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2018年8月18日 (土)

だが吉田にも、当時の日本人同様、日本をどうするかについて確信がなかったのだ

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

阿羅健一vs杉原誠四郎『対談 吉田茂という反省』(自由社)

廃墟だった東京で、再建と高度成長をなしとげた日本は、1964年にオリンピックを開催したのだった。

敗戦からわずかに19年後のことだった。

それを妨害するために共産支那は原爆実験を繰り返し、死の雨を日本に降らせたのだが、反日メディアはこれを批判しなかった。

ーー

この日本人が成し遂げた偉業の最大の功労者は、無数の日本人起業家たちだった。

彼らは、世界中から最新技術トランジスターやロータリーエンジンなどを探し出してきて、それらに惜しみなく代価を払って、日本に取り入れたのだ。

そしてそれにさらに工夫を加え、米国をはじめとする世界市場を相手に製品を売り成功を勝ち取っていった。

ーー

それは、共産主義社会では到底できないような成功の数々であった。

(共産支那のそれは西側から技術と資金を盗み取ってなされた見せかけの成功に過ぎない)

しかし、国内の在日・反日勢力が支配するメディアは、それらの経済的成功を政治的な手腕に帰そうとした。

しかし彼らは日本人に占領軍憲法と東京裁判史観を強制した人々だった。

それで、護憲を推進した人を祭り上げることにしたのだ。

ーー

占領軍憲法を主権を回復した後でも維持した吉田茂が適格者として選ばれた。

吉田は「国軍不保持、交戦権放棄」の占領軍憲法を維持することで、朝鮮戦争への参戦を拒み、兵員や財政の消耗を防いだのだ。

しかも日本産業は米軍への戦略物資の供給をすることで強靭になった。

ーー

この吉田政治を褒めあげたのは国際政治学者の高坂正堯と財界の永井陽之助だった。

こうして吉田茂への過大評価が生まれた。

(白洲次郎への過大評価も同じである)  

ーー

高坂正堯は、吉田茂の政治「業績」を前向きに評価した。

高度経済成長という現実を肯定するところから現実主義者(リアリスト)などと呼ばれ、論壇の寵児となった。  

一方財界の永井陽之助は、吉田の軽武装による高度成長政策を「吉田原則(ドクトリン)」と格好良く言った。

これに、護憲の共産主義者らからも従うものが出て、当時の反日論壇をバラバラにしてしまった。

そのため、福田恒存などは「論壇のバラバラ事件」と揶揄した。

それが永井の功績であるとすれば、たしかにそうだ。  

ーー

さて本書の急所は「たとえ憲法を改正しても、吉田茂という時代に対する反省がなければ何も変化はない」という主張だ。

勤王土佐生まれの吉田には、臣・吉田茂と署名するほどに尊皇精神があった。

だが吉田にも、日本をどうするかについて確信がなかったのだ。

それは70年後に既成メディアが凋落し、言論空間がすっかり変わってしまうなど、当時の誰にも予測できなかったのと同様だ。

ーー

「サンフランシスコ講和条約の際に日本は東京裁判を受け入れたのだから『機能障害(ハンディキャップ)国家』だ」 

これは当時中曽根政権の外務省条約局長をしていた皇太子妃の父・小和田恒の国会での答弁だ。

本書は、この小和田発言について、根本的に間違っており、法的効力もないと指摘している。

(サンフランシスコ講和条約には、英語、仏語、スペイン語で、日本は「東京裁判の判決を受け入れる」とあり、「裁判を丸ごと受け入れる」とは書かれてはいない)

そして「吉田原則」のまま憲法を替えないでいるいるうちに日本は、支那・朝鮮人にも侮られるような国になってしまった。

片岡鉄哉は『さらば吉田茂』を書いて、吉田時代を振り返りこう書き残した。  

「日本は萎縮した。矮小化した。卑俗化した。気品を失った。大きなこと。美しいこと。善いこと。勇敢なこと。高貴(ノーブル)なこと。これらのすべてを日本は拒否するようになったのである」(1992年、文藝春秋)

阿羅、杉原両氏は、途中で吉田の功績を述べている。

たしかに吉田の貴族然とした態度は「占領期(の不安な世相)を明るくした」のだった。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

縦椅子様
今日も素晴らしいブログ有難うございます
阿羅健一vs杉原誠四郎『対談 吉田茂という反省』(自由社)という本を通して≪「たとえ憲法を改正しても、吉田茂という時代に対する反省がなければ何も変化はない」という主張≫をされているのですが≪吉田は「国軍不保持、交戦権放棄」の占領軍憲法を維持することで、朝鮮戦争への参戦を拒み、兵員や財政の消耗を防いだのだ。≫との業績を≪吉田の軽武装による高度成長政策を「吉田原則(ドクトリン)」と格好良く≫称し、≪吉田の貴族然とした態度は「占領期(の不安な世相)を明るした≫と言われているがその通りで、≪勤王土佐生まれの吉田には、臣・吉田茂と署名するほどに尊皇精神があった≫方のご奮闘がなかったら、今の日本はあり得ないとおもいますし、「戦争は終わったわけではない」-現状を顧みるのが、「反省すべきこと」のように思います。吉田首相には敬意をもって感謝致しております。感謝!!

