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2018年10月28日 (日)

辻井伸行氏のピアノによる『ラ・カンパネラ』演奏が素晴らしい

ーー以下「平林純ブログ」より抜粋編集

宮澤賢治「銀河鉄道の夜」は、次のようなお話です。

「少年ジョバンニが、灯籠流しが行われた夜に丘の上から銀河鉄道に乗り、級友カムパネルラと天空の旅をする」

「丘の上でジョバンニはひとりになっていることに気づく、カムパネルラは川で人を助けた後に行方不明になった」

ーー

宮澤賢治が盛岡中学(現・盛岡第一高等学校)と盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)に在学していた頃のことです。

彼は、大西祝(おおにしはじめ)著「西洋哲学史」(初版は明治36年)を読み、そこに書かれていたイタリア・ルネッサンス時代の哲学者「トンマーゾ・カンパネルラ Tommaso Campanella」に強く惹かれた。

そして、銀河鉄道の夜の「主人公と別れ・亡くなった級友」の名前をカムパネルラとした、というのです。

ーー

この哲学者名は、当時の他書物では(それ以降も)、カンパネラ(カンパネッラ)と書かれている。

それが、大西祝著「西洋哲学史」の中でのみ、カムパネルラと書かれている。

それゆえ、宮沢賢治のカムパネルラは、「西洋哲学史」の中から採られたと考えられているのです。

ーー

実は、カムパネルラ(トンマーゾ・カンパネッラ)の名前は、ジョバン・ドメーニコ・カンパネッラ Giovan Domenico Campanellaでした。

トンマーゾというのは、後に修道士になった時に付けた聖職者名です。

つまり、カムパネルラの名前はジョバン(ニ)であったことになります。

ーー

賢治は果たしてこの事実を知っていたのか。

「西洋哲学史」には、カムパネルラについては2頁にわたり書かれていても、ジョバンという幼名は書かれていない。

宮澤賢治が他書籍からカムパネルラの幼名を知った。

そうだとすれば、(他書籍で使われる)カンパネラでなくカムパネルラと書いている理由が説明出来なくなる。

ーー

つまり、宮澤賢治はカムパネルラ=ジョバン(ニ)だったということを知らずに、何かの偶然で、カムパネルラとジョバン(ニ)という名前が付けられた。

「銀河鉄道の夜」の物語中では、二人は同じ列車に乗り合わせ、そして死別するのです。

ーー

カムパネルラという名は、イタリアで「(教会の)小さな鐘(かね)を鳴らす」仕事に由来するファミリー(姓)名です。

今では、「鐘」自体を意味する言葉になっている。

「銀河鉄道の夜」の中では、亡くなった人を悼む灯籠が水面を流れ、空へゆらりと舞い上がる。

そんな状況での人を助けたために死んでしまった級友の名前「カムパネルラ(鐘)」は、ぴったりだと思います。

ーー抜粋ここまで。

さてピアノ曲『ラ・カンパネラ』(La Campanella)の話である。

これは、フランツ・リストのピアノ曲で、ニコロ・パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章のロンド『ラ・カンパネラ』の主題を編曲して書かれたものだ。

名前の Campanella は、イタリア語で「鐘」という意味である。

リストが「ラ・カンパネラ」を扱った作品は4曲存在する。

最終稿の『パガニーニによる大練習曲』第3番は、数多くあるリストの作品の中でも最も有名なものの一つである。

ーー

その中で、辻井伸行氏のピアノによる『ラ・カンパネラ』演奏が素晴らしいので紹介したい。

是非ここをクリックして聞いてほしい。

小生の知る限り辻井伸行氏の演奏にのみ、リストが作曲に当たって意図したと思われる小さな鐘の繊細で優美な音がはっきりと聞こえる。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>異次元のピアニスト辻井伸行
 人の五感で一番記憶力が有るのは、嗅覚だと言いますが、次は聴覚で、その次に視覚や味覚、そして触覚の順番だそうです。 私は、曲名を覚えるのが苦手ですが、旋律を耳が覚えて居るので、曲の名前は知らずとも、曲を自身で再現できます。でもこれは、普通の人なら、誰でもできる事なんだろうなぁ、と思っていたのですが、ドゥもそうではない様ですw

 嗅覚の記憶力が一番なのは、食べ物が腐って居るとか、暗闇の中でも、敵や味方を識別し無ければ、命が危ういので分りますが、後の4感は、生まれつきのものと、育った環境に拠って、順位が異なる様です。

 例えば、盲目の音楽家たちは、楽譜(スコア)を読んで音を再現する事が出来ません、ギタリストにしてもピア人ストにしても、優れた聴覚と触覚に、優れた記憶力が付随して、近密且つ精密に連携して居なければ、曲を弾き熟す事は出来ないでしょう。「其処に音が在る」と言う感覚なのでしょうか。 

 然し、この段階に成ると、目が見えても見えなくても、頭の中では、弾く曲の精密な旋律が、先行して流れて居るのだろうと思います。 其れに連動して、指が無意識であるかの様に動くが、一音一音に、研ぎ澄まされた聴覚と触覚が精密に反応していると言う、超人的な、正に異次元の演奏に思えます。

 ですから、仮に今、辻井氏の目が見える様になったとしても、彼の音楽には変化はないと思いますね。 つまり、完全に盲目と言う障害を乗り越えて居る、否、其れだけでなく、健常者の弾いたピアノのレベルをはるかに上回って居る、と言う事でしょう。

 是を看ていると、音楽家には視力は要らないのかとすら思えてきます。 だって、現実に音楽家がスコアを読むのは、確認の意味合いと、新たな曲を弾くときだけだと思いますから。

