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2018年6月29日 (金)

今も、支那人らは、対米外交で反日宣伝をし、約束を守らず、自己を高く売り抜ける工作をしている

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

田中秀雄『中国共産党の罠』(徳間書店)

満州事変から廬溝橋事件まで、本当は何が起きていたのか。

戦後日本の言論・メディアは在日・反日勢力によって支配され、彼らの政治的妄想が大手を振って茶の間に届けられていた。

反日メディアは、事実を無視し、「あったことを無かったこと」にし、「無かったことをあったこと」にしてきたのだ。

ーー

在日・反日勢力は、戦後長きにわたり日本人に東京裁判(自虐)史観による物語を押し付けてきた。

しかしこれでは、日本人が参考にすべき物語にはなりえない。

それで著者は、存在する報道、回想録、インタビュー、そして当時の夥しい刊行物を読み解き、新たな物語を作り上げた。

ーー以下wikipediaより引用

エドガー・スノーは、政治的な著作『アジアの戦争』を書き上げ、日支戦争における日本を批判的に取り上げた。

これにより、米国が頭の先から爪先に至るまで日本人を憎悪し武力介入で日本をこの世から抹殺する事を目指した。

同書では南京安全区国際委員会の委員長であったジョン・ラーベが示した算定として「南京大虐殺」において「日本軍は南京だけで少なくとも4万2千人を虐殺した」、「10歳から70歳までのものはすべて強姦された」と記し、

成都で会ったL・スマイスが編纂した『南京地区における戦争による損害』を引用して「日本軍による暴行」として告発している。

さらに、日本軍は「銃を持った首狩り族」であり、日本人は支那・朝鮮人より知的・肉体的に劣る存在、とも罵倒している。

この『アジアの戦争』は、のち『東京裁判』における検察側冒頭陳述や「南京大虐殺」、更にGHQの占領方針と占領政策の基盤となった。

ーー引用ここまで

田中氏はこのような日本人を世界に誤解させた前科のあるエドガー・スノーの著作をしばしば引用する。

というのも、スノーの支那共産党の政治宣伝(プロパガンダ)のような記述の中に、スノーの本音を読み取ったからである。

スノーの遺骨は米国と支那に分骨され、支那での墓は北京大学の敷地の中にある。

(つまり現在の支那共産党の恩人というわけだ)

後年、スノー未亡人が語ったところに拠れば、「文化大革命の最中に訪中した彼は、毛沢東の神格化と独裁に幻滅の思いであった」という。  

ーー

本書で著者は「満洲が日本の国防上いかに重要であったか、また満洲建国とその後の日本の行動の正しさの証拠」を列挙している。

そして「アジアに重点を移したコミンテルンの世界戦略」

「これと協働する支那共産党の満洲事変前からの策謀の実態」

「彼らが防共の砦(とりで)としての満州国を打倒し、支那国民党を放逐し、支那を共産化するためにいかなる手段をもちいたか」を白日の下(もと)に晒(さら)している。

ーー

歴史的経緯は日清・日露の闘いにあるが、義和団の大混乱。

そのどさくさに紛れて、ソ連は満洲全域を占領した挙げ句、

「1896年には、ロシアと清国の間に対日軍事同盟密約が結ばれていた」

「その存在の噂はポーツマス会議以前からあったのだが、日本は確信ができないまま」、ポーツマス会議が進んでいたのだ(p16)。

ーー

しかし支那の「実情を理解しないアメリカは、北京政府にとっては絶好の標的であった」

北京は「外国の利権回収という目的達成のためにアメリカを利用する」(p21)

支那は、アメリカに工作員(スパイ)や宣伝隊を送り込み、報道記者(ジャーナリスト)を買収し、世論誘導工作を行った。

結果、アメリカの世論は日本に冷たく、支那に同情的となった。

ーー

誤解を解くために新渡戸稲造は渡米し、各地で演説したが、短期的地域的理解しか得られなかった。

とにかく日本人は、支那人がどのように宣伝し相手を自陣に引き込んだのか、彼らの得意とする情報戦の中身を知るべきなのだ。  

というのも日本人は、支那人の情報戦を知らずに、友好関係が構築できるという先入観の下に、善意の行為を続けたからだ。  

しかし支那人は、日本人の善意全てを踏みにじっていたのだった。  

ーー

「支那は長年の日貨排斥、即ち廉価なる日貨を排斥し、高価なる西洋品を購入し来たれることにより、出超国が入超国となり」(p135)

支那の財宝、資産が大量に海外へ流出した。

支那経済は疲弊し、経済的破綻の惨状を呈した。

ーー

当時、酒井隆(支那駐屯軍参謀長)が『満洲時報』(昭和9年11月23日付け)に支那の裏切りの風土を語っている。  

酒井はこうも指摘した。  

「日本人はよく日支親善というけれども、この一語を聞いて、支那人の頭に、ピンと来るものは、利益交換主義である」

「(支那人は)物事を僻(ひが)んで考えることと、機会ある事に自己をなるべく高値で売りつけようとする」(p168)

