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2018年9月16日 (日)

社会主義や共産主義に基づく平和な社会の構築という巨大な社会実験は失敗に終わった

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

渡辺京二『バテレンンの世紀』(新潮社)

伴天連(バテレン《父・神父の意の、〈ポルトガル〉padreから》)時代全体の景色がながめられる通史である。

これまで伴天連の研究は幾十、いや幾百もの書物が出た。

ーー

戦後ポルトガル、スペイン、そして英国で貴重な文献が見つかった。

それが研究を大きく進展させた。

これら第一級の新資料から、あの伴天連の活躍した全貌がはっきりと見通せるようになった。

ーー

ポルトガルとスペインは世界を二分割し、世界の未開拓な国々を植民地とし、土地の人々は奴隷として酷使する。

彼らは、これを「神が自分たちに命じた使命」であるという狂信的教義(ドグマ)に染まっていた。

ーー

イエズス会はスペインのバスク地方からおこった。

ザビエルは創始者の一人だった。

ーー

渡辺氏は大航海時代から世界を眺めやる文脈のなかで日本における伴天連の活躍をザビエルの訪日前後から克明に活写している。

ザビエルの布教に最初に洗礼をうけたのは北九州の覇者、大友宗麟だった。

彼は島津との死闘を繰り広げながらも、日向にあっては神社仏閣を徹底的に破壊し、仏像、教典も焼却した。

このため家臣団からの信頼を失い、やがて没落してゆく。

ーー

信長前史、はやくも宣教師は日本に入り、薩摩、日向、臼杵、山口と布教を拡大した。

が、伴天連の最終的な狙いは京だった。

京を制圧しつつあった信長が布教を許し、秀吉も伴天連の活動を奨励した時期があった。

といっても、信長は火薬と鉄砲を得ようとし、そして既存の宗教勢力へのバランスを計測していたのだった。

つまり信長は、伴天連を利用しようとしたといえよう。

ーー

秀吉は、伴天連がもたらす物資、交易に魅力を感じていたが、かれらの侵略意図を知るや禁教、伴天連追放に踏み切る。

のちに天下人となる家康は新興勢力として台頭してきたオランダと英国に注目して、むしろ活用した。

家康は交易を許したが、布教は禁止した。

家光の代ではオランダを除いて、完全に彼らを駆逐した(筈だった)。

ーー

ところが、禁教後も宣教師の日本潜入は絶えず、とくに長崎から天草にかけて潜伏し、伝染病が蔓延するように信者が増えたのである。

一時は37万人の信者を誇ったのだという。

ーー

1467年から京を焼き尽くすような応仁の乱が10年間も続くと、民衆の中には、神にすがろうとする人々が増える。

人々は切支丹を仏教のあたらしい宗派の誕生として認識した。

一神教についての理解に欠けたのだ。

ーー

天草四郎は、小西残党の武士らが担ぎ出したほどに、霊力をもつ少年だった。

地方の一揆程度とみた幕府は、ささやかな部隊を鎮圧に宛てた。

どっこい反乱軍は強かった。

ーー

ISの戦術をご記憶だろう。

住民を巻き込み、楯とする。

仏教徒の住民が、キリスト教にならなければ殺すと脅され、原城の籠城戦において城内に閉じこめられた。

その数およそ18000名。

ーー

本書は、しかしながら、天皇、朝廷の動きについての記述が皆無であり、総合性にややかける。

ーー

伴天連が掲げたのは「天地創造の絶対神」だ。

伴天連は、日本の神仏は「その被造物にすぎない」と言い、また「日本の神仏が真の神の資格を持たず、悪魔のまどわし」(p441)と主張した。

最初は現世的な御利益から入信した信者等も、これを耳にして急速に離れていった。

ーー

殉教のために密入国した宣教師がいたが、当時の厳密な監視態勢の下ではすぐに発見された。

ーー

本書を通じてハタと膝を打った箇所が幾つかある。

第一にイエズス会は布教の対象を藩主、武士という上層部におき、また日本語がしゃべれない弱点を乗り越えるために聡明で語学が達者な日本人信者を多用した。

実際の布教は、この日本人信者(同宿という)が行ったのだった。

KGBが当該国において『影響力のある代理人』を重用したのに酷似している。

最初の信者は、貧困な人々が目立ち、日本の知識階級には怪しい教義をはねつけるだけの知見があった。

ーー

第二にキリシタン大名が輩出したが、それぞれの武将には信仰への温度差があり、棄教に応じたのは黒田官兵衛、小西行長ら多数いた。

棄教を首肯しなかったのは高山右近ら少数だった。

宗教論争を通じて、キリスト教の説く教理が、日本の国柄には適合しないことをほとんどの日本人指導者は認識できていた。

ーー

第三に同様にしてイエズス会宣教師のなかでも、GHQに「ウィークジャパン派」と「ストロングジャパン派」が対立したように、布教の遣り方や交易手段を巡って鋭角的な内部対立があった。

