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2018年9月24日 (月)

これは「植民地支配」という15世紀半ばからはじまる大航海時代以来の西欧の統治に対する、「日本的統治」との戦い、ということになります

ーー以下過去ログより引用

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

もし歴史家が、自分の思惑のために史実を無視して、「信長が壇ノ浦で平家を滅ぼした」と書いたとします。

すると読者は、史実を根拠にそれはデタラメだと言うでありましょう。

記録を証拠に、「信長が天下布武を掲げて武力で全国を統一した」と、「平家が壇ノ浦で敗れた」とは時代が違っていると。

日本では、これら記録(証拠)を無視して大声を張り上げても、説得力は皆無なのです。

ーー

それでも大声で記録に無い自説を繰り返し主張するような人達には、日本人は、相手にしないといった制裁を加える。

ーー

史実「過去の出来事」についての評価(善し悪し)はその人の立場によって変わります。

たとえば「比叡山の焼打ち」については、焼打ちをした方と、された方で善し悪しの評価が変わる。

しかし歴史家は、比叡山を武装解除しなければ天下統一は不可能だった、と書いて読者を立場(善悪の評価)を越えた視点に導きます。

ーー

立場によって見方が替わるし、そもそも出来事を記録した文書には、書き手の立場が含まれている。

その立場を考慮したうえで、出来事に第3者が納得できる説明をする必要がある。

たとえば戦争では、勝った方も負けた方も、正義のために戦っている。

それゆえ善悪で説明することは不可能なのです。

歴史家の仕事とは、「なぜ戦争になったか」「その結果どうなったか」「別の方法はなかったのか」を読者に説明し、納得させることなのです。

ーー

日本最古の歴史書である古事記は「なぜそうなったのか」「その結果どうなったか」「別の方法はなかったか」が書かれています。

その善悪の視点は、おほみたから(民)の安全・安心・豊かさを奪うものが悪、その逆が善とされているのです。

そして重要なことは、それらの善と悪は表裏一体であって、善の中に悪があり、悪の中にも善があるという姿勢を全編にわたって保持しています。

そして善悪の当事者の織りなした出来事(史実)が記録されていて、そこから、私たちが考え学べる様にしている。

そしてこれこそが、日本人の歴史に対する考え方なのです。

ーー

国際法では、挑発(provoke)に対する攻撃(attack)は自衛権の発露とされ、正当な行為として認められている。

侵略(aggression)は、認められていないのですが、これは挑発されていないのに攻撃することです。

支那事変の場合、通州事件等々、日本はさんざん挑発を受けていた。

つまり支那事変は、侵略ではなく自衛権の発露になります。

ーー

日米戦争も、ABCD包囲網やハル・ノートによって日本はさんざん挑発を受けていた。

それ以前に、英米は支那国民党の側に援助を行い、飛行部隊まで派遣していたのです。

戦争には、戦争当事国と中立国しかありません。

そして中立国であれば、どちらの味方もしてはならないのです。

つまり、日米開戦の前に、すでに当時の米国は戦争当事国であったわけです。

従ってこのことを伏せて、米国民に「日本が真珠湾で騙し討をした」と述べるのは、政治宣伝であって歴史ではありません。

ーー

このように歴史は学ぶためにある、というのが、日本人の歴史に対する一貫した立場です。

ーー

日本は、7世紀と19世紀にいずれも外圧を受けて大きな変革を行いました。

そのときの日本の当事者らは、天皇陛下に政治の表舞台に立っていただくことで改革を断行したのです。

そして、7世紀になされた改革について書かれたものが古事記であり、712年に元明天皇に献上されています。

この改革というのは、645年の大化の改新やその転機だけを指すのでは有りません。

6世紀から8世紀の初めまで、およそ200年かけて、行きつ戻りつ徐々になされたものだったのです。

ーー

1853年の黒船来航以来の19世紀になされた明治維新を含む改革も、天皇陛下に政治の表舞台に立っていただくことでなされ、それはいまなお続いていると考えています。

