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2018年9月15日 (土)

天正少年遣欧使節一行は、欧州の各地で日本の娘らが裸にされ、秘所丸出しのママ、重い鎖で繫がれて奴隷として売られているのを目撃する

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

高山正之『マッカーサーは慰安婦がお好き』(新潮文庫)

本書の辛口批評は、ほぼ朝日新聞批判に費やされている。

が、一箇所、切支丹伴天連(カソリック宣教師)のことが書かれており、このコラムでは、そこだけを切り取って紹介する。

ーー

「日本にきた宣教師にいい人は少なかった」

「例えばイエズス会のルイス・デ・アルメイダらは布教地の神社仏閣をぶち壊させた」

「キリスト教以外に神は要らない」

ーー

率先したのは高山右近で、彼の治めた高槻では僧侶と神官を迫害して、神社仏閣は廃墟と化した。

仏像など仏教美術の文化遺産は燃やされた。

右近は徳川家康によるキリシタン国外追放令を受けてマニラに追放された。

ーー

評者(宮崎)は、この八月にも高槻を歩いた。

市内の教会には白亜の高山右近像が建立されており、彼は、悲劇の主人公のように見える。

マニラは、カソリックの土地であるため、パコ駅前(その昔、この一帯は日本人町だった)の公園に高山右近像が聳えている。

近年、高槻とマニラは姉妹都市である。

ーー

アルメイダはユダヤ教の両親がカソリックに改宗したため、強い感化を受けゴアからマカオに渡り、それから日本に来ている。

彼は、私財を投じて病院などを建設したとされている。

しかし、彼の医術は呪術であって、キリスト教の奇跡をもって布教の武器としたフシが濃厚なのだ。

ーー

彼はとりわけ九州全域での布教に尽くした。

ところがアルメイダ布教地の大村家(長崎)や大友家(大分)では藩内の女を無理矢理つれてきて奴隷として売った。

彼の臨終地は天草だった。

ーー

「火薬一樽を女五十人と引き換えにした」

「日本の女は高く売れた」

ーー

と高山正之氏は続ける。

天正少年遣欧使節一行は、欧州の各地で日本の娘らが裸にされ、秘所丸出しのママ、重い鎖で繫がれて奴隷として売られているのを目撃する。

そして衝撃を受けたと報告した。

ーー

「秀吉は怒った」

「元締めのガスパール・コエリヨに売った女を連れ戻せと命じた」

「世に言う伴天連追放令だ」

「対してコエリヨは切支丹大名に秀吉を潰せと唆(そそのか)し、奴隷商売も一向にやめようとしなかった」

ーー

高山右近は、秀吉の寵臣だった蒲生氏郷や、荒木村重麾下の中川清秀らをキリスト教に改宗させ、その宗教的指導は黒田官兵衛にも及んだ。

「(のちの島原の乱は敗残兵らが)まるで支那人みたいに徒党を組み、野盗と化して民を襲っては略奪して、ついには原城に籠もった」

「攻めあぐむ幕府にオランダ人が海からの砲撃を申し出た」

「こちらは新教」

「原城の旧教徒をやっつけるのに何の痛痒もありませーん」

「日本人は呆れ、以後ずっとキリスト教を邪宗門と呼んで、その布教を禁じた」(pp211−212)

ーー

このようなキリスト教が日本で良い評価を得るはずがないのは当然であろう。

高山右近などは、日本人女性を奴隷として売った、最低の人物なのである。

ところが、戦後、占領軍に協力することで日本社会を支配した在日・反日勢力は、言論・メディアを牛耳り、キリスト教に対するこうした悪評を検閲し、弾圧したのだった。

そして彼らが抱えている記者や学者らに、秀吉が行った伴天連追放令を根拠なき遇行だったと書かせた。

こうして日本人のキリスト教に対する悪評を変えようとしたのだ。

しかし、それにもかかわらず、日本でのキリスト教布教は一向に成功せず、いまだにキリスト教信者は人口の1%の壁を破れずにいる。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>西洋の一神教と日本文明の不親和性
 何を隠そう、私の父方の祖父は、熱心なクリスチャンでしたので、長男の父も、祖の息子である私も、当然の様に洗礼を受けて居ますし、クスチャンネームも授かって居る様でㇲ、「様です」と、他人事のように書いて居るのは、私の父親が、祖父との確執が酷く、鹿児島の家に、サッパリ居着かず絶えずあちこちで仕事で家を空けて居たのですが、本職は、無線通信士で、私が生まれたのを汐に、電電公社に勤めて、直ぐに徳之島に通信士として赴任させられました。 

