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2018年9月29日 (土)

事に向かって正直で人に対して誠実であること

以前に「覚者の三法」を書いたが、その中で、一切が存在しないと考え行動することが覚者の生き方なのだと書いた。しかしそれはなかなか凡人にはできないことなので、通常はその生きかたがどのようなものなのかは、わからない。

ところが、そのような世界に居住している人もまた、現実にいるのである。その人が、その驚くべき自分の世界を書いているのでお目に掛ける。

ーーー以下抜粋編集qazx

【徹底的改造計画2012/1/27】夢の無限回廊http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/97fc33a1feec84ef85b388eb976f89dd#comment-list

幼い頃、僕は、割と鮮明な夢をよく見るので、眠りから覚めても現実というものが本当に現実なのかどうかということをしばしば疑っていた。

そして今も、もしかしたらこの人生は、夢なのかもしれないと考える時がある。今のこの僕は、誰かが見ている夢の中の登場人物の一人なのかもしれない。

だとすれば、僕の顔も性格も知能も身体能力も、それらは実際には、ただ何者かによって思い描かれた設定にすぎない。僕の存在そのものもそうなってしまう。

ーーー

愛している家族、恋人、憎むべき敵、この人達に対する感情も設定であり、実はそんな人間は僕の周囲にはかつて一度も実在しなかった。

愛し憎んでいる対象がことごとく架空の存在で、その彼らに自分が抱いている強い感情も夢の中の設定に過ぎない。

あるいは自分がこの人生で成し遂げ、あるいは失った、様々な業績や希望。それらに喜び誇り、あるいは悲しみ落胆してきたことも、実は全て夢の中の設定に過ぎず、

実際には何も起きておらず、何も得ておらず、何も失っていない。

自分とは、設定であるにすぎず、まさしく何者でもないし、何者にもなり得ないし、おそらくかつて一度も何者かであったことはない、そういう名づけようもない何かであるにすぎない。

ーーー

自分とは、今の自分という仮面を付け、それが仮面であることすら忘れ、しかも仮面の下にも顔を持たない道化役者なのである。

夢幻(ゆめまぼろし)の舞台の上で、その時々の縁に応じて割り振られた役を演じているだけの道化役者にすぎないのだ。

むろん今住んでいるどこそこの国の悠久の歴史、それらの国々とかかわる世界情勢や文明の有様も、自身を取り巻く世界の一切合財全てが設定にすぎない。

そのような可能性の存在についての疑念を僕はいつも考えている。

ーーー

夢から覚めれば、また別の夢が始まる。その時、さっき見ていたのが夢だったと気づくだけのことにすぎない。自分とは、このような無限回廊のなかの存在だということになる。

天国も地獄も、神も悪魔も霊魂も、因果律の外にあるものだから実在するはずもないが、何も存在しないのに存在し続けるこの無限回廊の中では、この俗世と並んで、多分存在してもよいことになる。

それらは、夢のなかだから、過去そのものもいまさっき現在と共に立ち上がり同時に生じたものであり、だからそこでは当然なんでもありなのである。

ーーー

とはいえ、自分の家族、愛した人々が、ことごとくどこにも存在していないという想定はなかなかにしんどい。

もしこの人生が夢で、この夢から僕が目覚めれば、直ちに彼らの存在、彼らと共に紡いだ思いや願い、それらが全て雲散霧消してしまう。

こつこつ積み重ねた業績、必死になって得た地位や財産、それらもしょせんはどこまでも夢の中でのことであった。

一方、苦悩し続けた境遇や辛かった敵との戦いもまた、実際には何も起きてはいなかった。

ーーー

夢から目覚めて、夢の中での出来事を反芻すると、どうしようもない切なさと、この上ない安堵と、矛盾する感情の両方が切り離し難く沸き上がってくる。

これが心の置き場もない混沌というものかと想うが、であるなら混沌はそもそも取り合うべきものではなく、ただひたすら忘れ捨て去っておくべき、無視されるべきものなのだろう。

さらば愛した人々、憎んで余りある敵ども。

お前たちかつて一度たりともどこにも存在したことのない人格を思い出すたびに、しかしこの心の奥底にこみ上げるものを感じる。

ーーー

それにしても、虚構の登場人物がこれほど強く自分の心に影響するというのはどうしたことであろう?何か、自覚し得ない心の深い部分が彼らの在り方によって揺さぶられているのだろうか。

