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2018年7月16日 (月)

我々日本人が学ぶべきは、そうした「筋を通した謙虚さ」なのである

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

ジェイソン・モーガン著『アメリカも中国も韓国も反省して日本を見習いなさい』を読む。

「米・支・南北朝鮮人は、謙虚な日本人を見習いなさい」と主張しているように読めた。

日本人は謙虚だからこそ外国人にも寛容になれるのである。

モーガン氏はこう書いている。

ーー

「私は神経質で、すぐ緊張し、気を使ってしまうタイプです」

「が、初めて日本に来たとき、すぐにくつろげている自分に気がつきました」

「不思議に思って考えて見たところ、日本人は外国人の私に対してたいへん寛容だったのです」(p143)

ーー

モーガン氏はアメリカ南部のルイジアナ州ニュー・オリンズ出身という。

思い返してみると、私もアメリカ各地を旅行して、南部が一番、くつろげた思い出がある。

どうやら謙虚さという面では、アメリカ人の中でもモーガン氏のような南部人は、日本人に近いところがあるようだ。

それは文化面や歴史面に起因しているのだろう。

ーー

もともと南部の産業は綿花やたばこなど人手のかかる農業が中心で、黒人労働力に依存していた。

そこでイギリス人商人が黒人をアフリカから拉致してきて売りつけ、その代金でアメリカの綿花を買い、イギリスの工場でそれを綿製品に加工してアフリカに輸出する、という大西洋を股に掛けた三角貿易をやっていた。  

イギリスは1807年に奴隷貿易を違法とした。

貿易だけなら止めれば済む問題だが、すでに膨大な黒人奴隷を抱えていたアメリカ南部ではそう簡単には行かなかった。

南北戦争の頃には南部の総人口約900万人のうち、400万人近くの奴隷がいたとされる。

黒人労働力は南部の産業の欠くべからざる主柱となっていた。  

ーー

リンカーン大統領は「奴隷解放の父」と称賛されているが、そもそも南北対立の発端は貿易問題だった。

工業化を進める北部がイギリスの工業製品に対する保護貿易を求めたのに対し、南部諸州は綿花輸出などでイギリスとの自由貿易を必要としていたのである。  

南北戦争中に出されたリンカーンの「奴隷解放宣言」は、実は敵対する南部諸州の黒人だけを対象としていた。

もともと北軍に属しながら奴隷制を認めていたミズーリ、ケンタッキー州、および、すでに北軍に制圧されていたテネシー州などは対象外だった。

あくまで南軍の地の黒人に離反を促すための戦術だった。  

ーー

この宣言が奴隷解放運動に弾みをつけた事は否めないが、その後、北部の掲げた奴隷解放に抵抗して「奴隷制に固執した南部」というレッテルが貼られてしまう。

公正に言えば、世界でアメリカほど人種問題で長年苦しんだ国はなく、その努力のかなりの部分は当然ながら黒人の多く住んでいた南部でなされた。  

もともと黒人の奴隷もそれほど多くなかった北部が「奴隷解放」を叫んだだけで、南部に対して「奴隷制に固執した」というレッテルを貼ったのだった。

ーー

「『自分が悪い』と素直に認めるのはいいことですが、事を荒立てたくないからなのか、日本人は、自分が悪くなくても謝ってしまう傾向があります」

「実はアメリカ南部出身の私も、日本人に近いそのような精神性があります」

「南北戦争に負けた者たちの子孫だからでしょうか。悪くなくとも「I'm sorry.」とついいってしまいます」

「北部に住んでいた時の私は、常に謝っていました」

「バスが遅れて職場に遅刻した時も『ごめんなさい、すみません、申しわけないです』と」

「『悪いのは遅れたバスで、お前が悪いわけじゃない。謝るな』とよく言われました」

「これは一人私だけではなくアメリカ南部人一般の気性と言えなくもありません」( p3)

