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2018年7月 9日 (月)

本題の「通化事件」とは、戦争が終わって半年もすぎたときに、引き上げを待っていた日本人が三千人も惨殺された事件のことだ

ー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

加藤康男『八月十五日からの戦争 通化事件』(扶桑社)

ネット環境が整備されるにしたがって、戦後何が行われたのかが明らかにされだしている。

特に、占領軍の占領政策に協力することによって敗戦利得者となった人々がいたということは、ネット環境がなければ知りえなかった。

彼ら敗戦利得者は現在ネット上では、在日・反日勢力と呼称されている。

ーー

彼らは、占領軍が提示した禁止用語集(プレス・ラジオコードリスト)によって言論の検閲と弾圧をおこなった。

そして言論・メディアを支配することによって、「あることを無いこと」に、「無いことをあること」にしてきたのだった。

彼らは第4の権力として、首相や大臣を記事一つで辞職に追い込むようなことを繰り返してきた。

ーー

政治家たちも言論・メディアを恐れるあまり、河野洋平、村山富市らのような国を売るような行為をするものまで現れたのだった。

ーー

ようやくネット環境を手に入れた人々がネット上に、既成メディアが決して報道しなかった議論を、発信するようになった。

最初は、在日・反日勢力から激しい攻撃をうけ発信できなくなった。

それを、プロバイダーを米国のものにするなどして、発信し続けた。

それが功を奏して、日本の言論空間は、様変わりすることとなった。

ーー

既成メディアが、いまだに禁止用語集を見ながら記事を書いているのとは違う。

そんな言論空間がネット上に出現するようになった。

ーー

加藤康男氏は、戦後既成メディアが「無かったこと」にしてきた事件を丁寧に掘り起こしてこられた。

近年「通州事件」が知られるようになって慰霊祭も行われている。

ーー

スターリンは日ソ中立条約を破り赤軍に満州への侵攻を命じた。

八月十五日まで防衛線と要塞を死守した日本軍の多くが玉砕した。

満州各地では激しい戦闘がつづいたが、日本軍は、陛下の玉音放送で、ぴたりと戦いをやめ、降伏した。

スターリンを信じて、迂闊にも武装解除に応じてしまったのだった。  

ーー

まさか、ソ連が日本軍兵をシベリアに抑留し、また残留日本人を残虐なやり方で虐殺するとは。

ソ連兵の残虐性は善意の日本人の想像を超えていた。

戦車で日本人をひき殺し、婦女子は暴行したうえで殺害し、あらゆる物品を奪った。  

この残虐に輪をかけて、人類の想像を超える残酷をみせたのが支那人の武装ゲリラ、朝鮮人の盗人集団などである。

ーー

当時、満州にはこうした匪賊が三百万人ほどもいたのである。

ーー

本題の「通化事件」とは、戦争が終わって半年もすぎたときに、引き上げを待っていた日本人が三千人も惨殺された事件のことだ。

犠牲者は「通州事件」の十倍以上である。

河は血の海となった。

しかし戦後日本メディアは、この事件を「無かったこと」にしたのだった。

ーー

だから一般の日本人は誰も知らない。  

ーー

評者(宮崎)は、通州事件のあとには二度行って現場を検証したが、じつは通化事件の現場にも足を運んで、つぶさに街を歩いた。

司令部跡や、参謀部跡、処刑場のあとなどが確認できた。

それを写真と地図入りで、拙著のどこかに章を建てて報告した。

いま、何という本だったか思い出せないでいる。

ーー

つまり評者の問題提起に、誰も注目しなかったのだ。

しかし、いま加藤さんの新作が出るに及んで、本格的な慰霊や追悼講演会などが企画されても良いだろうと思う。  

ーー

本書には、「お町さん」という日本女性の物語が挿入されている。

ーー

雲南省の山奥の拉孟(らもう)にも、最後まで日本兵とともに敵と戦った日本人女性がいた。

(近年、桜林美佐さんの活躍で知られるようになった)

評者も八年ほど前に現場を歩いた。

ーー

お町さんとはどういう女性だったのか?  

