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2018年8月20日 (月)

GHQはなぜ憲法草案を急いで自ら1週間で作ったのか

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

日本占領軍総司令部GHQはなぜ憲法草案を急いで自ら1週間で作ったのか。

その理由は数週間以内に、GHQをチェックする権限を持つ極東委員会が発足する予定となっていたからだった。

ソ連代表は、その中で、強行に天皇制廃止を要求してくると予想されていた。  

そんな事になれば、日本各地で叛乱が起きて、占領統治自体が頓挫する。

マッカーサーには、それが目に見えていた。

ーー

そこでマッカーサーは、極東委員会発足まえに、象徴天皇の「民主的」な新憲法を世界に発表し、ソ連の動きを封じようと考えたのである。

ーー

しかし、素人ばかりのGHQ民政局の職員が1週間で憲法草案を作ることには無理があった。

たとえば原案は「貴族制度廃止で貴族院はなくなるので一院制にする」というものだった。

これに対し日本側から「二院制は議会多数派の独走に対する安全弁(チェック・アンド・バランス)として必要だ」と抗議されている。  

またGHQ民生局には共産主義者が多く、「土地および一切の天然資源の所有権は国家に帰属し」などという条項があった。

日本側は社会主義憲法を作るつもりかと驚いた。

この条項も日本側の反対で、削除された。  

ーー

これらの逸話だけでも、GHQ民政局が「民主化の先生」であったはずがない事が判る。

マッカーサーとしては欧米世論に天皇訴追を諦めさせるだけの説得ができれば良かった。

欧米世論を説得するためには日本が「民主化」憲法を持ったという事実を作る必要があったのだ。

マッカーサー自身は次のように語っている。

ーー

「どんなに良い憲法でも、日本人の胸元に、銃剣を突きつけて受諾させた憲法は、銃剣がその場にとどまっているだけしかもたないというのが自分の確信だ」

ーー

つまりマッカーサーは、とりあえず天皇訴追という最悪自体を避けられれば、それで十分と考えていたことがわかる。

この思いは当時、首相だった幣原も共有していた。

こう語っている。

ーー

「ほかの点はどんなものでも、日本が独立を回復した暁には自分たちで変更することができる」

「しかし、皇室だけはいったんぶち壊してしまったら取り戻すことができない」

「だから、すべてのものを犠牲にしても、天皇制の護持だけは守らなければならない」

「天皇制の一点さえ、マッカーサーが極東委員会に対して承諾させてくれるなら、あとのことはすべて犠牲にしていいとさえ思っている」

ーー

日本政府が発表した新憲法草案に対して、ニュー・ヨーク・タイムスやクリスチャン・サイエンス・モニターは、次のように酷評した。

ニュー・ヨーク・タイムス

「新草案は「陸・海・空軍を全面的に廃止し、日本は今後その安全と生存を世界の平和愛好国の信義に依存すべしと宣言する」となっている」

「しかしこれは、余りに"ユートピア"的であって、むしろ現実的な日本人に草案を軽んずるに至らしめるであろう」

クリスチャン・サイエンス・モニター

「これは日本の憲法ではない−日本に対するアメリカの憲法である」

「この憲法の重要事項に日本の現実から生まれた思想はひとつもない」

ーー

「日本の現実から生まれた思想がない」というのも当然の指摘だ。

たとえば前文はアメリカ独立宣言、合衆国憲法、リンカーンのゲティスバークにおける演説などの切り貼りだからである。

憲法についての素人集団が一週間で作ったのだから、それも仕方がない。

が、マッカーサーが「日本はアメリカのような民主国家に生まれ変わる」と欧米世論を説得するには、分かりやすい中身となった。

ーー

当座しのぎの「民主」憲法を即席ででっち上げて、ソ連などからの天皇訴追をかわすというマッカーサーの戦術は成功した。

しかし、「銃剣を突きつけて受諾させた憲法」は占領が終わればすぐに改訂されるだろうとの彼の読みは外れた。

ーー

1950年に朝鮮戦争が起こると、マッカーサーは、日本に国軍を持てないような憲法を押し付けたことを後悔する。

GHQは、ポツダム政令により総理府の機関として警察予備隊を組織した。

同時期、旧海軍の残存部隊は海上保安庁を経て海上警備隊となり、その後警備隊として再編。

1952年(昭和27年)8月1日にはその2つの機関を管理運営のための総理府外局として保安庁が設置された。

同年10月15日、警察予備隊は保安隊に改組。

そして1954年(昭和29年)7月1日「自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等を定める」自衛隊法が施行され、

