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2018年6月15日 (金)

日本人に悪意を持つ朝鮮人の存在は、日本人にとっては害悪以外の何物でもないのです

ーー以下「bb-danwa」より抜粋編集

パルムドール賞を受賞した是枝裕和の監督作品「万引き家族」を観てみました。

観る前から、日本の清潔な町並み、日本人の美点、文化など片鱗もないだろうと考えていました。

観た印象は、そのとおりでした。

ーー

故意に日本の底辺の汚い風景ばかりを写しています。

それが映画で狙った表現なら、それもよしとしましょう。

しかしながら、ここまで敢えて汚くする必要があるのか? 

と思われたのは食事シーンです。

ーー

何というお行儀の悪さ、ちゃぶ台の上の小汚さ。

一家の醜い佇(たたず)まい。

率直に言えば、食事の場面で「あ、これ朝鮮人」ととっさに思ったのでした。

(もっと率直に言えば、これ朝鮮人の家族じゃないの?と)

ーー

遠くにスカイツリーが見えるので、場所は、荒川区(町家~日暮里~三河島)江東区(枝川など「パッチギ」の舞台となったところ)足立区(千住)など、要するに朝鮮人が多く住む地域です。

ーー

とすれば彼らは、日本人から盗むことに、何の良心の痛みも感じないわけです。

日本人なら普通に持つ、お天道さまが見ている、という倫理観も彼らには欠如している。

朝鮮人家族なら「万引きをする家族」という映画も納得出来る。

ーー

犯罪を犯した男と女、虐待されたり遺棄されたりした子供たちが万引きを繰り返しながら寄り添い疑似家族を形成する。

それを綴(つづ)ることで家族の「絆(きずな)」とは何かを問う映画である。

とそこは理解できなくもないのですが、しかし結局、疑似家族は無残な結末を迎え、全体に薄汚くて、精神の浄化(カタルシス)も感動もない。

退屈はしなかったものの、描写が食べ方一つ、せりふ一つ「汚い」ので、見終わった時には、うんざりし・いやになっていた。

ーー

欧米では放屁より下品だとされているゲップを、ヒロインにしかも子供の前でわざわざさせる。

肉親としての家族に疑義を投げかけ、犯罪一家の絆も最後には壊れ果ててしまう。

監督は、家族制度そのものを否定しているように思える。

ーー

「海街diary」の食事の時の立膝といい、この監督の生活倫理みたいなものは、日本人としては受け入れがたく、違和感を覚える。

ーー

是枝監督は、彼らがアベノミクスの犠牲者たちだ、と言わんばかりだ。

(フィガロ紙も「政府への強烈な批評」と記述しています)

あたかも、万引きも人殺しも政府が悪いから、と言わんばかりなのです。

ーー

疑似家族の男役は工事現場で、女役はクリーニング工場で、娘役は風俗で働いている。

つまり一家は、「万引き」などしなくても暮らしは成り立つ。

わざわざ祖母役の年金にたかる必要もない。

ーー

疑似家族の設定自体がとても不自然で受け入れがたい。

ーー

フランスはヨーロッパでもとりわけ自国が一番という思いの強烈な国です。

有色人種を下に見下ろし、(個人的印象ですが)とりわけ、日本人に対しては警戒心と猜疑心が強いように見受けられます。

パルムドールは、それゆえ、白人の優越を脅かさない時代劇か、さもなくば日本の底辺をうごめく知的とは言えない人々の物語にしか賞を与えていません。

ーー

この映画を日本人が観ると何とも言えない違和感を抱くはずです。

日本国や日本文化を毀損する映画であるからです。

日本人であれば、こんな映画を賞賛するほうが、不正直です。

国内では、立憲民主党の女議員が、この映画を賞賛すべきだと、安倍総理に噛みついています。

官邸は、それに対し、受賞に対し祝意を伝えるにやぶさかではないので、どうぞお越し願いたいと。

そうしたら是枝監督は、公権力とは結びつきたくない、と返している。

ーー

しかし、この映画の制作に当たり、是枝監督は文化庁から助成金を貰っていたのです。

それに対しお礼の一言もない。

(まるで朝鮮人のようだ)

