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2018年7月 1日 (日)

日本人は、ネット上で初めて、彼らが日本人や日本社会を恨み、日本人や日本社会に復讐することを目指していることを知ったのです

ーー以下読者投稿より

ソロです。

我々日本人は、知らない相手の環境を無視してしまいがちです。

そして、相手の環境が、『自分と同じ』だと、勝手に思い込む。

これは、相手が日本人の場合、同朋意識が芽生え、より親密になることができます。

それに、「相手の身になって考える」ことは、日本人の間ではとても重要な交際術でもあります。

ーー

しかし、相手が外国人の場合は、相手の環境が『自分と同じ』だと考えてはいけないのです。

特に支那・朝鮮人は、顔かたちが日本人にそっくりなので、『自分と同じ』だと考えてしまいがちですが、これは大きな間違いだと言えるでしょう。

ーー

支那・朝鮮人らは、お互い、悪意が溢れる社会の中で生きて居るのです。

しかし支那・朝鮮人らは、自分たちがそのような社会で生活しているのだとは言わない。

そして日本人に対する悪意を隠して、黙って生活しているのです。

日本で暮らすのにはそのほうが有利だからです。

日本人相手なら、日本人が善意で接してくれるので、大概はそれで得をするからです。

ーー

こうして、日本人は、支那・朝鮮人らが、悪意を持っているということに気付かずに彼らに対処してしまう。

そして支那・朝鮮人に騙されたといって後悔する。

それは日本人が、あまりにも支那・朝鮮人のことを知らなかったからだといえるでしょう。

ーー

しかも戦後ネット環境が整備されるまで、日本の言論・メディアは在日・反日勢力の支配下にあった。

そして在日・反日勢力は、言論・メディアを使って支那・朝鮮人の悪意・悪行を「無かったこと」にしてきた。

日本人は、ネット上で初めて、彼らが日本人や日本社会を恨み、日本人や日本社会に復讐することを目指していることを知ったのです。

ーー

在日朝鮮人の魯漢圭は、民団新聞にこう書いている。

ーー引用開始

もはや裏社会は我々(在日)が制圧した。  

その暴力と経済力を背景に日本の政官財界を侵略する。

60万在日の経済力は日本経済の2割に相当し、それは実に南朝鮮の経済力の2倍という凄まじい物だ。  

経済力に加え、地方参政権によって政治力も手に入れ、やがては軍事力も手にした日には完全に日本から独立した、世界で最も豊かな国家を手に入れることが出来る。  

もはや完全に在日の奴隷状態の日本人には、在日国家の軍門に下って貰うことになる。

こうして在日はアジアの頂点に立つことが可能となり、半島と日本を実質支配するのだ。

ーー引用ここまで

支那人は、第二次世界大戦前夜からソ連工作員スメドレーや米国人エドガースノーらを買収していた。

そして彼らに「日本は悪い国だ」と書かせた。

ーー以下wikipediaより引用

エドガー・スノーは、政治的な著作『アジアの戦争』を書き上げ、日支戦争における日本を批判的に取り上げた。

これにより、米国が頭の先から爪先に至るまで日本人を憎悪し武力介入で日本をこの世から抹殺する事を目指した。

同書では南京安全区国際委員会の委員長であったジョン・ラーベが示した算定として「南京大虐殺」において「日本軍は南京だけで少なくとも4万2千人を虐殺した」、「10歳から70歳までのものはすべて強姦された」と記し、

