無料ブログはココログ

« 最終的に人は、あらゆるものを尊重し感謝することができます | トップページ | 日本語は、支那・朝鮮人の言葉とは、似ていてもその意味は違っている »

2018年11月24日 (土)

スイス氷河の氷断片を化学分析することで、自然活動と人の活動を知ることができる

以下scienceより抜粋翻訳(翻訳は縦椅子)

Why 536 was ‘the worst year to be alive’ By Ann GibbonsNov. 15, 2018 , 2:00 PM

Ask medieval historian Michael McCormick what year was the worst to be alive, and he's got an answer: "536." Not 1349, when the Black Death wiped out half of Europe. Not 1918, when the flu killed 50 million to 100 million people, mostly young adults. But 536. In Europe, "It was the beginning of one of the worst periods to be alive, if not the worst year," says McCormick, a historian and archaeologist who chairs the Harvard University Initiative for the Science of the Human Past.

人類の生存に最悪の年はいつだったのか、歴史家のミカエル・マコーミックが得た結論は、536年であった。

それは黒死病が欧州の人口を半減させた1349年でも、スペイン風邪で0.5~1億人、それもほとんどが若者、が死んだ1918年でもなかったのだ。

欧州での536年は、「人類生存の最悪の年でなければ、その始まりの年であった」とマコーミックは言う。

彼は、歴史家かつ考古学者であり、ハーバード大学で人類の過去を科学的に研究している第一人者である。

ーー

A mysterious fog plunged Europe, the Middle East, and parts of Asia into darkness, day and night—for 18 months. "For the sun gave forth its light without brightness, like the moon, during the whole year," wrote Byzantine historian Procopius. Temperatures in the summer of 536 fell 1.5°C to 2.5°C, initiating the coldest decade in the past 2300 years. Snow fell that summer in China; crops failed; people starved. The Irish chronicles record "a failure of bread from the years 536–539." Then, in 541, bubonic plague struck the Roman port of Pelusium, in Egypt. What came to be called the Plague of Justinian spread rapidly, wiping out one-third to one-half of the population of the eastern Roman Empire and hastening its collapse, McCormick says.

欧州、中東、アジア領域を正体不明の霧が垂れ込め、昼夜を問わず18か月間もの間、暗黒の世界にしたのだった。

「その間、太陽は輝きを失い、月のようになった」とビザンチンの歴史家プロコピウスは書いた。

536年の夏の気温は、過去2300年間で最も寒い、1.5℃~2.5℃に下がった。

支那では夏に雪が降り、作物は実らず、人々は飢えた。

アイルランドの年代記は「533~539年にはパンが無くなった」と記録している。

そして541年には腺ペストがエジプトのローマ領ペルシウムを直撃している。

ユスティニアヌスの疫病と呼ばれるようになるのだが、それは瞬(またた)く間に、東ローマ帝国の人口の1/3~1/2を死亡させ帝国の滅亡を促進したのだと、マコーミックは言う。

Historians have long known that the middle of the sixth century was a dark hour in what used to be called the Dark Ages, but the source of the mysterious clouds has long been a puzzle. Now, an ultraprecise analysis of ice from a Swiss glacier by a team led by McCormick and glaciologist Paul Mayewski at the Climate Change Institute of The University of Maine (UM) in Orono has fingered a culprit. At a workshop at Harvard this week, the team reported that a cataclysmic volcanic eruption in Iceland spewed ash across the Northern Hemisphere early in 536. Two other massive eruptions followed, in 540 and 547. The repeated blows, followed by plague, plunged Europe into economic stagnation that lasted until 640, when another signal in the ice—a spike in airborne lead—marks a resurgence of silver mining, as the team reports in Antiquity this week.

歴史家はこの6世紀中旬の暗い時期を暗黒時代と呼んで知っていたものの、その正体不明の霧については長い間謎のままだった。

ところが今回マコーミックとポウル・メイエフスキーがスイスの氷河から氷柱資料を採取しそれを解析することでその謎を解いた。

ポウル・メイエフスキーはオロノ州のマイン大学気象変動研究所の氷河学者である。

今週のハーバード大学の作業部会で、研究班は、536年始めにアイスランドで起きた火山の大噴火によって火山灰が北半球に散布されたと報告した。

しかも続いて540年と547年にも大噴火が起こったと。

火山の噴火が繰り返されたために、欧州経済は停滞し、その停滞は640年まで続く。

というのも今週の作業部会による報告で、640年には、その年の氷柱資料中に鉛含有が見られ、銀の採掘が復活していたと考えられるからだ。

(銀産出は同時に鉛公害を伴う)

ーー

To Kyle Harper, provost and a medieval and Roman historian at The University of Oklahoma in Norman, the detailed log of natural disasters and human pollution frozen into the ice "give us a new kind of record for understanding the concatenation of human and natural causes that led to the fall of the Roman Empire—and the earliest stirrings of this new medieval economy."

