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2018年10月19日 (金)

この頃、私は、こうした体験が、神意によるのではないかと、思えるようになりました

ーー読者投稿より抜粋編集

ソロです。

私は、昨年内耳炎(黄色ブドウ球菌の感染)から敗血症になり入院加療中に、抗生物質を約4.5カ月8時間おきに投与された。

内耳は、立体構造をしているので、血流が多くなく、血液を介した免疫が働きにくい。

それで、機能回復は望めないと言われた。

結局死ぬかもしれなかった敗血症からは回復したものの、左耳の聴覚を失い、右耳も聴力が低下していた。

ーー

左耳の聴覚を失ってから世界は一変しました。

それまで普通だった生活は、いわば「健常者の世界」であったのです。

自分が半分だけですが、聴覚を失ってみると、音に対する関心が、大幅に低下したのです。

ーー

私は、洋楽が好きで、Jazz、Rock、 Classic、Soul、Cross-overを中心に、CDで600~700枚、蒐集して居ます。

が、完全に興味を失ってしまった。

TVも、スポーツ中継やドラマを見る程度でしたが、興味を失いました。

別の言い方をすれば、世界がうんと静かになったのです。

ーー

半年くらいで復職したのですが、営業で得意先に行っても、話がかみ合わない事が多くなった。

その旨を会社に話すと、11月に解雇通知が来ました。

ーー

女房には、働いてもらわないと、食っていけないと言われてしまいました。

それに、生活から音がなくなった事が、孤独感を増幅している事に気付きました。

「自分は世の中の余計者だ」と断定された様で、「あぁ、どん底だなぁ」と、感じましたね。

ーー

この「聲の形」で、最初に思ったのは、聴覚障碍者らは、音楽の素晴らしさを体験できないのではないのか。

音楽を聴いて感動する経験をしたことがないのではないか、ということでした。

しかし、骨伝道による聞き方もあり、実際映画の中で、硝子は花火の音を楽しんでいます。

それに私は、多くの人の意識が波動となって、五感を超えて、伝わることを実感していたのです。

音を介した会話が出来ない聾唖者の世界にも、音楽による感動はきっと伝わっているはずと思うようになっています。

ーー

小6の時、つまり子供の世界では、「他者の心や立場を忖度できない」。

ーー

主人公の硝子は聾唖者であり、小6の時「普通のやり方では、意思を伝えられない」ので、同級生から異物扱いされた。

硝子は、自分の気持ちや感情が判ってほしいので、何とか伝えようと必死になる。

大声を出してしまうこともある。

ーー

訳のわからないことを大声で叫んでいる(聾唖者だったかもしれない)、そんな子供達を私も良く見ました。

ーー

そして異物とみなされ、相手にされなくなって孤独に陥り、助けを求めようにも、どう表現すればわかってもらえるのかわからない。

また、助けて貰っても分らない。

こうした体験をするうちに、「自分の存在が周りを不幸にして居る」と言う罪悪感を持ち始める。

これに対して、健常者が何を言っても、障碍者の現状を改善することはない。

ーー

聾唖者の外見は、健常者と変わらない。

しかし健常者に話すように話しても通じないので、より異物扱いされ孤独な環境に陥ってる人が多いのではないか。

硝子のように、好きな相手に好意を伝えられないというだけで、やはり自殺に走りかねない様な気がします。

聴覚を失って初めて、彼らの「心」を体験できた。

ーー

この頃、私は、自分の体験が、神意によるのではないかと、思えるようになりました。

ーー

歴史に名を残した人の中にも身障者だった人がいるようです。

人に秀でる能力は普通、他の能力を犠牲にして得られている場合が多く、秀でた能力はある意味その人の欠点でさえあることが多い。

聾唖は、触覚や視覚による推理を研ぎ澄ます。

生まれながらの盲者は、音で環境を見るように理解することができるようになる。