成都で会ったL・スマイスが編纂した『南京地区における戦争による損害』を引用して「日本軍による暴行」として告発している。

さらに、日本軍は「銃を持った首狩り族」であり、日本人は支那・朝鮮人より知的・肉体的に劣る存在、とも罵倒している。

この『アジアの戦争』は、のち『東京裁判』における検察側冒頭陳述や「南京大虐殺」、更にGHQの占領方針と占領政策の基盤となった。

ーー引用ここまで

こうして支那は、「アメリカ人大衆を洗脳した」のです。

アメリカ人は、この『アジアの戦争』を読んで、「日本人は悪いやつらだ」と思い込んだ。

『アジアの戦争』の内容を、「だから原爆投下や大空襲などでの民間人の犠牲は仕方がなかった」と免罪符にしたのです。

ーー

欧米人の支那・朝鮮人や日本人に対する無知や無関心は、我々が欧米人の区別がつかない程度に無知・無関心であるのです。

欧米人は、自分自身が人種差別主義者であり、犯罪者にも負けない利己的な、価値観と倫理観しかもっていないくせに、他国を偉そうに批判する。

特に、スノーが、支那共産党の招きで毛沢東の墓に参った時、大きく失望の色を見せたのは、毛沢東が支那人であることを忘れていたためである事は明らかです。

ーー

日本人は、幕末になってから、西洋列強を知り、日本がとても遅れた国であると思い込んでしまった。

そこには明治政府の文明開化政策の遂行のために「遅れた国」という認識が必要だったこともあった。

この「遅れた国」という認識が、例えば、支那・朝鮮に対しても採られ、「支那・朝鮮の実情を知らない(知ろうとしない)」状況が続くこととなった。

これは、アメリカ人が「支那・朝鮮の実情を知らない」ために、支那人に情報戦の絶好の標的にされたことと同様だった。

ーー

スノーは、アメリカ人が「支那・朝鮮の実情を知らない」ことを利用して、「日本軍は「銃を持った首狩り族」であり、日本人は支那・朝鮮人より知的・肉体的に劣る」と宣伝したのだった。

ーー

日本人は、この先も、こうした欧米や支那・朝鮮と、つまり違う文明国の人々と付き合っていかねばならないのです。

違う文明国の人々と付き合って行くためには、
1、相手を知る
2、同時に自分をも知る
ことが必要でしょう。

ーー

これまでは、言論・メディアを在日・反日勢力に支配されていた為に、相手を知ることができなかった。

これからは、情報網を世界に張り巡らせ、相手を知ることが必要です。

と同時に日本人は自分のことも知らなさ過ぎたのです。

これからは、「相手を善意の相手だと考えしまう」、自分のこともよく知って、「悪意を持つ相手」に対応する必要があるでしょう。

ーー

なにしろ「自国は国民が、また自分は自分が守る」意思がないと、支援も得られないからです。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

縦椅子様 
 7月1日暑い日曜日になりそうです。なぜか戦後間もない焼け野原になった光景が浮かんできます。昨日難波に行ったせいでしょう。まるで中国人人街かと思えるような街に今やナンバはなってしまっています。その中でも威容(異様)なのは、太い鉄骨で建設中の円形状の建物、かっての精華小学校跡に建てられつつあるたてものです。ここに行くごとに心が痛みます。僅かな思い出も消し去る容赦ない現実がここにあります。大阪大空襲で焼け野原になった土地にいち早くバラックをたて、めぼしい土地を奪い、居座ること7十有余年、完全に乗っ取られています!どないかなりませんか?許されません!せっかくの日曜日に申し訳ありません。気持ちを書いてしまいました。ー今日も素晴らしいブログ有難うございますーかんしゃ!-

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>「敵を知り己を知れば百戦危うからず」孫子
 私の投稿を上手く纏めて頂き、亦、何時もの事ですが、私が描き切れていない部分も補足して、或いは冗長な部分を短くまとめて、判り易く編集していただき、誠にありがとうございます。

 生まれ育った環境が違うと言う意味では、私の母方の一族は、伯父、叔母達ともに、大連生まれの大連育ちで、公的にも昭和30年迄は、満州帝国人で、外国人扱いでしたから、彼らの考え方も周りの大人たちと比べると、カナリ違うものだった様に感じます。 就中、彼らが、共通して口にした言葉は、「日本人の癖に、恥かしくないの?」と言う言葉でした。

 小学生の時、家に遊びに来た友達から、「お前の母ちゃん外人なんか?」と訊かれた事が有りました。 その事を母に訊くと、「大連では、道路向かいにドイツ人、その隣がフランス人・・と、外国人に囲まれて暮らして居たから、日本人の恥になる様な振る舞いは出来無かった」と、母から聞かされました。 

 それに祖父は、日本海海戦に、旗艦三笠の主砲の弾運びをやって居た少年水兵だったけれども、薩摩藩が幕末~明治中盤迄、薩摩に居た「お雇い外国人」を父に持つ、混血児でしたから、母も伯父、叔母達も日本人離れし容貌を持って居ましたから、余計に「私は日本人だ」と言う意識が強かった、と思います。

 母も含めて、一族は皆、鬼籍の人となりましたが、父方の親戚とは縁が薄かった所為で、親戚と言えば、彼らの顔が浮かびますね。ですから、私のモノの見方にも影響が有るのかもしれません、自分では分りませんが、変わって居るらしいですww。