キール・ハーパーは、オクラホマ大学の中世・ローマ史の学部長なのだが、彼によると、「氷柱資料に閉じ込められていた自然災害や人工的な公害の詳細な分析から、ローマ帝国の崩壊や新しい中世経済(銀)への移行が分かる」という。

ーー

Ever since tree ring studies in the 1990s suggested the summers around the year 540 were unusually cold, researchers have hunted for the cause. Three years ago polar ice cores from Greenland and Antarctica yielded a clue. When a volcano erupts, it spews sulfur, bismuth, and other substances high into the atmosphere, where they form an aerosol veil that reflects the sun's light back into space, cooling the planet. By matching the ice record of these chemical traces with tree ring records of climate, a team led by Michael Sigl, now of the University of Bern, found that nearly every unusually cold summer over the past 2500 years was preceded by a volcanic eruption. A massive eruption—perhaps in North America, the team suggested—stood out in late 535 or early 536; another followed in 540. Sigl's team concluded that the double blow explained the prolonged dark and cold.

1990年代の木材の年輪研究によると、540年頃の夏が異常に寒かったことが示されていて、その理由が求められていた。

3年前グリーンランドや南極大陸の極氷資料がその手掛かりを生んだ。

火山噴火で、硫黄、ビスマスその他の鉱物が空気中に高濃度で分布することで、太陽光を遮り、地球を寒冷化する。

一方ベルン大学のミカエル・シーグルは木の年輪に残された気候変動の研究班を率いている。

この氷柱資料の化学的痕跡と木の年輪に残る気候変化とを合わせると、過去2500年来の異常な冷夏は、それぞれが火山噴火の後に起きていることがわかった。

マコーミック班は、535年の終わりから536年の初めに北アメリカで火山の大噴火が起こったと示唆した。

さらにシーグル班は540年代に二つの火山噴火が起こり、暗黒と寒冷をもたらしたと結論した。

ーー

Mayewski and his interdisciplinary team decided to look for the same eruptions in an ice core drilled in 2013 in the Colle Gnifetti Glacier in the Swiss Alps. The 72-meter-long core entombs more than 2000 years of fallout from volcanoes, Saharan dust storms, and human activities smack in the center of Europe. The team deciphered this record using a new ultra–high-resolution method, in which a laser carves 120-micron slivers of ice, representing just a few days or weeks of snowfall, along the length of the core. Each of the samples—some 50,000 from each meter of the core—is analyzed for about a dozen elements. The approach enabled the team to pinpoint storms, volcanic eruptions, and lead pollution down to the month or even less, going back 2000 years, says UM volcanologist Andrei Kurbatov.

メイエフスキー学際班は2013年にスイスのコレ・グニフェティ氷河から採取された氷柱資料から同様の火山噴火があったことを報告している。

表層から深部に向かって縦に切り出された長さ72mの氷柱資料には2千年以上もの間の欧州での火山噴火やサハラ砂漠の砂嵐や人類による環境汚染が閉じ込められている。

メイエフスキー班はこの氷柱資料中に閉じ込められた記録を超高解析法を使って分析した。

超高解析法というのは氷柱資料をレーザーで120μmの断片にし、その断片のそれぞれを調べることで、数日から数週間の降雪も知ることができるというものだ。

氷柱1mあたりおよそ5千個の断片資料が得られ、それぞれについて12の要素が分析された。

マイン大学の火山学者アンドレイ・クルバトフ曰く、この方法によって、研究班は、砂嵐や火山噴火、鉛公害の時期を月単位あるいは週単位で、過去2千年遡ることができたと。

ーー

In ice from the spring of 536, UM graduate student Laura Hartman found two microscopic particles of volcanic glass. By bombarding the shards with x-rays to determine their chemical fingerprint, she and Kurbatov found that they closely matched glass particles found earlier in lakes and peat bogs in Europe and in a Greenland ice core. Those particles in turn resembled volcanic rocks from Iceland. The chemical similarities convince geoscientist David Lowe of The University of Waikato in Hamilton, New Zealand, who says the particles in the Swiss ice core likely came from the same Icelandic volcano. But Sigl says more evidence is needed to convince him that the eruption was in Iceland rather than North America.