ーー

生涯を通しての障害を克服し、むしろ健常者以上の能力を発揮した姿は、障碍者にとっての希望の灯火に成ると思う。

ーー

この「聲の形」は、障碍者の孤独を連想させる部分が、文脈を通して伝わってきます。

この作者(大今良時氏)は、その孤独についての経験があるのかなぁ、と推測します。

それも女史の19歳の多感な時の作品なので、この作品を書くことがなければ恐らく精神を病んでいたかもしれない。

ーー

パラリンピックが、注目される様になって、健常者の選手と同じレベルで、評価される様になっています。

今、身障者が、「俺たちも生きて居るんだ」と声を上げ始めて居る様に思います。

我々の生きている時代が身障者にとても優しくなったからだと、私には、思えてなりません。

ーー

しかし一方では、TVに障碍者の映像を流すと、「気持ち悪い」、「こんなものを賛美する等、偽善で醜悪だ」と言った意見を言う人もいます。

ーー

人類の歴史の中で、身障者に光が当てられたことは、今迄に無かった事です。

私は、身障者に優しい現状を見るにつけ、やがてこの地球上から、貧困・差別・暴力そして戦争を無くす為に、世界中が覚醒する日が来ると、信じられるようになりました。

ーー

障碍者であろうと、健常者であろうと、人々の間には、「他者」と言う壁が存在して居ます。

有史以来、人が生きていく為には、その壁を超え他者に自分の思いを伝える必要があった。

何故なら人は一人では、何も成し得ないからです。

ーー

その壁を超えて、他者と心が通いあった時、大抵の人は抱えて居た孤独から解放されます。

譬え、一瞬だったとしても、他者の存在が深く心に刻まれる場合が多い。

心が通じ合える社会にする。

「心を通じ合わせなさい」というのが、人に与えられた使命なのではないでしょうか。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>身障者になって分かった事
 私の拙文を取り上げて頂きありがとうございます。 昨日は2カ月に一回の腎臓の検診だったので、文章の校正が十分で無く、お恥ずかしい事態になっています。

 腎機能の方は、感染症の際に腎臓に血膿が溜まって居た影響なのか、クレアチニンの数値が、退院時に1.4あり、半年後には、2.1になって、「このままでは、透析迄行く可能性がある」と診断されましたが、食事指導だけで薬剤の投与は有りませんでした。

 担当医師の判断なので異論等有りませんが、凡夫の身w 何とかならないのかと、考えたり、アドバイスをもらったり、足掻いた結果、腹式呼吸を10,000回/日、足踏み疾走500歩、腕立て伏せ50回を2セットをと言うメニューを、徐々に回数を増やす形で続け、腹式呼吸は、昨日100万回を突破しました。 それと、歩行を週に15,000~20,000歩を目標にやって居ますが、此の歩数は、この先、徐々に増やして、月間10万歩を目標にして居ます。

 昨日の検査結果では、クレアチニンの数値は、2.04~2.09の間にとどまって居るとの事でしたが、全ての障害の大元である、糖尿病のHeA1Cの値は、9.6から下がりませんし、体重も、3か月で2kg増加して居ますが、前述のプラクティスは、続行した方が良いとの事でした。

 身障者の世界「=左目失明、左耳失聴、右目視力0.3、右籾聴力37dB」にも慣れてきたので、右耳のエコーや左耳の雑音も、収まって来て、通常会話の聴取も、或る程度、復活しましたが、右目の視力は、前より低下した様な気がしますね。

 私は、遣って来た職業が、設備管理系の技術者なので、数値の意味に拘ります。 然し、機械と同じで、構造的に一回数値が落ちると回復出来ない機能もある事は、承知して居ます。

 然し、目の時も、そうでしたが、視聴覚器官の機能不全って、現代医学でもどうしようもなく、結果、再生医療の発展に頼る他は無いのかなぁと、思いますね。 マァ、年齢からって機能回復に、それ程拘ってはいませんし、再生医療で全てが解決するとも思えませんがね。

