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2018年6月22日 (金)

先人たちよりも現代人の方が「すすんでいる」と思うのは、それこそ傲慢というべきです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

夏四月丙寅朔の戊辰の日に、皇太子、親ら肇めて憲法十七條(いつくしきのりとをあまりななをち)を作る。

(聖德太子)一曰。以㆑和爲㆑貴。无㆑忤爲㆑宗。「一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」

人皆有㆑黨。亦少㆓達者㆒。「人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし」

是以或不㆑順㆓君父㆒。乍違㆓于隣里㆒。「或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う」

然上和下睦。諧㆓於論㆒㆑事。則事理自通。「然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず」

何事不㆑成。「何事か成らざらん」

ーー

日本書紀は漢文で書かれてはいるものの、これを読むときには、「わをもってたっとしとなす」と読み下すのが、古来からの慣例です。

では、漢字の意味はどのような意味になるのでしょうか。  

和 稔った稲穂を口に入れる、ひとつ釜の飯を食う  

以 農具のスキ(鋤)の象形で、そこから「用いる」意味になる。  

為 象を飼いならす象形から、実施することを意味する  

貴 貨幣を手で覆う象形で、豊かさをもたらす

つまり「以和為貴」は、 「農業を用いて、ひとつ釜の飯を食い、豊かさを実現する」 という意味になります。

ーー

では、大和言葉ではどのような意味になるのでしょうか。

「わ」は、漢字にすれば「和・倭・輪・話・環・羽・把」となった字で、人の和や輪が、会話によって成立し、それによって人は羽ばたくことができること、あるいはみんな同じ(一緒)である(把)などの意味を持ちます。

つまり身分の上下の区別なく、たがいに心をひとつにして、仲睦(なかむつ)まじく、何事も話し合って決めるのが「わ」です。

ーー

「たっとぶ」は、旧仮名遣いでは「たふとふ」です。

古語で「たふ」は「答え」を、「とふ」は「問ふ」を意味します。

つまり大和言葉での「たふとふ」は、問に答えることです。

この両者を結合すれば、上下心をひとつにして何事も話し合って問に答えるという意味になる。

ーー

つまりそのまま明治帝の五箇条の御誓文にある、 「上下心をひとつにして盛んに経綸を行うべし」 と同じ意味になることがわかります。

ーー

「以和為貴(わをもちてたふたしとなす)」は、

「上下心をひとつにして、何事も話し合って決めよう」

これに、次の漢語の意味を重ねていることがわかります。

「農業を用いて、ひとつ釜の飯を食い、豊かさを実現していこう」

ーー

つまり、「国民みんなが、農業を通じてひとつ釜の飯を食い、何事も話し合いを通じて諸問題を解決することで、みんなで豊かな国を実現していこう」 という意味を持つとわかります。

ーー

このことからわかることは、漢文を日本語で読み下すということは、そこに漢字の持つ意味と、もともとの大和言葉の意味と、二つが重ねられているということです。

この事実を手掛かりにして、私達は、日本の古代文化を再現することができる。

ーー

さらにいえば日本書紀は、その冒頭に次のように書いています。  

至貴曰尊、自余曰命、並訓美舉等也。下皆效此。「至(いた)りて貴(たふと)きを尊(みこと)と曰(い)ふ。自余(これよりあまり)をば命と並(かひ)て訓(よみ)を美舉等(みこと)と曰(い)ふ。下皆(しもみな)此(これ)に效(なら)ふ」

つまり天皇は尊(みこと)であるが、「貴い行為をする」とカミになり命(みこと)と称される、としているのです。

和というのが、日本人にとっては、カミにもなれるほど重要なものだったということが、このわずか四字から知ることができます。

先人たちよりも現代人の方が「すすんでいる」と思うのは、それこそ傲慢というべきです。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>原日本語と読み解く和以為貴に隠された意味
 私は正直に言って、聖徳太子は、何故、この「和を以て貴きと為す」なんて、和を強調し無ければならなかったのか、謂わば、それ程世が乱れて居たのか、と解釈して居ました、然し、この解説を読んで、「農業を以て、皆で豊かに暮らせる(国)を創ろう」と、憲法の第一条に相応しい意味になる事を教えて頂き、納得しております。

 現代人が古代の人より優れて居た等とは、露とも思いません。 人間が100年以上生きられるのは今でも稀な事ですが、当時は、もっと寿命が短かった、太子も40代前には、お隠れになっておられます。

