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2018年8月26日 (日)

男性は、この事実を知り応用できるかどうかで、女性からの評価が大きく変わる

ーー読者投稿より抜粋編集

ソロです。

20年くらい前に「話を聞かない男、地図が読めない女」という本が話題になったことがあります。

これは多くの人から共感を得て「男性と女性では脳が違っている」と考えられるようになった。

ーー

これにジェンダーフリーを主張してきた人たちは困ったようだ。

今もネットの検索サイトを見ると、「男脳、女脳に差があるというのは嘘だ」と主張する人がいることがわかる。

何しろ彼らは目の前に白い鳩を見せられても、それは赤いと主張する人たちなのだから、彼らの意見を検討しても得られるものは何もない。

もう無視するほかない。

ーー

たしかに、彼らが主張するように、それは社会が作り上げた文化の所為なのかもしれない。

しかし生まれたときから男の子と女の子とでは、その好みも行動も違っていることは古くから知られていた。

大人になっても男女は、体形から、声、動作、好み、欲望の在り方まで違っているので、どうやら脳も違っているというのは多くの人々に受け入れられた。

ーー

もちろん何事にも程度というものがあるので男のような女、あるいはその逆もある。

これは我々自身が男性脳と女性脳を感知できているということを意味する。

ーー

実際、男性脳の傾向と女性脳の傾向を示されると、思い当たることがいくつも出てくる。

そしてこの事実は、男性が女性に対処するとき、あるいは逆の立場で対処するとき、とても参考になる。

ーー

その違いについてまとめているサイトがある。

以下はそのサイトの中身を抜粋・編集したものである。

ーー

男性脳の特徴

・論理的な思考
・直線的、直接的な表現を好む
・一度に一つのことしかできない(シングルタスク)
・好戦的
・競争を好む
・冒険志向が強い

ーー

多くの男性が、感情的にならずに、論理的に考えることができる。

男性(脳)は、回りくどい表現や解決法は好まず、わかりやすく、解決まで最短で行く方法を好む。

そして、複数のことを同時にするのは苦手で、1つのことに集中してしまう。

1つのことに熱中することで結果を出しやすい半面、集中し過ぎて、周りが見えなくなってしまう。

女性に比べると、好戦的で他人より抜きんでることを望み、さらに上昇志向が強いので、安定よりも冒険を好むことが多い。

ーーと。

女性脳の特徴

・感情的な思考回路
・直観力が優れる
・察する能力が高い
・表現は回りくどい
・一度にいろんなことができる(マルチタスク)
・平和主義
・安定志向

ーー

女性は、感情を優先させ、直観力に優れる。

女性(脳)は、理論的にはこうでも、「私はこっちが好きだから」とか「こっちのほうがピンとくるから」のような理由で、物事を選ぶことが少なくない。

また、察する能力が高いので、相手にもそれを求める。

説明する時には回りくどく婉曲的な表現をすることが多い。

一度にいろんな仕事を同時に進めることができる。

例えば、複数の家事を同時進行でできる。

現状維持を好むので、争いごとは好まず、危険を冒して上昇を目指すよりも、同じことを続けて安定することを目指す。

ーーと。

男性が、女性同士の会話を聞いていると、あっちに飛びこっちに飛び、いろんな話題を一度にしかも男からするとなんの脈絡もなく言い合っている。

しかも話している女性も聞いている女性も、ふんふんと納得しているのがわかる。

何しろ、赤んぼを相手に女は話ができるのである。

しかし赤んぼには、男は、お手上げなのだ。

ーー

つまり、女性に対処するときはこのことを良く分かっていないと、男は相手にされないということになる。

ーー

人類が狩猟生活をしていた長い間に、男は、狩猟や漁労に出懸けて、危険な状況に、一人で対処することが求められた。

こうした生活が長く続いたことで、男は、一人で状況を合理的に判断し行動できるように脳が進化したものと思われる。

同じ時期、女は、男が狩猟に出かけて不在中に、害獣や盗賊(敵対部族)と言った外敵から自分の身体や幼児を護る為に、集団で過ごす事が求められた。

そして女は、集団の中で子供たちを育てながら協調して過ごしていける脳を得ていったと考えられる。

ーー

相談についても男のそれと女のそれとは違っている。

上記したサイトでは、次のように解説している。

ーー

・男性脳=解決策を提示してほしい
・女性脳=とりあえず悩みを聞いてほしい

ーー

男性が相談する目的は、解決策を知りたいからで、どうやったら、今の悩みを最短で、また簡潔に解決できるかを知ることだ。

それに対して、女性が相談する時は、もうすでに自分の中である程度答えが出ている。

でも、悩みを「うんうん、そうなんだ、大変だね」と聞いて欲しい。

だから相談する。

女性は、その悩みを共感してもらえたら満足する。

基本的に、解決策の提示はそれほど求めていない。

ーー

むしろ、女性は相談相手から自分の考えとは真逆に近いような解決策を提案された場合、聞かなかったことにするか、軽く逆ギレをする。

ーーと。

男・女はお互いが違う感性を持っている。

それがお互いの感性の幅を広げ豊かにしている。

男・女は、お互いに分からないところがある、だからそれに悩み、お互い引かれる。

このことを知って、違いについての知識を応用できるかどうかで、異性からの評価が大きく変わるのである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>ジェンダーの実在の確認と人類の是から
 拙稿から、話題を取り上げて頂き有難うございます。
 ジェンダー(性差)「=男女の違い」は無いと言うのが、近代の西洋文明の主張ですが、ドゥも是は、ファリサイ派の士師であった12使徒のリーダーのパウロに拠る、ヨハネのゲッセネ派ユダヤ教の士師イエスをユダヤ教に言うメシア「=ユダヤ族を救済する救世主」と見立てて、創り上げた、キリスト教「=救世教」です。

