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2018年10月10日 (水)

台湾で日本語教育を受け、道徳を身につけて活躍した人は数知れない

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

黄文雄『世界を変えた日本と台湾の絆』(徳間書店)

安藤百福は日清食品の創業者だが「チキンラーメン」の発明で世界に知られた。

安藤の本名は呉百福。

台湾人である。

ーー

彼が亡くなった折、日本の新聞はその功績を特筆大書した。

台湾で日本語教育を受け、道徳を身につけて活躍した人は数知れない。

李登輝閣下、奇美実業の許文龍、「老台北」こと、蔡昆燦の各氏のことは誰もが知っている。

しかし、こうした象徴的人物のほかには無数の人々がいた。

ーー

いまも昔の台湾の人々が真っ先にやってくる観光地は日本だ。

日本人も休暇を取って向かう先は台湾なのである。

お互い仲がよい。

ーー

日本が戦争に負けて台湾を放棄した。

替わりに侵略してきたのが国民党軍だった。

かれらは、およそ品のない、教養のない、みすぼらしい軍人らだった。

ーー

彼らは国際法に照らしても不法に、日本の残した富を略奪し、台湾の人々を弾圧し、圧制下においた。

台湾の人々は「犬が去ってブタが来た」と陰口をたたいた。

ーー

というのも

「日本人は礼儀や時間にうるさいが、律儀で人を騙したりはしない」

「しかし台湾にやってきた支那人は、買い物をしても金を払わない」

「暴力で脅す、約束も守らない」

「およそ近代人とは言い難い態度だった」

ーーと黄氏は言う。

戒厳令は38年間にわたり、李登輝時代からようやく台湾に民衆政治が定着し、人々は自由にものが言えるようになった。

この間に、刻苦勉励して創業した多くが成功を収めたのは、その基盤に日本精神があったからだ、と黄文雄氏は言う。

黄氏は日本精神を称賛して止まない。

ーー

世界最大の自転車メーカーを創業した劉金標。

スイカの新種をつくった陳文郁、日台友好に貢献した黄天燐、台湾高座会の李雪峯の各氏等々。

本書は立志伝中の人々を網羅して、台湾人の人名辞典のようにも読める。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>戦前日本の遺産、奇跡の台湾
 台湾には、台北と基隆しか行った事が有りませんが、人々は確かに友好的ですが、やはり、シナ文化満載の街だなぁ、と言うのが正直な感想でした。

 でも、行ったのが丁度、00年でしたから、シナの改革開放が軌道に乗り、色んな外資がシナ本土を目指して居た時期でしたから、シナ行きは満席でも・・と、思って居たら、台湾行きも日本からのビジネスマンだらけで、成人の男性で飛行機は満員だった事を覚えて居ます。

 確か未だ、政権は陳水扁相当の民進党でしたが、余り評判が良くなかったので、「台湾人と言っても1/4は外省人、1/2は内省人、残りの1/4が原住民」と聴いて居たので、「まだ、台湾は纏まって居ないのだろうなぁ」と、思って居ました。ですから、その後、米国帰りの馬英九に政権を奪われた時、「やっぱり時期尚早だったのかもしれない」と、思って居ました。

 然し、この馬英九は、米国生まれの米国育ちと聴いて居ましたが、中身は、まるっきり、旧浙江省の反日シナ人そのモノだったので、蒋介石の亡霊が送り込んだ様な人物だと思って居ましたが、在任中ずっと、「一つの中国」に拘って居ましたが、やけに妥協的で、台湾資本の本土進出も活発になりましたから、その裡、台湾は香港の様に、実質的にシナの取りこまれるんだろうなぁ、と思って居たものです。

 この辺りは、私のメディア・リテラシーが貧しかっただけだった様で、その後、学生たちが、馬政権が強行しようとした、「共産シナへの合流を意図した法案の実力阻止」で、日本の国会に当たる場所の占拠を3~4日続けたので、すわ、2・28事件の再現が起こるのでは、と言う危惧を持ってみて居ましたが、結局、国民党の幹部が折れて、「法案は棚上げ、占拠行動への御咎め無し」と、学生たちの要求が全面的に通りました。

 是を看て若い世代の台湾人は、流石に情弱では無く、本土の「七色の川」や「殺処分の豚の掘り起こし販売」等々、シナの実態が、「金儲けの為ならルールは無きに等しい」非文明的なものだと言う事をちゃんと知って居る、と確信しました。

 まぁ、出自が同じの似た様な事をする外省人が、実際に台湾に居て、皆それ相当に苦い思いをして居る筈ですからね。

 私はこの20年位、台湾とは縁が有りませんが(昨年、感染症で倒れる前に、高雄に行く事になっていたのですがね・・)私が知って居る、凡そ⒛年前の台湾とは、亦様変わりして居る様に、聴いて居ます。 大きな地震も有りましたし、建物も新しくなって、新幹線も開通して居ますしね、次は何時生けるか分りませんが、愉しみです。

 唯、私が心配なのは、この先、シナへの重鋳士として、台湾に大きな米軍基地が出来る様ですが、この流れでは、亦、米国の国防総省「=ペンタゴン、DIA」系が力を持って、台湾支配に乗り出しはしないか、と言う事で、折角、台湾独立の機運が起こって居るのですから、時計を逆転する様な結果に成らぬよう、つまり、浙江財閥=反日宋一族=サッスーン(ハザール系?ユダヤ財閥)ですからね、台湾社会自体に、変質が起きないかと言う事ですが、是が杞憂で有りますようにと、祈るしかないですね。

 後、今、NHKの朝ドラでやって居る「まんぷく」ですが、このシリーズは、女性の社会進出を推進する意味でやって居るのは見え見えの企画ですから、何時しか見なくなっていたのですが、女房が、8:00に成ると、チャンネルを切り替えたので、亦、「韓流ドラマ」かと思い、「朝っぱらから何だ!」としかりつけたら、「チキンラーメンの発明者の話だよ」と言うので、安藤百福氏の話だと分かりました。

 私が、未だ30代の頃、横浜に出張して、船のブーム(旧式の荷役装置)の受験準備工事をやって居ましたら、台風が襲来して、工事は中止、船に泊めて貰ったのですが、食事が済んで部屋で寝っ転がって居ると、高砂族と思しき乗組員が、たどたどしい日本語で、「私小学生2年生まで、日本人だった、ちょっと話がしたい、良いですか?」と訊くので「いいですよ」と言って部屋に入れようとするしたら、彼の後ろに、3人位いて、「彼らも御願いします」とww、

 「日本のTV放送が、台湾でも映るので、横浜とか神戸とかは船乗りだから知っているが、東京や大阪の名前は知っていても行った事が無いので、何処にあるかもよく知らない、教えて下さい」から始まって、2~3時間は話して居ました。

 途中、霧社事件の話を思い切ってし始めましたが、「スミマセン、良く知らないのですが、日本と台湾が仲良くなる契機になった事件ですよね?」と言うので、「それが分って居れば大したものですよ」と返したら、ニコニコして居ました。

 台湾人乗り組みの船には、良く行きましたが、人間ですから、色々居るのが当然で、「日本人はキライだ」と端から背を向ける人も居ました、デモ概ね、親日的と言うか、普通に道理が通じる常識的な人が多かったです。

 この辺り、ドイツ人と同レベルだと私は思って居ます。米国人? 人に拠って天地の違いがあるけれど、一貫して居るのは、自分の不利になる事は決して、妥協しませんね。

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