 其処には、欠陥や機能不全で、その人の人生に与えられる、様々な可能性の喪失や人並みに生活を送るのにも、非常な努力を必要としたりする事で、失う時間も大きいと思います。 こんな時、人間は、どう考えて自分を納得させればいいのでしょうか。

 運命を呪ったり、誰かの所為にした処で、何も解決しませんし、例えば、補償金や慰謝料で大金を手に入れた処で、機能や欠陥が元に戻るわけでも、失われた可能性が復活するわけでも有りません。

 そして現実はと言えば、欠陥や機能障害が、先天的であろうと後天的であろうと、機械では無いので、新替えする事は、出来ませんので、現状在るものを、謂わば、騙し騙し使って行くしかない。 欠陥や不全と戦うのではなく、その状態を自分の特徴として認めて、「障碍者」である事に自覚を持ち、「与えられた条件で、生き直そう」と思い直さねばならないのですね。

 此の無念さや悔しさは、健常者で有った時に人並みに優れたものを持って居た人が、其れを失った時の方が、絶望の大きさ深さは大きいでしょうね。 でも端から持って居ない場合、失うものが無い部分、云いしれぬ、喪失感が有るかもしれません。

 私は、視聴力共に、人より優れて居ると言う、自信が有りましたので、先ず視力を失った時、如何に視力に頼った生活して居たか、認識力の大部分を視力に依存して居たかを思い知りました。 そして、今度は聴力ですが、是も、音楽や虫の鳴き声等が失われて、愉しみを失って、孤独になりました。

 然し、モゥ元には戻らないのだし、現状を肯定的に捉えて、遺された機能を使って、出来るダケ、世の中の余計者、異物に成らぬよう、日々努力して行くしかありません。 でも、我々だって生きて居るんだ、と言う世界観、価値観が赦されるのなら、身障者の立場でも、何か、「皆の為になる事に参画して、皆と、その達成の喜びを分かち合いたい」と、思うのです。 世界には、そう言う人が、実は何億人も居るのだと、気が付きました。

 こうした世界を知る事も、障害を得たからこそ分かった事です。 健常者で有った頃に、自分が健常で有る事に、本当に感謝して居たか、本当に生かされていると実感できていたのか、今になると疑問です。 

 ですから、この「お仕組み」も、神様が私に、自分の驕りに気付きなさい、他人の悲しみに目を向けなさい、他人の人知れぬ努力を理解しなさい、と言う、人間として必要な、自分を知り周りを知る、他人の悲しみや苦しさを知る、そして、自分の使命を知る為に、神様が私に与えて下さった機会「=チャンス」なのでしょう。

 それが証拠に、私は、未だ、人並みに動けますし、斯うして自分の意見を文章にして遺したり、誰かに伝える事も出来て居ます。 思えば、私は、親譲りの負けず嫌いで、何でも負けると、悔しくって、人一倍練習したりしました。(但し、勉強はしませんでしたがww)、つまり、未だ「何かを為し得る機能」を遺してもらって居るのです、「俺の人生は未だ終わって居ない」と言う気がします。 

 是迄、器用貧乏と言うか、自分は一体何に打ち込んだらいいのか、判らないママ、少年~青年時代を過ごしてしまいましたので、その間に、仕事は一生懸命にやりましたが、何か、使命感の様なものが感じられなかったので、色んな人との出会いを求めて、暇さえあれば、夜の街を、彷徨いていましたね。 

 然し、斯うした時間が無駄だったとは、今でも思えません。 予定調和を信じて居る訳ではありませんが、こうなるべくして成った、否、此処まで、生かしてもらえたのは、寧ろ幸運で、色んな方々の目に見える/見えない御助力・御加勢があったからこそだ、と思えるようになりました。 

 この先、私が一体何をすれば良いのか、実は未だ、はっきりとは判りません。 でもモゥ、ジタバタそれを考えるのは止めにして、天命が下るまで、是迄通り、心身を鍛えて、お役に立てるよう、戦力になる様に、準備をしておきたいと思います。

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