「お町は日本の女で御座います」と胸を張ってソ連や支那の匪賊に立ち向かった。

お町さんの活躍ぶりは、当時遼寧省の安東(いまの丹東)で引き揚げ船をまった芦田伸介や藤原作弥氏らの回想録、著作にひょいと名前がでてくる。

ーー

お町さんは、敗戦後のどさくさに、ソ連兵の暴行を防ごうと、「ソ連兵相手のキャバレーを創ったのだ」(安寧飯店)。

ただしプロの女性だけを雇用した、事実上の慰安所であり、これが防波堤となって、多くの日本人女性を悪魔の被害から救った。  

しかし、このキャバレーは、八路軍から国民党のスパイのたまり場と因縁をつけられ、お町さんは八路軍の手にかかって銃殺された。

鴨緑江が彼女の血で染まった。  

ーー

彼女を顕彰する石碑は、じつは三ヶ根の殉国七烈士の墓場近くと、出身地の吉崎御坊の近くに建立されていた。  

加藤さんはそれを見つけた。

本名も探り当てた。

ーー

津軽半島の奥地から、関係者を訪ね歩き、福井の芦原温泉近くの出身地で、顕彰碑を発見。

ついに石川県の願慶寺に、彼女のお墓を見つけたのだった。

住職が僅(わず)かではあるが彼女の資料と写真を保存していた。

このようにして、お町さんの実録が完成したのだった。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>戦後に起こった通化事件のあらましと違法な極東裁判
 激戦を戦った兵士は、その兵士が強ければ強い程、その戦いが終わった時、敵の復讐心の対象になり易く、武器を捨てたら一体どうなるか、と言う簡単な事すら、日本の当時の首脳部は、想像出来なかったのだろうか?

 特に、華族が故に、先帝陛下から、厚い信頼を寄せられ、三度も総理大臣を拝命しながら、敵方のスターリンを最後まで信じて居た、共産主義者、近衛文麿は万死に値すると思います。

 彼の提言に拠る、不用意な日本の降伏で、外地に居た日本人の軍民は、既に、戦闘は終結しているのに、20万人を超えて居た、と言う事実は、国が政治の失敗で、国民を護れなかった、と言う、為政者として、真に恥ずべき歴史上の汚点として、事の次第を詳らかにして、記録にとどめておくべきです。

 日本陸軍の強さは、オソラク世界一だったので、敗軍となって、武装解除させられた時、その復讐心が爆発して居ます。 殊に、日露戦争で屈辱の敗戦を味わった、ソ連(ロシア)兵の民間人襲撃・婦女暴行の酷さは、彼らの多くが囚人兵だったと言う謂い訳の様なソ連側の説明も、ロシア社会が人命など屁とも思って居ない野蛮で、未開な遅れた社会である事を補強こそすれ、彼らの信頼の評価を上げる話にはなるまい。

 通化事件は、不覚にも名前だけで、中身は全く知らなかった、こんな大事件を隠しおおせると思って居た、マスコミは、国民に拠って徹底的に打倒されるべきですね。

 そして、武装解除を命令した、日本の責任者、米軍の責任者の名前を公表して、その戦争を指揮して来たモノの責任の自覚の無さを、知ら強めて、「戦争は、勝者も敗者も、民間人保護に全力で当たらねばならない」事を、教訓として残すべきだし、況や、結果起こった大事件の数々を、隠蔽する等、人間として恥ずべき事であると後世に伝えなければイケない。 直ちに、歴史に蘇らせて、連合軍の戦争犯罪を、改めて人類の犯罪として糾弾しなくてはならないだろう。

 亦、ソ連軍、共産シナ軍(八路軍)の蛮行、其の尻馬に載って犯罪を働いた朝鮮族の悪業は、ちゃんと歴史上に刻んで置かねば、後世の人々に、共産主義の恐ろしさや朝鮮族の卑劣さを伝える事は出来ません。 彼らの社会は、真実の歴史に学ぶ事が出来る民度を持ち合わせて居ないので、シナ社会の様に、何千年経っても、中身は、何の進歩も有りませんから。

 勿論、自由主義社会の米軍や英軍が戦時中行った、国際法違反の民間人虐殺や病院船への雷撃や、傷病兵の皆殺し、戦後の人民裁判の如きもので、武装解除で捕虜にした日本兵を、勝手な裁判で死刑に、其れも撲殺と言う野蛮な処刑法をしたり、護送途中の飛行機から投げ落とす等、人間として疑問符が着くような、英米人が沢山居た事も、記録しておかねばなりません。

 極東軍事法廷が、日本の戦争遂行者と言う名目で、「平和に対する罪」と称して、9人に死刑を求刑し、今上天皇のお誕生日に処刑している処から視ても、この裁判は、勝者が戦争を裁く意味で、戦争の復讐をする場であった人類として誠に恥ずべき裁判で有った事が明らかです。

 然し、この裁判が本当に裁くべきだったのは、米国の国際法違反の都市の無差別爆撃で有り、原爆投下であり、島嶼部における民間人虐殺であった事は明白です。 英米国衙人道主義について、あれこれ意見する等、強盗に、家の戸締りを説教される様なモノで、恥知らずの行為だと言えましょう。 

 更に、同法廷は、国府軍の通州事件を代表とする数多の居留民襲撃事件、共産軍の通化事件、そして、「ソ連軍の満州・朝鮮・樺太に置ける、条約を一方的無視した侵略と居留民に対する暴行・虐殺行為、そして、武装解除した日本軍兵士60万人のシベリアへの強制連行、最長10年に及ぶ強制労働の不当性を裁くべきであった。 連合軍がこの裁判で下した結論を評せば、「勝った方が正義なら、法律は唯の後付けの言い訳でしかない」と言う事になります。