 イエスの教えは、「男女の区別なく平等」の筈なのに、パウロは、新約聖書を編纂する際に既に、「女性は男性を悩ます、悪魔の様な存在」と、一方的に貶めて、その後、キリスト教を国教とした、ローマ以来現在に至る迄の2千年、パウロは、世界を欺いて来たのです、然も、「女性は悪魔性を持って居る」と言う明らかに、パウロの主観を聖書に入れた事で、中世に魔女として刑死した女性は数知れません。

 そうで無くとも、中東・地中海沿岸を覆って居たメソポタミア発と思しき、豊穣神「=女神バール」信仰への反動からと、戦乱時には、勝利を齎す戦神が好まれるので、自然に男性神中心になった、と言う流れが有るので、ユダヤ教も、男性の視点でしかモノを考えて居ない処が有り、亦、是を受け容れる民衆側も、女性の発言権は極めて低く、飽く迄、「イブはアダムの肋骨から作られた副次的な性」と言う認識が、当時は常識だった。

 この傾向をキリスト教はそのまま受け継いだが、途中に、知朝海沿岸の民族「≒ラテン族、アラブ族」に豊穣神バール新王が変じた、子供を護る女神イシス親交が、聖母マリアとして、キリスト教に付加されて、ラテン族の間では主流になっていた。

 社会の道徳的規範を宗教に求めるしか無かった、西洋文明の道徳の拠り所は、聖書になったが、是は、拠りキリスト教をユダヤ教化した様なものダカラ、女性蔑視は凡そ、3千年近く、中東・西洋社会に定着した考えであったと、看て良いと思います。

 女性脳の特徴である、「保守的、変革を嫌う」部分が、戦が多い地域では、戦争が、子供を産む性である女性の奪い合いの一面から、女性は戦利品の一種だった事もあって、女性独自の権利等は、徹底的に無視されて居た、是は、民族の歴史に女性が登場する古さを見れば、エジプト文明では、ネィフェルティティやクレオパトラの様に紀元前に遡れるが、欧州史では、オーストリのハㇷ゚スブルグ朝の女帝の登場(15世紀)迄、俟たねばならない。

 西洋では、斯うした時代が、ついこの前迄、19世紀の後半まで咋に遺って居たのであり、今でも、欧州社会では、女性は単独で、或いは女性だけで、飲食店にはいる事が憚られているし、家の経済を管理して居るのは、已然として男性である事で、その女性を劣ったもの「=蔑視」と考える事を世の常識とするのは、イスラム教の「女性は擁護・庇護されるべきもの」と言う、事実上の差別と何ら変わりはないと私は思って居ます。

 日本のジェンダー・フリーを推進している、例えば、東大名誉教授の上野千鶴子等は、「日本の家父長制度などは、男性優位の陋習であり、西洋社会に発生したジェンダー・フリー運動に従って、改革せねばならない」とか、日本伝統の「同権異質」の性差観を顧慮する事も無く、女性学を広げて来た。 

 然し、日本の伝統的な「分業」の感覚からすれば、西洋式のジェンダー・フリー思想は、寧ろ、女性の仕事を増やして居るダケなので受け容れられていないが、グローバリズムに傾斜しているマスコミや左翼的な官僚は、それでも、西洋式の平等成果主義「=アファーマティブ・アクション得られる男女平等」を、「人類の理性の勝利の結果」の様に喧伝しようとして居る勢力が居る様だ。

 然し、この運動は、女性の非婚化や出産数のセーブに繋がり、少子高齢化している、近代社会の出生率を更に下げて、人類の滅亡に向けて加速している様なものだと、女性自身が気付き始めて、全く広まって居ない。

 だが、グローバリストは、元々、家庭破壊・国家破壊を目標とするから、ジェンダー・フリー推進派である。 更に、GHQが行った改悪で、東大を中心とする一流大学では、ジェンダー・フリーは「先進的な」学問と言う地位を得て居るが、WGIPを設定した、米国のニューディラー「=コミンテルンの細胞集団」が、WGIP を通して、是に、便乗した結果で有る事が分るが、ニューディラーは、現在のグローバリストとは名前こそ違え、中身は同じだったと言う事が分る。

