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2018年10月29日 (月)

イエズス会内部の学識者は、秀吉を先頭に、三代家光までの徳川将軍の切支丹掃滅政策に『国家理性』の発露を認め、且つ、それを肯定していた

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

小堀桂一郎『靖国の精神史』(PHP新書)

新書だが分厚い。

本書はさきに小堀氏が上梓された『靖国神社と日本人』(同PHP新書)の姉妹編である。

というより、最初は一冊の大書として企画されたが、新書として二冊に別けることになり、後半部が先にでたという経緯がある。

ーー

聖徳太子、山鹿素行、本居宣長、新井白石、藤田幽谷、鈴木正三らの思想を顧(かえり)みる。

その作業を通して、日本の思想の中核が手際よく平明(文体と語彙がやや古風だが)に説かれている。

ーー

評者(宮崎)は、本書の中で小堀氏が展開した切支丹伴天連と、信長、秀吉、家康の戦いの記述にもっとも興味を惹かれた。

ーー

三河出身の鈴木正三という禅僧がいた。

弟とともに天草四郎平定後に、天草から肥後一帯を照査し、民草の信仰、改宗の進み具合、対幕府への態度などを見聞している。

その一方で各地でキリスト教会によって破却された寺院を再建した。

そして仏教僧らを通じて意見書を記述したものが残されている。

ーー

小堀氏はこれを、「切支丹教義破却の論拠として仏法の悟性論や世界観としての諸法実相の理、教法としての以心伝心の旨を説い」たものとしている。

「切支丹の伝道事業に対抗する姿勢を示しているのは当然だ」

「が、その論法には、深遠の妙技を振りかざして相手を煙に巻くといった外連味(けれんみ、ごまかし)はなく、むしろ平俗というに近い即物的論理性」だった。

ーー曰く

「キリシタン宗には、惣(そう)じてものの奇特(きとく、不思議)なるを尊び、是(これ)デウスの名誉なりと云(いい)て、様々な謀り事を作して、人をたぶらかすよし聞及(ききおよぶ)」

「破(は)して云(いう)、奇特なる事貴(こととうと)きならば、魔王(まおう、悪魔)を尊敬すべし」

「此の国の狐狸(こり、キツネたぬき)も奇特をなす」

「然らば(しからば、しかし)仏の六通(りくどう)には奇特なし」

「去間(さるあいだ、過去に)、正法に奇特(不思議)なしと云へり」

「此理(このり)を知らざる人は天魔外道にたぶらかさるべし」

ーー

つまり奇跡(死者の復活とか処女懐胎とか)などという非科学的な物言いを信じれば、天魔外道にたぶらかされてしまう、と。

この時代に科学的説明をしているのである(p88)。

ーー

この鈴木正三の活躍した時代より前、秀吉による禁教令がある。

が、彼は宗教と商業を峻別し、商業交易は維持しようとした。

だから布教に拘(こだわ)らないオランダ、イギリスが平戸と長崎で特権を得た。

ーー

しかしマニラとメキシコに拠点をおいたドミニク会とフランシスコ会は、イエズス会の版図だった日本へ貪欲な拡大意欲を見せた。

禁教したにもかかわらず決死の覚悟で日本に陸続として潜入し、また自ら殉教して聖壇にならぶことを欲するという熱狂があった。

ーー

後にスペインは、なぜ日本での布教が失敗したか、それは切支丹伴天連が侵略意図を持っていた事態が暴露され、警戒心が深化したからだったと反省している。

そして、後年の宣教師らは国王に、「日本をまず内部工作により、続いて武力発動に拠って侵略する意図の決してないことを、行動の事実によって証明して見せるべき」と驚くべき建言をしている。

ーー

小堀氏は以下を指摘する。

「イエズス会内部の学識者は、秀吉を先頭に、三代家光までの徳川将軍の切支丹掃滅(そうめつ、全滅さすこと)政策に『国家理性』の発露を認め、且つ、それを肯定していた」

「(この)事蹟は、そのように評された将軍達の知ったことではないが、西欧の近代政治哲学の源流に近いところで知識を汲んでいた聖職者の眼にそのように見えた」

「日本人の国家意識の形成過程は、江戸時代の外部の識者から見れば、その辺(あたり)の段階にまで進んでいた」(p182)