彼らが命の恩人を避けるのは、そのときに代償を求められると考えるからである。

ーー

支那人の頭の中には貸借対照表があって、どうすれば黒字にできるか(利益が出るか)素早く計算している。

ーー

また支那人は約束事を守らない。

日本人は、たとえ不利な協定、条約であっても、厳格に遵守しようとする。

日本人と支那人とは、この点が根底的に異なり、いつも臍(ほぞ)をかむのは日本人である。  

ーー

一例を挙げる。

1936年8月、米国ヨセミテで開催された太平洋会議で身勝手な演説をした胡摘に対して日本代表の吉沢謙吉が次の反論をした。  

「ワシントン会議で日本は九カ国条約を結び、山東省を支那に還付し、関税自主権を認めた。関税自主権で率先したのは日本である」

「しかるに支那はこの恩を仇で返す」

「関税をどんどん上げて日本商品の流通を阻止した。あまつさえ日本との条約上の義務を守らず、鉄道平行線をつくるなどして日本の権利を取り上げようとした」

「支那に対する我々の融和的態度が官署の態度で迎えられず、支那側の継続的な暴力政策にあったことが満州事変の原因である」(p213)  

ーー

西安事件で国民党優位の軍事状況を戻した共産党は、それでもモスクワから信頼を得ていたわけではなかった。

周恩来は廬山におもむき、蒋介石と会談しているが物別れに終わっている。

第二次国共合作が陰謀的である事態に蒋介石は腹を立てていた。  

そのうえ、日独伊防共協定が締結されると、

「ソ連の国民党に対する比重が共産党より高くなっている」

「ボゴモロフ・ソ連大使の帰任がまぢかで、彼へのモスクワからの指示には、支那共産党との緊密な連絡を絶ち、これを指導することで支那の統一を妨害するのは止め、国民党の国内統一に協力することがあるという」

「そうした自党軽視の環境変化を毛沢東は敏感に感じ取っていたのだろう」

「南京政府の貨制改革が成功すれば、わが共産党には脅威である。乾坤一擲の勝負をかけるときが来てはいないか」

「国民党と日本軍を戦わせるのだ。『抗日戦争をすることにより、革命勢力は政権に就くことが出来る』と周恩来は言う」

「しかも『抗日戦争の初日が蒋介石失脚の始まりを意味する』のだ」(p268)

ーー

このようにして廬溝橋での発砲は支那共産党によってなされた。  

ーー

「国民党は1928年以来の無責任な排日政策、反日教育に自縄自縛され、それを共産党に逆用されることにより、対日開戦をせざるを得ない羽目に陥らされたのである」(p288)

こうした歴史的事実は、今日の、ときにふんぞり返り、ときに猫なで声に豹変する男たち、江沢民、胡錦涛、習近平の立ち居振る舞いにもみられる。

今も、支那人らは、対米外交で反日宣伝をし、約束を守らず、自己を高く売り抜ける工作をしている。

支那人らは、まるで満洲事変から廬溝橋までの近代史をそのまま繰り返しているように見える。

この書を読むことによって日本人は、支那人の情報戦に対処するためにはどうしたらよいのかの示唆(ヒント)を得ることだろう。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>シナ人気質と欧米の身勝手な曲解
 シナ人は、単純に言って混合民族ですが、中身は其れこそ、シナの言う四蛮=東夷・南蛮・西戎・北狄)が混在し完全にモザイク化しているので、従来の民族判別法では、及びもつかない事態になっていると思います。

 その証拠に、シナ共産党の主席の名も、毛、華、鄧、胡、江、胡、習と、4/7人も入って居るのですから、漢民族の云々は、真っ赤な嘘、政治的なプロパガンダであると言う他は有りませんが、其れだけ、国内は民族的に混乱しており、纏める為には、士手段を選んでおられなかったのでしょう。 結局、現れたのは、生存条件の厳しい差別的な社会であると言う事でしょう。

 然し、現実にシナ人同士で話し言葉が全く通じない、習俗が違うし、持って居る常識も違う、共通するのは漢字しかない。 其処で、皆、「漢字を使う民族」ダカラ、「漢民族」だと言う話になった。 嘘の様な本当の話だろう。 ダカラ、自分の強盗や暴行、窃盗、放火と言った、顕かな犯罪行為を「愛国無罪」と言えるよな、国と言う概念が彼らには、とても希薄なのでしょう。

 結果、その生存競争が厳しい社会で生き抜く為に、血族の結びつきを重視した氏族社会が、誕生したのだと思います。 つまり、他人を一切信用せず、反面、譬え犯罪者でも、血族を庇い亦個人も其れに報いる関係が出来たのだと思います。

 ダカラ、日本人の様に、3万年の文化の歴史の上に、万世一系の皇帝を戴き、北から南まで265年間の厳しい封建社会で人口の9割を占める農民が移動を禁じられて居た為に、、地方風土が、色濃く定着した民族とは、或る意味似ては要るが、秩序やしきたりは厳しくても、それ形に意味があって、守らねば、其の土地で生きてイケない厳しさとは、「民が為政者=お上を信じて居る」と言う意味で、大きく違うのです。