 どう考えても、日本が犯した「卑怯な」真似は、真珠湾攻撃だけだったろう、しかも、その攻撃も、民間人の犠牲者は、報告されて居ない。 で、最近公開された米国の機密文書であるヴェノナ文書やフーバーレポ―トには、「真珠湾攻撃は、事前に知って居たが、FDRは、是をハワイの太平洋司令官には伝えなかった」事が分って居る。

 つまり、1890に起こった米西戦争の契機となった、戦艦メイン号の火災で、死亡したスペイン人水夫の過失を謀略だと決め付け、恰も、米国がスペインの攻撃を受けた様に偽装して、「Remember Maine 」の合言葉で戦いを一方的な勝利に収めた成功体験を、利用して、「Remember Pearl Harbor」に置き換えた事で、真珠湾攻撃自体が、否、日米戦争事態が、米国民の目を欺いた謀略の結果であったと言う事だ。

 結局の処、日本人は、先の大戦では、無知蒙昧なで、道徳心の希薄な野蛮人たちと戦ったのであるが、衆寡敵せず、亦、寧ろ、彼らが決めた国際法に従って戦ったのに、その法律を全く無視して、「勝てば官軍:」と、ばかりに無法の限りを尽くして、ヒステリックに日本民族を殲滅しようとして居た、と総括されるのが正しいと私は思います。

 確かに、もう、63~73年以上も前の話で、当時の戦争を戦った人でこの世に存命な人は、数少ないでしょう。

 然し、米国は歴史が一体何の為に在るのかを、もう一度考え直さねば、同じ過ちを何度も繰り返す事になりはしないか、現に、米国は戦争には勝ったが、その後も、数多の戦争をせざるを得ない立場に立たされている。

 朝鮮戦争で4万人、ベトナム戦争で5万人、湾岸戦争やコソボ内戦、イラク戦争、アフガ二スタン内戦、と枚挙に暇がない程だ。 日米戦争で50万人の犠牲者を出して居る事を考えれば、日本軍の強さは群を抜いて居たと云えよう。 ダカラこそ、日米戦を終わらせる為に、原爆を使用する蓋然性をこじ着けたのだろう。 是に懲りたのか、核の使用は、以後、行って居ませんね、然し爾来、相手国の都市への無差別爆撃は、米軍の戦い方の定番になった。つまり、「民間人を戦争に巻き込むな」と言う、欧州人が決めた戦争のマナーを無視し始めたのである。  

 その結果責任を全く負わない非道徳的な姿勢も、対日本戦で身に着けたものなのだろうが、斯う言った、「人は、等しく神の子で、全てが神聖である」と言う、全人類に共通な真理を無視して、無力なモノ、抵抗で来無い事に乗じて、殺戮を犯すのは、明らかに犯罪行為であろう。

 釈迦は、「自分が相手に為した事は、何れ、己に倍旧して還ってくる=自分の周りの環境を悪化させていれば、自分も何れその毒を受ける」と説いて居る、さて、その点罰は、如何なる形で、米国に、ロシアに、シナに、英国に、そして朝鮮に下るのであろうか。 

>北京は十分な力をつけても(自分たちが創設したわけではない)その世界秩序に貢献せずに、「タダ乗り」を続けるだろう。

その通りで、支那は世界秩序のために働くことはないと思います。

昔は、左翼全盛の時に支那は共産主義国として人民のために働くと思っていましたが、支那は主席のための独裁国家で、その人民は主席の道具でしかなく、軍隊は共産党のためのもので国のためのものではありませんでした。

また、香港を英国が返還したときには、香港に高度な自治を保障するとしていましたが、返還後50年間は一定の自治権の付与と本土と異なる行政・法律・経済制度の良いが認められるとしていたが、これも前倒しで本土と同様になるようです。

公文書の内容には、いかに腹が立ってもそれを守るのが国家だと思いますが、支那という国柄か、支那人の持っている特性からかこれを紙くず扱いにするのは、まともな国とは言えないと思いますが、南シナ海の九段線の領海は元は蒋介石が個人的な解釈で、適当な破線(9本)引いたのが実態なのですから、歴史的な意味合いがあるわけではないのです。
ハーグの仲裁裁判所の判断は、明確に正しいのです。

これは、日本との尖閣諸島問題も同様であり、軍事的に支那が有利になれば、海軍力を前面に出してくると思います。(その時には、自衛隊も前面に出るしかないし、憲法なんて何の役にも立ちません。支那対抗するには、実力で圧倒するしかないのです。))