恐らく彼らの存在そのものは、自分がいまだに自覚し得ない、形を与えられることがなくだから潜在したままの心のあり方のひとつなのだろう。

世界の中で関わりあう存在や人々、それらが、どれも形を与えられ表現された自分の心の有様そのものなのだとすれば、彼らは他者ではなく、どこまでも自分自身だ。

神も悪魔も、愛する人も敵も、どうでも良い人々も、すべて心が願い思い描いた自画像に過ぎず、そして自分自身もまたそうなのであろう。

というように、自分と世界の関係を理解することはできる。少なくともそうである可能性は否定できない。

ーーー

この俗世間が虚妄であれば、神や霊魂もまた虚妄であるに決まっている。あくまで神や霊魂を想起するのは、この俗世間でこそより良く生きるがための方便としてするだけのことに過ぎない。

突き詰めればそれは嘘設定であり、そんなものはどこにも実在はしていない。

だから俗世間を一切否定する超俗の立場においては、自分という名札同様に外在者たる神仏もまた心が想い描く分別ゆえに生じている虚妄として切り捨てられるしかない。

言い換えるなら、存在としては自分も神仏も斉しくどこにも実在していない。

しかし各々が持つ性情、存在の性格としては、この自分も神仏も悪魔も、そのように名付けられ呼ばれているもの全てが、心のなかにおいて斉しく存在として認められる。

ーーー

ただそこまで割り切ると、唯一無二の自分たる自我という基本設定を維持し続けるのは難しいであろう。

だから、あくまでこの世俗における自分という役柄を演じている分には、何事も曖昧模糊として、割り切れないものはすべていわく不可知奇妙不可思議として不問にしておくのが良いように想う。

ーーー

俗世で人間として生きる分には、あまりに御大層な宗教やら神様の託宣やらには、一切見ない聞かない触れないというのが、たぶん一番無難な生き方だろうと想う。

立派な教えなどなくても、ただ人間は正直誠実であることをもってすでに天然天与無二の教えの中に生きている。

事に向かって正直で人に対して誠実であることは、人の世間にあれば自然に学んでいくものであり、これこそが言葉ではなく沈黙のうちにある真の神仏の教えであり諭しなのである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>人生は一場の夢
 私も実は、子供の頃~少年期にそういう時代が有りました。 唯、そういう事を他人に伝えたくても、表現する言葉を未だ持って居なかったので、自分の中で「鑑賞」していただけでした。

 現実は、実は皮相的なものなのだ、と言う事を、繰り返して居るダケで、「自分は何か可変しいのかもしれない」とは、思いましたが、学校の成績は良かったので、散々周りから、特別視されて居たので、劣等意識より、優越意識に結びついて居た様な気がします。 愚かな話で恥ずかしい限りですが・・

 然し、その後、父親が犯罪者になった事で、始まった周囲からの激しい虐めや無視に耐えられたのも、固より、孤独な毎日を送って居た所為で、寧ろ、色んな本の世界に没入できて、今の人生にはプラスに働いて居る様な気がします。

 私が「家をや母親」を意識し始めたのは、母親が、2年近く入院して居た大阪から帰って来た小学3年生の頃からでした。 母親は、宗教には、40代で亡くなった祖母の影響で、宗教好きでしたが、親父は、熱心なクリスチャンだった祖父に対する反発からと、鹿屋の海軍特攻基地で航空無線士をやった所為なのか、無神論者然として居ました。

 犯罪(と言っても、郵便法違反で禁固1年 執行猶予1年の微罪)が、町では、結構な顔だった所為も有って、狭い町に居られなくなって、遠く離れた町で、車のセールスマンをやって、ソコソコ成功した様でしたが、女を作って家には帰って来なくなりました、父親に暴力を揮われて居た私は、実は、ホッとしていたのです。

 然し、母親は今度は、高血圧の降下剤の医者の処方間違い(20年も後で分った)の所為で、心臓肥大が進み、心筋症で職場で何度も倒れ、その都度、私たち子供3人は生活の不安を抱えて暮らして居ましたが、親父は、終に、お金も送って来無くなりましたね。 親父は、現在90歳で存命中ですが、私が17歳の時に、離婚していまは他人です。

