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2018年8月19日 (日)

占領軍憲法と東京裁判史観を強制されたままでは、それ(明治維新)はまだ終わっていない

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

明治政府はそれ以前の江戸日本を全否定して、近代化(白人の社会制度を採り入れる)し富国強兵化することにしました。

欧米列強(白人諸国)による植民地支配圧力の前で、独立を維持していくためには、やむを得ない決断であったろうと思います。 

ーー

敗戦後、占領軍は日本が独自に富国強兵化出来ないように、占領軍憲法と日本が悪いという東京裁判史観を日本人に強制しました。

これは明治のはじめから、終戦に至るまでの日本を、全否定するものでした。

戦争に負けた日本がとるべき道はそれしかなかったのです。

ーー

敗戦の混乱に乗じて在日・反日勢力は、占領軍に協力して、20万人以上の日本人を公職から追放し、その地位に成りすました。

そして言論・メディアを支配し、言論の検閲・統制をして、戦後社会の支配者となった。

つまり日本人は、まず在日・反日勢力が言論・メディアを支配し、憲法と自虐史観を強制している現実に気づくことが必要になった。

そして、在日・反日勢力による支配から開放されるためにはどうすべきか考え実行すること、が必要になったのです。

ーー

かつて支那大陸に隋ができ、聖徳太子がこれに抗して我が国の独立を護ろうとして立ち上がった時代がありました。

太子は、

遣隋使を送り(600年)、
新羅征討の軍を出し(600年)、
十七条憲法を定め(604年)ます。

その後中大兄皇子、中臣鎌足らが、

蘇我入鹿を倒して天皇中心の社会体制を堅持し(645年)、
公地公民制を敷き(646年)、
白村江の敗戦によって半島の権益を放棄し(663年)ます。

天武天皇の時代から

記紀を編纂し(712,720年)、
道鏡事件が起こり(769年)、
桓武天皇による平安京遷都(794年)が行われた。

こうして聖徳太子以来、我が国が安定するまで、その間、およそ200年を要しています。

ーー

手塚治虫は、 「過去はすでに起きた未来、未来はこれから起こる過去」 と言いました。

要するに歴史は繰り返すものなのです。

ーー

なるほど現代では、物質的には電話が携帯やスマホになったり、映像情報が誰でもネット上のYou Tubeで発信できたり、

武器も剣や弓矢の時代から、鉄砲・大砲の時代、核ミサイルの時代、そして無人AI戦闘機の時代へと進化しています。

この50年の道具機器の変化はすさまじいものがあったと思います。

ーー

お金も金属の時代から、お札の時代になり、いまは電子マネー化が進んでいます。

これもそのうちに金銭の授受に生体認証による確認がなされるというのが普通になるかもしれない。

(例えばカメラに請求金額を了承したと言うだけで支払いが完了する)

しかしハード面は変化しても、お金の価値を決めるのは人間であり、それは変わらないのです。

ーー

とりわけネット環境が整備されてから、世界中で、言論空間が激変しています。

日本では既成メディアが占領軍憲法と東京裁判史観を維持するための機関(エンジン)であることが日本人に広く知られるようになった。

そして、ネット上での情報拡散が世論を変えるような力を持つこととなったのです。

ーー

明治維新の始まりは、黒船が浦賀沖に来航した1853年(嘉永6年)で有りましょう。

つまり列強が日本に開港を要求してきたのでした。

しかし開港に際しては、列強はすでに国内法によって、外国人を取り締まることができたが、日本は外国人を取り締まる国内法整備ができていなかった。

それで開港する際に、外国人に対する処置や関税について不平等な条約を締結せざるをえなかった。

また、国内の金銀交換比が1対4、列強のそれが1対16であり、金が大量に国外に流出した。

これらはすべて外国の事情を知らなかった(知らなくてもよかった)ことに起因するのです。

ーー

不平等条約は、1911年(明治44年)の米国との新・日米通商航海条約の締結によって、対等な関係が構築されたかに見えた。

しかしそれは、10年後の1921年(大正10年)のワシントン会議で、もろくも崩れ去っています。

ワシントン会議で日本は主力艦の保有量を対米英の6割にされた。

(そうでなければ際限ない軍拡競争に発展していた)

