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2018年10月18日 (木)

AIKOが歌う「恋をしたのは」は素晴らしい

以前にアニメ映画「聲(こえ)の形」の物語を西宮の視点から短く書いた。

ーー物語はじめ

私(西宮硝子)は、将也(しょうや、石田将也)を花火見物に誘った。

私が決心をして将也に「好き」と言ったのに将也は理解できなかった。

将也は、自分が小6の時に(聾唖の)私をいじめたことに罪悪感を持っていて、その贖罪のために私と付き合ってくれているだけなのだ。

やはり私は将也からは求められてはいない。

ーー

私の存在は、このままだと将也を不幸にするばかりだ。

ーー

将也を不幸にするくらいなら、死にたい。

偶然私をいつも監視している母と妹の結絃(ゆずる)がいない。

それで私は、自宅マンションに帰り、ベランダから飛び降りた。

花火が私の体を明るく照らし出した。

ーー

ところが、ベランダから飛び降りたその瞬間に、私の右手が力いっぱい捕まえられてしまったのだった。

見上げると将也の顔があった。

今まで見たこともないような真剣な表情だった。

ーー

俺は絶対に君を死なせはしない。

死なないでほしい、という将也の叫び声が聞こえた。

確かに私にはそう聞こえた。

私は我に返った。

死んではいけないと左手でベランダの縁を必死になってつかんだ。

左手に力を入れると、身体がふっと持ち上げられ、その瞬間に、将也の体が落下した。

ーー

外でこれを見ていた人がマンションにやってきて私を引き上げてくれた。

(私を将也と一緒になっていじめていた島田君たちだった)