ーー

自分が悪くても謝らない国々に囲まれて、事を荒立てないために、こちらが悪くなくとも謝ってしまう。

それは謙虚ではなく、卑屈なのである。

ーー

アメリカの北部人(北軍)のやり方は、わが国を石油禁輸などで追い詰め、最初の一発を撃たせただけで「侵略国」なるレッテルを貼ったのと同じ狡猾さを感ずる。  

他者に対してこういうレッテル貼りをすること自体が勝者の傲慢さの表れであり、日本人もアメリカの南部人も、その傲慢さの被害者なのである。

こういう歴史と文化を持った南部からやってきたモーガン氏は、日本に来て日本人の気配りを敏感に感じとる感性をお持ちだったようだ。

ーー

「私が来日して間もない頃、驚いたのが、日本人の気配りです」

「相手の気持ちをくみ、いわれなくても気を利かせて行動します」

「相手の気持ちを察するのです」  

「たとえば友人の家族との夕食の際、しょう油が必要だと私が気づく前に、友人のお母さんが先に渡してくれたので、「すごい。なぜ分かったのですか?」と驚きました」

「私の心を読んだかのような行動です」

「相手が動く前に気を利かせて動くシーンが、日本人には多いのです」( p139)

ーー

こういう日本人の気配りを感じ取るジェイソン氏の感性には、逆に「なぜそのことが分かったの?」と驚いてしまう。

ーー

「私は、支那人と日本人の観光客をすぐ判別できます。たいていの支那人は、周囲にまで目配りしません」

「ですから、平気で道をふさいでいて、ほかの人がどうなろうと気にする様子はありません」

「私が『すいません』といっても知らん顔です」

「一方、たいていの日本人は、ほかの人が通るから邪魔になると察して、あらかじめ端に寄ります」( p140)

ーー

ジェイソン氏自身が常に目配りしているからこそ、目配りをしない人々の動きを見分けられるのである。

ーー

米・支・南北朝鮮人は、自分たちの残虐な歴史を棚に上げて、世界戦で日本人が残虐な行為をしたと非難してきた。

日本人は、それを謙虚に真に受けて、傷ついてきた。

そして彼らに言われるがままに謝罪と賠償を繰り返してきたのだった。

ーー

こうした自省心のない国々がひっかき回している現代の国際社会で、日本人はいかに謙虚さを失わずに彼らに対処していくべきなのだろうか。

しかし「米・支・朝鮮人らは日本人を見習いなさい」と言っても、聞く耳を持つ相手ではない。

彼らは、決して反省などしない人たちなのだ。

ーー

例えば共産支那の「南京大虐殺」非難に関して、モーガン氏は次のように書いている。

ーー

「南京大虐殺は西洋では眉唾ものと思われている」

「支那の戦い方の特徴は、軍服を着て戦うのではなく、国際法を無視して、一般市民を装って不意打ちしてくることです」

「一般人になりすまして弾を打つのですから、反撃すると一般人を殺したように見えてしまいます」

「犠牲になった人は気の毒ですが、それは日本が悪いのではなく、支那が国際法を破っているから民間人の犠牲になったのです」

「ですから日本は「われわれは国際法を守って戦った」と堂々と言えばいいだけの話です」

「ルール違反も虐殺も日本はしていない。支那の方こそルール違反や虐殺をしていた」

「と、証拠を出して主張し、論破すればいいだけです」( p81)