それは、欧米列強による経済的軍事的支配に対して、日本が、日本的支配を掲げて挑んだ戦いなのです。

これは「植民地支配」という15世紀半ばからはじまる大航海時代以来の西欧の統治に対する、「日本的統治」との戦い、ということになります。

実際、朝鮮人を相手に「日本的統治」をしたのでありますが、相手が悪すぎて完全な失敗でありました。

が、世界戦Ⅱは、結果として西欧の「植民地支配」を一掃しています。

ーー

現在の日本は、世界戦Ⅱに敗けて、「国軍不保持、交戦権放棄」状態に置かれ、国内に在日・反日勢力を抱え、支那・朝鮮の軍事的脅威にさらされている。

「日本的統治」つまり「民が安心・安全・豊かに暮らせる」状況は、日本国内においてはまだ未完成だと言えるでありましょう。

明治維新が、そのための戦いの始まりであったとするならば、その戦いは、平成となったいまもまだ、その渦中にあるといえます。

明治元年から、今年は150年目です。「日本的統治」が確立していくためには、まだまだ戦っていかなければならないのだと思っています。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>「日本を取り戻す」とは
 日本人に、歴史観について「客観的な視点で書かれて居なければ価値が無い」と言えば、大方の人は賛意を示すでしょうが、それが世界標準なのかと言えばまるで違うのです。 

 例えば、縦椅子様も挙げておられる様に、「真珠湾攻撃」は、完全に仕組まれたもので、前後の事実を拾って検証すれば、挑発したのは寧ろ米国で有り、米国には、戦争開始を望んで居た理由もあった。 其れは経済政策の失敗で、FDRは、経済活性無しには、自分の政権維持は難しいと考えて居ました。 然し、大統領選挙の公約が、「戦争には参加しない」でしたから、それを覆す大義名分を探して居たのです。

 「相手に最初の一発を撃たせる」ように仕向けるやり方は、真珠湾攻撃の50年程前の米西戦争の発端である、戦艦メイン号の火災事件で、火災の原因を数名のスペイン人水夫の破壊工作だと決め付け、世論を沸き立たせて、スペインに対して宣戦布告を行い、国力が衰退して居たスペインは、僅か半年で降伏しました。 この勝利に拠り、米国の国際進出が、始まったと言っても良いでしょう。 つまりは、戦争する動機が十分にあった。 そして米国は、成功体験を積んだ、と言う事です。

 この時の、合言葉が、「Remenber Maine」だったので、真珠湾は、「Remenber Parl・Harbaour」なのは言うまでも有りません、つまり、米国は端から、計画的だったワケです。 こんな咋な自国の陰謀の史実すら、ちゃんと知って居る米国民が、果たして何割いるだろうか、と言うのが、米国のみならず、世界水準だと思って良いのです。 歴史には他国は、勿論、自国のモノにも大した関心が無いのです。

 現在の朝鮮問題にしても、「その地理的な位置を正確に示せる米国知識人は、専門家以外なら、数%ではないでしょうか」とは、昨日放送された、「其処まで言って委員会」(YTV)で、元、ニューヨーク・タイムスの記者だと言って居る米人が、平然と言って居た事です。 是を聴いて、しばし、あんぐりして居ました。

 加えて、私的な経験ですが、以前、欧州の地質学者だと言う夫妻と一緒に飯を食った事が有りますが、彼らとの歓談の中で、緯度(latitude)と経度(longitude)の話をし始めたら、単語の意味が分からないらしく、その言い訳として、「私達(西洋人)は、専門以外の事には、とても疎いのです」いっていましたが、地質学者で、フィールド・ワークを熟そうとすれば、場所の特定に、緯度、経度は、必須のモノでしょうに、身元を疑いましたが、飯を奢ってくれた人は、どちらかと言うと西洋崇拝型の人だったので、受け付けてくれませんでしたがね。

 ご紹介いただいたように、日本人は、歴史をとても厳格に考えて居て、「検証された事実の積み重ねで無ければならない」と考えて居ます。 然し、その情報は、学校と言う最も信頼のおける処で、教えて貰った内容に依拠しているのですから、GHQのバイアスに拠って、戦後行われた自虐史観教育「=マルクス史観教育」が、多くの「戦中・戦後生まれの日本人」の歴史観を、歪めてしまって居ます。

