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2018年10月24日 (水)

つまり日本人の祖先は、クロマニョン人出現以前から日本列島に住んでいた

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

戦前には、縄文時代の始まりはせいぜい4千年前くらい、弥生時代が2500〜3千年前くらいとされていました。

ですから1万年前は当然石器時代という認識しかなかった。

ところが戦後、次々と考古学的な発見がなされ、現在では、日本列島に人が住み始めたのは、12万年前にまでさかのぼる(砂原遺跡・島根県)とされている。

ーー

一般に現生人類(新人類)は、およそ4万年前に誕生したとされているのです。

それ以前はネアンデルタール人のような旧人類の時代で、その後生まれた新人類が、旧人類を滅ぼして現代に至った、と。

この説を唱えたのは、フランスの古生物学者のルイ・ラルテです。

ーー

新人類というのは、クロマニョン人の別名です。

19世紀に南フランスのクロマニョン洞窟で5体の人骨が発見された。

その後同種の特徴を持った人骨がヨーロッパ各地で発見された。

要するにクロマニョン人というのは、ヨーロパの白人種を意味するわけです。

言い換えれば、白人種は4万年さかのぼることができるというだけのことです。

ーー

人類には他に黄色、黒色の人種がいます。

それらを含めた人類の祖先となると、旧人類を含めて考察しなければなりません。

それで現代では、世界の趨勢として、旧人も含めて人類史を考えなければならないとされるようになりました。

ところが、なぜか日本では、学校で相変わらず日本人もクロマニョン人の子孫であると教えられている。

ーー

しかし砂原遺跡の人骨は、日本人がクロマニョン人の子孫だとする説を、完全に否定するものでした。

つまり日本人の祖先は、クロマニョン人出現以前から日本列島に住んでいた。

そして近年ドイツの研究者らの発表によれば、旧人類のDNAを最も濃厚に持っているのが、日本人なのだと。

ーー

旧人類といえば、代表的なものがネアンデルタール人です。

2007年にネアンデルタール人の舌骨が発見され、これからネアンデルタール人は解剖学的に、現生人類と同じだけの音声を発する能力があるということが明らかになりました。

また英国の人類学者のロビン・ダンバーは、脳の容積とヒト族の群れの大きさの関係についての分析を行っています。

そして大きな脳を持っていた旧人類は120人以上の群れを形成して生活していたに違いないと結論付けました。

ーー

言語がなければ、それだけの大きな集団を保持することができません。

初期的言語を用いるチンパンジーは、50匹以下のグループしか構築できない。

ーー

さらに2万数千年前から3万年以上前に製造された証拠のある複数の磨製石器が長野県飯田市(竹佐中原遺跡)から出土しました。

これもまたものすごい発見です。

伊豆半島沖の神津島の石でできた磨製石器が、内陸の長野県で発見されているからです。

ーー

神津島まで、伊豆の下田からでも海路で57㎞あります。

しかも伊豆半島と神津島の間には、流れの早い黒潮が横切って流れている。

つまり3万年前の日本人は、流れの早い横幅57キロの急流を横切って往来していた。

ーー

そんなところへ丸木舟で行くのは無理です。

しかもその神津島から、石を持ち帰っている。

ということは、黒潮を横切ることができる程の船を持ち、それを操縦する航海術を持っていたことになります。

ーー

つまり、2万5千年以上も前に日本列島に住んでいた人々は、外洋航海ができる船を持ち、神津島と伊豆半島とを往来していた。

明治維新から150年、関ヶ原の戦いから400年です。

千年前となると、紫式部や清少納言が活躍した平安中期です。

二千年さかのぼっても、まだ垂仁天皇の時代です。

ーー

ちなみに垂仁天皇の時代に、出雲で捕らえた白鳥を、口のきけない皇子の本牟都和気命(ほむつわけのみこと)の遊び相手にした。

すると、皇子が言葉を発するようになったので、出雲地方が鳥取と呼ばれるようになり、これがいまの鳥取県の名前の由来になっています。

ーー

1万年前とか2万年前というのは、とほうもなく長い歳月であることになります。

こうして日本列島では、1万6500年前には縄文式土器が作られるようになり(大平山元1遺跡・青森県)、

1万3000年前には人の形をした土偶(相谷熊原遺跡・滋賀県)が作られ、

1万2500年前には工芸品のための漆が栽培され(鳥浜貝塚・福井県)、

8000年前には稲作が始まり(朝寝鼻貝塚・岡山県)、

7000年前には稲の水耕栽培を行う集落が営まれるように(菜畑遺跡・佐賀県)なります。

ーー

ところが7300年前に、鹿児島沖の鬼界カルデラの大噴火が起こり九州一帯から秋田、宮城にかけて、鬼界アカホヤ火山灰が降り積もった。

それで多くの人が死んでしまう。

(ホツマツタヱの記述の中心地が青森、秋田、岩手であるのはそのためかもしれない)