しかし、支那は自国が不利な裁定だから紙くずとして扱っていますが、もしこれが逆に支那のものであるとされていたなら、金の額に入れて大事にしたでしょう。
自己を有利とする内容や相手を振りにする内容によって、その態度を変える極めて分かりやすい国です。


>なぜ、欧米と日本は、共産支那が「民衆政治国になる」と誤解してしまったのか。

支那の歴史を見れば、常に皇帝の独裁国だったのですから、初めはどんな呼称を使っていても、上に立てば皇帝としての扱いを要求するのではないでしょうか。
それが、ソ連の支援で成り立った共産党であれ、その他の匪賊から成り上がった首領であれ、政権を取ることに成功したらそれでヨシであり、結果は皇帝だと考えれば分かりやすいと思います。(北朝鮮だって同じです。)

支那の政権が変わるときは、結局易姓革命しかなかったと思います。

そんな支那の政権を、豊かになれば民衆による政治が行われると考えたのは、はっきりと間違ったと思いますし、米国の失敗だと考えます。(ピンポンではなく、ミサイルによる脅しの方がスムーズでした。)


7月 9日 (月) 本題の「通化事件」とは、戦争が終わって半年もすぎたときに、引き上げを待っていた日本人が三千人も惨殺された事件のことだ

通州事件も、通化事件も支那で怒った日本人に対する虐さつ事件です。
両方とも、支那ではなかったことのように済ましていますが、両方とも事実としてあったことです。
そして、通化事件の悔しいところは、事件が発生したときは既に戦争が終わっており、日本人が大陸から日本に引き揚げる途上に、捕虜収容所のようなところで起こったものであることです。

最近の支那は、国が大きくなって強くなりましたから本来の姿が分かりやすくなりましたけれど、本来の凶暴性と支那の本質が、良く出るようになりました。
日本は、支那の危険性をよく知った上で外交をしませんと、支那に滞在している日本人だけでなく、日本の国自体が危険に陥りますから、それを十分に検討した上で、移民・難民、企業の進出、支那との条約・協定を考えませんと、状況が変わったときに日本の国の存立にも影響することにもなります。

支那は、国防動員法を制定していますが、有事にはこれが何処まで拡大されるか分かりませんが、有事の意味も又、解釈を変える可能性があるのです。


>スターリンは日ソ中立条約を破り赤軍に満州への侵攻を命じた。

日本軍は、この頃には満州に配置していた部隊を、戦力が不足する前線に配置転換していたから満州に残っていた部隊は少なかったのです。

しかし、1941年に日本はソ連と日ソ中立条約を締結していました。
それで、日本はソ連がドイツとの戦争で苦しいときにも、この条約を守ったのです。
そして、ソ連はスパイのゾルゲを利用し、尾崎秀実から日本は中立条約を守るとの確証を得て、シベリアに配置していた部隊をドイツとの戦線に移動し、戦闘を有利に導いたのです。(記憶頼りですので、間違っていたらごめんなさい。)

しかし、ソ連はドイツとの戦争が終結の目処がついたら、中立条約が締結状態にあるのに、その頃には戦局が難しくなった日本との開戦を考えました。
その後、日本と連合軍の戦争が終結が目に見えたら、戦争終了時の余録に預かるために、中立条約を無視して日本に宣戦布告したのです。
ソ連(ロシア)は、都合の良いときだけ条約を守る国であることを、忘れてはなりません。

宣戦布告後のソ連の満州侵攻は、そんな国の民族性がよく分かる戦争であり、占領でした。
日本兵の捕虜は、ソ連兵の気分次第で生さつを握られただけでなくシベリアに送られました。民間人も又同様であっただけでなく、女性は酷いことになったのです。
二日市保養所が何故、開設されたのかも忘れてはならないことです。

今年57の年を数える私には、小さい頃より大変に可愛がってくれた大叔母がおりました。男勝りの女傑であった彼女は当時満州でカフェを営んでおり、女給も50人を数える「石家荘」という名のその店は大層流行ったお店であったと聞き及んでおります…そしてその大叔母より聞いたのがお町さんの事でした。
「お町は日本の女でございます・・・」その言葉ととも在留していた邦人に対して、私利私欲無し、というよりも滅私で尽くしたお町さんの事を何度も聞くに及び、また彼女に協力していた大叔母についても、恥ずかしながら最近になってやっとその心情を理解出来る代になった次第です。引き上げ時の苦労も二日市保養所のことも、今となって遠き過去ではありますが、お町さんや大叔母を深慮すれば、敬うという言葉では言い表せないほどの尊敬と当時の大和撫子の心意気をひしひしと感じずはいられません。すごく優しくて、それでいてどこか厳しかった大叔母を思い出す度に、私にとってはお町さんがなぜか、そしてどこか近しい思い出に思えて仕方ありません。

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