私の代わりに落下した将也の姿は暗くて見えず、救急車が呼ばれ将也は病院へと搬送された。

ーー

将也は運ばれた水門市立病院で昏睡状態なのだという。

ーー

私の考えはおそらく間違っていた。

将也やその他の人たちが作り上げたものを破壊したのは自分だが、それは修復可能なのかもしれない。

自分がするべきことは、死ぬことではなく、破壊された環境を自分の手で修復することなのだ。

ーー

私は、小6の同級生で私や将也をいじめたことで、生活環境を破壊されたと感じている人たち一人ひとりを訪ね、修復したいと言い和解を求めた。

私を拒絶していた植野さんには何度も会いに行ってとうとう話し合うことができた。

残るは昏睡からまだ覚めていない将也だけだ。

将也とは、まだちゃんと話せていないのだ。

ーー

そして私は、夢の中で将也と話をしていた。

夢の中の将也は、「もう火曜日は終わる、じゃあまた」といつものように言って、後(うし)ろ姿を見せた。

私は、将也がこのまま死ぬのではないかと思い飛び起きた。

そして、早朝の町を駆けて私が行くといつも将也がいた水門橋へ急いだ。

ーー

橋に着くと欄干を持ち、私は大声を出して、何度も泣いた。

将也、死なないでほしい。

このままでは私は本当に不幸をもたらす女のままになってしまう。

ーー

私の涙が枯れかかったとき、欄干にかすかな振動を感じた。

見ると、そこに欄干につかまって入院ガウンを着た将也が立っていた。

私は、将也の幽霊が現れたのかと疑った。

近づいて人差し指で触れてみた。

生きている、将也だった、ああ将也、私は心の中で絶叫していた。

将也は「俺はほぼ元気だ」と言った。

ーー

その将也は、真剣な顔で、私を見つめ、そしていじめたことをどうか許してほしいと初めて謝ったのだ。

そして俺は多くの人を巻き込んでその人たちの生活環境を変えてしまった。

それら多くの人たちにも謝るつもりだ、といった。

それから近づいてきて、私の手を重ねて自分の手を添え、俺の「生きるのを手伝ってほしい」といったのだった。

ーー

ああ将也、私は小6の時何度も将也に「友達になってほしい」と頼んだ。

私に代わっていじめられるようになった将也は無抵抗にいじめを受けていた。

それは私に対する罪悪感があって、罰を受けるのは当然だと考えていたからだと私には分かっていた。

将也を非難する机の落書きを私が消していると将也がやってきて、「気持ち悪い、どうしてそんなことをするんだ」と言って私に飛び掛かってきたことがあった。

小6の将也の表情は、俺はいじめられて当然の人間なんだ放って置いてくれと言っていた。

ーー

私はずっとそんなひたむきな将也が好きだった。

私も、将也の手にかみつき、将也に馬乗りになって「これでも(将也のために何かしたいと)頑張っている」と懸命に声に出して言った。

そんなことをしたのは将也に対してだけだ。

ーー

その大好きだった将也が高2になって私の前に現れた時には、私は心底驚き、どうしていいのかわからず思わず逃げた。

そして将也が手話を覚えていて、私に「友達になってほしい」と言った時には涙が噴き出した。

将也はその時やっと、私が何度も将也に言おうとしていたことを理解したようだった。

ーー

しかも将也は、筆談帳を忘れ物だと言って渡してくれた。

それは悪意ある書き込みの中にも将也との思いでがいっぱい詰まっている私の宝物だった。

いくら探しても見つけられなかった。

それを将也は手元に置き5年間も保存していてくれた。

そう思うとこの筆談帳は一層いとおしい。

ーー

好きだと将也に言えたのは、その後、髪の毛をポニーテイルにしてそう言う決心をして水門橋へ行った時の事だった。

ポニーテイルにした私を見た結絃(ゆずる)が、将也に見せようとして、メイルmailをして将也が来るように仕組んでいた。

(結絃(ゆずる)は硝子の妹)

しかし将也は理解してくれなかった。

というよりも将也は自分には私から好かれる資格などないと考えていたからであることが今ではわかる。

ーー

私は、将也が「生きるのを手伝ってほしい」などといってくれるなどとは思いもしなかった。

「生きるのを手伝ってほしい」のは私の方だ。

私は、将也のことが本当に好きだ、将也となら人生を切り開いていける。

私は、将也をまっすぐに見て、手伝うと約束した。

ーー終わり

そこでAIKOが歌う「恋をしたのは」を聞くと西宮の気持ちを表現していて、素晴らしい。

是非クリックして聞いてほしい。

1980年代に宮崎駿と久石譲が作り上げた音楽はどちらかというと西洋風のものだった。

それが2016年になって新海誠とRADWIMPS、山田尚子とAIKOが作り上げた音楽はどうやら世界で日本でしか聞けないとも言うべきものになっている。

日本では音楽を聞く人が爆発的に増えたために西洋から持ってくるような安易な楽曲の作り方ではもう日本人の耳を満足させることができなくなったのだろう。

ーー「恋をしたのは」の歌詞、括弧は縦椅子

Ah…恋をしたのは(いつからか 泣いたのは何度目か)

今降るこの雨遠くは晴れている

だからすぐに会えるね

止めば乾いてそして星が降るから

お願い(会えますように)

一枚一枚増える色の(感情)

違う写真めくるように

伝えたかったことは

今も昔もずっと同じままだよ

Darling

迷わぬよう歩いていける

たったひとつの道標(みちしるべ)

ーー

ねぇ前向いて

私はここにいるでしょ?

だからもう泣かないで

心が割れた時も特別な日々を くれた

些細に掛け違えた赤色(いかり)

あの日の廊下の白色(悲しみ)

初めても最後も

今も舞う花びらに刻み送るよ

Darling

落ちる雨に映る

二人 世界は誰も知らない

Ah…恋をしたのは

いつからか 泣いたのは何度目か

数えると夜が明けるわ

困るな

Darling

ーー

伝えたかったことは

今も昔もずっと同じままだよ

Darling

迷わぬよう歩いていける

たったひとつの道標(みちしるべ)