警備隊は海上自衛隊に、新たに領空警備を行う航空自衛隊も新設。

陸海空の各自衛隊が成立した。

また同日付で防衛庁設置法も施行されている。

ーー

しかし自衛隊は軍法を持たないため軍隊としては機能しない。

(公道を戦車で走行するときには道路交通法に従う)

それが1970年から始まったベトナム戦争への米からの参戦要請を拒否する口実となった。

自民党等の与党は参戦拒否による経済的利益を、社会党等の野党は日本弱体化を望んだため利害が一致し、対米交渉がなされた。

ーー

占領軍憲法を盾に、ベトナム戦争への参戦を拒否することができたことが、日本弱体化をもくろむ社会党や共産党に護憲を堂々と発言さす結果となった。

ーー

陸海空自衛隊が成立すると、各自衛隊統合運用のため統合幕僚会議も設置され統合幕僚会議議長がこれを統括した。

第一次安倍内閣が成立すると、2006年、より広範な権限を持つ統合幕僚監部に組織替えとなり統合幕僚長がこれを統括することとなった。

ーー

しかし、「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を持つ憲法のままでは、侵略軍に対処できないことは明らかだ。

ーー

そしてネット環境が整備されたのち、支那・朝鮮からの軍事的脅迫が頻繁になされている現状が国民に知られようになった。

そこでこれまでそれなりに有効であった憲法についての改正に向けた議論が方々でなされるようになった。

ーー

それはまず、憲法についての素人が短期間に作ったという事実の公表から始まる。

ーー

その日本国憲法の怪しげな素性は、「占領下に押しつけられた憲法は無効である」との「押しつけ憲法無効論」を生む余地を作った。

たとえば、占領軍が占領地の法律を改変することを禁じたハーグ陸戦条約違反である、などの指摘がある。  

ーー

憲法学者の西修・駒沢大学教授は、戦後40年近く経った昭和60年頃に、民生局で憲法起草にあたった人々にインタビューを行っている。

彼らの大半は、自分たちが短時間で十分な資料もないまま作り上げた日本国憲法が、その後一度も改正されていないのを聞いて、驚いたのだという。

ーー

そして、世界中の憲法が、時代に合わせて改正されているという事実が披露される。

西ドイツは1949年5月の独立と、ほぼ同時に基本法を制定した。憲法と言わないのは、東ドイツとの統一がまだだったからである。そして、その後、50回以上もの改正を行っている。

日本国憲法が制定以来、一度も改正されていないのは、世界でも異例である、と。

ーー

とどめの議論は、70年以上も手つかずの日本国憲法はすでに「世界最古」となっており、「無改正期間」において世界記録を更新中なのである、というものだ。

ーー

日本は国内に、反日を目指す在日・反日勢力が、言論・メディアを支配していたため、戦後70年間も国民はこうした改憲の議論を目にすることができなかった。

いまネット環境を通じて支那・朝鮮の軍事的対日脅迫を知った日本人の多くは、憲法改正が必要だと気づき始めているのではないだろうか。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>現行憲法の成り立ちと、背景の変遷
 現行憲法がかなり良い加減な「やっつけ仕事」で起草され、当時の日本側の為政者=幣原などの親米派」に拠って、是亦、僅かな時間だけで吟味されて、現実の運用が無理な部分だけが削除されて、新憲法発布に至ったと言う事が分りましたが、急いだ理由が、マッカーサーが、先帝陛下の処刑を回避する為であったとは、知りませんでした。 ご紹介有難うございます。

 あちこちで戦闘や旧軍兵士に対する連合軍兵士に拠る、報復的違法行為は続いて居たが、日本政府としては如何ともし様が無く、マッカーサーを始めとして、あの幣原さえ、日本人にとっての天皇陛下を頂点とする政体の重要性を理解して居たと言う事でしょう。

 其れにしても見損なったのは社会党の皆さんで、実は彼らこそが「敗戦革命」を目論んで居た具象的な集団だったとは、今更乍ら、開いた口が塞がりません。 帰化朝鮮人の土井たか子に党首を務めさせ、三権の長である衆議院議長を務める迄に評価した当時の政治界のマヌケ振りを思い返せば、一国民として赤面の至りです。 マスコミの「世論を義ミスリードする力」が最高点に達して居阿多と、考えるべきなのでしょうね。

