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2018年9月21日 (金)

これはまさに古来から日本人が生きてきた生き様そのものである

ーー以下過去ログより引用

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(独: Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844年10月15日 - 1900年8月25日)は、ドイツの哲学者・古典文献学者である。今日の小論は、この男にまつわるものであり、理解するために、少々解説が必要になる。

つまりニーチェは、生存することの不快や苦悩を「終末の解決」に委ねてしまうキリスト教徒の考えを悪癖として否定し、世界は終末に向かって動いているのではなく、現在と同じ世界を何度も繰り返すという世界観を提示した。

彼は、『ツァラトゥストラ』などの著作の中で「神は死んだ」と宣言し、西洋文明が始まって以来、特にソクラテス以降の哲学・道徳・科学を背後で支え続けた思想つまりキリスト教思想に死を告げた。

彼は、キリスト教的弱者にあっては恨みという負の感情(ルサンチマン)によって突き動かされており、その恨みという負の感情こそが苦悩の原因であるとした。

さらにはニーチェは、恨みの感情に満たされたキリスト教精神、及び長らく西洋思想を支配してきた形而上学といったものは、現にここにある生から人間を遠ざけるものであるとする。

そして既存の価値から離れ自由なる精神を獲得し、すべての結果を受け入れ続けることによって、現にここにある生を肯定し続けて、「超人」になることを目指した。

ここで超人『ツァラトゥストラ』は、ペルシア語でのザラスシュトラの呼称をドイツ語読みしたものである。日本語では英語名の転写ゾロアスター(Zoroaster)の名で知られるが、これは古典ギリシア語での呼称であるゾーロアストレース(Ζωροάστρης, Zōroastrēs)に由来する。

ザラスシュトラ(アヴェスター語:Zaraθuštra、ペルシア語: Zartošt ,زرتشت‎、紀元前13世紀?~紀元前7世紀?)は、ゾロアスター教の開祖であり、近年の研究では、前10世紀から前11世紀にかけて活躍したといわれるが、研究者によって異なる。

一神教を最初に提唱したともいわれるが、ゾロアスター経典の中には、古代アーリア人に共通する多くの神々が登場する。したがって、正確には「数多くの神々の中から、崇拝に値する神をアフラ・マズダーだけとした」人物である。

その教えは、ユダヤ教、キリスト教に影響を及ぼし、根拠はないが初期仏教にも影響を及ぼしていると一般に言われる。その影響力の大きさについては、絶対視するものから、かなり限定的とするもの、まったく皆無であったとするものまで、さまざまである。(以上wikipediaより)

さて日本の「ツァラトゥストラ」は、どのように語るのか、それをお目に掛ける。

ーーー以下抜粋編集qazx

【徹底的改造計画12/6】ザラスシュトラはかく語りきhttp://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/3c007c3dedaf3db7382d15a507bd1fe6

ーーー

人間存在の上位に何かしら超越的存在ないしその意思を感覚すること、それは、そういう超越的存在ないし意志が実体を持つ・あるいは実在していると信じることとは、決してイコールではない。

純粋なる神の意志なるものが実在するとすれば、それを人間が理解し得るなら、蟻もまた神の意志を理解できるはずである。

ならば聖職者諸君、汝らは蟻に向かっても、汝らが神の意志だと強調して止まないバイブルやコーランを読み聞かせるべきである。

バイブルやコーランが神の意志だとする君たちの宗教においては、そうすることこそが正当であるはずだ。

ーーー

おそらく、人間が生きていく上で心のなかに何らかの超越的存在ないしその意思を感覚すること、それ自体は、私たちの遺伝子に組み込まれている感覚なのだと想う。実際、それにはいくつもの有用性がある。

ーーー

この世間の中で人が生きていく上でこそ、神を想い描く意味があるというものなのだ。超越的存在ないしその意思を感覚することが、自分や世間に秩序をもたらす原因となっているからだ。

また超越者の存在を想うことで、人間は謙虚に生きることができ愛されるべき存在となりうる、また死すべき身の彼方を見据え、絶望の苦しみや死の恐怖を和らげることができる。

ーーー

しかし有神論者は、「まず神ありき。つぎに神、人を創りにけり。さらに人、世間を作れり」と主張する。ここでの神は、人と世間の存在に無関係に存在している。神は人と世間が存在しなくても常に神として存在している。

ここでもし人も世間も存在しなければ、どうなのだろう。誰もいないのに、だから世間もないのに、神は、誰に対して何に対して、自身が神であると主張できるのだろう?人がいない、世間が存在しない、その時点で神は消え失せるに違いない。