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>吉田茂の評価について
 ハッキリ言って、私はこの人物の何処が偉いのか理解できません。 確かに、危うい立場の日本を上手く切り抜けさせたと言う点では、評価すべきですが、一人でやった事でもないと思います。 ですから、本に在る通り、吉田茂を再評定して看るべきなのです。

 戦前の政府を構成した外務畑の官僚ですし、英米べったりの幣原がGHQの窓口を務めて居たのですから、高齢の葵さんや賀屋さんを除けば、マトモな官僚は、この人しかいなかったのかなと思います。 でも、この人は、流石に外務官僚の出自だけあって、英米側の裏事情にも通じて居たし、世界の仕組みが分って居た様に感じます。 ダカラ、先帝陛下も吉田は「股肱の臣」扱いでは無かっただろうか、でも、唯それだけの話だと思います。

 私が中学生の頃に、亡くなって「国葬の礼」を受けられましたが、教師に「何故国葬になるのか?」と訊くと「戦後の、難しい時期に、日本を守り通した人で、天皇陛下が感謝の弁を述べられているから」なんて、具体的な理由がさっぱり分らない説明だったのを覚えて居ます。 家に帰って歴史通の母親に訊くと「憲法九条を盾に、朝鮮戦争から日本を護ったのよ」と、教えてくれましたが、それ以上の説明はしてくれませんでしたね。

 現在、9月の自民党総裁選で、石破が、「憲法改正は時期尚早だ」とか宣って居ますが、では、何時改憲するのか、どういう条件が揃えば、開園するべきだと言うのか、日本の防衛の問題だから、日本の四囲の危険度合いが関係するのではないのか、そう言った国民の疑問に全く応えて居ない時点でこの人は、絶対に総裁にしていけない人だと私は思います。

 自分が総裁になりたいダケで、何をしたいのかさっぱりわからないし、軍事オタクなだけで、外務大臣を経験せずに、総理大臣をやっても彼個人が、世界で孤立するダケですからね。

 では、何時改憲すべきだったのか、と、個人的な感想を述べさせて頂きます。

 先ず、一度目は、朝鮮戦争勃発の時に、米議会から、「日本は、早急に軍の再建をして、日本は参戦せよ」との、身勝手な要請が有った時です。 然しもし、この時に軍を再建して居れば、戦前日本の延長の様なものですが、すると、「敗戦革命」を目論んで居た連中に、機会を与えて終い、朝鮮戦争措そっちのけで、ソ連主導の国内で内戦が起こっていた可能性が有った、と思います。

 2度目は、勿論SF条約批准で、日本が国際舞台に復帰した時でしょう。 然し、この時点の日本に憲法改正~再軍備するダケの国力が備わって居たか、と考えれば、かなり疑問です。 米国も、同じ意味で、日本に駐留を継続する事を、選択したでしょう、日本を失えば、折角護った、傀儡国家韓国は、不安定になるでしょうし、相手は日本の侵略意図満々のソ連ですからね。

 そして3度目は、ソ連が崩壊した90年代の初頭です。然し、この時の日本は、帰化朝鮮族に、自民党が実権を握られて、日本の人の意見が通る状況ではありませんでしたし、国際金融資本の対日警戒派の勢力がまだまだ強かった時代ですから、もし、強行して居たら、日本国内が、可笑しな雰囲気になっていたかもしれません。

 結局、80年代の10年間で溜まったお金の使い途に困って、バブルになったのですが、祖のバブルが破裂して、05年迄の凡そ15年間に日本から千兆円位の富が、国際金融組織のトリックで世界に流出して居ますからね。 お金は、流通して初めて生きて来ると言う理屈から言えば、是は或る程度やむを得ない事だと思います。 

 逆に考えれば、この資金を使って、日本は再武装する事が出来た筈です。 年間66兆円強の資金を全部国防費には出来ませんが、その1/4の15兆円/年を国防強化費に10年続けて使って居れば、日本は、全滅寸前だった重厚長大産業が復活して、新進の電子機器産業や航空機産業が進展して、21世紀初頭には、シナを遥かに凌駕する軍備を揃える国になれたでしょう。