 今から考えれば、この頃は、学校でも孤立していたので、現実が厳しく、そう言った夢も次第に見なくなっていました。

 そういう夢に再開したのは、全寮制の商船学校に入ってからで、2年の時に。連休で鹿児島に寄生したら、母親が「心停止」を起こして入院中だと、云う重大事が出来して、未だ中学生の弟を養う為に、学校を辞めて働く事を真剣に考え始めて居ました。

 当然、学校に還る旅費が工面できないので、学校は休むしか無かったのですが、お蔭で、その年の欠課時数は、限界の400時間に迫るものでした、母親は、2か月後には退院しましたが、長期欠席が響いて、結局2年生は留年しました。

 で、2回目の2年生をやって居た頃、小さい頃見た夢を亦見る様になりましたが、今度は、逆に、「確かに、我々人間の実体は、微かな霊魂にしか過ぎないかもしれない、生きて居て何かを成し遂げようとも、其れを称揚してくれる、或いは逆に、批判糾合する同じ人間共も、本質は自分と同じ魂霊に過ぎないのだから、幾ら豪のものでも、何時かは死ぬし、弱みもある、ダカラ、怖れるに足りない」と、気付き、怖いモノ無しに成りましたが、孤独は増しましたね。

 人類と言う生物も何時かは死に絶えるだろう、何事にも始まりが有れば終わりも必ずある。 生きる事に、拘る価値は、それ程無いのでは、無いだろうか、と絶望的になったり、然し、もしそうなら、与えられたこの命を、限られた時間の人生を愉しむ、と言うアイデアもあって良いではないか、と、楽天的になったり、この頃は、不安定だったと思います。 

 然し、我々が感じている喜怒哀楽=苦しい事、哀しい事、辛い事、達成した時の嬉しさ、驚異的なものを観た時、或いは美しいものを観た時の感動、感激・・」も、生きて居ないと愉しむ事は、出来ないし、更には、自分の中で自身を向上させて、より好ましいものにす事も、生きて居ないと出来ない事だ、其処に生きる意味は、確かにある、よし、死ぬ時が来るまで生きてやる」という覚悟が出来ました、是が、18歳になった私の結論でした。

 爾来、そういう夢は見なくなりましたね。

 私は今年64差に成りましたが、40歳くらいの頃から関心を持ち始めて居るのは、「波動」に関する事で、人々が、大勢で、大きな、同じ波動を発する、例えば、合唱とか、歓声とか、強く大きな波になった時、人間の心が震える現象が確かにある事を確認しました。

 亦、言葉の通じない異種の動植物との間にも、共感と言うものが存在する事も、小学生の時体験して居ますから、生きて居る事を本当に愉しめて居ると、神様に感謝する様になっています。 

 こういう愉しみを他の生物と分かち合う、共感現象「=波動がシンクロして増幅する現象、共振」を、人間は求めて来たのではないだろうかと、経験や読書から、考えを発展させるようになりました。 

 音楽、絵画、言論、文芸作品・・芸術と言われる範疇に有るモノは、誰でも理屈抜きで、そのモノが発する波動やそのモノを起点に、自分の中に沸き上がる波動を感じて人間は歓喜を覚えるが、其れは、霊魂が体を離れれて、何時かどこかで、波長を合わせて繋がり合い、一つの霊団に還って行く事を、元々目指しているからなのだろうと仮定すれば、人間は、此の世の俗事等、釈尊の言う「生きる苦しみ」を脱した時、斯う言う歓喜が待って居るのでは、無いだろうか、と思います。

 そうして出来た霊団は、紛れも無く、地球と同じ宇宙生命体なのだと思います。 人間に求められているのは、最終的に一つの命に繋がる事ですから、拘りの無い素直な心が必要です。ダカラ釈尊は「執着こそが毒なのだ」と説いたのだと思います。

 そして、自分の是までの人生は、このタイミングで、此の事に気付く為に有ったのだとさえ、思えるのです。そう言った意味で、私は、幸せ者です。

 このキズキ「=気付き、築き」を、浅才非学の身で、他の人の為に役立てる事等、私に出来るだろうか、と、思いますが。折角、生かしてもらった命です、私の出来る限りの事を是から少しでもやって行きたいと思います。

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