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2018年9月14日 (金)

イエズス会とは、誤訳である

ー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

橋場日月『明智光秀 残虐と謀略』(祥伝社新書)

2014年に、豊橋市金西寺で、寺に伝わる『當寺御開山御真筆』が発見された。

何が書かれているのかについて、島田大介(豊橋創造大学教授)と高崎俊幸住職によって解読が進められてきた。

解読された内容について、『毎日新聞』は、2017年2月4日付で、「そこには光秀を礼賛し、信長は悪人と記されている」と報じた。

ーー

当時の仏教界は本能寺の変をなした光秀を「勇士」とし、その行為を快挙として喝采していたことになる。

信長は「黒ネズミの平清盛の再来」と、当時の雰囲気が生々しく記されているのだという。

ーー

この古文書は江戸初期に編まれたもので、同寺を開いた月令(山冠に今)和尚が書いたものだ。

当該文書の冒頭に京都東福寺住持だった集雲守藤(別号「江湖散人」)の詩文が引用されている。

この詩文は本能寺の変の翌月に書かれたことが判明しており、信長が生きていた時代の雰囲気の余韻を残しているのである。

ーー

そこには「信長は京都を鎮護して二十余国を領したが、公家を蔑ろにして万民を悩まし、苛政や暴虐は数えきれず、信長の死を人々は拍手した」云々とあった。

つまり信長は、既得権益者であった公家や大寺院の僧侶から嫌われていた。

朝廷、公家ばかりか京都の民、仏教界、堺衆からも、そして末端の庶民に到るまで、魔王を早く排除せよとする声が満ちていたことになる。

当時の貴族から大衆に至る人々の信長に対する評価を知る意味で、有益な古文書である。

もちろんそれが事実かどうかは、もっといろんな文献を読み比べないといけないのだが。

ーー

これまでの芝居も小説も歴史評論も、後の世にでた『信長公記』『明智軍記』を根拠として書かれたものだった。

この古文書が事実だとすると、信長存命中の時代的雰囲気を掴みきれない弱点があったと言えるだろう。

ーー

古文書が事実だとすると、時代の雰囲気は信長という覇王の排除を念願していたことになる。

仏教界は強烈に信長の死を望んでいた。

公家も、町衆も、要するに既得権益者周辺の総意だったことが分かる。

ーー

評者(宮崎)は、本書の冒頭に、この古文書の紹介があるので、光秀をこれまでにない切り口で評価するのかと期待して読んだ。

が、結論は一言で言うと光秀野心論であったのだ。

高柳光寿の現代版である。

ーー

光秀は、戦闘の陣形の取り方、鉄砲隊の配置と間の取り方の絶妙、強引な駆け引きと陰謀、調略にぬきんでた能力を発揮した。

武将としてぬきんでた存在だったのだ。

この点は著者の橋場氏も高く評価している。

光秀は卓越した指導者だった。

ーー

だから信長軍団にあって一番乗りの城持ち大名となり、惟任日向守という官名も一番先に、しかも一等上の格だった。

秀吉が勝家が恒興が長秀が一益ら周囲が羨望と嫉妬を燃やすのは当然である。

だが、誰もが明智に叶わなかったのは、その識見だった。

ーー

光秀の並外れた教養を前に、武将達は超えられない存在と認識していた。

だから武将たちは、光秀の失敗を待っていた。

ーー

光秀は娘らの婚姻を政略の道具として進めた。

それ故、明智家は、細川とも長宗我部とも親戚であり、西国から瀬戸内海の富を得ようとする野心があったとする。

ーー

だが本能寺の変で誰も呼応せず、瀬田の橋を落とされて安土城攻略に三日の後れを取った。

山城の合戦では鉄砲隊の配置で勝てる布陣をなしたが、不運にも雨にたたられて鉄砲は役にたたなかった。

ーー

騎虎の勢いで光秀を撃破した秀吉だったが、いきなり天下人になれたのではなく、彼の野望に立ちはだかる武将が何人もいた。

細川、毛利、伊達、島津等々である。

その前に秀吉は織田軍団の内紛を片付ける必要があった。

ーー

秀吉が跡目相続で織田の権力を簒奪することは眼に見えていた。

それを許せないと思うのも、信長麾下で鎬(しのぎ)を削ってきた仲間から見れば当然である。

なぜ自分が猿の風下に立たなければならないのかを考えただけでも腹立たしいのだ。