 其れにしても、拝見した動画の、「ラ・カンパネルラ」は、物凄いでしたね、 あれだけ速い曲なのに、一つとして疎かな音が無い、と言うのは、驚異的ですし、曲の作者が、表現したかったであろう、エモーショナルなもの、叙景的なモノ迄、伝わってきました。 唯、私には、田舎町の山の麓に在る、小さな鐘楼を持つ教会迄は、イメージ出来ましたが、その鐘の音は聞こえるまでには至りませんでしたww

 曲が終わった時に、PCの前で思わず拍手して居ました。 「感動をありがとう」と言う気持ちに素直になれましたよ。 ご紹介有難うございます。

 然し、他人を感動させるダケの performance を、出来る人は、その対象となるものと、先ず戦わねば、其れを自らが表現する事は出来ないと思います。 是がバートランド・ラッセルが「幸福論」の中で言う「生みの苦しみ」でしょう。

 表現と言うのは、相手に伝わってこそのモノで、伝わらなければ、独りよがりでしかない。 ダカラ、伝わらなければ、其処に懸けた自分の人生の時間が、全て無価値なものになって終う。 それは、絶望であり、或る意味、自死である。

 伝えたい、そして、分かち合いたいと言う、内なる衝動が強ければ強い程、自分の感動が伝わらない、自分の技量や才能の足りなさを罵しる声は、余人には想像できないモノだろう。 然し、それが伝わった時、一時の至福の時間を手に入れる事が出来る。 然し、其れは一瞬だけで、自分の裡に湧き上がる新たな感動を、いかに表現するかについて突き上げる様な欲求が、直ぐに、新たな苦しみの生活を始めさせるのでしょう。

 ダカラ、そう言った魂を虐め抜いて忌まれる珠玉の成果である、表現で、感動を共に出来る事は、素晴らしい事だと思いますね。其れこそ、表現が芸術である由縁であり、人類の宝物だと思うワケです。

 芸術に天才はつきものですが、特に、音楽に懸けては、バイオリニストをやって居る後輩や、東京でフルーティストをやって居た亡くなった従姉等から、「昔の作曲家と言うのは凄い。 現代の様な、テープやビデオと言った音の再生無しに、頭の中で生まれた曲想を、其のままスコアにして、十数種類の楽器で構成する交響楽を書き揚げるのだから、普通の頭では無理で、天分を持って居ないとできないと思う」と述懐していたのを思い出します。 つまり、中世~近代までの欧州の音楽界には、天才が沢山いたわけですね。

 私は、五感は、人並み化、それ以上のものを持って居ると自負して居ますが、致命的な事に、楽器が全く上手く弾けません。 負けず嫌い為、色々練習したのですが、結局弾けたのは、ハーモニカダケwww 由って、スコアを読む段階にまで届かなかったので、今でも、楽器が自在に弾ける人が羨ましいですね。

 でも歌は、人から褒められるレベルだと自負して居ましたし、一時は、レパートリーが4~500曲はありましたが、タバコの吸い過ぎで、気管支喘息も患って、昔は軽く出た声域が出なくなり、歌も生活から遠ざかって終いました。

 でも、他人が表現した感動をその人の表現を通して、共に感動できる感性を、神様に与えて頂いた事は、物凄く感謝して居ます。 是だけで、生まれてきた甲斐があった様な気がします。 ダケド、私もこの感動を他人に伝えたい,、私と同じ感動を味わって、分かち合いたいと、日々、思って居るのですがねぇwww

縦椅子さま
今日も素晴らしいブログ有難うございます
≪人を助けたために死んでしまった級友の名前「カムパネルラ(鐘)」≫と宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の級友の名前にまつわる奇跡的な由来を掲載していただき有難うございます。≪宮沢賢治のカムパネルラは大西祝著「西洋哲学史」の中でのみ、カムパネルラと書かれている。≫ので、「西洋哲学史」の中から採られたと考えられているのです≫とのことですが、賢治が同一人物をジョバンニ(自分)=カムパネルラ(友)と名付けていたことを知っていたか知らなかったか……とにかくカルパネルラは金を意味し、辻井氏の魂を込めた演奏で弔いの鐘を打っている。その卓越した心を打つピアノを聴いて、心の奥底までゆりうごかされ、自然に涙がでてまいります。いま勝手にPCが鳴り出し「カルパネルラ」とショパンの「エチュード」の自動演奏状態になっています。「こんなことってあるのでしょうか?」不思議です!!演奏の最後の鳴りやまない拍手は連打する鐘の音のように聞こえました。素晴らしい演奏に心が洗われています、感謝!!

縦椅子さま
 今一枚の写真:産経新聞平成30年11月1日の夕刊の写真①めがね橋の愛称でしたしまれる宮守橋梁は銀河鉄道の夜を思わせるたたずまい=岩手県遠野市(宮守-柏木平)の写真に癒されています。いつかこの風景を描いてみたいと切に願っています。
 「病気の母の面倒を見ながら必死で生きるいじめられっ子のジョバンニ。友達のカンパネルラとともに乗車した不思議な列車はやがて天の川を進み、地面に降りると消えてしまう鳥をとるおとこや、氷山の事故で沈没した船に乗っていたという青年や子供たちに出会う。誰かの為に命をかけた人々ーそんな姿は裕福な家庭にうまれながら、冷害や飢饉で苦しむ農民を助けたい一心で生きた、賢治の姿かもしれない。宮守のめがね橋はしばしば銀河鉄道のモチーフと思われがちだが、実は賢治の頃は存在せず、その手前に残る赤茶けた粗石錬積みの橋脚が支えていた(鉄道ファン2015年9月号より)という=写真①」
 賢治は私の中では、縦椅子さまのイメージと重なっているところがあります。 どうかご無理をなさいませんように・・・

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