ーー

監督には、是非「なりすまし売春家族」、つまり日本人になりすまして売春を続け大もうけしていながら日本人に売春婦にされたと非難する朝鮮人家族の映画を作っていただきたい。

また、新大久保朝鮮人街(コレアンタウン)や大阪の朝鮮人街「鶴橋」に居着いた密入国不法滞在の朝鮮人「嘘つき被害者ぶり家族」の日本人に差別された悲劇なども、作られてはいかがだろう。

ーー

一見見えづらい、搦(から)め手からの「日本人や日本文化」の棄損が、実は厄介なのです。

朝鮮人らの悪意が直接分からないように娯楽映画の形を取っている。

朝鮮人らは、その映画を日本を棄損する政治宣伝として巧妙に用いているのです。

ーー

日本はこの手の間接的反日工作に対して、あまりにも無防備です。

(言論・メディアを在日・反日勢力によって支配されている)

ーー

「万引き家族」は、実は朝鮮人家族、と思ってみるととても納得できる映画となるのです。

それをもって政府批判をしても、あなたたちの政府ではないとしか言いようがない。

日本人に悪意を持つ朝鮮人の存在は、日本人にとっては害悪以外の何物でもないのです。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>正体を現し始めた日本の映画界の極左・反日ぶり
 この「万引き一家」って、大江健三郎並みの反日左偏の文化人である、是枝が監督をして居ると聞いて、予想はして居ましたけれど、予想を超えた反日映画だったんですね。 是は、仏のカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞したと言う事で、記録に残る作品となったと言う事ですが、勿論、見に行く気はありませんがね。 どうせ、1年も経たない裡に、TVが番組で流すでしょうから、態々金出して、映画館に迄行って観る意味も無い。

 是と同じ作品と言えば、井筒監督の「パッチギ」がありますが、是もTVで流れましたが、当然、観て居ません。でも、私は嘗て、熱心な映画ファンだったのです。 殊に古い映画が好きで、呑み屋で年配の人達との映画談義を愉しむ機会が、一時期有ったので、余計に、作品を見捲った覚えが有ります、NHK教育の「名作映画劇場」は、とってもありがたかったですね。

 でも、ファンだった解説者荻さんが亡くなった頃、丁度、神戸では「山一」戦争が始まって、映画談義サークルの主要メンバーが、呑み屋に来れ無くなって自然解散したのは、惜しかったですね。 何組かは、未だに知らないのですが、「昔で言えば代貸しよ」と言っておられたので、若頭クラスの幹部なんでしょうが、映画に関しては「生き字引」で、同席して居た、是も映画通の或る企業の重役の人も「彼の知識は凄い」と舌を巻いて居ましたからね。 映画評論は、荻さんの他は、淀川長治さんと山城新伍さんが好きでしたね。

 でも、彼らも実は、今の様なサヨクだらけの世界だったのかと思うとやりきれなくなって来ますね。 まぁ、荻昌弘さんを除けば、LGBTと生活破綻者ばっかりだった様な気もしますがねww

 私が別に元左翼だったから云うわけではありませんが、「日本伝統の無差別の友好精神」は、戦後のWGIPで埋もれさせられた日本伝統を再生させる努力を惜しまない一方で、日本人にとっての、「何人であろうと平等に扱う」美点は、何とか維持して行きたいと願って居ます。

 譬え、外国から「間抜け」だの「お人好し」だのと、バカにされても、「全ての人が、神の子であり、平等で神聖である」と言う事は変えたくない。 然し、其の美点を営利に用いようと、詐欺ネタに使う連中が、特に隣国には少なからずいて、恥とも思って居ないのでは、彼らが日本の美点を破壊して終う。 是以上彼らが日本で増殖されても困りますので、安倍首相には、何処かで、ハッキリとした、入国制限措置を取ってほしいですね。

 亦、是枝監督以外でも、今の映画界の著名な監督は全て左巻きですから、映画を見に行く気にもなれません。 特に海外でしょうを貰ったと言うさう品も。国内ではアニメ以外は映画館に人を集められない、と言う、マスコミの力の低下を示す様な現象が起こって居ます。 そりゃあ、洋画の様な美女は、無理ですからね、爆発的なヒットは望めないでしょう。