マイン大学院生のローラ・ハートマンは、536年春の氷資料から2個の火山由来の微小ガラス片を発見した。

それをX線検査してみると、欧州の湖沼や泥炭それにグリーンランドの氷内で確認されていたものと似ているとされた。

それでこれら小片はアイスランド火山岩・由来であるとされたのだった。

ダビッド・ロウエは、このスイスの氷柱から見つかったガラス片が、その化学的類似性から同じアイスランドの火山からもたらされたものだという。

ダビッド・ロウエはニュージーランドのハミルトンにあるワイカト大学の地球科学者である。

しかしシーグルは噴火が北アメリカよりもアイスランドであるというためにはもっと証拠がいるという。

ーー

Either way, the winds and weather systems in 536 must have been just right to guide the eruption plume southeast across Europe and, later, into Asia, casting a chilly pall as the volcanic fog "rolled through," Kurbatov says. The next step is to try to find more particles from this volcano in lakes in Europe and Iceland, in order to confirm its location in Iceland and tease out why it was so devastating.

風向きと気象の両方が、536年には、(火山の)噴煙を南西へ欧州からアジアへと導き、火山灰となって(その地域を)覆ったことを確認しなければならないと、クルバトフは言う。

そして何故それがそんなに壊滅的だったのかという批判に応えるために、アイスランド内の火山の位置を確かなものにする必要がある。

そのため次ぎになすべきことは、欧州やアイスランド内の湖沼からもっとこの火山由来の物質を見出すことだ。

ーー

A century later, after several more eruptions, the ice record signals better news: the lead spike in 640. Silver was smelted from lead ore, so the lead is a sign that the precious metal was in demand in an economy rebounding from the blow a century before, says archaeologist Christopher Loveluck of the University of Nottingham in the United Kingdom. A second lead peak, in 660, marks a major infusion of silver into the emergent medieval economy. It suggests gold had become scarce as trade increased, forcing a shift to silver as the monetary standard, Loveluck and his colleagues write in Antiquity. "It shows the rise of the merchant class for the first time," he says.

数回以上の噴火の、百年後、氷柱内の記録はより良い情報を示唆している。

640年の鉛の記録だ。

銀は鉛を含む岩石から抽出される。

つまり資料にある鉛は百年前に破壊された経済が復興し、銀が必要とされるようになったことを示唆している、とラブラックは言う。

ラブラックは、連合王国ノッチンガム大学の考古学者だ。

次に鉛が上昇するのは660年のことだ。

これは、中世の経済危機に銀が大量に注入されたことを意味する。

ラブラックと彼の同僚が古代について書いた中に、「それは、商業の発展に金では間に合わなくなり、銀が貨幣の中心に移行したことを示すものだ」とある。

ラブラック曰く、「それは商人階級が初めて台頭したことを示している」と。

ーー

Still later, the ice is a window into another dark period. Lead vanished from the air during the Black Death from 1349 to 1353, revealing an economy that had again ground to a halt. "We've entered a new era with this ability to integrate ultra–high-resolution environmental records with similarly high resolution historical records," Loveluck says. "It's a real game changer."

その後もなお、この氷柱は、他の暗黒時代を見るための窓となっている。

1349年~1353年にかけて黒死病が流行していた間、鉛は空気中から消失していた。

鉛の消失は経済の停止を意味していたのだった。

そしてラブラック曰く、「我々は、過去の環境の超高解析法と歴史文書の高解析法を統合する能力を手に入れたことにより、新しい時代に突入したのだ」と。

「それは過去を知る方法に今、大きな変化が起きているということだ」

« 最終的に人は、あらゆるものを尊重し感謝することができます | トップページ | 日本語は、支那・朝鮮人の言葉とは、似ていてもその意味は違っている »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>氷河の氷から、超高解度の歴史解析
 否、是は正しく歴史学に置ける、一大画期を造る手法の発見でしょうね。 早速、昨日に続けて私のアーカイブにさせていただきました。 ご紹介有難うございました。

 氷を使った歴史解析手法自体は、南極・北極圏で、モゥかなり前から始められて居て、TVでも紹介されて居ますが、この文明圏のど真ん中に有る、スイスの氷河と言うのは、誰でも考え付きそうですが、盲点になっていたのではないでしょうか。