 そう考えれば、終始社会革命を標榜して来た、共産党の方が、謂わば潔い。 社会党内部にも共産党の様に正直に、革命を主張すべきだと言う集団は居た様ですが、労働組合を支持基盤としてきた社会党は、多くの日本人労働者を、目先の賃金と言う餌で、釣って、騙して来たようなものです。

 賃金が上がり、企業が採算合理性ギリギリ迄、追い込まれたら、日本は必ず衰退する、すると、その向こうには、敗戦革命のチャンスが待って居ると言う事ですね。 消極的とはいえ、皇国日本を、別に国にしようとして居るのは、明らかです。

 私は、90年代初頭に、朝鮮族に乗っ取られて腐り果てた自民党は、一度解党して、新たな党を編成して出直すべきだと思って居ましたが、それをやったのは自民党を腐らせた張本人の小沢一郎や鳩山由紀夫だったのは、当時の私の政治界に関する知見が全くと言っていい程、無かったと考えるべきでしょうね、恥かしい事です。 

 今から考えても、有象無象の輩の政権が歳替わりに続き、その後現れた、社会党の右派が、女性政治家を担いで、所謂、土井たか子の「おたかさん」ブームを惹き起こし、社会党が議席を増やし、政権を維持する為に自民党が、何と政敵の社会党と連合政権を作った、のが94年でしたが、是が社会党の最後の仇花になりましたね。

 日教組上がりの村山富市を首班とする社会・自民の連合政権でしたが、その年(94年)の6月に起こった天草普賢岳の大爆発、95年の1月の阪神大震災、そして3月のオウム地下鉄サリン事件と、立て続けに大災害や事件が起こりましたが、村山の一国の首相としての対処が、全くできないと言う醜態を国民に見せつけて、96年には政権が瓦解しただけでなく、社会党そのものが国民の不信をかって終った、以後は、解党にまっしぐらでしたね。

 この辺りから、元京都府副知事ですが、当選2,3回の野中広務が、「幹事長代理」と言う肩書で、ベテラン議員を国会でコテンパンにやっつけると言う様子が放映されて、やんやの喝采を浴びました。 村山政権の後を継いだのは、自民党の橋本龍太郎でしたが、総選挙で大敗して2年足らずで辞任、後を凡人の小渕恵三が継ぎましたが、是も。調整型の政治家で、現状維持がやっとで、影が薄かった。 

 その分、野中が動きまわった感じでしたが、実は彼は、解同出身で、親北の共産主義者だったから、この時期の前後に、現在に禍根が残るって居る様な、様々な事をして居ますね。 そして、小渕首相の急逝、森首相の就任も、余りの不人気に1年で辞めます。

 其処へ、帰化人2世の小泉純一郎が満を持して登場(01年)、郵政民営化の是非を問う選挙で大勝、郵政を民営化し、国際金融集団の要請に従い、「眠って居る資金」である、預貯金1500兆円を世界に開放した上、田中派が、自民党の地方宇の資金や集票組織だった特定郵便局制度を破壊して、正に自民党をぶっ壊しました。因みに彼は、壊しただけで、リカバリーは何にもして居ません、流石は朝鮮人ですね。

 90年代迄の自民党内には、3つの思想信条を異にする集団がいて、旧制度が生み出した多数派の守旧派、解同や帰化朝鮮人達の支持を得て居る金権売国派「=田中派」、そして一番数が少ない2世議員を中心とした改革派がいましたが、最終的に、改革派が国民の支持を得た事で、解党再編したのと同じ結果になっています、石破や野田等は、その時代の残渣に過ぎないでしょう。

 歴史を追って考えて見れば、まるで、日本の政治界の改革を30年近く懸けてやってきた様な展開になっている事に驚きます。其処で言われているのは、「売国野党では、国民の為の政治が出来無い」と言う事、「外国勢力が、国内にのさばって居ても、彼らは寄生虫でしかない」、「自民党と言う国は自由な考えの闇鍋の組織では無く、国民の為、皇国を維持する為の政党である」と言う事です。