ーー

そして日本は大東亜の植民地支配からの開放を目指して列強を相手に戦い、敗けたのです。

敗戦後の日本は、占領軍憲法まで列強から押し付けられて、いまだにODAという名の巨額の戦費賠償を継続している。

ーー

つまり嘉永6年(1853年)の黒船来航に始まる列強との不平等関係は、165年経ったいまでも、実は解消していない。

明治維新が、列強との不平等関係の解消を求めて始まったとすると、それはいまなお継続中である、ということになります。

ーー

上記のように、既成メディアは占領軍憲法と東京裁判史観を維持するための機関(エンジン)であることが知られています。

例えばテレビ番組のサンデーモーニングで、参加者らは、毎回、問題だらけの日本を描いて見せ、「日本下げ」の宣伝に余念がないのです。

ーー

ところがネット環境を手にした人々は、ネットを使って世界をつぶさに眺めてみることができる。

そして、諸外国よりも問題の少ない素晴らしい日本国を発見してしまった。

他国と比べると日本は、日本人みんなが豊かに安全に安心して暮らせている。

よろこびあふれる楽しい、みんなの為の国を築いている。

ーー

日本は、少数の人が、使いきれないような年収を得て、他の多くの人が明日をもしれない暮らしをしなければならない国ではなかった。

日本人は、誰もが愛と喜びと幸せを手に入れることができる明るくて安全で安心な社会を築いていた。

ーー

私達は、どこまで行っても、日本人です。

自分だけが良い思いをする、自分だけがお金持ちになって、わがまま放題に人を支配する。

そういうことは日本どうしでは思いつきもしないことなのです。

ーー

日本人が日本人であることを肯定し、日本を学ぶことに、何の遠慮があるでしょう。

そして、調べれば調べるほど、日本の歴史も、先人たちの行動も、どれも素晴らしいものばかりです。

これほど誇れる歴史を持っている国は、世界広しといえども、日本だけなのではないかとさえ思える。

ーー

明治維新は列強との不平等関係を糺(ただ)すために始まりました。

現在の日本は、残念ながら占領軍憲法と東京裁判史観を強制されたままです。

しかもその状態を維持する機関(エンジン)が国内に堂々と存在している。

つまり、それ(明治維新)はまだ終わっていないと言えるでしょう。

ということは、いま「日本再生」を目指して、日本人を覚醒させようとしている人々は、幕末以来続く、我が国の大切なたから、志士たちだということになります。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>明治維新は終わっていない
  縦横無尽にねずさんの日本賛歌が溢れて居ますが、私も、粗同意です。 特に↓は、劣化し始めて居る我々日本人が、真実の歴史を知って、再認識し、自覚すべき事でもありましょう。
>>自分だけが良い思いをする、自分だけがお金持ちになって、わがまま放題に人を支配する。そういうことは日本(人)同志では、思いつきもしないことなのです。

 この日本人社会の常識は、戦後のTVや映画で、著しく歪められて伝えられています。 世界的に有名になって、その後の栄華に大きな影響を与えたと言われている、黒澤明監督の 「七人の侍」等、日本のどの時代を背景にしても、現実には在り得ない事です。

 治安維持力が全く無い、無法状態があったかのように描かれて居ますが、日本は、時代にもよりますが、秀吉に拠る「刀狩り」が行われる前までは、農民も武装して居たと言う事実を無視しているし、その武器を放棄する事の代わりに、武士による統治に従い、年貢も収めると言う経緯が有る事も無視して居ますね。 

 処で是は、「刀狩米り」は、米国ででは未だに行われて居ない、つまり、一般民衆が銃で武装している状態なのです。 その性で、年間相当数の死者が出ているし、特に、未成年者の「感情の爆発」に拠る、銃の乱射事件で、犠牲者の数を数年置きに更新して居る有様です。

 こういう、平和な市民生活を維持するに、当然すぎる規制を躊躇って居るのは、政治構造や社会制度に欠陥があるとしか思えません。 つまり米国は、国内の治安維持状況は、日本よりも400年も遅れて居ると言う事です。 もっと言えば、刀狩りを実行した、秀吉の為政者としての才覚を持った人物は、過去に米国には現れてないと言う事でしょう。