日本侵略を強硬に主張したのはコエリョであり、この時点で反対したのはオルガンディーノだった。

フロイスはどちらかと言えば中立的だったが、のちに侵略論に傾いた。

ーー

コエリョは日本侵略に積極的だった。

「当時マカオにいたヴァリニャーノのもとに使者を派遣して、彼が来日する際二百名の軍隊を伴うべく要請する」

「さらに彼からスペイン国王、インド副王、フィリピン総督に軍事援助を要請してもらう」

「コエリョはバテレンン追放令が出るや、有馬晴信ら切支丹領主に、結束して秀吉に敵対するように働きかけ、資金と武器の供与を約束し、実際に銃器、弾薬を買い入れた」(p225)

ーー

破天荒な日本人信者(トマス荒木)が単身ローマまで行って多くを学んだ。

が、帰国途次のマカオで、イエズス会宣教師等が「日本征服を企てるような托鉢修道士たちが国王に働きかけた」事実を掴んだ。

まさに「植民列強と結びついてその国家事業の一環として布教をすすめてきた修道会に対する疑問」が拡がった(p321)

ーー

ヴァリニャーノとて、天正少年使節を欧州へおくる段取りを組んだが、『天正遣欧使節記』はヴァリニャーノの作文であり、偽文書だった。

ーー

伴天連の機密任務である侵略の意図を、早くから秀吉も掴んでいた。

ただ秀吉の老衰がはげしく禁教と布教の狭間を揺れ動き、朝令暮改の特質があった。

「家康はポルトガル、スペインの侵略性も、宣教師達の役割もよく承知していたが、現実の武力侵略はまったく恐れていなかった」

「彼が怖れたのはいわば文化的侵略であって、キリスト教が日本を乗っ取るのではないかと懸念した」(p315)

ーー

第四に禁教後も、宣教師の潜入が続いたことは述べたが、とくに天草にもたらされた印刷機によってキリスト啓蒙書が印刷され、おびただしく出回っていたことである。

所謂「天草四郎の反乱」と呼ばれる切支丹の一揆とて、直線的に徳川政権の転覆を狙った国家への叛逆ではなかったのだ。

百姓と小西残党の武士団と、反乱の題目に必要なキリスト教の信者とが徒党を組んだ、農民一揆に近いものだった。

ーー

武士は戦争になれて、武装しており大砲や鉄砲をそなえていたため、背後にポルトガルがいるという印象を与えた。

だから幕府はオランダが火力攻撃の支援を申し出たときに応諾した。

ーー

本書で渡辺氏が言いたいのは次の言葉だろう。

「イエズス会が二十世紀の共産主義政党と性格、手法において一致していることはおどろくほどである」

「実現すべき目的の超越的絶対性、組織の大目的への献身、そのための自己改造、目的のためには強弁も嘘も辞さぬ点」

「(これら)において、イエズス会は共産主義前衛党のまぎれもない先蹤(せんしょう)といわねばならぬ」(p189)

ーー

これは日本が欧州の異教との初めての接触だった。

2回目の接触は幕末の異国船だった。

ーー

ーー

渡邉哲也 ‏ 認証済みアカウント @daitojimari 24時間24時間前 その他

社会主義や共産主義に基づく平和な社会の構築という巨大な社会実験は失敗に終わった。この事実に基づかない評論や評価は全く意味を持たない。認められない人が反政府ゴッコしているだけの話 見ていて不愉快で滑稽。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難う御座います。
>>西洋文明の日本侵略失敗の歴史
 ご紹介の書籍やそのダイジェストの内容・方向性共に、キリスト教布教の失敗の原因が書き連ねてあるが、最後に渡辺哲也氏の「社会主義や共産主義に拠る、平和な社会を構築すると言う社会実験は失敗に終わった」と言う言葉を用いて居るのは、真に取り上げて居るのは、日本の侵略に対する民衆の柔軟さと支配層の強靱さ、亦はその逆であろう。