 然し、是からの日本人は、近代化されて、物に恵まれた日常生活を当たり前の環境だとと捉えて居る人が余りに多い事が、逆に、私は心配です。と、云うのは、日本人の様な近代的で恵まれた生活をして居るのは、世界でもほんの少ししかいないし、真夜中に、うら若き女性が、遊び歩いても何も起こらない治安の良さ迄考えれば、日本は、粗、唯一と言って右善い恵まれた環境に有ると言って良いでしょう。 

 然し、現代の多くの日本人は、是を「人間として当たり前に与えられる権利だ」と思って居る様に感じます。 日本人を劣化させて、日本をダメな国にしたがって居る在日・反日メディアにも、少しはマトモな人が居るらしく、世界のレベルが、マダマダ貧困が、人類の最大の敵である事を伝える様な番組を流して居ますが、世界意識が希薄な大方の日本人には、所詮、他人事です。 
 然し此処で、日本人は、その悲惨さを知って、気の毒がるダケでは無く、そう言う人達が、日本に難民として雪崩れ込んで来たら、或いは、攻め入って来る事を危惧しなければならないと思うのです。 其れは、人類史を俯瞰すれば、気付く、国を保つには一番重要な事ダカラです。

 この実例は、海で絶縁された島国日本とは違う、大陸島の東端に位置するシナの歴史を看て居れば分ります。 凡そ、200~300年の感覚で起こる気候の大きな変動で、内陸のステップ死体に家畜を飼って生計を立てて居る遊牧民や、山麓の森林地帯に棲み、大型の哺乳類の狩猟と木の実や植物の採集で生計を立てて居る種族は、この気候変動に見舞われると、家畜が飲み水に困り、亦、狩猟動物も激減して、自らの食物取得の手段を持たず、家畜や狩猟動物に依存して居た人々も、絶滅の時を俟つだけになって終う。 「強者は弱者に依存している存在」であると言う、神の摂理を感じますね。

 其処で、意を決して、食物と水を求めて、場所へと移動する「=侵略する」傾向を、蝗民化現象、即ち蝗が定期的に大量発生して、食物を食い荒らして、其処に合った生物も皆枯ラして終う事から、こう呼んでいます。

 然し是は、有史以前の古代から人類が重ねて来た、モノと思われ、そも、黄河文明も、長江文明を南下侵略の上、簒奪したものですから、シナでも普通の現象になっています。 

 その時期は有史では、春秋戦国時代の、紀元前10~5世紀、紀元350~600年の五胡十六国時代、そして、800~1000年の南北朝時代が挙げられましょう。 その後の、女真族の金、蒙古族の元の南下侵略や、明を亡ぼした満州族清の侵略~建国も、蝗民化現象の延長であると言えましょう。唯、最初は、飢えて死にかかった民族の、緊急避難的な措置だったのが、次第に、組織化されて、戦略的。意図的になっている事が分りますね。

 この現象を起こして居るのは、人間の基本的な生存慾だと言えますが、その考えを端的に言えば、「自分が、死にそうに困って居る時は、持って居るものから奪い取っても構わない」と言う事であり、是は、強盗や窃盗を容認するものだし、常態化すれば、法的な既判力が薄い「強盗国家」になるということです。

 事実、シナや朝鮮はそうですし、欧州の文明の基になった、ローマ帝国自体がシナの黄河文明の様に、先文明を継承した、ギリシャやヘブライを、新興のローマが紀元頃、撃ち破り、支配して建国したのがローマですから、端から略奪国家であったと言う事でしょう。 

 其れは、その後の彼らの文明でも、「戦争の利益」と言う観念が、何ら批判されて居ないのが、その証拠であると言って良いでしょう。 日本とて、戦国時代はその論理で、既存の秩序を武力で塗りける、「下剋上」が平気で行われて居たのですから、彼らを批判などは出来ませんね。 

 然し、日本では、最終的に、皇統を護る事で、威力分離を原則として来たので、民の要請に従い、天下布武「=武力制圧に拠る統一」が、信長~秀吉~家康で、成ったばかりでは無く、三代の覇者を通して、行った社会改革、信長の楽市・楽座「=交易の自由化」、秀吉の刀狩に拠る治安と検知に拠る税収の安定化、家康に拠る、戸籍制度の確立と幕藩体制の確立と、一貫したものが行われたのは、日本史の中でも特筆すべき処だと思います。