ーーー

神の存在は、人と世間の存在に依拠する以外ないのである。それを言い換えると、神と人と世間とは、互いに縁起している、と言える。

縁起とは、原因や条件を表し、一方がなければ他方が成立しないという意味である。つまり、神と人と世間とは不可分一体である。

恐らく有神論者の神の実在は、人が規則を作り出すことが困難であった時代の物語なのだろう。古来人は、神が定めたということでその規則を守るべきものであるとし、その規則に基づいて社会を作ってきた。

しかし、もう人が規則を決めることに何のわだかまりもなくなっている。煩悩に満ちた人間、汚穢にまみれた世俗の我々が、法を堂々と作り、社会を作り上げている。

ーーー

ここに至ってもなお有神論者が、神の実在とその法を主張し、人間に規則を提示するとすれば、現在先進諸国の法体系は破壊されねばならず、現在先進諸国の世間は滅ぶ他無くなる。

事実、神の実在を主張する、特に一神教の教えは、イスラム教徒やユダヤ教徒に見られるようにそれが広まるほどに人と世間を混乱に落とし入れる。

おそらくゾロアスターを始め、古代ユダヤ人、イエス、モハメッドに至る一神教の教祖たちは、例外なくその知性と精神性があまりにも低く劣っており、ためにそのような自身が抱える問題を自覚することは殆ど無かったのだろう。

この結論は、神に実体なしと認め、心のなかに何らかの超越的存在ないしその意思を感覚し謙虚に一生を全うすることこそが、神を正しく信じたということなのである、と言えよう。

ーーーこれはまさに古来から日本人が生きてきた生き様そのものである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>西洋文明の中での神の捜索と日本文明
 ニーチェが「神は死んだ」と言うのは、西洋に一神教に言う、YHWH「=ヤハウェ、ヤーヴェ、エホバ、アッラー・・」は、既に、居ないし、居てはいけない、と言って居るのだと思います。

 何故かと言えば、西洋の宗教は、厳しい環境で、生存権が発動しっ放しの無秩序な社会を、平和にする為には、当時の最強民族も、一瞬で平伏す様な、大きく圧倒的な力を持った支配者が必要で、その支配者に従う事に同意したものは、契約を取り交わすが、違背した場合、恐ろしい罰が下る、としました。 

 是が、BC3世紀ごろに勃興し、凡そ100年足らずで、中東やエジプトを平定し、メソポタミアや地中海沿岸都市にも大きな影響力を持った、ローマ人なのだが、彼らは、基本的に、セム族やハム族と言った青人に分類される、コーカソイドとニグロイドの中間種だろう。 他には、後にペルシャ人とインド人に分かれたアーリア人も、同じ種族で、古代の西洋は、は、YD期「=ヤンガードリアス期という氷期の寒の戻り、融けた氷が再び結氷した、11500~9500年前」明けに起こった、黒海の大洪水の頃に居た人々は、全てこの青人でしょう。

 従い、人類最古(本当は、西洋人最古)と言われる、レバント(現在のシリア)に在る、テル・アブ・フレイラ遺跡に遺る、原種の小麦の栽培跡も、旧約聖書に出て来るエリコの戦いも、更には、一神教の元になった、メソポタミアの都市国家から、民族を率いて川を遡り、「約束の地」カナンの地に辿り着いた、アブラハムも当然、青人でしょう。 古代の西洋には、白人は一切登場しません。

 つまり、一神教そのものが、青人文明の産物であり、白人のものでは無い。 現在彼らの社会規範の元として居る一神教は、青人が、自分達の社会に規範を持たせようとして、創った絶対的な力を持つモノ=神を、剽窃したに過ぎないものです。

 此の所為で、現在の白人文明は青人文明否、青人そのモノの存在を、認めないが、ヘブライ人は明らかに有色人種であり、ローマ人もそうである。 つまり、其処に白人文明の歴史コンプレックスの発露が見受けられるのだ。

 ローマが滅び、白人の世になって社会が収まり、人々が生産と消費活動を続ける上で、自然発生する商道徳や支配関係で成立する社会秩序と言う、人工的に見えるモノが、逆に、人間の価値を上げるが、神を標榜して、その陰で、栄耀栄華を享受して居た人々「=青人」は、自分の立場を、正当化して護る為に、神の存在に殊更に拘り、寧ろ、人間を弾圧・抑圧した。

 つまり、欧州の中世社会は、時代を反映して居ない神を維持し続ける事で、白人主体の社会に、自然発生した規範や道徳を全て神由来のモノと偽り、「神が創りし世」として、人々に強制したのだから、是は、簡単に言えば詐欺である。

 ニーチェの言葉に、この固より、人工的な想像上の存在でしかない神を、明確な言葉で否定できない「躊躇い」や「もどかしさ」を感じるのは、狂信者からの迫害や批判を避ける意味で、寧ろ当然だろう。