ーー

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>心が通い合うと言う素晴らしさ
 私は、昨年の感染症~敗血症で、左耳の聴覚を失いました、右耳もダメージを受けて居て、70代の聴覚に劣化していると診断されて居ます。 

 抗生物質を約4.5カ月8時間おきに投与したのですが、内耳の部分は、元々免疫力が働か無い処なので、細菌「=黄色ブドウ球菌」によって、機能破壊されているから、機能の復活は有り得ない、と無情の診断、爾来、世界が一変しました。

 「健常者の世界」と言うものの見方はした事が無かったのですが、自分がその世界二十人になって看ると(と、云っても半分だけでㇲが)、先ず、聞こえないモノに対する関心が、大幅に低下しました。

 私は、洋楽が好きだったので、Jazz。Rock, Classsic, Soul, Cross-overを中心に、CDを600~700枚、蒐集して居ますが、完全に死蔵化して居ます。 次に、TVは時偶、スポーツ中継やドラマを見る程度でしたが、是も興味を失いました。 別の言い方をすれば、世界がうんと静かになったのです。

 でも、失聴して半年くらいで復職したのですが、営業で九飽く先に行っても、話がかみ合わない事が多く、その旨を会社に話すと、11月に解雇通知が来ました。

 気の毒なのは女房で、半年くらいは失業給付で何とかなると言う話でしたが、やはり働かないと、食っていけないと言われて、暗然とした事を覚えて居ます。 それに、生活から音楽が消えて終った事が、孤独感を増幅している事に気付きました。

 「自分は世の中の余計者だ」と言う、現実認識が強制されている様で、「あぁ、どん底だなぁ」と、実感しましたね。

 この「声の形」と言う話を、紹介いただいて、最初に思ったのは、先天的であれ後天的で有れ、音楽の素晴らしさや感動を、その人達は知らない、体験できないのではないかと空想して居ましたが、何かの本を読んで、波動と言うものは、視聴覚を超えた処にも、メッセージを届けられる事を知り、音を介した会話が出来ない聾唖者の世界にも、音楽は生きて居ると知って、感動した事が有ります。

 この主人公の硝子は聾唖者ですが、健常者の、其れも「他の心や立場を忖度できない」子供の世界では、「普通のやり方では、意思を伝えられない」対象の他人は、その集団では異物でしかない、と言う現実がむき出しになります。

 聾唖者の方も、自分の気持ちや感情を相手に伝えて、例えば、判ってほしいカラ、大声で罵倒したくなる事も有る筈です。 そういう人間が子供には、多い事を健常者だった私も良く分って居ます。

 そして、孤独に陥り、助けを求めようにも、方法が先ず分らない、援けて貰ったのに分らない、と言う体験をするつぃぜんに、「社会の異物である自分が、他人を煩わせる事で周りを不幸にして居る」と言う罪悪感を持ち始めます。 致命的なのは、それが現実其のままだから、健常者が何を言っても、上っ面の気休めでしかない、と言う事です。

 こう考えて行くと身体障碍者でも、聾唖者と言うのは、外見は、健常者に見られるので、逆に、誤解されて、より孤独な環境に陥ってる人が多いのではないか、何かの原因で、生きるモチベーションが低下したら、自殺に走りかねない様な気がします。

 身障者の孤独の深さと言うものは、健常者の頃は想像もしなかった事ですが、「自分が障害を得て、初めて判る他人の心」と言う体験も、私の為に、神様がお与えに成られた、お仕組みなのではないかと、この頃、思えるようになりました。

 歴史の名を遺した人でも、実は身体障碍者だった人は。結構いる様です。 健常者と変わらぬような扱いを望み、自身の障害との戦いを続け乍ら、更に、常人には成し得ない様な困難な戦いを、進んで熟して来た人ですから、偉人なのですが、その人物を語り伝える時に、その障害については、実は生涯の、かなりの部分をその克服の為に使って居るのに、語られるのは、ほんの一行、「実は身障者でした」だけです。