こういう別の見方(アングル)も、日本の精神史形成の過程で起こっていたのである。         

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>日本の国家意識の淵源とその成長過程
 私は、前にご紹介いただいた、12万年より更に以前の日本人となる新人の群れと旧人達の交わりの可能性から、旧人文化が、日本人に与えた影響から派生した「和の心」「労働信仰」「悲の心」を持つ、日本文明が起こったと信じる様になりました。

 そうした日本文明は、自然災害に常に晒されて来た日本列島で暮らして居るものに取って、共に生き延びて、子孫を増やし、繁栄して行く為には、欠す事が出来ない要素であったと思います。 ですから、12万年以上に亘って、日本人を日本列島の自然に順化させ育み、今も、無意識の裡に支持され続けて居るのだと思います。

 ですから、日本人が支持する、「和の心」や「悲の心」は、難破漂着した、外来の人々を「自分のテリトリーを犯す侵略者」としてでは無く、「困って居る、可哀そうな人々」として、何時の時代も受け容れました。

 そして彼らが、時折齎す、日本の自然には無いものから、生み出された智慧や工夫を学んで、「異なる文明の知恵」が、其処から生み出される工夫のヒントになる事を経験して、」自分達の文明の新たな分野を開く糧に成る事を、知ります。

 それが、後の舶来信仰に繋がる客人神「=マロウド神」思想を形成したのでしょう。 これは、5千年前とか、比較的新しい考え方なので、未だ十二分な治験が経られて居ない事で、ある種の警戒感も、潜在していると言って良いでしょう。

 然し、「未知のものに対する好奇心は、知恵ある生き物にとっては、必要欠くべからざる本能」ですから、仏教も、儒教も、キリスト教も、受け容れたのだし、日本には「八百万の神」と言う汎神論も受け入れられているので、それ以前にも外来の民、例えば長江民の裡越人は、日本に太陽信仰や、白物信仰を伝えて居る形跡がある。 是等、外来の信仰で、自然由来のモノは、其のママ風習として定着して日本文化の一部になって居る。

 例えば、七福神信仰等の出元は、道教だったり、ヒンドゥー教だったりするが、何れも日本の文明に馴染んだモノであったから、今でも、人々に支持されている。
 
 その中には仏教も入って居たが、聖徳太子が信奉した仏教は、「利他愛」を説くもので、「和の心」「悲の心」と親和性があったが、仏教が、その後の社会の変化と要求に拠って、浄土宗、浄土真宗、そして、日蓮宗と、宗教色が濃くなるに連れ、人間の欲望の行方を保証する様な「神」を仮想し始めた時点で、西洋宗教と変わらない次元に陥ったと思いますね。

 処が、キリスト教は、端から異文明の様相を持って居たし、其れまでの「衆生済度」の日本文明との親和性と言う意味では、ギリギリの線を大きく超えた、「神による救済」と言うものが前面に押し出されていたが、では、その神とは一体何者か? と言えば、確たる説明が着かない、この地球のものではない可能性まである、異形なモノでしかない。 其処から受ける理解は、まるで自然から離れて居るのである。

 彼らが言って居る事で、理解できるとしたら、彼らの言う悪魔位だったが、絶対善と言う考えを理解できないのは、人間の神への信仰の度合いが足りないからだ、と、「誤魔化し」としか思えない説明で、その欠リンは未だに出て居ないのである。

 結局の処、キリスト教は、その正体である、ゲッセネ派ユダヤ教と、ファリサイ派ユダヤ教の民族宗教としての限界を超える事は出来て居ないのである。それは「他」に対する寛容性や親和性である。キリスト教が説く「隣人愛」とは、仏教に言う「利他愛」とは、似ても似つかない、独善的な範囲が限定された愛だからだ。 が故に、キリスト教も、世界宗教足り得ない。