 憲法を改正する、しないの判断は、国民では無く国会議員の自身の「議員で居たい」と言う欲求によって、左右されて来た、考えるべきですが、戦争に巻き込まれる事無く、経済も順調で居るカラ、現憲法で良い、と言う短絡した結論に誘導したのは、マスコミです。 一方で、国民も、米国の庇護が有っての平和なのに、まるで、「九条が有るから平和が保たれている」と言う錯覚を平然と口にする集団も現れて、「お花畑」と揶揄される様になっています。

 是は実はトンデモ無い事で、「国民に『国を護らねば、護りたい』と言う気持ちが無くなった時、その国は終焉に向かって歩を進めて居る」と言う、スイスの警句が有りますが、モゥその段階に入って居ると言えましょう。 決して笑い事で済む話ではありません。

 そして、戦前の日本のレベルに戻すのが簡単ではないのは、何と政治の中枢や社会の主要な部分まで、反日外国人である、朝鮮人に乗っ取られていると言う事でしょう。是は、米国の置き土産と言うべきもので、序に、米国兵士が半島で散々犯した性犯罪や犯罪を、歴史を改竄して、戦前に遡って日本軍の所為に仕立て上げたのが、朝鮮人と朝日新聞です。

 朝鮮人その存在は、日本社会を劣化させていると言う証拠は、あらゆる面で数字として現れて居ます。 是は、彼らの原籍国の韓国や朝鮮の社会は、差別容認の社会で、庶民の生存条件が厳しいので、遵法精神が希薄であり、非暴力の強制力を端から無視していると言う、近代社会のの道徳心を持てない事が挙げられましょう。 

 この頃日本では、在日韓国人が、通名を自由に使って、一見しては、何人だか分らない「=成り済まし」場合が多い上、マスコミが、通名と実名を併記で報道しないので、社会がますます混乱しているのです。 是ではマスコミも、敗戦革命を目論んで居る集団と見做しても良い、と思いますね、つまり、彼らは、日本社会を貶め、日本ンダメポ論を拡散しようとして居るのです。

 今迄隠蔽されて来た事実が、ネット空間が広がり普及したことから、急速に分り始めてきたのですから、我々が今、なすべき事は、「周りがドゥ云おうと、日本人が日本人の手で、日本を護れる様に日本を改革すべきだ、日本を日本人の手に取り戻す事だ」と言う事でしょう。 

 然し、自分達の国はモゥどうでも良く、自分の生活だけが、大事だと思って居るのなら、国が無くなっても仕方が有りませんが、今ある平和も、何時でも、清潔な水が飲め、電気がつき、日が暮れても、一人歩きが出来、人生に失敗しても、何とか生きてイケる国が、世界にどれほどあるだろうか。

 その有り難い、恵まれた国を、灰燼に帰しても良い、自分の恋人や家族を外国人に踏み躙られても良いと言うなら止めませんが、そう言う人達は日本人を名乗る事はよしてもらいたいですね。 何せ、先人達が命懸けで2700年も続けて来た日本の歴史を終わらせる人達ですからね。

縦椅子様
 今日も素晴らしいブログ有難うございます
昨日7チャンネルで池上彰氏の番組を見ましたが、「戦争を終わらせた男」として、鈴木貫太郎首相に焦点を当てて番組を構成しているような感が致しました。戦争末期陛下に請われた形で内閣をおこし、ポツダム会談(英:チャーチル、米:トルーマン、露:スターリン)=議題は欧州戦後処理で集まったのだが、別室でポツダム宣言が英、米、蒋介石率いる中華民国で調印され、日本に突きつけられました。その際に原爆の実験に成功してい米国は、原爆使用も辞さないとの強硬姿勢でりました。徹底抗戦を主張する時の軍部3人を含む6名からなる会議では、皇国維持は全員が譲れないとしたものの結論がでず、宣言を無視してしてしまう結果となり、8月6日広島、9日に長崎に原爆が投下されました。9日陛下臨席の御前会議の最中の原爆投下、会議は何時間にもおよびましたが、結論はでず、14日に閣僚、軍部からなる陛下主宰の御前会議で「我が身どうなろうとも、国民の永続」を望まれる陛下のお言葉でポツダム宣言が受諾されました。そして、内閣解散。15日は朝から戦争継続を望む人たちにより、鈴木首相の自宅が放火され(氏は何度も転居された)。15日正午天皇による玉音放送がなされ、日本は敗戦いたしました.その後、鈴木内閣のときに外務大臣をされていた吉田茂首相から請われて、鈴木氏は枢密院で憲法の草案を練られたという:番組でありました。-以上がテレビ番組の内容です。
≪マッカーサーは、とりあえず天皇訴追という最悪自体を避けられれば、それで十分と考えていたことがわかる。≫
マッカーサー氏のおかげで「皇国日本が存続できた」ことは僥倖で、この国が世世に続いていくことを切に願うものであります。