そしてそこから、紀元前100年前後に、神武天皇が即位されて、日本という国が生まれた。

ーー

日本の凄みは、先住民を皆殺しにして土地も文化も奪い取り、別の文化を形成したのではないということです。

もともと住んでいた人々が形成した文化に、別の文化も受け入れて、元々ある文化そのものを発達させた。

これにより古い文化が途絶えることなく現代に至っていることになります。

ーー

つまり日本は、世界最古の文明を継承しているといっても良いでしょう。

ーー

日本人は12万年も前から、この日本列島という自然災害の宝庫ともいえる列島に住んできました。

そしてその中で、お互いに助け合って生きていく和の文化を形成してきた。

和の文化はもはや日本人にとって、DNAに刻み込まれたものとなった。

破壊よりも建設。
対立よりも和。
闘争よりも愛。

それが日本人です。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>解き明かされる日本人と日本文明の12万年
 一読して、つい拍手をして終いました。 日本人として生まれた事を、天に感謝します。

 日本の歴史は、まだ多くの謎に包まれて居ます。 抑々、現生人類が新人類だと言い始めたのは、後世の人間が、その時点で発見されていた証拠を基に類推したにすぎない部分が大半を占めて居ますが、今迄分った事を纏めて看れば、旧人類が、ネアンデルタール人の他にも、数種類いて、その裡の1種類が、ネアンデルタール人と交配して暮らした結果が日本人だと言う事がいえそうです。

 処が、それが起こったのが、12万年以上も前だと言うのなら、その頃の欧州の気候はどの様で、あったのかが、気に成ります。 ピュルム氷期が始まったのが7~8万年前、終わったのが、1万2千年前です。

 氷期の特徴としては、先ず飲み水が凍って終いますので、飲み水を手に入れる方法を見出せない場所には、生き物は棲めません。 ですから、氷期の度に地球上では、生物の中規模の絶滅が起こって居るのでしょう。

 すると生物が、生き残れる区域は、赤道周辺で、水を得やすい場所と言う事に成ります。 でもいくら赤道直下でも山岳部は四季の変化の裡、冬、亦は、乾燥期と言う変化を乗り越えねばなりません、是が、難しい場合、その難度に拠って人口が抑制されたでしょうね。

 特に、氷期の最盛期には、渇水現象があちこちで起こって、生物が死に絶える、と言う事に成ったのでしょう、 其れは、例えば、現在砂漠になって居るサハラ砂漠が、昔は、ジャングルで有ったと言う話でそれが裏付けられましょう。

 現生人類が、そのサハラ砂漠のナイル川を隔てた東側に在る大地溝帯で、700万年前から進化を続けて、類人猿から猿人に成り、2足歩行を始めて原人となって、多分、気候変動が起こって温暖化した事で、大地溝帯だけでは、人口を養いきれなくなって、20万年以上前に、原人が、そのテリトリーの外へ出て。そして帰ってこなかった。 そして、一番最後まで残ったのが、現生人類だったのではないか。

 人口を大きく増やした現生人類は、同族同士で争うようになり、食糧や水の奪い合いが激化した。 そして、彼らも旅立ちを始め、その集団で、イランとインドの間のカイバル峠を北に向かった集団の先頭は、終に大陸島の東端に到達した、是が12万前辺りだったろう。

 その頃のシベリアは温暖で、大型の哺乳類が沢山いたし、植生も豊富だった。 今は、砂漠と言うより、荒れ地になっているが、ゴビ砂漠も草原か、森林だっただろう。 其処には先住民としてネアンデルタール人が、粗、定住していたし、彼らは、バイカル湖から東の現在のハンカ湖「=アムール川の支流が流れ込む琵琶湖の6倍もある淡水湖」付近迄の広範な地域に暮らし、東端に棲む種族は、船を造って日本列島の存在も知っていた。

 最初は好戦的だった現生人類も、旧人の寛容さと有り余る食糧と水に拠って、次第に、旧人社会に順化して、交配も行われるようになった。 この裡の一部が、列島に渡り。生活を始めて居たのではないか(12万年以上前)

 然し、7万年頃から、気候変動に拠って、シベリアの気候が、急速に寒冷化して、食糧と水が、不足がちになり始めた。 其処へ、西から新人たちが、食糧と水を求めてやって来たから、堪らず、旧人達は、日本人と共に、海路、日本列島へと脱出した。

 是が7万年前で、始めは、北海道や本州の山間部で、狩猟採集を行って居たが、凡そ3万年前に、氷期には珍しく、ウィルスに拠る感染症が流行った。 旧人は是に免疫力が無く、ばたばたと斃れたが、新人との混血である日本人も、新人も、免疫力が有って、生き残った。 此の感染症は世界で旧人たちを全滅にした。 その名残が、母系遺伝のウィルㇲなのではないかと、浅学な私は妄想しましたww

