言った女性の句が、後世編まれた和歌集や短歌集に、纏められているのも、大きな業績で、特に万葉集を編纂した大伴家持は、古代日本の「同権異質」の男女平等思想を見事に体現していると申せましょう。

 西洋文明はやはり、「光は東方から」の言葉通り、文明の発信源は、日本である事を、徐々に意識し始めている様に思います。

 すると、逆に我々日本人も、古代日本に就いて学び直さねばならない事に成ります。 何故なら、日本文明は、人類が共有すべき「宝」だと思うからです。

縦椅子様 ブログの更新をありがとうございます。

縦椅子様は、京都のご出身だったのですか。 
ソロさん、私の紹介をありがとうございます。
私の生まれは、京都市内です。生まれた後に7度位転居していまして、一度は京都市内を出たこともあるのですが、今はまた、京都市内に戻っています。

京都人というのは、妙なプライドみたいなものがありまして、京都市内というのは京都の市街、東は東大路、北は北大路、西は西大路、南は九条通りに囲まれた中に住んでいるのが、本来の京都人と言うことになるのですけれど、祖父母がその中に借家を借りて住みまして、戦後、そこに生まれました。

尤も、祖父は戦時中に病のために亡くなっています(私の祖母、両親も、今は病没しています。)。
其処には、15歳の頃まで住んでいたのですけど、郊外に転居しましたが、矢張り其処も京都市内でした。
小学校、中学校は京都市だったのですけれど、今はいずれも廃校となり、片方は統合された小学校に、もう一つはそのまま何に使われることもない敷地ととなっています。

前述の四つの通りに囲まれた市内ですが、此は昔の市電の路線に囲まれた地域になります。市電は昭和53年までにすべての路線が廃止され、その代わりに市バスがその路線に入りました。
京都市には日本で一番早く整備された明治の市電があり、これは、ホーンの代わりに小さな鐘を鳴らしていたので「チンチン電車」と言っていましたが、今も、梅小路公園でその姿を見ることが出来ます。(愛知県の明治村にも、展示してあります。)

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