 然し東洋は、同じく青人のペルシャ系アーリア人が持ち込んだゾロアスター教「=景火教」やインド系アーリア人のウパニシャッド哲学やバラモン教に拠る、主に死生観についての考え方が、受け容れられた。 つまり、輪廻転生「=リーン・インカーネーション」である。 

 西洋の白人に伝わった、宗教と、南アジアに伝わった宗教は、元は同じ宗教だったと思われるのですが、西洋の場合、死生観にそれ程こだわって居ない、と言う現象が見られます。 つまり、「我々は死んだら、一体どこへ行くのか?」と言う疑問に答えたものです。

 この、差異が生じた原因には、年代の違い、地理的な違いや、気候の違い、四囲に居る異民族の違い、或いは、原初的な、古のスンダ・ランドの文明の影響の有無と言うものが考えられます。 仏教に言う、西方浄土と言うのは、釈尊の発想では無く、後付けのものでしょう。 ですが、釈尊は「教えの解釈自由」を掲げて居るので、是も仏教と言う事になりましょうが、このデマゴギーの為に、多くの人が命を無くしているのは事実です。

 然し、「神に実体なしと認め、心の中に何らかの超越的存在ないし、その意思を感覚し、謙虚に一生を全うする事こそが、神を正しく信じた、という事なのである」と言う結論は、科学を経験した、我々現代人も、首肯せざるを得ない真理でありましょう。

 そうですね、我々は、自己を表現し、他者に伝えて、自分の考えに共感を得る為の機能や表現力を与えられていますが、其れは、それが出来ない、他の生物に比べで優れているとか、価値があるとか、と言うものではなく、人類としてなすべき事を示して居るダケの事でしょう。

 我々も、地球と言う宇宙生命体を構成する、「地球の欠片」なのだ、と言う自覚を持つべきです。

 従い、元に戻せない様な、或いは、自然の法則「=神の意思」を無視した様な物質で、環境を破壊する事を減に慎んで「子の大自然の片隅で、生かさせて戴く」と言う心を維持しなくては、いけないと思います。

縦椅子様
今日も素晴らしいブログ有難うございます
あさ、息子がきゅうに「鮭も蟻も俺たちと同じやね」「鮭もそこに存在しているし・・・」といいました。わたしもその言葉に全く同感でした。台風21号の後、よる大きな家蜘蛛が、姿をあらわしました。普段はひっそりと身をひそめているのですが・・・台風が余程怖かったのでしょうか…遠慮がちにいましたが、いまは自分の場所にいることでしょう。この世の生きとしい生けるものには、
そのものにふさわしい棲家があるんだ!だれもが存在している!という事実を理解いたしました。

哲学者関係の本は碌に、読んだことがありません。
ニーチェの本は唯一「ツァラトゥストラはかく語り」と読んだのですが、高校生の私にはちんぷんかんぷんで読んだと言うより、読み上げただけでした。
読書感想があったわけでもなかったのですが、最後に覚えてるのは「鰯の頭も信心から」という諺でした。

人様の信心を馬鹿にするわけではないのですが、信仰は全てを捨てて信じることが初めの一歩だと思っていますが、これ程難しいことはありません。

>ポッポさん ソロです。
>>哲学書なんて、ちんぷんかんぷん
 其れは、私も同じで、読むのに相当の苦痛を感じましたねww
でも当時は、↑に書いた、西洋の宗教の繋がりも知らなかったし、欧州の思想の構造が、キリスト教と言うバイアスの所為で、教会関係者からの弾圧や迫害を逃れる為に、態と回りくどい云い方をして居た部分が有るのも知りませんでしたから、仕方がなかったと、今では思って居ます。

 その点、資本論や共産党宣言は読み易くは、あったけれど、共産主義が、目指して居る事が、何かずれて居る様な気がして居ましたが、ドウセ、此方の理解力不足なのだろうと思って居ました。 是は、友人も同じの様で、質問攻めにするので、終いには、煙たがられて居ましたね。ww

 然し、この頃、その「ずれて居る」と言う、感覚が、実は正しく、マルクスもエンゲルスも、現実に有るモノを、ドラスティックに操れば、実現できそうなふうに書いて居ましたが、所詮、机上の空論では無いのかと、思います。

 その証拠に、マルクスやエンゲルスが、暴力革命や何らかの戦争に、一度でも参加したのかと言えば、生涯を通してないのですから、戦って居ない、口だけ革命家なんですね。 実際の戦場で、生命の危機の恐怖感を味わっていなければ、真に、心を動かすものは書けないと思います。 

 彼らは、糊口をしのぐつもりで、思想本を書いただけで、当時の欧州が、戦争好きの王侯貴族の絶えまない戦争で、欧州全土が荒れて居た事が、最大の原因ではないかと思います。 かれらも、共産主義が、是程広まって、世界で1億人以上の死者を出す、悪魔の思想になるなんて、考えても居なかったのではないかと思いますね。

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