ーー

国際法や条約をもとに主張すべきことを主張するのは、傲慢ではない。

逆に国際法や条約を無視した言い分に屈してしまうのは、謙虚ではなく卑屈である。  

謙虚と卑屈の境目は「筋を通した生き方」をするかどうか、というところにある。

そして傲慢とは、その「筋」を超えて、自己主張をすることである。

筋を通しつつ、思いやりに満ちた接し方をすることが、謙虚な生き方なのである。

ーー

世界には200近い国や地域があるが、その大半は人口や経済規模からいっても小国である。

そのために自ずから謙虚な生き方をしている。

しかし、わが国は世界有数の大国であるにもかかわらず、世界中から謙虚な国として評価されている。  

ーー

現在の国際社会は、国家は規模にかかわらず対等だというのが原則である。

それゆえ日本は、どんな小国に対しても謙虚に対等に付き合っている。

そのふるまいは、筋を通した謙虚さとして国際社会に大変好ましく受けとめられている。  

ーー

逆に、支那・南北朝鮮の国際法や条約を無視する傲慢なふるまいには、多くの国が嫌い、警戒している。

従って我が日本が、この3国に対して国際法や条約を守る事を要求することは、国際社会全体にとっても、好ましい影響を持たらすはずなのである。

我々日本人がなすべきことは、相手の非に反論もせずにそのまま受け入れる、つまり卑屈になることではない。

相手に非がある場合には、それを指摘し、堂々と「筋を通す」ことなのである。

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コメント

縦椅子様

今日も示唆に富んだ素晴らしいブログ有難うございます
≪謙虚と卑屈のは境目は「筋を通をした生き方」をするかどうか、というところにある。そして、傲慢とはその「筋」を超えて自己主張することである。筋を通しつつ、思いやりに満ちた接し方をすることが、謙虚な生き方なのだある。≫--ここに、本当の謙虚に生きることの真髄をかいまみ、いままでの卑屈で傲慢な生き方反省しつつあります。そして、「筋」を通すことの難しさを実感しつつあります。

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>(日本人に求められているのは)相手の非に反論もせずにそのまま受け入れる、つまり卑屈になることではない。 相手に非がある場合には、それを指摘し、ど堂々と「筋を通す」ことなのである。
 ジェイソン・モーガン氏の発言には、縦椅子様の指摘通り、我々一般の日本人が知り得る米人とは違う、日本人的な感性をお持ちの様に感じる。 其れは、「他者の身になって考え、感じる感性」なのであろう、つまりは、仏教に言う「利他愛、利他心」に発する、「気遣い」だと思いますね。

 でも、私が持って居た南部のイメージとは、「因循固陋」にして、人種差別主義者ばかりの、JAZZの「Strange Fruits}や、KKK団の世界であろうと思って居ましたから、高校生の頃、付き合って居た女の子が、ジョージアに留学する前に、随分心配したものでしたが、当人はケロッとしたモノでした。 留学から帰って来てから話を聴いても楽しかった思い出話ばかりで、拍子抜けしましたね。

 それにしても、米国内で北部と南部では、それ程の差があるとは、知りませんでした。 考えて看れば、北部はメイフラワー号の12家族のエスタブリッシュメントなのでしょうが、其れって、自分達を抑圧してきた社会の焼き直しの様なモノです・。 

 昨日まで、自分のものでもない狭く瘠せた耕地にしがみついて、細々と暮らして居た農民が、イキナリ数百倍の土地を与えられたら、そりゃあ人生観も変わるでしょう。 それでも、北部は已然として、英国と同じ高緯度地域に在り、農業はそれ程、盛んにはならなかったから、製糸工業が起こると皆そっちに働き口を求めたのでしょう。

 然し南部は違います。 ルイジアナと言う地名が示す様に、南部の13州は、嘗ては、フランスの市民革命の前のブルボン王朝が支配者でしたから、文化もフランス的な成分が多く、音楽や文学と言った米国の文化の発祥地だと言えましょう。

 そして、米国の文化のネガティブな部分である、人種差別社会と言う問題も、目の前の現実として、80年代初頭に至る迄、厳然と存在し続けたと思いますね。 私の心配は、決して杞憂では無かったと思います。

 トランプ政権を支持しているサイレント・マジョリティも、南部が中心だと思います、 つまりは、オールド・アメリカン層で、北部と違って言論が表立つ事はあまりないが、選挙になれば、その安定した数の威力を発揮するという、是も、日本の地方部の様な処が有りますね。

 然し、アメリカの有権者層を考えれば、ヒスパニックやシナ・朝鮮・ベトナム等の、アジア系の数を考えれば、トランプ政権の白系の米国人の支持者は、民主党系の支持者よりもはるかに多く、米国を2分して居るのは、ニューカマ―の有色人種の民主党と、白人系の共和党に分かれて居ると言えそうですね。

 この辺りの分析は、米国とドゥ付き合ってゆくのかを決める上でとても大事な事だと思います。

 嘗ての、WGIPやラジオ・プレスコードを日本人に強制した白人層は、石油利権でのし上がった、アングロ・サクソン系の北部の白人でしたが、その背後には、徹底した功利主義者の国際金融団「=ハザール人」が居たわけですから、謂わば、多くの白系の人々も、一様に騙されて来た、と考えるべきでしょう。

 現在日本は、モーガンさんの仰有る通りに、卑屈さと謙虚さの境を知り、反論すべき処は反論して、濡れ衣を晴らして行かねばなりません。 然し、情況を読み違えて、米国の敵に回って終えば、リメンバー・パールハーバーを、再びやられて終います。