 世にも珍しい、「自国を護る事を禁止した憲法」を「平和憲法」として崇、め奉って居るのも、この教育を始めに受けた人達が中心ですし、特亜の捏造歴史を本気で信じて居る、つまりは、本当の歴史を知らないから、反論できず、信じ込んで居る人は、私の同世代の人にも及んでいます。 私の周りは、全て理系ですから、驚くような歴史観を持って居る人も居て、つい嫌悪感を持って終います。

 戦争についての、国際法の考えは、欧州製のものと推察します。 近代の法律の観念自体が、欧州文明の産物ですから、祖の言わんとする事は、いちいち首肯出来るもので、明治に欧州で学んだ、日本人は、殆どが、武士とはいえ、殆どが下級階層の子弟だったにも拘わらず、欧州文明の法学は勿論、経済、工学、政治学、そして、軍事に至る迄、乾いた砂が水を吸い取る様に、吸収しました。

 そう言う意味で、近代日本は、米国やアジアよりも、欧州に近いかもしれませんね。

 ですが、欧州人の欠点は、表立てている事と、実際にやって居る事の落差・乖離が大きく、彼らが示す理性的な面は、唯の一側面に過ぎず、実は、欺瞞と偽善を満載して居るので、信用するには、逆に、周囲の環境や、その人や自身が置かれている立場の冷静な、観察に基づいて判断すべきでしょう。

 その証拠が、この国際法です。 幾ら国際軍事法廷とはいっても、ナチスのハザール人の虐殺を非難して置いて、アメリカの東京空襲を始めとする都市爆撃、島嶼に対する徹知的な艦砲射撃・空爆の後に上陸しての虐殺のやり放題、そして広島・長崎に対する原爆投下、是等の攻撃は、すべて、無抵抗な民間人に対して行われたモノですから、立法の精神に悉く反しているのです。

 この法律が作成された、ハーグは、先帝陛下の処刑を強硬に主張して居たオランダの都市でしょう。 オランダ人は、恥を知るべきだと思います。 呆れて物が言えませんね。

 日本は、仰る様に、黒船来航以来、ずっと、欧米列強の侵略主義と戦って来ました。 「日本を欧米化出来ない」と考えた、共産主義者達は、「日本民族の皆殺し」を計画しました。

 ソ連の建国後、党内の勢力争いに勝利して、「全き共産主義社会の顕現の為には、世界を制覇しなくてはならない」と言う覇権主義を、実行に移すべく、謀略組織のコミンテルンを創り、ターゲットとする国の知識層を調略して行きました。 そして、資本主義国同志を戦わせて、その戦力の弱体化を図り、その好きを衝いて、世界覇権を目指したのです。

 こういう謀略が有る事を、見抜けなかった日本では、共産主義に被れた人々は、日本には、先達・先人が蓮綿として書き残した、歴史があり、「日本とは何か?」「日本人であるとは何か?」と言う、疑問さえ持って居れば、道を踏み外す事は無かった筈なのです。

 況や、華族の筆頭の五摂家の筆頭の、近衛家の嗣子だった、近衛文麿からして、それが出来て居ない、彼は、共産主義に被れる前に、日本人とは何か、己が、謂わば、代表的な日本人で無くてはならぬ立場にあった事を考えれば、何を置いても、日本の古事記の研究・研鑽を積むべきであった。

 明治時代は確かに、新しきものを称揚した時代ではありましたが、「温故知新」の教えを、「古臭いカラ」と、否定したのでは、自分が受けて来た教育の基になって居る学問迄、否定している事になろう。 其れは即ち自分の全否定に等しい。 真理の価値に、新旧は関係が無いのです。

 安倍さんが掲げて居る「日本を取り戻す」事は、即ち、黒船以来の白人文明の侵略、否、世界覇権との戦いを再開すると言う意味にも有りましょうが、日本人は、何より自身のアイデンティティを、歴史を通じて、見直して、自虐史観で植え付けられた歴史観を糺して行かねばならないし、↑に挙げた、事象への真剣な反省が、絶対に必要です。