 当時は、情報の入手も限定的なものだったし、既に、大規模な農業が、飛躍的に国力を大きくする事は、実証されて居ましたが、更に国勢を高めようとしても、其れに見合う条件の土地が、一体どこに有るのか、正確な地図さえ無いこの時代に、その計画を立てるに、用意し無ければならない労働者の員数と完成までにかかる日数が、判らなければ、何尾用意もおぼつかない筈です。

 然し、太子が生きた時代より凡そ100年前の4~5世紀に行われたと思われる、大阪(河内・和泉)平野の大開墾は、吉備や丹波に居た、長江文明の渡来豪族が持つ、古文書を手掛かりに、それこそ、手探りで始め、列島ならではの毎年の風水害に、未知の問題を突きつけられ、幾度も挫折しながら、完成させ、大倭の名を海外にまで知らしめた、た先人の偉業を思う時、太子が初めて、この大倭を、シナ等に負けない国にするのだと言う決意をお持ちになられたのだと思います。 

 そして、その決意がこの十七条の憲法の第一乗に現れて居るのだと思います。

 歴史は、今の基準でモノを測っては、大間違いを犯します。 本当の歴史を知ろうと思うのなら、先ずは自分が、その人に形代わって、その世に生まれ、その人の境遇に置かれた事を想像できる感性と、自分ならドゥすると、結果を知らない状況で考える理性や知性が必要でしょう。 是が、歴史に学ぶ方法です。 ですから、歴史では年代が重要で事によっては、月日迄正確で無ければならないのは当然です。

 そして、歴史上の人物になる為には、正確な引き算が必要になります。然し、歴史には不届きな似非学者が、嘘をちりばめて居るのですが、例えば、「隋代に漢字が、百済の和に博士に拠って、日本に齎されるまでは、日本には文字が無かった」と言うのは、つい最近までは本当だと思われて居ましたが、出は何故、其れよりもずっと古い時代の例えば日本武尊の日本平定記が遺って居るのか、とか、神武東征とか、三韓征伐はドゥなのかと言った、問題を説明出来ませんが、是等を、その不届きな似非学者は、「後世の捏造だ」と決め付けて居たのです。 

 然し、当時から物証の存在が指摘されて居たのに、WGIPに阿る歴史学会が、黙殺して来たものです。 然し、其れを覆すには、あまりに、資料が少な過ぎるのです。

 処が、前世紀80年代に、シナの良渚遺跡と言う5千~7千年も前の大規模水田を基にした、大文明の跡が発見され、中華文明が黄河文明だけでは無く、寧ろ、黄河文明は長江文明を剽窃したモノではないかと言う、歴史の常識をひっくり返す様な事態が起こりました。

 遺跡の発掘は続行されて、様々な遺物が発見されましたが、就中、記録書と思しき、万余の竹簡が出土して、然も、其処には有る筈が無い漢字が書かれて居たのですから、世界の歴史学会の注目と関心を惹きましたが、シナ共産党は、それ以後、発表を一切して居ません。余程都合が悪い事績なのでしょうね。

 この発見で明らかになった長江文明を掘り下げて行くと、必ず、大陸と列島の永い交流の跡が、明らかになり、オソラクは、漢民族が元々のシナ中原の住民では無く、ピュルム氷期の間の、2~3万年もの昔にはスンダ文明からの移住者(東夷・南蛮)や、列島を経由して大陸に戻って来たマンモスハンター(北狄)達の記録も書いてあって、その動向迄明らかにされれば、東南アジアや日本の歴史の空白部を埋める事が出来るでしょう。 

中華文明=漢民族の文明と言う等式が崩れるのが明らかで、政治に使って来た「漢民族97.5%」と言うお大嘘が、世界にバレて終い。実は歴史の浅い、未開の民族であると、シナ人が一番大切にして居る面子を失うからでしょう。この謎も、sな共産党の時代が終われば、明らかにされる事を私は期待して居ます。

聖徳太子が日本で初めての憲法を作った一七条憲法ですけれど、「以和爲貴」は、いつ何処で聞いても素晴らしいと思います。

この憲法は、現在のような憲法や法律とは異なって、役人の心構えを述べたようなものだそうですが、素晴らしいもので日本らしいと思っています。

だって、日本で初めて決められた規則は、人を叱るものではなく、欲望を見たり望んだりするものではなく、「国民みんなが、農業を通じてひとつ釜の飯を食い、何事も話し合いを通じて諸問題を解決することで、みんなで豊かな国を実現していこう」という、「争うことなく皆で努力して、問題があれば話し合って、皆で豊かな国を作ろう」というものでしょう。

争わずに、問題があれば話し合って、豊かな国を作ろうなんです。
素晴らしいことだと思います。

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