 近代の科学文明を興したのは、確かに白人文明でしょう。 祖の科学に拠って、人類は全く新たな地平を見出し、今や、宇宙の涯迄、次元の涯迄も、その探究の手を伸ばそうとして居ますから、大したものだと言う他は有りません。 然し、其れにしては、足許の話と思しき、世を平安に保つ方法、世人が、風災害・地震・噴火などの天変地異以外、明日の憂いも無く、安寧に暮らす社会を、欧州社会も含めて実現できていないではないか。

 日本が江戸時代265年に亘って、そうした夜を造り出せたのは、何より、飢えに立つ武家層が、公の為「=他人の為」に、日夜、腐心を重ね、粉骨砕身尽くして来たから、そして、そういう為政者の姿に、庶民が厚い信頼を寄せて居るカラ、相互の信頼関係の上に、社会秩序が自然に生まれたのです。

 私も是は、ねずさんが言う通り、世界でも計宇な社会だと評価してよいと思います。 

 私は思うに、斯うした日本社会を、遅れた西洋風に造り変えようとした、読売中興の祖、否、戦後の日本の奇跡の復興・繁栄を齎したと、マスコミに拠って喧伝されている、正力松太郎氏自身が、本当に日本人だったのだろうかlと疑っています、つまり、シナ・朝鮮人の類ならば、日本文明を地球上から抹消する事を目指し田だろうからです。

 そうで無ければ、文明比較に置いて、日本文明の西洋文明に対する本質的な優位を識り、その上で日本文明の文化消化力の強さを確信して、表向き、TVと言う、新し未知のメディアに拠る国民意識の改造を提案すると言う、慧眼を持った策略家だった、と言えるのではないだろうか。

 この辺りは、戦後の一時期までは日本文化が、「欧米の物真似」ばかりが上手く、日本人は創造力に乏しい、猿であると、陰口を叩かれて居たが、アニメや映画、スポーツの分野でも、そして、科学・化学や工業部門の生産技術の分野で、新たな発見や優れた工夫を編み出し、基になる気界を創った欧州を軽く抜き去って、今や世界の頭脳集団に近い科学ぎゆつりっ国になって、そんな悪口を叩くものは皆無となった。

 しかし、日本人の新し物好きや文化消化力の強さが、此処まで良い方に出居るダケで有る、と見る事も出来よう。 世には安定した旧態に拠って、立場や仕事を得て居るホトが少なくないから、世の中を大きく変える新たな、発明や工夫は、危機を感じた、保守的な人々に拠って否定される。

 例えば、乾電池やレーダーなどがそうで有る是等の先進機器の発明者は日本人だが、日本では採用されず、米国に持ち込んで成功したと言うものである。 米国のレーダーのお蔭で、日本軍は、水平線の向こう側から撃って来る砲弾に苦しめられましたね。

 日本では、未だに、特に事務系出身の経営者に、実績変調の風潮が改まらず、技術・技術者を軽視する風潮が多く。 その欠陥を衝いて、日本が開発した先進技術を、只で、シナや韓国に、使われています。 シナなどは、完全にパクりの新幹線を、日本のライバルとして、米国を始めとした国々に売り込んで居ましたが、価格面で日本が敵うわけが無く、世界の各地で「新型高速鉄道」プロジェクトを失注して居た時期が有りました。

 この先日本人が、世界の中で十全に働けるようになるのは、先進の科学技術や、世界各地の子となった分家・宗教に拠る異なった常識を知る事もも、勿論大事ですが、斯うした日本人や社会の得失を良く知って、戦略的に用いる思考力、所謂、戦略眼をや砂わねば成らない、と思います。 孫子に曰く、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」

 

>現在の日本は、残念ながら占領軍憲法と東京裁判史観を強制されたままです。

日本は一日も早く、占領憲法から脱却するしなければならないと思います。
そのために、取り敢えず憲法9条に自衛隊を付加することで、自衛隊を国軍として認めなければならない。そして、有事の際に自衛隊員が捕虜になった場合、兵隊としての待遇を確保出来るようにしなければならないと思います。

その次には、憲法を全面改正して占領憲法を廃棄し、日本人が世界に誇れる憲法にしなければならないと思います。

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