 是は、本人に対する敬意を表している部分は有ると思いますが。後に続くモノ達に、彼の生涯を通しての障害と戦った姿は、希望の灯火に成ると思うのですが。書けないのは、障碍者に成った事が無いので、その孤独の深さが分らないのでしょうね。

 この物語自体は、その孤独を連想させる部分が、文脈を通して伝わってきますので、この作者は、その孤独についての経験があるのかなぁ、と推測します。

 どちらにしても、身障者が、「俺たちも生きて居るんだ」と声を上げ始めて居る様に思いますが、是も、世界が進化したからだと、私には、思えてなりません。 パラリンピックが、注目される様になって、健常者の選手と同じレベルで、評価される様になっています。 

然し一方では、TVに障碍者の映像を流すと、「気持ち悪い」、「こんなものを賛美する等、偽善で醜悪だ」と言った、小学生並みの「他の心を理解できないレベルの低さ」や「『自分がそう言う立場に立ったら』と言う想定が出来ない、狭量な心しか、持ち合わせて居ない者」は、マダマダ沢山いる様ですね。

 然し、人類の歴史上で、身障者に光が当てられあのは、今迄に無かった事です。 私は、このママなら、世界政府など間違った考えでは無く、世界の国々が、自民族の文化や価値観を、相互に理解し合った上で、この地球上から、貧困・差別・暴力 そして戦争を無くす為に、世界中が覚醒する日が何時か来ると、信じられるようになりました。

 障碍者であろうと、健常者であろうと、人々の間には、「他」と言う壁が存在して居ます。 有史以来、人間が心血を注いで来た目的を達成する為には、その他の壁を超える努力が必要だったのです。 何故なら人間は一人では、何も成し得ないからです

 その壁を超えて、心が通いあった時、大抵の人間は抱えて居た孤独から解放されます。 譬え、一瞬だったとしても、深く心に刻まれる場合が多い。

  「壁を超えて、心を通じ合わせる事」それが神様が、人間に与えた生きる為の糧なのではないでしょうか、つまり、人は一人で生きて居ては、いけないのです。 皆が心を通じ合える社会を創る事こそが、神様が人間に望んでおられる事であると、私は確信します。

縦椅子様
 今日も素晴らしいブログ有難うございます
ナポレオン・ソロさまのコメントは今の私の状態を代弁してくださっているかのようです。歌を歌うことが好きだったのですが、「歌を忘れたカナリア」のようになってしまい、子供の頃の童謡も以前のようには心に響きません。しかし、歌にまつわる記憶はおもいだされます。最近教会堂でシャンソンを聞いた時、「なぜか独りぼっちの気持ち」とコメントに書きましたが、「枯葉」の名曲を聴いても、感動はおこらず、「ミラボー橋」の詩が急に思い出され、口をついて出ました。「スルポンミラボー…クールラセーヌ・・・・ラジョワトゥジュールアプレラペェヌ・・・・ジュドゥミュール」
『よろこびはいつも苦悩のあとに来るもの。鐘よ鳴れ!夜よ来い!私はとどまる!」-「これなんだ!」と私は納得しました。

虐められた人と虐められた人の葛藤ですけれど、最近は虐められた人は覚えているけど、虐めた方はそれほど覚えていないような気がします。

それなのに、虐められた人はいつまでも精神的に落ち着くことはないのに、虐めた人は昔はやんちゃで迷惑をかけたけれど、今は反省しましたで済ませますし。
やられた人がどれだけ引きずっているかなど、虐めた人に聞いてる人は理解できないだけでなく、虐めた人が更正した話が欲しいだけなのです。


少し前に、子供に幼児時代のことを聞いたら、同級生に虐められたと言って虐めたこの子となど覚えていませんでした。
私は、相手の子もその両親も知っていまして、結構仲良くさせてもらっているつもりでいたのですが、子供の方は、実態はそうでなかったというものですから、親とは子供のことを全面的に理解しているつもりでも、現実はそんなに理解を出来ていなかったと、反省しきりなのです。