>現在の日本は、残念ながら占領軍憲法と東京裁判史観を強制されたままです。

日本は一日も早く、占領憲法から脱却するしなければならないと思います。
そのために、取り敢えず憲法9条に自衛隊を付加することで、自衛隊を国軍として認めなければならない。そして、有事の際に自衛隊員が捕虜になった場合、兵隊としての待遇を確保出来るようにしなければならないと思います。

その次には、憲法を全面改正して占領憲法を廃棄し、日本人が世界に誇れる憲法にしなければならないと思います。


8月20日 (月) GHQはなぜ憲法草案を急いで自ら1週間で作ったのか

日本国の憲法は、占領軍の職員が1週間で作ろうとした程度のもので、天皇を民主的な立場で残す以外は、日本が独立国に戻るまでのものとして作られたのなら、確かにその程度のものだと思います。

それを後生大事として、73年も改正せずに使ってきた日本をどう考えれば良いのかと思いますが、ソ連などからの天皇訴追を交わすという目的であったのなら、日本人として感謝しなければならないです。そして、終戦時に、占守島の防衛に頑張ってくれた第91師団の招聘に感謝したいと思います。彼等が居なければ、北海道をソ連に占領されていた可能性があります。

しかし、GHQ民政局に共産主義者が、ここまで多く入り込んでいたとのことには驚きました。


>1950年に朝鮮戦争が起こると、マッカーサーは、日本に国軍を持てないような憲法を押し付けたことを後悔する。

日本の憲法は、日本の領土と国民を守ることを規定していないのですから、日本を占領している国がこれを守ることを前提にしています。また、こんな憲法を制定させるのは、軍事的に圧倒的な力を持つ国であり、そうでなければ出来ないことだと思います。

そして、日本がこんな憲法を73年間も持ち続けたのは、GHQによるWGIPとプレスコードによるものですが、米国は日本に対して何をやったか、やり過ぎたかの検証をしなかったのでしょう。

イラク戦争後に新聞紙上で米国は、占領行政が上手く行った日本統治の時のようにするつもりとの記事を見たことがありましたけれど、日本は3年半の長期戦争を戦って、刀折れ矢尽きた状態での敗戦で、その年の冬の食料もなかった国だったのです。


>しかし自衛隊は軍法を持たないため軍隊としては機能しない。

これは、全く困ったことで万一の有事の場合に、自衛隊が戦闘行動中に捕虜になった際に、捕虜として遇されなかったら極めて危険な状態になります。
日本の周囲の国家は、己が優位にあった場合には極めて残酷に行動する可能性が大きいのです。これは、日清戦争での日本歩兵が捕虜になった場合の記録に残されているのですが、民族の属性は100年や200年で変わるものではありません。

大東亜戦争の時、東条大将は戦陣訓で「生きて虜囚の辱を受けず」としたことが批判されますが、捕虜となったとき生きたままで生皮を剥かれたり、身体を上下に分けられる痛さを考えますと、しぬまで戦う方がマシです。それに、中共軍は昭和18年まで捕虜を取らなかったとのことですから、不幸にして中共軍の捕虜になった兵は、どうなったのかと思うのです。

日本は軍法を作って、自衛隊の隊員が万が一の有事の際には、その能力を十分に使えるような体制を、作っておかなければならないと思います。

書きにくいことですが、靖国神社へのお祀りも含めてのことです。
日本の神さんは八百万の神さんですから、全ての人をまつることが出来るのですけれど、近頃の人には中には嫌がる人も居る可能性を考えることもあると思っています。これの対応も必要なのです。


>そして、世界中の憲法が、時代に合わせて改正されているという事実が披露される。

憲法は最高の法律ですから、最新型のものである必要はないと思います。
でも、必要なことは国が、存在するための目的だと思います。そして、国は領土と国民を守らなければならないので、そのことも記載しなければならないと思います。

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