ーー

だから先輩格として猿ごときとさげずんだ柴田勝家が立って、前田利家と佐々成政は従ったが、同じ先輩格でも丹羽長秀は秀吉に付いた。

滝川一益は遠く厩橋にあって間に合わず、同格と考えてきた池田恒興にとっては秀吉についたほうが裨益すると思ったまでのことである。

賤が岳(しずがたけ)の一戦では武将等の思惑と打算が動いた。

ーー

また戦争とは謀略と残虐がともなう。

光秀に限らず誰もが突っ走った。

残虐非道をいうなら一向一揆を皆殺しにした信長が一番であろう。

野心をいうなら誰もが天下人を夢見るのは当たり前の心理だったろう。

ーー

さて本書はフロイスの言を多用している。

『日本史』でフロイスはこう書いた。

「(光秀は)裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己を偽装するのに抜け目なく、戦争に置いては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった」

ーー

戦国にあって裏切りは世の常、密会は茶会、連歌会、刑に厳格なのは法治主義の萌芽ともとれ、また異教徒を前におのれをさらけ出すのはバカであろう。

謀略が得意の武将は、この時代の絶対必要条件なのである。

ーー

イエズス会とは、誤訳である。

これは「イエズス軍」と翻訳するべきなのだ。

こんにちのアルカィーダ、IS、タリバンの類いの狂信者集団と同じ狂信的使命感と狭窄な教義(ドグマ)を信じている人たちのことだ。

独善的で、それこそ他国を侵略し、民を洗脳し、奴隷貿易で稼いでいた人々のことだ。

ーー

アルカィーダが異教徒(キリスト教)を高く褒める報告を作成するだろうか。

フロイスの譬喩(ひゆ)は、その宗教的軍団の意図を割り引く必要がある。

フロイスが明智をぼろくそに酷評する報告書を書いたのは、おそらく切支丹大名の入れ智恵によるものであろう。

あるいは光秀がイエズス会の正体「イエズス軍」をはやくから見破っていたことに対する、悪意からくる報告書で、全幅の信頼には値しない。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>異国人から見た戦国三傑の実像
 明智光秀が、仏教関係者から称賛されて居た事自体で、その仏教者の中の偏向性が窺えます。 何故なら、主君信長の命令とは言え、多くの民間人の死者を出した比叡山延暦寺の焼き討ちの際の実行の主力部隊は、明智軍だったからです。

 光秀は、創業社長の下で働く、エリート出身で、今で言えば、高学歴で、然も成績優秀なダケで無く、実行力や策謀にも長けており、何処を取っても申し分のないエリートの様なモノだった。

 延暦寺の焼き討ちは、自分が目指す目的の為なら、少々の犠牲や良心に恥じるような事でも仕方がないと言う独善の許容だが、当時は、「自分がやらなくても他の誰かがやる」と言う現実に、従った迄の事で、責められません。

 処が、他の武将と言えば、元々、平氏出身の弾正職に在る家柄とはいえ、戦国の無秩序状態では、尾張から成り上がった田舎大名にし過ぎない織田家ダカラ、付き随う武将達も田舎者でした。 弟の信行を担いで信長を亡き者にせん、としたのも、現状維持しか考えて居ない、常識に捕らわれて家臣団の考え方でしかありません。

 信長自身が、天下を取るには、田舎大名の殻を打ち破って、そう言った古色蒼然とした常識に捕らわれて居てはならぬと考えて居たから、何より、信長は、人材を求めて居た。ダカラ、或る時、家老の佐久間氏を筆致うとする古参の家臣を解雇している。 つまりは、極端な合理主義者であったと見られる。

 ダカラ、室町幕府の4管領家の一つであった、斯波氏の重臣の家の出自で有る事で、京の事情にも詳しく、室町幕府の実力者で有った細川や畠山などとも交流が有り、信長には未知の「京のしきたり」にも精通している事から、見出され、重宝され、並み居る譜代の重臣を抜き去って、家臣筆頭の地位を手に入れたのだろう。

 当時は、一向宗、法華宗と、宗派こそ違え、戦国の不安定な世相を反映して、仏教が、宗教的な色彩を強めて居た。 ダカラ、信仰の拠点となる寺は、信者で溢れ、その庇護の為に、僧侶は武装し始め、何時しか、戦国大名並みに膨れ上がって居た。