虐められた経験から、虐める人にならないようにと育てたのですが、虐める人にはならなかったけれど、虐められる立場に育てていたと言うことに反省をしています。

それで、孫にはやられないようにと、最大限に育てているつもりです。

ソロです。
 夜中の1時に、突然、歌が頭の中で始まって、歌詞や曲名が。気になって眠れないので、起きてきました。ww

 曲名は、「故郷の空」、 「蛍の光」と同じ、スコットランド民謡なんですね。  

  夕空晴れて 秋風吹き 月影落ちて 鈴虫鳴く
  思えば遠し故郷の空 あぁ我父母 今は如何に

澄ゆく空に 秋萩垂れ 玉成す露は芒に満つ
  思へば似たり 故郷の野辺 あぁ我兄弟誰と遊ぶ

 原題は、「ライムギ畑で・・」と言う、ちょっとHな歌らしいですw

 詞は、日本人のモノなんですが、スコットランドも農耕民のケルト人の国なので、日本文化とは、親和性が有るんだと思います。 唯、同じケルトでも、アイルランドは、自己主張が過激ですし、ウェールズは、逆に自己主張が無さ過ぎます。 この辺りの差は、ドゥして出来たのかが、興味が湧きますが、ヒントは。ウィスキーに在る様な気がします。

 スコットランドと言えば、スコッチ・ウィスキーでしょうが、アイルランドも、アイリッシュ・ウィスキーと言う、スコッチほど有名ではないけれど、癖があるので、根強いファンを持って居ます。

 アイルランドの過激派IRAとイングランドの対立の原因は、主にに宗教上の理由で、ローマが布教したカソリックを、16世紀に起こった宗教改革の影響を受けて、ブリテン島でも清教徒革命を起こして、イングランド「=アンッグル人の国と言う意」が。国毎新教に改宗して終ったので、同君合邦の国家連合なのに、支配者の心算のイングランドが、先住民のケルト人国家に対しても、新教を強制した事で、反発が起こったと言う話です。

 アイルランドの農民は、イングランドの地主からの収奪が酷いので、新大陸に移住するバイアスに成ったと言う話もありますし、昨年のイングランドのEU離脱「=Bricxittte」に際して、スコットランドが、EUへの残留を主張して、UK「=United Kingdom」からの離脱の是非を問う、国民投票をやった事も、記憶に新しい事です。

 斯うして看れば、遊牧民や狩猟民族と言った好戦的で非生産的な民族と生産民の農耕民の確執は、洋の東西を問わないモノが有りますね。 世界に冠たる英国「=イングランド」も、結局、元々は多民族国家だったんですね。

縦椅子様
素晴らしいブログのお陰で元気をいただき有難うございます
今AIKOが歌う「恋をしたのは」の動画に流れる音楽を聴きました。縦椅子さまが詳しく解説してくださったように画面が動いていき、そのバックにAIKOの澄んだ、硝子らしい純な一途な透明な歌声が響きます。本当にいいうたですね!感動しました。

伝えたかったことは

今も昔もずっと同じままだよ

Darling

迷わぬよう歩いていける

たったひとつの道標(みちしるべ)

のリフレインを何度も聞いていると、医院の入り口にかけられた
ずっと続く道の絵が浮かんできます。そして、時は過ぎても、この歌の通り、まったくこの歌の通りー「ことは運んでいくのだ」と。
縦椅子さまの「伝えたかったこと」は「今も昔もおなじままだよ」ということなんですね。了解いたしました。
そのあと、「君の名は。」の動画とその背景に流れRADWIMPSの音楽を聴き、小説を読んでいた私には、「目から鱗」「一目瞭然」でした」。新海監督の「心を重んじられている世界感」は若者ばかりでなく、孤独な人々に「すくい」なり続けることでしょう。 
素晴らしい作品のご紹介ありがたく感謝いたしております。

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