 すると、旧人が母親の場合は、免疫性が無いので、死んでしまうが、母親が日本人や新人の場合、生き残る事に成る。 この現象が、日本人の母系社会の礎なのではないか。つまり、旧人の進んだ智慧や工夫は、全て、新人より長い間の彷徨の間に身に着けたモノダカラ、拠り、現実的で、自然の変化や脅威に耐えるのに適していたから、新人や日本人が、旧人の知恵や工夫に対して敬意を持って居たのは、想像に難くない。

 旧人の思想や描いた理想社会が、其のママ、日本文明の根本思想となった可能性が高いと私は思います。 日本人の上つ方「=支配者や目上の人」に対する敬意と信頼感が強いのは、上つ方が、優しいネアンデルタール人だったからで、彼らは、その相互扶助と、一致団結と平等・平和主義によって、10万年以上も、集団の繁栄を維持したのですから、現代人でも驚くような、道徳的な社会であったと思われます。 彼らを指して、神と日本人が呼んだ可能性は、高いと思いますね。

 ですから、日本文明では、神の概念が旧人の存在に拠って、確立して居たのではないか、何故なら、その概念とは、人並み外れて賢い人、集団の為に、犠牲的で、有益な業績を遺した人を、神として、神社を作って祀るのは、謂わば、旧人に対する敬意であり、思慕の念であると私は思います。

 イランの山中に在る、ネアンデルタール人が暮らしていたと思しき洞窟には、墓があり、其処には花と共に埋葬された旧人の遺骸が有ったと言います。 つまりは、死後の世界についての考えや、死者に対する敬意・愛情の表現が、既に、為されて居たワケで、日本人我旧人社会から得た、こうした知識、知恵は、現在も日本文明の中に息づいて居ると確信します。

縦椅子さま
 今夜の月光はあまりにも明るくくまなく照らしてくれ、思わず「あなたはうつくしすぎる」と感謝しました。≪日本人は12万年も前から月を愛でてきたのでしょうか≫先日ご紹介いただいた「言の葉の庭」のキャッチコピーは「”愛”よりも昔、”孤悲”のものがたり。」という・・・・そこには、千三百年以上も昔の、万葉時代の「孤悲(恋)」の言の葉の表記がいたるところにちりばめてあり、おもわずありがたさに涙が出てまいりました。そして、今までいただいた数々が思い出されてまいりました。
「月光ってすごい!すごすぎる!!」

>ばら様 ソロです。
 いつも乍、素晴らしい感性のコメントを拝見して居ますが、本日の月の美しさについて、私も、心に残って居る月の姿を、思いだしたので、紹介させてください。

 42年前、練習船に乗って、世界一周をして居た最中に、当直交代の為に、船橋(ブリッジ)に上がった途端、大きな黄金色の物体が、目に飛び込んできました。 直感で、「あれは何だ?」と言う、ショックが大きかったのか、暫く呆然と看て居ました。 勿論、そんなものが他にあろうはずが無く、満月でしたが、陸地で見る月とは大きさがけた違いに大きく、月のあばたが肉腑癌で見える程でした。

 海の上では、他に邪魔をする光が無いせいか、或いは。緯度が低いせいかは、判りませんが、天体が全て大きく、ハッキリ見える事に気が付きました。

 例えば、太平洋のど真ん中を走って居る時に、前方右手に、大きな光の球が見えるので、思わず「前方ン投打が見えま~す」と大声を上げそうになって、途中で。「否、そんな筈は無い」と気付き、調べたら、火星だったとか、星測(スターサイト:星の高さと観測時の自船の位置と動向で、正確な位置を出す)の際に使う、オリオン座の一等星リゲルやアルデバランを探すのですが、余りにオリオン座が大きいので、見つけられなかったとか、陸上では予想もつかない驚きの連続でした。

 海運界の求人が、全国で5人とかの時代で、結局船乗りにはなれませんでしたが、練習船での体験は、自然の姿を見せつけられたと言う意味で、一生忘れられない思い出です。

ソロさま
 練習船での貴重な体験を早速コメントしていただき有難うございます。直感で「あれは何だ?」とか、途中で「否、そんな筈ははいとか!」「余りにもオリオン座が大きいので」とか驚き感動をリアルに伝えて下さり、ソロ様は「予想もつかない驚きの連続」にいつも対峙されてこられた人生を極めようとされている方ー「ソロさま!すごい!」とこころから尊敬いたしております。
 私も、満天をたんぽぽの綿毛のような☆☆☆・・・がびっしりうめつくしている光景を見た時-「あれは何だ?ありえない光景!」と余りにも怖くなって、自然の驚異に目をそむけたことがありますーでも、「心から離れてくれないんです!その光景は!」それからは、月や星をみちずれにしていますが・・・何もわかっていない人間なので恥ずかしく…よろしくお願いいたします

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