 常識に拘らない信長は、此の勢力を、信仰集団と言った特別視し無かったから、歯向かう勢力には、何の容赦も無かった。 ダカラ、仏教関係者から信長が悪魔の様に怖れられ嫌われて居たのは理の当然、然も、家臣団も信長に右へ倣えで、命令に逆らえば、荒木村重の様に、有望な家臣と雖も滅ぼされて終った。 

 光秀は、斯波氏の家臣で有った頃から、その英明さは、音に聞こえて居た様で、東海地方での彼の潜在的な評価は高かった様です。 

 優秀な部下と言うものは、角度を変えて看れば、「敵にすれば非常に危うい存在」と言う事になりますから、この風評を聴いて、光秀の忠誠心を訝った信長は、光秀の師匠格に当たる寺を焼き討ちに懸け、住職を焼き殺して居ます。更には、兵庫の大名を責める時、人質に差し出して居た光秀の母親を、見殺しにさせています。

 是程、信長に警戒された光秀でしたが、光秀は、所領として下された、坂本の庄(今の滋賀県湖西地区)に善政を布いて居たので、天下の謀反人の汚名が有るにも拘わらず、領民から今でも慕われて居ます。

 つまり光秀は、武将として優れて居ましたが、職務に忠実だっただけで、信長や秀吉の様な野心家では無かった可能性が高いですね。

 その後、光秀が安住の地と思って居た、領地を召し上げられ、代わりに、中国攻めを申し着けて「領地は切り取り次第」としますが、この仕打ちに光秀が、とうとう「切れた」と言う見方が、やはり、正しいのだと私も思います。 信長は、明らかにやり過ぎましたし、光秀の本性を見誤って居たとも言えると思います。 

 然し、信長が光秀に全幅の信頼を寄せて居たのは間違いなく、光秀の万を超す軍勢を与えて、秀吉の中国攻めの加勢の為の出陣を申し付けた、その夜に、僅か、数百の手勢で本能寺で茶会を催す等と言う、大失態を犯して居るのです。

 戦国武将に在るまじき、「用心が足りなかった」のは、光秀に色々な動機を与えて居乍ら、光秀の胸中を慮る事をしなかった、信長の人間としての驕りが有ったと私も思います。 曰く、「奇襲に拠って立ち、奇襲に拠って斃れる」、「策を弄するものは策に拠って滅ぶ」の譬えの通りになっつぃまいました。

 この辺りまでは、様々な事実の積揚げからの推定なので、どの歴史ものでも粗一致して居ますし、現実なのだろう、と思いますが、宣教師フロイスの見方には、ある種の偏見が入って居る事は、間違いが有りません。

 フロイスがどちらの味方をしたかと言えば、勿論、キリスト教の布教を援助した信長でしょう。 実は、日本侵略の先兵であった、フロイスにが、庇護者信長を殺した光秀を良い人物として、イエズス会に報告する義理も、必然性も有りません。 唯、信長の死は、キリシタン大名と呼ばれる、教化・洗脳に成功した大名が増え始めて居たのに、終止符を打たれ、爾来、禁教に向けて一本道になる契機であったと言うだけの事でしょう。

 現在、歴史を紐解き、秀吉や家康が、為政者として、どの様な内政を行って居たかと、云う視点で考えれば、秀吉の検地「=税金の対象になるものの価値とその所有区分の明確化」と、刀狩り「=宗教勢力や地侍と呼ばれる、不逞集団の根絶」の2つは、国の基礎となる租税の確立と、治安の確立ですね。 

 是は、武力に拠る統一事業が終わったとはいえ、日本の各所に、未だ不満を持った勢力が居た当時ですから、半端。当然の話ですが、秀吉が、唯の成上がりの策謀家の才ダケの人物では無かったと言う事でしょう。

 そして家康は、上記の秀吉の施政をそのまま取り入れた上に、身分制度の施行「=生産層の身分保障と定住化の強制による、生産石高の安定、更には流民の撲滅から、職業別に固定して、戸籍化を目指した」と言う、現在のマルクス史観で、「階層間差別」と、して扱われている事象も、戦国時代と言う、無秩序な状態から、生産層である農民が、農業に専念できる状況を創り出すのには、人の移動を制限して、安定した労働力を確保する事が、次のステップとして大事な事ダカラです。

 応仁の乱勃発以来、150年にも亘った、戦乱で無秩序になった状態から、この様な大改革を、僅か、30年程で実施して、特に検知のデータは、現在でも使われているデータですし、刀狩りに至っては、米国で未だに銃器性が出来ていない現実を考えれば、タイムリーで、優れた発想だと言うしかないですね。