 唯、そうなると軍需関係の企業が発言力を持ちすぎて、コントロールが難しくなって来ると思いますし、日米同盟での。日本の役割も自ずと変わって来たでしょう。 日本が未開発の武器の購入先は、結局米国ですから、国際金融組織としては、使い途が変わったダケで、日本から資金を吸収(回収)する事には変わりが無い。 寧ろ、日本国内の反日分子を使って、日本の防衛行動にケチをつけて、抑制し易くなると言うメリットが忌まれますね。
 
 おまけに、その頃のシナは、未だ従順な「世界の工場」と言う立場を確立するのに忙しく、反日は兎も角、反米をやって、米国市場から締め出されるなんて、想像だにして居なかったでしょうから、シナの野望も先送りに成り、寧ろ、日本が今のシナの様な立場に置かれる事になったかもしれません。

 こう考えれば、先帝陛下のポツダム宣言の受諾を為されたタイミングが絶妙だったから、ソ連は十分な準備も間に合わないまま、俄か仕立ての軍隊で北海道に押し寄せ、武装解除して間もない、樋口少将麾下の精鋭の日本軍の抵抗に遭って、北海道上陸を果たせなかったし、ソ連の裏切りに英米側も気付き、日本の戦後処理に置いて、「天皇陛下の死刑、日本の共和国化」を主張したソ連の影響力を削ぐ結果となったと思います。

 この辺りの絶妙なタイミングは、勿論、後着けの評価ですが、神業としか思えない部分が有り、やはり、日本は、3万年のご先祖様からのご加護を受けて居るのだなぁ、と感じます。

 そして、4度目のチャンスが巡ってきました。今回は、政治状況も、経済状態も、国際状況も、全て日本が、改憲して自前の防衛力だけでなく、極東防衛と言うと地域の防衛の要の国として備えるべき防衛力を常備して、現状の極東だけでなくアジアの平和を支えて居る軍事バランスを、米軍の軍事プレゼンス縮小の後も、自前で、維持しなくてはなりません。 

 是は、5~10年後に現出する、消費人口20億人以上のASEAN大経済圏の防衛を担う、謂わば、NATO「=北大西洋条約機構」軍の太平洋版で、将来的には、日米安保を基軸とした機構を拡大した形で、ASEAN諸国と連携して形成して行くものです。

 ASEAN地域の北に、且つ、大陸島の東に位置する、凶悪なルール無視の大国が有る限り、否、其処に息ずく、前近代的な、野蛮な13億人の民がいる限り、この軍事同盟は、その脅威から、アジアの平和と秩序を護る為に、是非とも必要です。

>それを妨害するために共産支那は原爆実験を繰り返し、死の雨を日本に降らせたのだが、反日メディアはこれを批判しなかった。

共産党は綺麗な死の灰と言っていたように思います。
嘘もここまで行けば、恥もないのでしょう。


>「サンフランシスコ講和条約の際に日本は東京裁判を受け入れたのだから『機能障害(ハンディキャップ)国家』だ」 

日本は東京裁判の結果を受け入れなければ、サンフランシスコ講和条約を締結出来なかったとのことですが、東京裁判の結果A級戦犯の被告であった7名は、既に死刑を執行されています。
東京裁判の結果を受け入れないとなりますと、この裁判で死刑を執行された7名は、どうなるのかと思うのです。
裁判を受け入れないのであれば、7名の被告を生きて返せとしかなら無いのです。

ですから、連合国としては東京裁判の結果を日本に受け入れさせるしかないし、日本はこれを受け入れるしかなかったと思います。
もし、し刑がまだ実施されていなかったのなら、連合国も日本も別の選択肢があったと思いますが、論議の余地はなかったと思います。

>「日本は萎縮した。矮小化した。卑俗化した。気品を失った。大きなこと。

このことについてですが、朝鮮進駐軍を初めとする朝鮮人の不法無法の与えた影響は、大きかったと思います。
戦前の朝鮮人は貰うときにはぺこぺこしていたでしょうが、WGIPやプレスコードによって、敗戦国民の日本人の上に置かれ、不法無法を働いたときに、処罰されずに日本の警察は無力でした。
そして、朝鮮人は一度上位に置かれたときに、その下の者には極めて残忍で横暴になることが今でもあるのです。
これが、終戦直後ですと、大変なものだったと思います。
その調子で、本来は真面目でお人好しの日本人は、苦しめられたのですから、その影響が残っても残念ながら仕方ないと思います。
それを断ち切って昔の日本人に戻るのには、彼等との関係を絶つことが必要だと思います。

すみません・・ここに書き込むほど知識はございません

ポッポ様のお気持ちにソロ様もお答えになったらいかがでしょうか?
ソロ様は私を知らなくても私は6年前くらいから某ブログで読まさせていただいています・・

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