 それにしても、直径は分りませんが、72mの氷柱を氷河の中から切り出すと言うのは、どんな大きなホール・ソウを使ったのかとw 思いましたが、72mモノ攣り代を持たせようと言うのなら、最後は、ヘリコでも使わないと無理かなぁと勝手に想像して居ました。

 どの途、現代の科学力だからできた事でしょうね。 でも、このアイデアを実現させた関係者に称賛の拍手を送りたいです。

 536年~660年って、日本では何が起こって居たのかなぁ、と、歴史を紐解くと、日本は飛鳥時代で、536年は、宣化帝の即位した年ですが、この帝は在位が4年しか無かったので、この時代の天皇を挙げよと言われれば、540年に即位された厩戸皇子「=聖徳太子」の父君に当たられる欽明天皇であろう。

 この年は、渡来系豪族だと言われて居る蘇我氏が、在来豪族筆頭の物部氏と外来宗教の仏教の朝廷への持ち込みの事で対立し、蘇我氏の全盛時代である馬子の父である稲目が、大臣職に就いた年でも有ったから、何故蘇我氏が、宮廷で徴用されるようになったのかが判らない現状、歴史にや伊が潜んで居ると言って良いでしょう。

 この異常気象は世界的なもので、シナでは夏に雪が降り、半島でも旱魃が続いて、多くの人が、疫病(腺ペスト他)や餓死が原因で、亡くなって居る。 故に、宣化帝は、朝鮮半島やシナでの異変を聴いて、尾張国に命じて種籾を都に移すように命じて居たそうです。 つまりは、河内・和泉の穀倉地帯が旱魃に陥って、凶作に成った場合の容易でしょうね。 是は、稲目の進言でそうしたのかは、分りませんが、為政者として、国家が危機に備える手段として、評価できると思います。

 この氷柱解析で、大気中に含まれる鉛の検出の有無で、銀の流通の規模が推定出来るので、経済活動の盛衰も推定できると言うのは、正確な欧州史を編纂し直すには、この超高精度解析法は、キット大きなメリットとなるでしょう。

 「歴史は勝者によってつくられる」のが常識の、歴史学の価値が低い欧州社会では、勝者にとって都合が悪ければ、事件の正邪を逆転する様な判断でも平気で下すだろう、つまり、加害者と被害者を入れ換えるとか、最初から事件を捏造するとか、実に悪魔的な話が、幾らでも有るだろう。 ダカラ、欧州ではキリスト教が現れる迄、有効な道徳規範が無かったのだし、今でも、何かと言えば、暴動を惹き起こすが、「日頃の憂さ晴らし」としか見えない。

 「公の平安が個人の不満を抑える理由に成らない」社会ダカラ、厳しい法律が必要だったのだろうが、その実態は、厳格な戒律のユダヤ教であった、キリスト教を恣意的に、功利的なものに改竄して、最後は「免罪符」を発行して、教会が金儲けをした、と言うのだから、「正義」等無きに等しい社会であったとしか思えませんし、ハザール人は、内心軽蔑して居たでしょう。

 氷柱解析に拠って、斯うした、白人文明の不名誉な歴史を、ひょっとしたら大きく書き換える事が出来るかもしれません。 但し、欧州人は、それがポジティブなもので有れ、ネガティブなもので有れ、受け容れる事が、必要でしょう。 それが歴史に学ぶと言う基本的な姿勢だからです。

 極東に起こった、民族の出自「=シナの四蛮」に拠る、国家の盛衰を西洋に当て嵌めてみようとしても、農耕民のケルト族は、凡そ、欧州史3千年間を通じて、差別され、虐げられて、奪われる立場にしかありませんでした。 ですから、日本の様に、文化は庶民発では無く、生活に余裕のある貴族層発のものだったと言えましょう。 女性の扱いも云うまでも有りません。

 加えて、極東には、長江文明と言う、農耕文明の延長に築かれた文明が約1万5千年に亘って繁栄して居たのですから、是も、紀元前20世紀ごろまでは、欧州大陸は氷に閉ざされた大陸で有った事で、文明開化が遅れた西洋文明とは、端から大きな差違が有ります。 

 彼らが、心の底に持って居る歴史コンプレックスに、正面から立ち向かって、自分達の文明を「糺す」事で、自身の潜在的なモノにも光を有って、以て、未来に向かう心に資するのだと。考えているのなら、人類にとって、素晴らしい福音であると言えましょう。 だって、未だに此の科学に拠る近代文明の世界は、西洋文明が主流なのですからね。