 その秀吉の施策をちゃんと理解して、その上に、更に世の中を安定させ、キリスト教の様な外敵にも強い体制、国の基礎を造り上げたんは、今更ながら、絶賛されてよいと思いますね。

 西洋には、このレベルの為政者はいませんから、然も三人も、 一宣教師に過ぎないフロイスが、その様な、優れた国家観や比較しうる。西洋宇国家の状況に関する知見を持って居たとは思えませんし、最後まで見て居られたかも疑問ですから、そうした報告は、欧州には齎されて居ないと私は思います。

いつもブログの紹介を有難うございます。
仏教界側、キリスト教界側それぞれで信長、光秀の評価が違うのに気付いて読まなければならないのですね。  もし、信長がずっと生きていたなら、彼はイエズス会がイエズス軍だと認識する事が出来たでしょうか。そして日本はどうなっていたのでしょう。でも”if”という言葉はないのでしたね。
昨日9月13日のブログについて
米国の中国潰しは、基軸通貨としてのドル防衛の為、国際金融資本とトランプが本気で取り組んでいるということが分かりました。
国際金融資本はイスラエルを建国してしまう程の凄い力があるとは。トランプも国際金融資本には逆らえないのですね。
でも中国はドル枯渇とのことですが、中国が大量に持っていた筈の米国債はどうなったのでしょう。
又、ロシアは何故中国から大量の金をドルで買ったのか不思議です。ロシアもルーブルが弱く、ドル保有に余裕があるとは考え難いですが。 金本位制を目指すのにも無理があるし...。
米国では英語を話さない人々が増えたり、星条旗を燃やす写真等を見て、その内、アメリカは分裂してしまうのかと思っていましたが、まだまだ1つにまとまる力があるのですね。

>解読された内容について、『毎日新聞』は、2017年2月4日付で、「そこには光秀を礼賛し、信長は悪人と記されている」と報じた。

戦後世代にとって、光秀は主君に反逆した武将ですから、反逆者は好きになれません。それにテレビの影響もあるのですが、どうも下克上の時代であるとは言え、もうしばらくで信長による日本統一がなされたであることを考えますと、優秀であるとは言えども、武将による反逆では好きになれないのです。

そこに秀吉が出現しますと、一夜にして高松城の問題を解決して、そのまま天王山に向かうという鮮やかな進撃は日本人好みなのでしょう。
その後の、秀吉の強引な跡目相続すら、鮮やかな欺しに見えます。


しかし、今日のブログで尤も驚いたのは
>イエズス会とは、誤訳である。
これは「イエズス軍」と翻訳するべきなのだ。

これでした。
もし、日本が戦国時代の終わり頃出なかったら、ポルトガル人の鉄砲の前に、日本で鉄砲を真似して生産することが出来なかったら、独立国の日本がその立場を保てたのかと、若干の不安を感じます。

思えばこの日本は、元寇、西欧の大航海時代、英物を中心とする植民地時代のどれにも負けることなく、植民地にされませんでした。
不幸なことに、西欧の植民地政策が終わりを迎えた頃に、戦争に追い込まれて開戦し、敗戦したことで独立を危うくしたと思います。

しかしながら、教科書でイエズス会ではないイエズス軍と書かれていたら、キリスト教の信者となった人々への見方が、現在とは異なっていたかも知れません。
イエズス軍と日本軍との間で、激しい戦いが繰り広げられた可能性を教育されたと思うのです。
尤も、秀吉は彼等が鉄砲の火薬のために、日本人を海外に奴隷として売ったことでキリスト教を禁じました。
この政策は素晴らしいと思いますが、義務教育における秀吉のキリスト教弾圧は厳しいものだったとしていましたから、真の姿を教えていなかったと思います。

>ミラクルさん ソロです。
>>13日のブログの内容について
 先ず、米支戦争は、米国の防疫収支改善が目的の、報復関税の懸け合いではなく、米国と国際金融資本の、「シナ潰し」で有る事は、ご認識されたとの事、然し、貴方が指摘して居る様に、表に出て来ない疑問も2,3ありますね。