 広島の原爆慰霊碑に刻まれている「過ちは繰り返しません・・」の「過ち」とは、明治以来の、西洋崇拝に有ったと考えるべきでしょう。 彼らは、決して理性的で公正な人種では無く、その多くは、彼らが道徳の規範として居る、キリスト教=ユダヤ教的な選民主義に基づく、差別的な価値観しか持たない、未開な野蛮人である、と言う事を確り認識しなくてはイケません。

>それでも大声で記録に無い自説を繰り返し主張するような人達には、日本人は、相手にしないといった制裁を加える。

歴史に対する考え方として、これが本来の日本人のものだと思います。
そして、これまではそれで十分に、通用したと考えます。
しかし、最近は日本の西側で、これが通用しないことになりました。
この場合には、無視をするだけでなく、拳骨でしばき上げないと駄目だと思います。


>たとえば戦争では、勝った方も負けた方も、正義のために戦っている。
それゆえ善悪で説明することは不可能なのです。

戦争の理由は、大抵の場合、はそれぞれの国に戦争をする理由があると思います。
そして、それがそれぞれの国の大義になるのです。ただし、この大義は相手の国にとっては、悪の権化のようなものです。
勝てば大義は勝利の証で、負ければ大義は言うことも憚れるようになります。

善悪で説明することは簡単で、勝てば大義が正しかったことは証明されます。(本当は違うのかも知れませんが、敗者の論理は良くて歪曲、悪けりゃ抹消です。)
このことは、大東亜戦争の結果を見れば、よく分かります。


>このように歴史は学ぶためにある、というのが、日本人の歴史に対する一貫した立場です。

日本人の歴史に対する考え方は、本当に素晴らしいのですが、これが理解出来ず、自己にとって都合の良いことのみが歴史であり、そのためには歴史を捏造し、他国にこれを認識せよと迫ってくる国があることを、忘れてはならないと思います。


>日米戦争も、ABCD包囲網やハル・ノートによって日本はさんざん挑発を受けていた。

これらを戦後の日本歴史では、戦争前の出来事として教えてきましたが、本当は戦争は既に始まっていたけれど、日本が非戦のためこれに応じなかったから、日本に応戦をさせるための行為として、教えるべきだったと思います。

そうでないと、日本は好戦的な国と捉えられますが、挑発行為として考えられると、日本は戦争を避けようと努力したが、挑発行為の受忍限度を超えたといえるのです。
それは、軍令部総長の永野修身が言った「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である。しかして、最後の一兵まで戦うことによってのみ、死中に活路を見出うるであろう。戦ってよしんば勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我等の子孫は再三再起するであろう。そして、いったん戦争と決定せられた場合、我等軍人はただただ大命一下戦いに赴くのみである」の悲壮な決意が全てを表しています。

日本は、英米と戦争をしたくなかったけれど、彼等は日本と戦争をしたからABCD包囲網やハル・ノートを突きつけたのです。
その結果、日本は反撃として真珠湾攻撃を行い、英国東洋艦隊を攻撃したのです。


>実際、朝鮮人を相手に「日本的統治」をしたのでありますが、相手が悪すぎて完全な失敗でありました。

これもその通りでした。
日本は自国(当時は国ではなかったけれど、民族に誇りを持っていたから日本にも向かってきました。)に誇りを持った台湾は、日本の真意が理解出来るとそれに協力したと思います。

しかし、朝鮮は他国に依存するだけでしたから、自立の観念はなかったと思います(朝鮮王朝の維持費は国の徴税額を超えていたと聞いたことがあります。)。
ですから、日本は併合したばかりに、朝鮮のインフラ水準を日本並みにしなくてはならなくなって、多額の経費をつぎ込みました。
これが、朝鮮人に自国の存在価値を勘違いさせ、日本から多額の経費を与えられる権利があると思わせたのです。
朝鮮は、搾取されることが似合いの国であるとそれまで意識を継続させていれば、そんな勘違いはしなかったと考えます(尤も、朝鮮に搾取されるだけの価値があるものはなかったと思います。それで清国は、美女を割り当てていたのでしょう。)。

日本は、日本国民に教育の中で、日本の国史を教えていかねばならないと思います。また、移民や難民の受け入れには基本として反対していますが、これを受け入れなければならない場合にも、受け入れ条件として日本の国史を知った上で、これに同意しない者は、日本人として受け入れないことを法制化しなければならないと思います。

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