 凡そ150年間の乱で流された、多くの血を無駄にして居ない点では、先人達の明晰さは、世界に誇って良いと私は思って居ます。 日本の歴史は、事実の累積ですから、その気になれば、歴史に学ぶ事が幾らでもできます。 これも先人達が、時に恥知らずな為政者の利己的な圧力にも負けず。 命懸けで真実を遺して来たモノで、正に遺産だと言えましょう。

 私は市井の歴史好きのGGYに過ぎませんが、我々は、此の遺産を最大限生かせるように、WGIPで荒らされた日本史を、緻密に逃散して、日本の、否、世界の新たな時代の要請に活かせる様に、して行かねばならないと思いますね。

>我々日本人は、知らない相手の環境を無視してしまいがちです。
そして、相手の環境が、『自分と同じ』だと、勝手に思い込む。

これは、日本人の特質なのだと思います。
おまけに、このあとに「環境も、自分と同じ」だから考え方も同じだと、勝手に思い込むのです。
これは、同胞意識と言うよりも、相手の環境は自分と同じから出発しているし、それ以外があるとの認識が、余りにもなさ過ぎることだと思います。

しかし、現実は異なります。
同じ日本人であっても、南北に長い地理的要因で思考過程は変わりますし、生活環境が異なれば考え方はもっと違ってきます。
これが、外国人になりますと、地理的要因は日本人と全く異なるのは当然として、そこに陸地ですから国境線なるものも発生する上に、その外見としての民族的な容貌も一目で分かることになります。

この容貌などの差が一目で分かれば、民族的な差異に鈍い日本人でも、見た目が変われば考え方も異なる場合があると気付くのですが、この差が少ない場合には困ることになります。

先ず、日本人は民族の差異を、見分けるのが下手です。
これは、日本が島国であっても、大陸との距離がそれ程なく、歴史的にも多少の移民や混血もありますから、似たような容貌をしていても仕方がないのです。
でも、外見が似ていても日本に長く住んで、日本古来の民族的な風習を理解してそれに染まっている人と、元の民族の思考過程から抜け出ないものとでは、考え方に大きなさがあると思います。


一番近い朝鮮半島に住む朝鮮人については、明治の福沢諭吉氏が見抜いた朝鮮人の本質が的を得ています(「時事新報」明治30年10月78日)。
支那人についても、永く侵略と帝国の衰亡が易姓革命として繰り返されてきたため、約束と言うことを守ることが出来ない民族であり、日本の善意など通用しないことを前提にしなければなりません。
日本人にも善意の通用しない者もいますが、支那人の場合には、その比率が半端ではないのです。

日本人は、これに欺されてはいけないと思います。
民族のDNAは、100年や200年で変わるものではありません。


>戦後ネット環境が整備されるまで、日本の言論・メディアは在日・反日勢力の支配下にあった。

日本にあっても、終戦後には大和民族としての特性が悪化したと思います。
これには、終戦後のGHQによる占領統治が大きく影響したと思います。
GHQは、戦後の統治にWGIP、プレスコード、3S政策を実行しましたが、これが行われた7年間で日本は2600年以上に渡る天皇の歴史を否定されただけでなく、大和民族自体を否定され、明治の不平等条約を結ばされた労苦を忘れさせられて、これを平等な条約に戻す苦労もまた、忘れさせられたと思います。

そして、明治以降に日本が行った人類は平等であるとの行動もまた否定されて、日本が侵略を行った悪い国であるとの自虐史観が定着させられたのです。

その中で、戦前に渡航したり、戦後に密入国した朝鮮人は、日本国内で戦勝国民を偽称し、朝鮮進駐軍をを僭称して日本人に悪行の数々を行いました。

その結果が
>60万在日の経済力は日本経済の2割に相当し、それは実に南朝鮮の経済力の2倍という凄まじい物だ。
だと思います。

日本は戦後70年以上を経過した現在、これらの敗戦によって発生した事柄を精算して、日本人のための国作りを行わなければならないと思います。
日本の占領政策に対して、チャーチル氏は日本がこれから立ち直るには、80年は必要だと言ったそうですが、正にその80年にも近くなってきました。

日本は、欧米やソ連による謀略と横暴によって戦争に追い込まれましたが、それから80年近くを経過して、再びよみがえる時期が訪れたと考えます。

日本が蘇る。
それには、戦後レジームからの脱却がどうしても必要ですし、その後には、新たな日本の国作りが待っていると思います。

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