 例えば、米国債の行方ですが、是に関する情報は、今の処見いだせて居ませんが、例えば、2年前には、ドイツ銀行に対する負債額が、300兆円有った筈ですが、何事も無く収まって居ますから、この時に、手持ちの米国債を切り崩して支払った可能性が有りますね、米国債は、US$が基軸通貨である強みから、現金と同じ効果があると私は思って居ます。

 この様にドイツと同じく、シナが予め借りて居る、返済期限の来た借金を返す為に、相当な額の金額を、米国債で支払って居るものと思います。

 2年前ごろから、シナの産業は、在庫が増えるばかりでモノが売れず、然し、計画経済の見直しして、減産すれば、長期契約を結んでいる、資源輸出国や海運会社に、莫大な違約金を支払わねばならないのですが、ドルリンクして居た、人民元を増刷すれば、歯小パ^インフレの引き金を引きかねませんからね、実体経済には影響が出ない方法で、しはらうほかはなくなったわけです。

 ですから、800億ドル相当の、金塊をロシアに売ったのも、その線でしょう、つまり、手持ちのドルがもうないのです。 嘗ては、3兆1千億ドルあった外貨準備高が、たった800億ドルもなく、塔婆の凌ぎとして手持ちの金塊を打ったと言う事です。

 でも、買い手がロシアだったと言うのは。私も意外でした、一体何に使うのでしょうね。 金塊の効用は、為替変動に強い事、それに伴い、自国通貨の価値が落ち込んでも、金塊を買いこんだ時点の支払い能力を維持出来る事でしょうから、近々、ロシアが一勝負に出て来る可能性が有りますね。

 最後に、もう一つ、「国際金融資本は、米国を従わせる程力が有る」と言う点ですが、私はそうは思って居ません。 何故なら、彼らは、決して表には出ないからです。 例えば、日本に戦争のトラップを仕組んだ、FDR「=フランクリン・D・ルーズベルト」の母親は、ハザール人ですが、決して表には出ません、伯父の大統領だった、ルーズ―ベルトの方は、良く出てきますがね。是は、FDRが、身バレする事を避けて居ると考えて良いでしょう。

 つまり、下手に深入りしたら、戦争責任を追及される惧れが有るからなんですね。 其れだけハザール人は、欧州で嫌われていると言う事です。 ハザール人も。欧州人を敵視して居ますが、皮肉な事に、欧州はハザール人の最大の顧客でもあるわけで、特に英王室が持って居る莫大な財産管理を任されて居るので、英系のロスチャイルドは欧州を抜けられないのですよ。

 国と言う実態を持って居なければ、唯の金融組織に過ぎません、金貸は、金を借りるものと返すものが両方健全で有ってこそ成り立つ商売ですが、戦争と言う、経済とは別のファクターで、国が栄枯盛衰する、異常な事態を戦争賭博の胴元と言う危うい商売をして、のし上がったのですから、情報収集力は誰にも引けを取りません。

 ロイターは、今でも外信の元締めですが、元々は、経済の情報やです、つまりは株価の変動で商売して居た、日本の江戸時代で言えば、「お話三文」の商売でした、是が戦争を何回も経験する裡に、膨大な情報網を手にする事になったわけです。

 只管、リスクを低くして、金儲けだけを追究すれば、こうなると言う事ですから、今更、相手が譬え、米国であろうと、油断などするわけが有りません。 唯、戦前日本については、世界で一人ぽっちにされ乍も、万を超すハザール人を救った事は、彼らは忘れて居ないと思います。

 ですから、私は、国際金融資本はその正体をちゃんと弁えて、上手に付き合えば、彼らは、差別的な態度しか示せない、欧州人や中東の人々より、はるかに日本人を信用していると思いますよ。 安倍さんは、其れに逸早く気が着いた政治家です。

ソロさん、返信有難うございます。

確か中国は全盛期、「米国債を売るぞ」とアメリカを脅していたように記憶します。 でも今はそれどころではなくこそこそと現金代わりに使い果たしてしまった可能性ありなのですね。

金は他の金融市場に比べて市場規模が小さく、大量に動かすのは困難とのことですが、果たしてロシアは何を考えているのでしょうか。

国際金融資本のことは、私は最近聞いて半信半疑でよく分かりませんでした。日本人で知っている人は少ないのではないでしょうか。
彼等は表にでることを嫌う。日本人に感謝しているとのこと。
私達は戦前の日本の人々に感謝しなければならないと思いました。彼等は、隣国のように親切を逆恨みするようなことはないのですね。「衣食足りて礼節を知る」ということでしょうか。

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