 確かに、日本が西洋の侵略に晒されたのは、縦椅子様がご指摘の通り、天草の乱が一度目、黒船来襲に始まる維新騒動が2度目だが、3度目は、鹿鳴館に始まり大正デモクラシーで結実した西洋の文物崇拝だったろう。 何故なら、是に拠って、公家の五摂家筆頭の近衛家の嗣子、其の英明さで評判だった、文麿氏を、共産主義者にして終った現象だろう。

 西洋側は、この三度目の日本の精神文化への侵略が功を奏して、日本は敗戦を喫して終うが、2・26事件の首謀者たちが、実は、共産主義に染まった貧農出身の将兵たちだったし、その兵士たちの上層部には、是亦、左傾化した将軍たちが居たのだから、軍隊の指揮官クラスの1/4は、「敗戦革命」なるものを目指して居た、コミンテルンの細胞並みに赤化していたと考えれば、日本は戦争に負けるべくして負けたと言うべきだろう。

 然し、其れにしても、こうして歴史の裏幕が暴かれ出すと、西洋勢力キリスト教と言う、精神文化の面での侵略を行って、狙って居る敵側の民衆層を変質させて、多くの内応者を創り出し、その救済と言う大義名分で侵略を正当化する手法は、2度目でも3度目でも、そして、今でも使われていると言って良い。 但し、キリスト教で失敗したから、3度目以降は、共産主義に変わって居るが。

 其の共産主義は、元を糺せば、ユダヤ教の聖典タルムード信者に拠る、選民思想の具現化の為の思想であろう、然し、20世紀に行われた社会実験の結果、共産繻や社会主義は、主に、社会にイノベーション「=向上、改善」を育てない事で、社会や国の発展を阻害こそすれ、発展に寄与するものでは無い事が、色々な国や政体で、繰り返し証明された。

 然も、渡辺氏が言って居る様に、平和な社会を構築する手段としても、適当では無い。 彼らが主張するのは、「古きものの破壊と新しき世の建設」だが、破壊は、散々行われたが、招いたのは社会の衰退と廃墟だけだった。

 流石に、此処まで来ると西洋文明側にも、共産主は、過ちでは無いのか、と言う疑念が出て居る。 其れでも未だに、共産主義に拘っている、フランクフルト学派と呼ばれる、集団が居るそうで、それが、共産主義の中でも急進的と忌避された、トロッキーの無政府主義「=アナキズム」の延長に在る、世界政府の樹立を目指すグローバリスト集団だろう。

 良くハザ-ル人の国際金融資本が「国家無き権力集団」で有る事を理由に、ハザール人の運動と誤解されているが、国際金融資本は、国家が無いから、既成国家に寄生できるので有って、寄生する国家を消してしまっては、自力では繁栄できないのは、明白な事実だろうから、国家を無くす運動に加担する理由が無い。

 確かに、現在ロシア内で盛り上がりつつある、ネオ・コムにズム運動に、ロシア内に潜在しているハザール人は多く参加して居る可能性は高い。 然し、是は、反ロシア主義であり、グルジア人スターリンに潰された、ハザール人に拠る共産主義社会の再建運動であろう。 そう言う意味では、彼らもグローバリストでは無い。

 ご紹介では、日本の天草の乱を、反徳川体制の農民と武士凡そ、15000にんと、布教でキリスト者になった人々で、改宗に応じなかった18,000人の合計約3万人が、原城に立て籠った「農民一揆」の変種と捉えて居ますが、事実はその通りなんでしょう。

 然し一揆勢は、攻め手の主将である、板倉重昌が討ち寺にする程の、抵抗を見せたが、ご紹介の様に、新教徒のオランダの商船2隻に積んであった大砲4門で、原城の石垣を破壊、そこへ、攻めあぐねて居た九州の大名が、功を争って殺到し、籠って居た老若男女全てを殺害、天草四郎時貞やその近侍は、処刑されましたが、この時、数人の宣教師も刑死して、その異例の為の像が、今も遺って居ます。

 中世に世界進出した西洋文明ですが、最初はスペインとポルトガル、そして、英国、更には米国と、何れの国も世界制覇を目指すのですが、彼らの思想には、シナに言う処の、「王道」は欠片も無く、「覇道」だけが、そのエネルギー源になって居ると思われます。 ですから、世界宗教を偽装した民族宗教の独善的、排他的、欺瞞的なキリスト教と親和性が有るのです。