 で、現代の洋画と言えば、アメリカ映画のバイオレンス・アクションばっかりで、其のワンパターンに、是もウンザリしています。 12,3年前に、女房と暇潰に観に行った、「ディープ・インパクト」は、当時知られて居なかったけれど、其れ迄の米映画の新分野を切り開く話題作・優秀作品で、その後、似たような映画が3つも4つも出て居た来たのには、米映画の行き詰まりの度合いが見えた感じでしたね。

 まぁ、洋画も往古の欧州のフランスやイタリア映画全盛の頃と比べて、今は見る影もない有様です。 第一に、昔のように人を驚かせるようなレベルの美女が出てこない、ああなりたいと憧れる、格好の言い個性的な男優も居ない、前述の映画談義では、皆さん自分の憧れの女優を挙げて、時に、喧嘩になりそうな位、エキサイトして話込んだのが今は懐かしいですね。 西洋の映画全盛期は、既に伝説化して終って居ると言う他無いでしょうね、一映画ファンとしては、誠に残念な事です。

 ダカラ、日本で撮られた反日映画、「在日朝鮮人一家の日常とその末路」を写実的に捉えた映画が賞なんか貰うのでしょうが、是って、審査員の日本に対する、可成りのアイロニーだと思うんですが、当のフランス映画界には、日本の映画作品を批判して、皆の納得を得られる様な、映画が創られて居ない、亦、観衆からの要求が無い、と言う文化的衰退とも言える社会背景があるのは、更なるアイロニーであろう、と思いますがね。ww

「万引き家族」の、映画の感想をありがとうございます。
やっぱりそうでしたか。

日本に住みながら、日本の悪口を言うのが芸術家だとは思いません。
昔は、汚いと思わせる一方での気品があったと思うのですが、今はただ汚いだけにしか思わないし、汚いことが良いことだと思っているようですが、下品なだけです。

日本映画監督協会理事長が在日ですから、どうしてもあっち系の色が強くなるのでしょう。
それと較べると、東宝映画は、昔から戦争映画の特映画上手でしたけれど、日本が好きなのだと思います。

ところで、「パッチギ」のことに触れていますが、パッチギ!の舞台は京都でした。もう昔の話になりましたけれど、舞台になっているのは何処だと、仲間内で話したことがあったと覚えています。

日本人として違和感を感じる直観力は、大事です。
その直観力は、何に起因するのかを突き詰めれば、日本人と違うと言う事です。
普段の生活風景を見れば良く解る事です。
NHKでも鮮人スタッフが過剰なのか、時代劇で平安時代の風景が雅とかけ離れた薄汚さを表に出した描写をする。
これは鮮人の仕業だなと思う。
照明もそうだ韓の時代劇を真似ている。
自分たちのレベルまで引き下げて表現していることが解る。
最近は、NHK大河ドラマも嘘くさくて見なくなった。
そう言う事が、解るたびに独創性の無い奴らがNHKに居るんだなと思ってしまう。
万引き家族も絆云々と有りますが、パターンは、違いますが、この映画見てないですけど、雰囲気がグリコ事件の犯人達にも似た雰囲気が有るなと感じている。
何だろうと思うとやはり鮮人じゃないかと言う点です。
犯人が☎で交渉最中に後ろで子供の声が、聞こえたり何か生活感を見せながら、犯罪をしていると言うか内容は、違うんだけど何か鮮人の性格と言うのだろうか妙な共通性を感じます。グリコ事件も社長を誘拐して裸にして縛り河川の施設の様な小屋で見つかっている。
犯人は、捕まらずコンビニのビデオに映った姿が野球帽を被ったガタイの大きい狐目の男とあった。鮮人そのものです。
移民を入れると言う事が、犯罪の多発に繋がる事は、確実である。
過去の事件を見ても明確に解るものである。
親切にされても殺害してしまうマインドの持ち主をわざわざ移民させる動機が奈辺に有るのだろう?
もっと知恵を絞る必要が、有るんじゃないか?
人権を云々するのなら互いに尚更の事である。
安易に移民と称して異民族を入れては、行けない。
日本人は、戦後の密入国者在日でウンザリしている。

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