>人類の生存に最悪の年はいつだったのか、歴史家のミカエル・マコーミックが得た結論は、536年であった。

このことは、全く知りませんでした。
欧州の黒死病は知っていましたから、てっきりそれだと思っていたのですけど、世の中にはまだまだ知らないことが多いと思った次第です。

そして、536年の災厄ですが、それの記録があったことにも驚きです。
日本では、この頃は飛鳥時代の少し前になりますけれど、日本にもその災厄は押し寄せたと思います。
日本の天皇なら、第28代(535年即位)の宣化天皇の頃になりますけれど、当時の天皇は民の苦しみを見て、心を痛められたと思います。

この災厄の原因は、火山の大噴火とのことですけども、とてつもない規模での火山の噴火が、数年ごとに起こって、その噴煙は地球を巡って地球全体がその噴煙に覆われたため、太陽光が地表に達することなく地球全体が低温になるだけではなく、噴火の際に噴出した毒物もまた、人間を始めとする動植物に被害をもたらしたと思います。

現代になって、その災厄の概要が明らかになったとのことですが、これを研究して、解明をしたのも素晴らしいことですけれど、地球の恐ろしさには、人類の知恵もたいしたことは無いみたいで、今後の地球にこのような災厄のないことを祈りたいと思います。

しかし、地球に生きる人類を始めとする生物は、半径6,356kmの球体の表面の僅か10kmに無数の動植物が生息しています。
考えてみれば、スイカの表面の皮だって半径20センチメートルの表面の1ミリ程の厚みです。
そう思うとき、地球の生物もまた地球の皮に生息しているに過ぎないと考えられ、地球の主だと威張っていてはいけないと思います。

縦椅子さま
「scienceより抜粋翻訳」ありがとうございます。
縦椅子さまのすばらしい長文の翻訳のおかげで分かりやすく理解させていただいております。感謝致しております。

≪Why 536 was ‘the worst year to be alive’ By Ann GibbonsNov. 15, 2018 , 2:00 PM=人類の生存に最悪の年はいつだったのか、歴史家のミカエル・マコーミックが得た結論は、536年であった。≫と結論ずけた方法は≪メイエフスキー学際班は2013年にスイスのコレ・グニフェティ氷河から採取された氷柱資料から同様の火山噴火があったことを報告≫からであったという人類にとって未知だった部分に大変画期的な科学的メスが入れられ解明されたことは誠に喜ばしいことです。本当にありがたいことです。感謝!!

縦椅子様
 "536"は氷柱分析の結果ー≪欧州、中東、アジア領域を正体不明の霧が垂れ込め、昼夜を問わず18か月間もの間、暗黒の世界にしたのだった。≫とあります。
 正体不明の霧で思い出しますのは、THE BURIED GIANT by KAZUO ISIGURO(邦名忘れられた巨人)です。イシグロ氏はノーベル文学賞を受賞されています。
 物語はファンタジーで円卓の騎士が活躍したアーサー王伝説の後の世界と思われますが、その全編にたちこめているのは、いま言ったことをもすぐ忘れさせてしまう原因不明の霧なのです。若いときの記憶を失った老夫婦が持っている唯一の記憶は自分たちを待っている息子の処へ何としても行くその思いだけなのです。二人は暗いろうそくの明かりもない穴倉ようなところから旅支度をし、少しの記憶を頼りに旅に出かけます。ブリトン人の老夫婦は行く途中ローマ時代の朽ち果てた廃墟で舟渡にであったり、サクソン人の村を通ったりしながら、旅を続けるうちに、さまざまの事件にそうぐうしますが、最後に原因不明の霧の正体を突き止め解決するのにたちあいます。そして旅を続けるのですが・・・
 ≪今週のハーバード大学の作業部会で、研究班は、536年始めにアイスランドで起きた火山の大噴火によって火山灰が北半球に散布されたと報告した。しかも続いて540年と547年にも大噴火が起った≫とあります。
浅学非才の私がおもいますのは、「忘れられた巨人」にでてくる霧の正体は本当は火山の大噴火だったのではなかろうか?そう考えるとつじつまが合うような気がします。カズオ・イシグロさんの小説に「536年」に大噴火らしきものがあったことをうかがわせるものがあるように私は感じましたので、ここに記述させていただきました。-これは私の個人的見解ですが・・・

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 最終的に人は、あらゆるものを尊重し感謝することができます | トップページ | 日本語は、支那・朝鮮人の言葉とは、似ていてもその意味は違っている »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31