 と言うか、先例が少な過ぎるので、固より王道の意味を知らないのではないかと思います。 然し、勿論、東洋の王道が、世界を平和にして、継続足らしめたか、と言えば、そのような例は、日本を除けばありません。

 是は、王道の元になって居る考えで有る「正義は最終的に勝利する」が、成り立って居ないのは、人間が持つ、生存慾、功利心から派生する羨望や嫉妬と言ったものの影響を考慮して居ない事で起こる、必然的な現象でしょう。

 人間に争いを齎すのは、「他人の苦しみを理解しようとする心の不足」だからです。 人間は、他人との間にそう言った壁を持って生まれるが、その壁を、超える為の努力を終生行わねばならないのは、自分の周りが、生々流転で絶えず変化している「無常」ダカラでしょう。

 ご自身が、釈迦族の王子として、カピラヴァストウでの安逸な暮らしを捨てて出家した様に、 「如何に恵まれた生活をして居ても、生きて居る事が、即ち苦である」と言う、釈尊の言葉に有る様に、人間は環境に苦しめられる場合が多いが、では、その環境の苦しみを取ったら、人は、苦から解放されるかと言えば、そうでは無い様に、苦は、元々、抽象的ですが、人間個人のモノで、生きて居る限り、乗り越え続けねばならないモノなのです。

 人類の歴史15万年とは雖も、王道は全く確立されているとは言えません。 否、世界は未だ、王道すら理解して居ないと思います。 然し、其処へ到達する為に、考えられた具体的な政体が、日本文明の「威力分離」の政治形態で、すでに、2678年の実績が有ります。 つまりは、物質的、世俗的な、成功の果実とも言える、贅沢な暮らし、余裕のある精神環境を権力者に齎しましたが、何れも、200~300年以内に、別の権力者に取って替わられています、この時間の長さが、シナ王朝の王権維持の長さと符合するのは、面白いと思います。

 西洋文明の覇権、パクス・ブリタニカに次ぐ、パクス・アメリカーナが現れて居ますが、前者が約300年余り、後者はまだ始まって100年も経って居ません。 然し、戦争が齎す被害の大きさの拡大から、戦争の意味も変わって来ているので、覇権主義そのモノが、否定され始めて居るのは、グローバリズムを「平和主義」と勘違いする人が大勢いる事で、裏付けられましょう。

ブログの更新有難うございます。

イエズス軍といい、共産主義といい、日本は本当に迷惑を被り続けています。共産主義は宗教否定とか。共産主義自身がカルトそのものなのですから。

戦前の軍隊の幹部の1/4が赤化していたとのこと。
8月15日放映のNHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」を観ました。
おきまりのNHK歴史捏造番組としてブログで批判されていました。
そのなかで、軍幹部や政府関係者らしい人の録音された肉声が聞けましたが、この声に関しては本物だと思います。
天皇陛下のことを、「陛下」と言わず、「てんさん」と皆が言っているのです。
これは1/4の赤化軍人?又は当時「てんさん」という習慣があったのか?ちょっと気になりました。

パクス アメリカーナはもう余り続かないのですね。
その後は混乱の世がやって来るのでしょうから、
早く憲法改正して自立しないと日本は心配です。


>ミラクルさん ソロです。
>>関東軍幹部が陛下を「てんさん」と呼んだ
  ノモンハン事変の昭和15年当時ですから、可成り、世情が緊張して居て、一触即発の気分が横溢して居た筈なので、俄かには信じ難い事ですが、録音が遺って居るのならlNHKの切り貼りが無いとすれば、事実なのでしょうね。 

 当時は、政治家や軍上層部は、会話の中で陛下の名前を出しときは、「聖上」と言う呼び方をしていたし、部下や一般人の場合には、直立不動で「畏れ多くも天皇陛下が云々」と言う、接頭辞を入れるのが、常識だった時代ですからねぇ。 関東軍の最上層部(将官クラス)が、陛下にそういう呼び方をする雰囲気があった事自体が問題になるでしょうね。

 ソ連と戦ったノモンハン事件は、実は、引き分けか、日本が勝って居た事が、後になって両軍の被害の比較の調査で分って居ますが、関東軍内では、「負けた」事になっていて、「士気に関わる」と言って、機密扱いになっていました。

 因みに、この時の総理大臣は、あのソ連のスパイだった、近衛文麿ですから、その辺りが臭いんじゃないですかね。 約10年前の2・26事件に関わった、当時の佐官クラスで、ノモンハンに参加した将官を調べれば、大体分るんじゃないかと思いますよ。

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