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2018年8月30日 (木)

生きるのを手伝ってほしい

28日に「聲の形」のネタバレまくりの要旨を、石田将也を主人公として紹介した。

この要約の仕方では、もう一人の主人公である西宮硝子の動きが今一つ解からないという話が読者から出た。

例えばどうしていじめられた側の硝子が自殺しなければならなかったのか。

そして昏睡から覚めた石田将也が病院を抜け出して水門橋に行ったとき、なぜそこに硝子がいたのかがわからないというのだ。

そんなものは、映画を見ればわかると思うのだが、見ない人もいるのでそうもいかない。

それで、前作を補う形の物語を作ってみました。

ーー

私(西宮硝子)は、将也(しょうや)を花火見物に誘った。

私が決心をして将也に「好き」と言ったのに将也は理解できなかった。

将也は、自分が小6の時に私をいじめたことに罪悪感を持っていて、その贖罪のために私と付き合ってくれているだけなのだ。

やはり私は将也からは求められてはいない。

ーー

私の存在は、このままだと将也を不幸にするばかりだ。

ーー

将也を不幸にするくらいなら、死にたい。

偶然私をいつも監視している母と妹の結絃(ゆずる)がいない。

それで私は、自宅マンションに帰り、ベランダから飛び降りた。

花火が私の体を明るく照らし出した。

ーー

ところが、ベランダから飛び降りたその瞬間に、私の右手が力いっぱい捕まえられてしまったのだった。

見上げると将也の顔があった。

今まで見たこともないような真剣な表情だった。

ーー

俺は絶対に君を死なせはしない。

死なないでほしい、という将也の叫び声が聞こえた。

確かに私にはそう聞こえた。

私は我に返った。

死んではいけないと左手でベランダの縁を必死になってつかんだ。

左手に力を入れると、身体がふっと持ち上げられ、その瞬間に、将也の体が落下した。

ーー

外でこれを見ていた人がマンションにやってきて私を引き上げてくれた。

(私を将也と一緒になっていじめていた島田君たちだった)

