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2018年6月 7日 (木)

日本人は「もう八百万の神がいるので、一人増えても気にしなかった」のである

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

高山正之『高山正之が斬る朝日新聞の魂胆を見破る法』(テーミス)

この高山氏のメディア批判の続きもの(シリーズ)も第四弾。

日本では、巨大メディアが毎日、息をするように嘘をついている。

とりわけ朝日新聞について、朝日記者らは、どのようにして嘘記事を作り出しているのか、その作り方に詳しい。

それは、同時に記者が吐く嘘の見破り方になっている。

ーー

例えば、朝日新聞は日本国憲法について、国際基督教大学(ICU)副学長の「良い」と称賛する談話を掲載している。

しかしもう誰もが知っているように国際基督教大学(ICU)は戦後マッカーサーが日本に創設を強要した大学なのである。

つまりこの国際基督教大学(ICU)が、マッカーサー憲法を否定するわけがないのである。

ーー

国際基督教大学(ICU)は、キリスト教布教のために創設されたものだ。

ところが卒業生は一向にキリスト教に染まらなかった。

要するに日本ではキリスト教は、上から強圧的に布教しても、末端には普及しなかったのだ。

ーー  

なぜか。  

1543年、ポルトガル船が種子島に漂着し、火縄銃が日本にもたらされた。

すると日本人は「30年もしないうちに自分たちで工夫して世界最大の鉄砲国となった」。

キリスト教の宣教師が、彼らの神を伝えたのだが、日本人は「もう八百万の神がいるので、一人増えても気にしなかった」のである。

しかし伴天連(カトリックの宣教師)らの意図は、日本をキリスト教化し、ポルトガルの植民地に作り直し、富を搾取することにあった。  

ーー

「ついでに彼らはその調査費用稼ぎも兼ねて商売をした」

「日本の美術品の売買とかもあるが、主な商品は奴隷だった」

「キリシタン大名は乞われるまま、例えば有馬晴信は領民の子供達を召し上げて『インド副王に献呈した』記録がある」

「敵の城主も妻も子も大奥の女も捕らえ、ときには百姓領民も捕虜にして海外に売った」

「鉄砲の火薬に欠かせない硝石1樽は女50人と交換された」

「大友宗麟らが出した遣欧少年使節はその旅の先々で日本女性が鎖に繋がれ、秘所を丸出しにして売買される姿を目撃している」

「切支丹大名は領内の神社仏閣を打ち壊し、僧侶にキリスト教への改宗を迫り、拒絶する者を焼き殺した」  

ーー

なんとも凄まじい。  

マッカーサーも、これに倣って神道を敵視し、靖国神社を破壊して競犬(ドッグレース)場にしようとした。

そのうえ、日本政府の金で2000万冊の聖書を印刷製本させ、日本に1500人の宣教師を呼び寄せ、しかも日本の金でICUを建てさせ、教育にキリスと教を混入させた。

しかしながら秀吉の時代から日本人は伴天連には懲り懲りだった。

それで、日本でのキリスト教信者は増えなかった。

ーー

一気に読める。

読めば清涼飲料10本を飲んだほどの爽快感が味わえる。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>日本のキリスト教化の歴史
 天照大神や天の御中主等、自然の神を具体化して信じて来た日本人に取って、仏教もキリスト教も、宗教としての価値は、端から低いモノだった。 

 唯、仏教に関しては、仏教が、「人間として、知るを識るに、知識を智慧に進めて行けば、何時かは、成仏して、ブッダになれる」と言う、インドの思想・哲学として、受け容れたが、衆生済度と言う大乗仏教の影響を受けて、浄土宗~浄土真宗となり、「悟る事」では無く「救われる事」を目指して信仰する、宗教になって終った。

 元々釈尊は、「私の教え、は解釈自由である」と仰っていたのですから、本質的に仏教では無い「排他性」を持ったものまで、仏教の一宗派と数えているが、是は本来オカシイですね。

 然し、日本人は日本で、そうした仏教の宗教への変質卯を目の当たりにして居たので、特に為政者は、冷静だった筈です。 すると、高山右近、有馬晴信、大友宗麟等のキリシタン大名は、キリスト教を利用して居たダケの事とも、考えられますから、結果的に彼らが滅ぼされたのは、日本に取って僥倖だったと言う事です。

 一向一揆や法華一揆、比叡山延暦寺に石山本願寺と言う、宗教勢力の制圧には、相手が女子供をを含んだ集団だけに、大人の男だけを相手にした大名あいてより、手を焼いた宗教遍歴を持って居た、信長や秀吉が、最初こそ仏教勢力を抑える為に。キリスト教を容認しました。 

 処が、宣教師が背後に居る侵略勢力の影をちらつかせた事で、亦、火薬欲しさに、領民の女子供を奴隷として輸出するなど、武士として本末転倒な事をやって居る事を知って、この既に日本人の精神風土が侵略されている事に気付き、禁教措置を採ったのでしょう。 是は秀吉の英断で有ったと評価できますね。

 「悪魔は善人の顔をして近づいて来る」とは、西洋の諺ですが、全くその通りの事を行って、多くの善男善女を騙して、パライソ信仰を植え付けて、結果、日本を護る為に、無辜の彼らを殺戮するしか無かったのは、痛ましい事です。

 つまりは、この様にキリスト教は、信者たちに不幸しか齎さなかった事になりましょう。 キリスト教の所為で、有史以来、何千万・何億の人が、不幸な死を遂げて居る事は、歴史からちゃんと学ぶべきでしょう。 然し、是は仏教もイスラム教にも、宗教全般にいえる事です。