 祖父は、その前に病気になって、お袋が言うには、縁側に寝椅子を出して、」そこで讃美歌を謳って居たのですが、歌声が消えたので、寝たのかなと思って、言って看ると亡くなっていたと言うのですから、良い死に方だと、母は言って居ました。

 彼は琉球王朝の王族尚氏の出で、私が名乗って居た姓は、曾祖母方の実家で、大隅嶋津家の奥祐筆を務めて居た家のモノだそうで、薩摩藩から扶持領を貰える立場だったらしいです。 維新の後、食碌を確保する為に、武町(西鹿児島駅周辺)に有った領地を一旦返上して、甲突川沿いの土地「=山之口町、千日弔、紙の中心地」とを代わりに、等価交換の形で手にして、奄美から人を呼んで、「大島紬」の工場を建てて、曽祖父の代に財を成して居た様です。 

 鹿児島でのキリスト教の布教は、日本が西洋文明に初めて接触したのが、鉄砲伝来の地種子島ですから、最初は薩摩より、寧ろ、奄美・琉球で盛んになったと思います。 その所為かどうかは知りませんが、工場で働いて居た、祖母は、熱心なクリスチャンで、祖父は祖母に感化されてクリスチャンになったと聞いて居ます。

 何故か領主の嶋津氏が、浄土真宗を、殊の外嫌っていて、領内では禁教になっていた為に、キリスト教は、割に大っぴらに布教が進んだ様でしたが、幕府からの禁教令と、伝わって来る悪評を受けて、禁教になった様です。 でも、フランシスコ・ザビエル師を顕彰する空気は、未だ残って居ます。

 然し表向きには、キリスト教は、隣人愛・神の愛を説く、平和で親和的な宗教だと言う印象を受けますが、その実体は、ユダヤの民族宗教に過ぎず、従って、独善的で、排他的ですし、元々は、厳格な戒律を伴って居る筈です。(原理運動の「物見の塔」等のその片鱗が窺えます)

 先ずその出だしからして、12使途の長である、元ファリサイ派ユダヤ教の士師「=説教師、今のラビ」のパウロが、敵対して居て磔にした、ゲッセネ派ユダヤ教の士師であったイエスが、率いて居た信者を乗っ取る意図で、「復活したイエスに遭って、後を託された」と言う嘘を、元にした事が始まりです。

 イエスを「神が自分の子を救世主として遣わした」として崇め、その言葉を新約聖書に纏めますが、実は中身は、ファリサイ派の教義をベースに、イエスと自分の考えを巧妙にミックスしたものを、新たな宗教に仕立ててキリスト教「=ギリシャ語、原意は、救世主教」と呼んだダケですし、メシア「=救世主、キリスト」も、ローマが、約400年後に国教にする際に、「ユダヤ族の救世主」から、「人類の救世主」に書き換えたものです。

 ですから、キリスト教はユダヤ教の一種だと見做す方が正しいのですが、ローマの国教になって、世界教を標榜し始めた辺りから、様々な土着民族が信仰して居た神が付加されたものと、私は思います。

 何故、ギリシャ・ローマの哲学に現れた、思惟力を宗教に揮えなかったのか、と言う疑問が残りますが、ユダヤ教が持って居た、庶民に対する、神を信じさせ、懼れる力を利用した、「システムが持つ規範力」が、ローマに取って魅力だった事は、歴史に現れた、ローマのユダヤ教に対するアプローチのしつこさから、云いうまでも無い事でしょう。

 現に、旧約聖書は、元になったユダヤ教も、後発のムスリムも聖典としている点では同じだし、「信仰と引き換えに庇護を与える」と言う契約をする相手の神様も、同じく、YHWHである点で同じです。 つまり、彼ら3宗教は、元々同じ宗教で有り、今も同じ神を信仰しているのです。 その数。凡そ40億人、地球壽の半分以上を占めて居ます。

 なのに、互いに対立して居るのは、単に、人間界の争いを、神の名を盾にして、其の悪事を覆い隠して行い、多くの信者を騙して、宗教指導者が放つプロパガンダである「殉教」名の下、に多くの無辜の人々を殺害しているダケなので、宗教戦争と言う表現すらプロパガンダなのです。