私の代わりに落下した将也の姿は暗くて見えず、救急車が呼ばれ将也は病院へと搬送された。

ーー

将也は運ばれた水門市立病院で昏睡状態なのだという。

ーー

私の考えはおそらく間違っていた。

将也やその他の人たちが作り上げたものを破壊したのは自分だが、それは修復可能なのかもしれない。

自分がするべきことは、死ぬことではなく、破壊された環境を自分の手で修復することなのだ。

ーー

私は、小6の同級生で私や将也をいじめたことで、生活環境を破壊されたと感じている人たち一人ひとりを訪ね、修復したいと言い和解を求めた。

私を拒絶していた植野さんには何度も会いに行ってとうとう話し合うことができた。

残るは昏睡からまだ覚めていない将也だけだ。

将也とは、まだちゃんと話せていないのだ。

ーー

そして私は、夢の中で将也と話をしていた。

夢の中の将也は、「もう火曜日は終わる、じゃあまた」といつものように言って、後(うし)ろ姿を見せた。

私は、将也がこのまま死ぬのではないかと思い飛び起きた。

そして、早朝の町を駆けて水門橋へ急いだ。

ーー

橋の欄干を持ち、私は大声を出して、何度も泣いた。

将也、死なないでほしい。

このままでは私は本当に不幸をもたらす女のままになってしまう。

ーー

私の涙が枯れかかったとき、欄干にかすかな振動を感じた。

見ると、そこに欄干につかまって入院ガウンを着た将也が立っていた。

私は、将也の幽霊が現れたのかと疑った。

近づいて人差し指で触れてみた。

生きている、将也だった、ああ将也、私は心の中で絶叫していた。

将也は「俺はほぼ元気だ」といつた。

ーー

その将也は、真剣な顔で、私を見つめ、そしていじめたことをどうか許してほしいと謝ったのだ。

そして俺は多くの人を巻き込んだのでそれら多くの人たちにも謝るつもりだ、といった。

それから近づいてきて、私の手を重ねて自分の手を添え、俺の「生きるのを手伝ってほしい」といったのだった。

ーー

ああ将也、私は小6の時何度も将也に「友達になってほしい」と頼んだ。

私に代わっていじめられるようになった将也は無抵抗にいじめを受けていた。

それは私に対する罪悪感があって、罰を受けるのは当然だと考えていたからだと私には分かっていた。

将也の机の落書きを私が消していると将也がやってきて、「気持ち悪い、どうしてそんなことをするんだ」と言って私に飛び掛かってきたことがあった。

小6の将也の表情は、俺はいじめられて当然の人間なんだと言っていた。

ーー

私はずっとそんなひたむきな将也が好きだった。

私も、将也の手にかみつき、将也に馬乗りになって「これでも(将也のために何かしたいと)頑張っている」と懸命に言った。

そんなことをしたのは将也に対してだけだ。

その大好きだった将也が高3になって私の前に現れた時には、私は心底驚き、どうしていいのかわからず思わず逃げた。

そして将也が手話を覚えていて、私に「友達になってほしい」と言った時には涙が噴き出した。

ーー

しかも将也は、筆談帳を忘れ物だと言って渡してくれた。

それは悪意ある書き込みの中にも将也との思いでがいっぱい詰まっている私の宝物だった。

いくら探しても見つけられなかった。

それを将也は手元に置き6年間も保存していてくれた。

そう思うとこの筆談帳は一層いとおしい。

ーー

好きだと将也に言えたのは、その後、髪の毛をポニーテイルにしてそう言う決心をして水門橋へ行った時の事だった。

ポニーテイルにした私を見た結絃(ゆずる)が、将也に見せようとして、メイルをして将也が来るように仕組んでいた。

しかし将也は理解してくれなかった。

というよりも将也は自分には私から好かれる資格などないと考えていたからであることが今ではわかる。

ーー

私は、将也が「生きるのを手伝ってほしい」などといってくれるなどとは思いもしなかった。

これはプロポーズの言葉ではないか。

私こそ、障害を持っており、将也に迷惑をかけるはずだ。

「生きるのを手伝ってほしい」のは私の方だ。

私は、将也のことが本当に好きだ、将也となら人生を切り開いていける。

私は、将也をまっすぐに見て、手伝うと約束した。

ーー

ーー

この後石田は西宮を学園祭に誘う。

そして当日、自分は「学校で孤立している」と西宮に打ち明ける。

これまで西宮にいえなかった。

言うと西宮は自分のせいにして悩むだろうからだ。

ーー

西宮は、「下を向いていると落ち着く」という石田に「そうしていればいい」という。

西宮は下を向き続ける石田の手を取って校内を歩き始めた。

小6の同級生が2たりの周りに集まりだして、石田が無事でいることを喜んでくれた。

石田は気が付くと徐々に顔があげられるようになっていた。

ーー

そして突然石田に小6の時に見ていたような生き生きとした世界が開けた。

石田は、これまでの経験がなければ、この世界がなかったことを思うと、とても苦しかった過去が、愛(いと)おしいと思えるようになって涙が自然にあふれ出た。

石田は、西宮やクラスのみんなに自然な形で心から感謝していた。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>生物間に有る意思疎通の障壁
 人間と人間同志に限らず、生物間には、テレパシーの様な意思伝達機能が存在すると私は確信して居ます。

 小学生の頃、親父が警察のスパイの様な事をして、捕まり、田舎の事ですから、翌日から周り全てが敵だらけになりましたが、その時期に、私の友達は家で飼って居た猫だけでした。 

 私は友人が居ないので、外で遊ぶより、家で本でも読むしかない生活でしたが、猫は寝転がって居る私に近づいてきて、しきりに遊ぼうとせがんだ。 最初は猫じゃらしで遊んでいたが、二人とも直ぐに飽きて、亦私は読書を、猫は傍らで居眠りを始めると言うものでした。

 或る時、下校時に大勢に待ち伏せされて、進退窮まった時、手にした石を目の前に居た背の高い奴に向けて投げつけると見事に顔の真ん中に命中、血を噴いてぶっ倒れ、周りが怯んだ隙に、横の畑を突っ切り、鉄道が通って居る土手を超えて逃げ、やっと、家に辿り着きました。 

 家に帰る迄は、恐怖心で一杯で、気が着かなかったのですが、落ち着くと、今度は、一遍に悔しさが込み上げて来て泣いて居ると、猫が、何時もの様に、腹を空かせて私にまとわりついてきました、私に心の余裕が無かったのでしょう。 手で追い払うつもりが、つい力が入り過ぎて、猫は吹っ飛んでしまいました。

 すると、猫が「何するんや、腹が減ったって言ってるだけやんか」と、抗議の声を上げて居る様に思えたのです。 私は吃驚して我に還り、「すまん、飯やったな」と、ご飯を上げたら、不服そうな態度で飯を食って居ました。

 そして、改めて、「明日ドゥしよう」と、考え始め落ち込んで居ると、猫が「悩んでも一緒や、自分じゃナンとも、出きんのやったら、母ちゃんに頼むしか無いやんか」と、「言って置くけど、アンタだけ生きて居るじゃないんや、俺かて、生きてるんやで、俺の身にもなってみい」と、確かに私には聞こえました。 後で、その猫とは、仲直りしましたが、その後も、意志の疎通は自在で、粗、対等の関係だったと記憶して居ます。 まぁ、猫が人間関係に興味をあまり持って居ない事は分って居ましたけどね。