 安倍さんが第一次政権で、少々になった翌年に、訪米しましたが、予め特亜の下院工作が為されて居た処で、「慰安婦について、ドゥ思うか?」と言う問いに、誠実に「国家としてかなり詳細に調べたが、軍としての関与は無かった」と、発言したら、イキナリ「安倍は、歴史修正主義者である」とのレッテルを貼られて、帰国後、メディアの放送法4条違反の、一斉攻撃を受けて、政権内にも自殺者を出して辞任しました。

 只、この時の体験で、安倍さんは世界の腹黒さを実感し、直ぐさま、有志の政策チームを結成して、雌伏6年、12年暮れに、見事。総理大臣に返り咲きました。

 つまり、モーガン氏が指摘してくれた、飽く迄謙虚さは失わないが、「事勿れ主義」の卑屈さを捨てて、堂々と「筋の通った反論」を展開し始めました。 為すべき一番効果的な方法を、敵をを見定めて、妥協なしに最後までやり切る事を信条にやって居る様に見受けられます。 そしてその安倍さんの姿勢が世界に評価され始めて居ますし、是までの様な、特亜や共産主義者の便乗作戦だった「国連中心主義」からも脱しつつあります。

 願わくば、安倍政権の精神を正しく理解して、この柔軟無碍な体制を引き継げる、新たなリーダーの出現を俟ちたいですね。

縦椅子様

 テネシーーウィリアムスの「ガラスの動物園」の舞台になっているニューオーリンズのフレンチ・クヲータを散策したことがあります。ガラスのような繊細さを残した街並みは郷愁をそそります。ストリートでは黒人のこどもが、帽子を置いて、見事なタップを踊ってくれる。レースの黒靴下をはいた女の人の片足がにゅーっととびだしてくるような通りや、ジャズを奏でるタバコの煙でむせ返るような古びた酒場がよみがえってきます。食事も美味しく、おくらとシーフードをおかゆ風にしたガンボは絶品でした。最近ボブ・ディランの曲を聴いていて、そのテンポがハンク・ウィリアムスの"I saw the light"と全く一緒で、懐かしく聞いています。いままで南部はないがしろにされてきましたが、アメリカの心は南部に宿っているように思います。--感想までにーー

>例えば共産支那の「南京大虐殺」非難に関して、モーガン氏は次のように書いている。
>「南京大虐殺は西洋では眉唾ものと思われている」

南京事件についてですが、日本には支那や韓国のニュースが多く入ってくるだけでなく(放送局は在日に乗っ取られている。)、その他の国のニュースも日本人を欺くために、どの程度がまともな情報なのかが分かりませんでした。
それが、西洋では眉唾物と思われているというのは、大いに元気づけられるものです。

支那の戦い方が、一般市民を装うものであるとは父も言っていたことですが、そんな戦い方をする者は有無を言わずにころされても仕方ないし、そんな者の近くにいた人が巻き添えを食っても、仕方がないとされています。

もっとも、南京のことを書いた者には、国民党軍の兵が一般市民の服を強奪したり、一般市民を傷つけたことも書いています。中立地帯に潜り込んで威張っていた兵隊もいる一方で、市民を徴兵してトーチカの中に鎖で固定していたことも記録されているのですから、国民党の戦い方は軍隊と言うよりはならず者の集団と言った方が正確でした。

日本軍は戦争というルールの中で戦い、国民党軍はルールのないころしあいをしたというのだと思います。

そして、精強な軍隊にやくざ集団が追い出され、治安が回復されたと思います。その間に、軍隊がやくざな集団と戦えばししゃも出ます。国民党軍内の部隊と督戦部隊の内紛もあれば、南京城から脱出するときや川を渡るときにも、事故はありました。
戦争ですから戦いによるししゃのあるのは当然ですが、これは、何の問題もありません。

これらのことから、南京事件はハーグ陸戦条約に照らせば、問題はないのですが、これを蒋介石と1980年頃になってからの中国共産党が批判したものです。
なお、田中角栄首相と毛沢東主席の会談では問題になりませんでした。


米国南部の人が日本人と同じ様に、相手の気持ちを察するとは考えたことがありませんでした。
それなら、支那人や朝鮮人の傲慢さを理解していることにも納得です。

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