 こうした、「神の名を騙り、その陰に隠れて悪事を行う」と言うやり方は、西洋人(特に青人)独特のものであり、人類として俯瞰すれば、ずば抜けて悪質だと言えましょう。

 では、日本人は、何故その事に気が着けたのか? と言うと、日本人には基本として、「人は神の子であり、等しく神聖である」と言う、自然の了解が有るからで、宣教師を騙る狂信者が、普段の生活を通して、表す態度から窺える「異民族に対する拒絶感覚や蔑みの心」が、感じられたからでしょう。

 成る程、西洋人は、「智=イデア」についての敬意を学んでいた階層は、日本人は下層の人でも、彼ら並み或いは彼らを凌駕する様な、水準の道徳律を持ち、且つ実践して居る事に気付いて居たから、自身で、キリスト教に疑問の欠片でも持って居れば、逆に感化された可能性が高いですね。 そして、「この民族は布教が難しい」と感じていた筈です。

 只、キリスト教は、その上辺の親和性で、厳しい自然環境の中、希望の少ない苦しい生活を送る上で、生存権の発動「=蝗民化」寸前の人々に、「神の救済の手」と、信じ込ませる詐術を、宣教師は持って居たが、邪宗門で有る事に気が着いた、幕府が、「日本の防衛」の為に、キリシタン弾圧を始めたのです。

 後援するスペイン艦隊が、日本侵略を諦めた時点で、キリシタン側には、勝ち目は無い戦いと分ったので、宣教師達は、逃散する筈でしたが、布教した宣教師自信が、日本の大衆の布教を通して、神に対する本当の信仰心「=殉教」に目覚めたと、考えるべきだと思います。

 天草の乱から200年も後の話ですが、朝鮮でキリスト教徒の弾圧が有った時も、フランス人の宣教師たちは、自分達の命と引き換えに信者3千人の命を救ってくれるよう嘆願しましたが、時の為政者で有った、大院君は、信者を宣教師の目の前で全員火焙りに架けた上、宣教師も全員、牛崎の刑で殺害したと言う、凶悪無残な結果となっていますが、歴史を軽んじて居る西洋人は、民族の違い等知る由も無かった、と言う事でしょう。

 西洋人が反省すべきは、先ず、神に対する敬意や信仰心は、自分に内在するものから自然に沸き上がって来るモノをベースにしなくてはならないが、より良い世を造ろうと願うのなら、先ず、家庭内での振る舞いに気を付けるべきでしょう、其れで、社会のレベルが、神が望まれているモノに、うんと違づきます。

 子供や妻を自分と公平に扱うが、外敵や災害に対するに、戦闘力や判断力で優れた男がイニシアテイブを執るべきである事を認識させ、男には、子供を産む事が出来ないが、女子供を守る事が出来る事を教え、使命感を持たせる・・等、自然科学が突き止めた、「生物としての生き方」を、神が創られし、自然の法則として知り、その法則に沿って生きる事が必要な事だと知るべきです。
 
 そして、人類も生物の一種に過ぎないカラには、何れ滅ぶが、地球上に現れた地球wp作り替える可能性まで文明を発達させた、我々の先人の意思を継いで、この地球上に。人類が嘗て、生きて居た証を遺す為に、我々一人一人が、何か良きものを遺すべく、毎日を、謙虚に、慎ましやかに送らねばなりません。 

 では、神は何処に居るのでしょうか、其れは、高い異次元に居るのだと思いますが、簡単な云い方をすれば、自分もこの地球も、宇宙さえも、神の体の一部であると考えれば良いと思います。

ブログの更新有難うございました。

今回も知らない事柄が殆どでした。
自分自身を知るためにもご先祖様の歴史は知るべきですが、なかなか自分で勉強するまでにはいきません。
若い人の為に中学、高校の歴史教科書を正しく書き換えなければいけないですね。
秀吉の名誉を挽回しないと秀吉は草葉の陰で泣いているでしょう。

日本でキリスト教徒は1%とのこと。
現在、日本キリスト教団は極左や在日に乗っ取られているらしいです。
日本人は近づき難いですね。

神とはどのようなものか想像がつきませんが、何かご先祖様が塊となって私を見ていてくれる様な気持ちが最近しています。
ご先祖様が失望しない様に死ぬまでに1つでも善行をしなければと思っております。

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