 即ち、ジェンダー・フリーは、抑々、西洋が3千年に亘って歩んできた、女性差別社会の反動でしか無かったが、是に、グローバリスト「=地球主義者、その実、白人文明に拠る地球の完全征服を目指す勢力」が便乗して、成因を相対的なのモノに起因する「あらゆる差別」を、自然(神)が、生物、特に哺乳類に最適として、作った男女の性差迄、差別の成因と誤認させたが、是は自然の法則に背くものであろう。

 是が、出来たのは、日本文明の様な、「分業」や「同権異質」と言った、最適解を社会の常識とし、「生まれながらに神の子として全て平等である」と言う考えを国の基礎とする存在を、知らなかったからであろう。

 拠って、我々日本人は、先ず、ジェンダー・フリーを完全否定して、代わりに、「同権異質」の男女観を確立して、真の意味での母性保護が、大多数の女性の保護に繋がると、世界に理解させる事なのかもしれない。

 然し、抑、生物の絶滅を含む進化は、勿論、適者生存の法則に拠っているが、人類が生物種である限り、人類も進化を続けなければ、遠くない将来絶滅する。どちらにせよ、人類にとって、是以上数を増やす事は、正義では無い。 否寧ろ、人類を滅ぼす敵は、限られた数しか養言えない、地球上に他の生物種を絶滅させても尚、その生存本能から、数を増やそうと言う人類である。

 然るに、進化を齎すのは、多様性である、トランス・ジェンダーと、呼ばれる脳の性別認識と、現実の身体構造が一致しない、或いは、両性の性具を併有しているモノも少数だが居るのは、生物種の白子現象の様に、遺伝子RNAのリプリントミスで起こる劣性遺伝や突然変異であると考えられて来たし、其れを敢えて否定する気はない。

 然し、情報手段や機器の発達の結果、斯う言う、性的マイノリティの存在や、その発言が、世の表面に取り上げられて、今迄その存在さえ知らなかった人々が、周知・認識し始めた事は、神が人類に、「是までの生存慾だけの為では無く、地球の生物種全体の保護の為に、人類がすべき事を考えよ」と言う、お示しではないかと私は考え始めて居ます。

 考え過ぎだと嗤われるかもしれないいが、其れでは、人類は、明らかに過剰になっている人口問題を基に、環境問題、食糧問題、飲料水問題を、如何に解決するのか、そこに、他の生物種を思いやる心の余裕、生存慾の自制が無くてはならぬと神は教えて居ると私は思います。

縦椅子様

 今日も興味深い内容の素晴らしいブログ有難うございます
≪ 「男性と女性では脳が違っている」と≫のお話、男女それぞれおかれた環境により、≪男性脳と女性脳の特徴を進化させつつ、存在してきたようです。その提示された特徴には思い当たることがいくつもあるように思われます。
昔から、男性には、ものを高みから俯瞰できる能力、鳥でいえば、隼(はやぶさ)やわしのように、獲物を目ざとく見つける能力を備え、まわりにアンテナをはり、見張っている。また賢者・ふくろうのようにねずの番をし、その柔らかな羽の庇護のもとにおると、とろけるように幸せといった感があります。ここに挙げられた、男性脳と女性脳の全てを兼ね備えられた方もいらっしゃるわけで、人生ありがたいものだと思う次第であります。感謝!!

男性と女性との性差については、あっても不思議ではないと思っています。
どう言っても、身体の構造が少し違うのですから、そこに差は全くないというのは無理だと思うからです。

人の身体ではないのですが、先日ビーバーの生態を見ていたのですが、ビーバーは教えられなくてもダムを造り、ダムに巣を作るとのものだったのですが、教えられなくてもそれらのことを出来るだけの知識を蓄えて生まれてくるのでしょう。
これは、ビーバーだけでなく、様々な生物に生まれながらの知識や知恵があると思うのです。
勿論、それだけでは生物として生きていくには不十分であり、親が居ればこれを手助けすると思いますし、より安全に成長出来ると思います。

でも、男性と女性に別れて生まれてくるのですし、体付きや性差があれば、それに合わせて得意、不得意が出るのは当然だと思います。
時に癪なのは、体力的には男性の方が女性よりも優れているとされるのに、女性に圧倒される男性ですが、これは当方の努力不足と言うことで、納得せざるを得ません。


ところで、世の中は男性社会と言うことで、日本は様々なことで、男性が女性よりも強い立場に置かれてきたとされています。

日本は古い国ですから、家長制度の中でも男性が女性よりも優位にあるとされてきたそうですが、年長者に聞いていますと、男性が生まれていなかった場合には、女性が家長を引継ぎ、これを継続させてきたし、その場合には男性は養子として家に入るため、家長の地位には就かなかったこともあったそうです。

これを知ってから、日本の男女差別は、そこまで酷いものだったのかと考えるようになりました。
家制度は、一族の命脈を長く保つための工夫であり、これは日本の中で広く使われてきたものですから、日本人の男女の権利が平等であったことを示していると思います。

縦椅子さま

今日(27日)のコメント欄に「ひといきつきながら」のうたの歌詞を掲載しましたが、内容にそぐわないような気がしますので、恐れ入りますが、8月26日のコメント欄に今日の歌詞のコメントを移動していただければ幸甚に存じます。よろしくお願いいたします。

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