 仕事から帰って来た母親に事の子細を話して、翌日、仕事を休んでもらい、学校に一緒に行き、怪我させた子供の住所を訊いて、菓子折りを持って謝りに行きました。 母親は、怒り狂って居ましたが、父親が、「子供の喧嘩だから」で、済ませてくれたのはありがたかったです。 その後、色々噂が広まって、待ち伏せは無くなりました。

 猫はその後、5年位元気に暮らして居ましたが、或る台風襲来明けの朝、庭のバナナの木の間に挟まって、死んでいるのを見つけました。 本当に親友を無くした様で、残念で大泣きした事を覚えて居ます。

 私は、その時以来、猫との心の疎通は出来たのに、何故、人同士では出来無いのだろうと、素朴な疑問を持って居ました。

 私は、固より人間関係には醒めた処が有って、皆から好かれる様な人間にはとてもなれない。と言う確信が有ったので、皆から好かれて居る奴をよく観察する癖が着いていましたが、結局、人気なんてものは、評判で造られた虚構のモノだと気が着き、必要以上に他人に気を使う事を止めました。

 つまり、「人に良く思われよう」とする事を止めたのです。 すると、周りに居る女の子の身勝手さ、狭量さ、残酷さ、が見え始め、「弱者程、利己的で残酷だ」と判り、自然、男ばかりの剣道の稽古に没頭し始めたし、その後、男ばかりの全寮制の学校に7年も行かされw、女が一人も居ない生活が、当たり前になって、恋愛は大の苦手になりました。

 ですから、ご紹介いただいた、物語のエンディングに。「生きるのを手伝ってほしい」なんて、心が通って居なければ出て来ない言葉など、60代も半端になった馬でも、キット、云ええませんね。

 人と人だけに限らず、否、異種間の生物で、言葉が通じないからこそ、通じ易い関係もあるのではないかと思います。 この辺り、獣医のドクター・ヘリオットの一連の作品の中で、「愛猫物語」「愛犬物語」他著書多数、の中で描かれて居る事です。

 「生きとして生けるものは、皆、神が造られし平等なものであるが、自然界には生物を養い得る限界が有るので、その数を限界に応じて、生物間で調整しなくてはならない。即ち弱肉強食だが、俯瞰的に言えば、強者は弱者の数に依存しているのであって、数の多い弱者が、何かの原因で数を減らすと、強者はそれ以上に数を減らし、先に絶滅する」これが、自然が、生物の数を適正に保って居る方法で、法則化しているものだと、思って居ます。

 牛や豚、鶏は、食糧にするからと言って、キリスト者の様に、「食糧に魂など無い」と、敢えて、神の為され事に目を瞑る様な事をいって、自分の罪を斬り捨てるのは、却って、神の愛から遠ざかる様な認識を持つ事になるので、キリスト者は、そう言った事も、原罪の中に入って居るのだと認識して、食事の度に、感謝とお詫びを捧げなくては、神が自然に与えし「数の調整力」の前に、絶滅する可能性が有ります。

 歳を取って、ほっとした事の一つには、若い頃に、「良く分らなかった異性の気持ち」を、拠り冷静に眺める事が出来る様になり、変な思い入れや良く見せようと言う気持ちが全く無くなった事です。

 私は宗教団体(=崇教真光)に属して居ますので、月初めには、信者「=組み手」の集まりが有りますが、年寄の女性が多いので、気を張らずに済みますが、やはり、「年を取ると言う事は、自分が知って居る人も自分を知って居る人も、次第に消えて行く」事だなぁと、この処、感じて、寂しい気持ちが止まりません。

虐めをした人が反省して、行動するのは素晴らしい話ですが、現実はそんなに甘いものではないと思います。
虐めをするのは子供だから、反省して自省すれば虐めをしていた子供は、そんなことをしなくなる。

虐められていた側から見ればそんなことはなく、彼等から接触することがなくなったから虐められることがなくなっただけです。
ですから、虐めを無くすには時間は掛かるけれど、待つことです。
これは、大変なことのようですが、一番確実な方法でもあります。

子供の1日は長いから永遠のように思うけれど、後から考えれば、人生80年の時代です。子供の頃の時間は、そんなに長いものではありません。

ただ、虐められているときには、無理に学校に行く必要はないと思います。「しんどい」と思ったときには休めば良いのです。
大人だって息抜きをするのですから、子供だって必死になって学校に行く必要はないと思います。
そして、学年末のクラス替えや中学・高校への進学時には、虐める連中と別れるチャンスですから、これは最大限に生かせば良いと思います。そのために、学力を上げることが自分に出来ることだと思います。

そして、十年後、二十年後に虐めたやつに会いましたが、もうこちらも成人していますから、下手に仕返しをして刑法に問われてはつまらないからそのままにしましたが、必要ならば武道でも習っておけば、やられないとの自信があれば威圧するだけで、いじめっ子は大人になっても逃げていきます。

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