 西洋人の死生観では、魂と肉体を分離して考えられないと思います。 ユダヤ教は、人は死んだら、元「=土」に還るダケだから抑々、霊魂等、想定して居ないし、キリスト教もムスリムも、ユダヤ教を基とするからには、魂の存在を語った処で、後世の付加にしか過ぎない。 異次元世界と思われるあの世の存在を仮想して、競技を展開するのは、東洋発の信教だけに限られていると思いますね。

 何処にも、魂がこの世とは違った意味で生きて居て、先祖は、子孫の行く末を心配して居て見守っていて下さると言う様な、別次元を想定した話には、決してなって居っていない、つまり、其処までは、考えが及んでいないのであろう。

 故に、キリスト教やユダヤ教、そしてムスリムも、日本で葉受け容れられていないので、あろうし、道教もヒンドゥー教も、「多くの人が信じて居る神様」として、信者や信仰に対して、敬意は表するが、飽く迄も「八百万の神の一つ」としてであり、自分達の主神とは、別次元の問題である。

 亦、縦しんば、外来の宗教に被れても、日本人としての心構えがちゃんとして居れば、神を利用したり、神の御名の元に、他の異なるモノを、意味なく差別・区別したり、不平等な扱いはしないだろう。 日本の神道は、日本人である事で、既に、常識や感性として、体現して居なければならない、と思います。

 それが無ければ、家庭環境や育った社会環境に、日本的なものが失われていた証拠でしょう。 我々は、逸早く、日本人の基本に還って、教育を改め、環境を糺して、日本の社会を健全化しなくてはイケませんが、その変質の基になって居る、多数の外国人の入国~移住を、限定・制限する事から、始めなくてはい鐘いと思います。

 そういう意味で安倍政権は、移住緩和策についてその真意と、内容の詳細を、現状認識を明らかにした上で国民に対して説明する義務があるかと思います。 安倍さんはもう少し、日本人の異なるものへの寛容性の質を信じてほしいですね。

>「が、その論法には、深遠の妙技を振りかざして相手を煙に巻くといった外連味(けれんみ、ごまかし)はなく、むしろ平俗というに近い即物的論理性」だった。

三河出身の鈴木正三という禅僧ですが、この人はキリスト教会によって破却され寺院を再建すると共に、キリシタンの教義破却をするときの論法は禅僧として議論によって、相手を屈服させていると思います。その理論には、不思議や奇跡を認めない科学的説明をしたとのことですが、これは時代を超えた理知的なものだったと思います。
日本人はこの時代からキリスト教と関わってきたのですが、災害の多い国柄がこんなときに影響しているのかもしれないと思います。


秀吉はキリスト教が奴隷を容認していたことから、禁教令を出しましたが、キリスト教の平等博愛は所詮白人の中でのものであり、黄色人種は白人ではないのですから平等の中には含まれず、奴隷にしても支障ないと気付いたのだと思います。

日本人は職人気質が強く、鉄砲も複製して製造することに成功しましたけれど、これが出来なかったならばスペインやポルトガルの侵略を防ぐ出来たかは微妙な部分です。
日本人は自然災害の中で生活した民族ですが、これのために物作りも発展したのかもしれませんが、精神的にも柔軟で粘り強くなったと思います。

>そして、後年の宣教師らは国王に、「日本をまず内部工作により、続いて武力発動に拠って侵略する意図の決してないことを、行動の事実によって証明して見せるべき」と驚くべき建言をしている。

日本を簡単に切り崩すことは出来ないから、侵略する意図のないことを事実によって証明してみせるべきとされたのだと思いますが、私は秀吉や家康の思考力の明晰さに感謝する他無いと思います。
大航海時代と産業革命時代に、日本は他国のように植民地にされることを避け、独立国であることを守れたのは奇跡と言っても不思議では無かったと思います。

鈴木正三氏は奇跡や不思議のないことを説明して、大航海時代の日本をキリスト教から守りましたが、それから300年後の日本は西欧列強から奇跡のごとく西欧列強から、植民地にされずに生き延びたことを感謝したいと思います。

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