 処が我々日本人は、「自分が知らない相手の環境を無視して、『自分と同じ』だと、勝手に思い込んでしまう終う処」が有ります。 是は、一面「相手を自分と平等に考える」事と、仏教に言う「相手の身になって考える=利多心」の考えに近いものと思って終う処に、有ると思いますが、実は、「相手の事情を全く知らなのに、無理に解ったつもりになっている」と言う大き間違いがある事は、指摘されれば、誰でもわかる事です。

 この過誤に大抵の日本人は、気付きませんが、他人の悪意が溢れる社会の中で生きて居るシナ人や朝鮮人は直ぐに気付きますが、多くは黙って居ます。 説明するダケの言葉を持って居ない事もありますが、日本人相手なら、大概は其れで得をするからです。 

 斯うして、日本人は、シナ人や朝鮮人に騙されて終うのですが、騙される発端を作ったのは日本人で有る事に気が着かねばなりません。265年の鎖国を説かれた直後でもあるまいし、日本と世界の違い位、学習して居なければ、何の為に学校で歴史や地理を教わって来たのかも分らないではないでしょうか。

 然し翻って、西洋の東洋に対する無知や無関心には、閉口しますね。否、何より、自分自身が低劣なレイシストであり、強盗団にも負けない利己主義的な、価値観とモラル鹿持ち合わせて居ない癖に、他国を偉そうに批判する独善的な姿勢は、滑稽を通り越して悲しくなるものがある。

 特に、スノーが、シナ共産党の招きで毛沢東の墓に参った時。大きく失望の色を見せたと有るが、彼も、江戸時代明けの日本人と変わらない錯誤を犯して居たと言う事だろう、然も、どうも、共産主義者としての失望だから、毛沢東がシナ人であると言う事を考慮して居ない低次元のモノである事は明らかでしょう。

 唯の思い込みでしか無かったと言う事です。 

 この「シナの実情を理解しようとしないアメリカは、シナに取って絶好の標的となった」と言う指摘のままで、スノーは、自分の妄想だけで、シナの共産化を支援して居た、妄想的共産主義者だったと言う事になりますねww

 日本は、この先も、斯うした欧米やシナ・朝鮮と、基本的に全く違う文明国と付き合ってゆかねばならないのですが、「相手を知ると同時に自分をも知って、感情に流されず冷静に、付き合う時は付き合う事」を心掛ければ、何処かで、敵や味方に分かれる事はあっても、「自分の国は国民自身でしか、助けられない」原則を忘れない様にすれば、他国の要らぬ興亡に巻き込まれる事も最小限に済むでしょう。

 其れには政府は、政府内に、独自に内外の子細な情報を蒐集し解析して、政府独自の情報網を世界二はりまえぐらすことが必要です、すると、軍備は常に、先回りする事が可能になり、最新にして、最小限の軍備と兵力で済む話になるでしょうし、相手の秘密や細かい事情を知って居ると言う、事実が、外交を有利な立場に置く事になると思います。 是非情報庁の創立をお願いしたいですね。

米国は歴史のない国ですから、5千年の歴史と言われるだけで支那が大好きになっている気がします。
それに支那人は、施しをされるのが好きで、呉れるものなら何でもちょうだいですし、口先だけの例なら喜んで言うような気がします。

但しこれは、アヘン戦争で痛い目に遭わされて高くついたためでしょうか、欧米の白人を対象とするもので、同じアジアの日本人には適用されないのです。適用されないと言うよりも癪に障るようで、契約を守る日本には契約の穴をついて、利益を得ることで嗤っているような気がします。

その理由には、終戦後に日本が占領統治された際のWGIPが影響していることと、敗戦利得者が共産主義者と共謀してきたことが大きく影響していると思います。
ただ、私には戦前の共産主義者の浸透と国に対する危険性が未だに把握できず、戦後の敗戦利得者と共産主義のマスコミへの浸透の結果、そして現在の憲法が、不自然に表現でいくつかの裁判に影響していることを感じ取るだけです。


西安事件について考えるとき、事件後の蒋介石は現在考えられているよりも、常に共産党からの生命の恐怖があった方が自然だと思っています。
西安事件の前、共産党は日本軍と蒋介石軍の両方から攻撃されていたから、正に風前の灯火だったと思うのですが、事件後は蒋介石軍の中に潜む形で安全を確保して、蒋介石軍は日本軍との戦闘が全面的なものとなりました。

これには米国の支援があったのは当然ですが、米国が共産党との戦闘を継続を指示していたならば、共産党は消滅していたし、現在の支那大陸にはなっていなかったのです。
これは、米国内の共産党の行動も大きかったのかと想像するところですが、ソ連のスターリンからの命令が米国と支那で効果があったと考えると、スッキリすることになるのです。

米国、日本、蒋介石はスターリンによってそれぞれが体力を磨り潰し、その結果残ったのは毛沢東だったというのだけは間違いないのでしょう。
なんか、まとまりのない文章ですみません。

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