 その原因は、何であるかを悟るには、先ず、自分で有るべき世の中を何かに囚われる事無く突き詰めて、非宗教的で現実的な方法で、皆が仲良く豊かにに暮らせる方法を工夫し、実現して行く事だと思います。

 是は、日本の自然の法則や変化に沿った生き方や、神のお怒りを畏れる考え方に置き換える事が可能です。 つまり、変化に対応する事を至上とするが故に教義無き神道です。 でも、其処には必ず「利他哀(心)、隣人愛」が必要なのだ、と言う事だけも間違いの無い事です。

 戦後のマッカーサーが犯した大きな過ちとは、米国が、長崎・広島に原子爆弾を投下して、多くの無辜の民を地獄の業火に叩き込み、20万人を超す死者を出し、何百万人と言う後遺症に苦しむ人々を生んだと言うのに、その一方で、国際基督教大学を強制したというのは、日本の歴史の欠片も学習して居ない事が丸分り、のみならず、一方で、多くの死者を生む戦争を指揮しながら、その死者の遺族に異教を薦める等、余りに傲岸にして無知蒙昧、人間として恥ずかしい事だと私は思います。 彼の理性や良識の限界を見る様な気が致します。 正に、宗教は麻薬なんですね。

日本のキリスト教伝来は、古いわりに一向に広がりを見せない曲者宗教である。
日本は、古くから特定の宗教を持っていないが、敢えて言えば神道であろうか。
自然崇拝も伴って宗教の根っこの部分を保持したまま今日に至っている。
ユダヤ教などは、熱心な割に世界制覇を陰で狙ったり極めて俗物である。
本当のユダヤ教は、日本の神道と合一するのが、本物だ。
日本には、確実に本物のユダヤが入っている。
ユダヤ教・原始キリスト教のエキスだけを保持したまま、神道として繋がっている。
したがって過去に燔祭をしたが、偶像崇拝はしない。
教義も必要ないくらいかんながらの道として、降霊術によるお筆書きである。
神道系の新興宗教もほとんどが、教祖への降霊術である。
ユダヤ教も降霊術的要素が古代には、有ったらしい。
近世のユダヤ人による預言者ノストラダムスは、それに近いのではなかろうか。
霊的要素も水と同様高い処か下に流れる様である。
ただし霊は、動物霊では無く高級霊とされる。
其の為に宿祢の様な審神者が存在していた。
ユダヤ教・キリスト教のバイブルは、其の集積物と思われる。
神道も本来は、そのようなバイブルかトーラースクロールが、置かれていたと思うが、いつの間にか失われ、言葉だけが、痕跡として残っている。
トラの巻は、その最たるものである。
兵法のトラの巻等では無い。トーラーの五書の巻物である。
日本は、神社の本殿と言うが神殿とは決して言わない。
現在は、鏡が置かれ自分と相対するようになっている。
伊勢神宮の地下は、地下神殿と言う名称になっている。
其処に全て本物の神器とアークが、保管されているのであろう。
それが何時表に出てくるのか、楽しみである。
ユダヤの息の掛かった国は、文化財などの保管に熱心な国が多い。
日本もその典型であり正倉院は、其の象徴的な物である。
文化財保護のマークが、古代出雲神殿の柱の断面と似ているのも面白い。
これは、ロシア系ユダヤ人のニコライ・レーニッヒによって提唱されたものでチベットに関する造詣が深くが画家でもあった人です。
「シャンバラ」の著作は、地底王国を含めUFOとかその場にそぐわない内容の物が書かれている。
しかしそう言う人物は、何故か似非ユダヤにピックアップされ画家としてどの位の価値があるのか解らないが、美術館まで用意されニューヨークで常設展示されている。
似非ユダヤは、戦争も画策するが、古代も探し求めている節がある。
アメリカは勿論ナチスも日本も戦争中古代を探っている。
何か目に見えない組織が有って繋がっているのかもしれません。

>キリスト教の宣教師が、彼らの神を伝えたのだが、日本人は「もう八百万の神がいるので、一人増えても気にしなかった」のである。

日本は多神教の国です。
日本人は、新しい宗教が入ってきてもそんなに排斥しません。
それで、いろんな宗教が入ってきたり、生まれてきたりします。
良いものを信じることで、その人が救われるならば、それで良いのだと思います。

だけど、たまにその宗教を信じろ、信じなければならない。
このようなときには、もう一度、その宗教の中身とそれを誰が行っているのかを、じっくりと見なければいけないと思います。

それが可笑しければ、どんなに偉そうな人がその宗教の素晴らしさを述べていても、一歩下がって聞かなければならないし、そこにひれ伏す必要はないと思います。

同じ人間が言っていることですから、穏やかに聞いて、そこに納得が出来たら信じられれば良いと思います。


戦争に勝ったからと言って、キリスト教を信じろと言われても、そこに関連性は認められませんので、八百万の神々にまた毛色の変わった神さんが増えた程度で良いのだと思います。

だって、キリスト教によって戦争に負けたわけでもないのですし、連合軍がキリスト教を信じていたから勝ったわけでもない。
ただ、過去において、植民地を得るときの尖兵にキリスト教が使われたに過ぎないのです。
今の日本は、過去のどの時代よりもキリスト教を信じる人が多いのかも知れませんが、宗教心の豊かな人なら、八百万の神々とも一緒に仲良くしていると思います。

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