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2018年5月16日 (水)

復活は、余計なことのように思える

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

ミゲール・デ・ウナムーノ著、執行草舟・監訳、安倍三崎・訳 『ベラスケスのキリスト』(法政大学出版局)

今年は日本とスペインの国交樹立150周年、そしてサラマンカ大学創立800周年であり、本国スペインばかりか、日本でも多彩な行事がある。

サラマンカ大学と言えば、著者のウナムーノが学長をつとめた名門校であり、翻訳者の安倍さんが留学したところだ。

今上陛下が皇太子時代に訪問された大学であり、先ごろスペイン大使館が開催した記念式典にも、天皇皇后両陛下がおでましになった。  

ーー

当該「ベラスケスのキリスト」が展示される「プラド美術館」はスペインのマドリッドにある。

世界中から、この美術館には名作群を見ようと美術愛好家がやってくる。

ツアー客も列に並ぶので、周辺にはバスの駐車場もないほど混み合う。

じつは評者(宮崎)は、三年ほど前にマドリッドに滞在した折、ここにも行った。

展示室はひろく、そこで座り込んでスケッチしている学生がたくさんいた。

写真撮影もフラッシュだけ禁止されているが、自由に撮れる。

ーー

ところがあまりにも夥しい作品展示なので、肝腎の「ベラスケスのキリスト」を見損なった。

ーー

ウナムーノは、この「十字架のキリスト」を見て霊魂が揺さぶられた。

感動したウナムーノは、七年の歳月を費やしてこれを書き残した。

この作品は、ヨーロッパのキリスト教の伝統「神曲」「失楽園」につらなる宗教詩であり、その伝統を持たない日本では、読み解くのが非常に困難であった。

それゆえこれまで、日本では完訳がなかったのだった。

ーー

近代が、何であるのか。
近代の生命とは何なのか。
それは、どこへ行くのか。
そこに生きる我々は、いったい何者なのか。

監訳者の執行草舟氏はこの「ウナムーノの叫び」について、それは、「近代人の雄叫びを彷彿させる」と書いている。

ーー

そして解説を書いたホアン・マシア司祭(前上智大学教授)は、こう言う。

ウナムーノは、ベラスケスのキリスト像を見て、「死の逸話を描こうとしたり、またそれを語ろうとし」た訳ではない。

「『生きている者』への賛美」を語ろうとした。

そしてこの『復活した者』(キリスト)こそ、「生と死の謎を前にしたウナムーノの問いに対する、答えなのである」(p358)と。

ーー

イエスの頭上には板が打ち付けてあり、そこには、ヘブライ語、ローマ語、ギリシャ語で「ナザレのイエス、ユダヤの王」という罪状が記されている。

イエスを嘲笑するこの言葉は、こののち、≪INRI≫と四文字で示されるようになった。

この男が、17世紀以降の世界を支配し、日本人のみならず多くの人々を奴隷にし苦界に沈めた張本人なのだ。

そのことを考えれば、白人種以外の人々には、ウナムーノとは別の感慨も起ころうというものである。

ーー

多くの日本人は、ベラスケスのキリストを見て、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という言葉を思い浮かべるのではないか。

イエスはこのような死に方をしたからこそ、キリストとされ、そしてのちにベラスケスにキリスト像として描かれた。

佐賀藩士・山本常朝によって口述された『葉隠』の一説を知る日本人にとっては、復活は、余計なことのように思える。

「ベラスケスのキリスト」はまさに「死ぬこと」を描いたものではないのか?

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>西洋と日本の命の重さの違い
 私は、キリスト教徒が言う「イエスが人類の罪穢を背負って磔刑に架った」事を殊更に言うのを、可成り冷ややかな目で見てした、つまり、殆ど共感できなかったのです。それは。即ち、「死に対する恐怖」の違いであろうと、即ち死生観の違いだと、直ぐ気が着きました。

 イエスが磔に架って死ぬまでの話を知ると、ユダヤ人の中の内部抗争で、圧倒的数に勝るファリサイ派が異端のゲッセネ派の士師をローマの力を借りて抹殺した話でしょう。 イエスの死刑を支持したのは、イエスと同じユダヤ族で、死刑を執行する決定をし、執行したのも、ヘロデ王と言うローマ軍が指名した執政官で、此奴もユダヤ族の出身です。 つまり、ユダヤ族の内部の問題なのに、「何故、イエスの死に、世界が関係するのか?」と言う単純な疑問に、私の知って居るキリスト者は、誰も答えられませんでした。

 当時の中東・欧州世界では、「神」と言えば、王侯貴族の頂点に有り、祀ろわぬモノは、全て滅ぼすと言う絶対権力と言う力の存在しか意味しなかった。 処が其れでは、戦が絶える事は無く、何時まで経っても平和は訪れてこないし、「ダモクレスの剣」の譬え通り、為政者足りても、何時殺されるか分らない。

 この状況を解消しなければ、真の平安は決して訪れてこない事に、ローマ人も気づいてはいたが、その拠り代となるモノが、何なのかが分らないで居た。 そこに、ユダヤ族の民俗信仰に、メシア信仰と言うのが有る事を知ったが、其れは飽く迄、ユダヤ族内の宗教であるユダヤ教を信じて居るものを救うのだから、と「選民思想」を持つユダヤ人には相手にされなかった。 

 そこへユダヤ族が、ユダヤ像には革新的な考えを持った少数派の士師であったイエスを謀殺した事を知って、ローマ人は、「ユダヤ人に拠って磔にされたイエスは、実は、ユダヤ人が待ち望んで居た、メシアで有った」と言う噂を流布して、ユダヤ族を不安に突き落とした。 その噂が真実味を帯びる程、イエスは生前に説いた話は、ユダヤ人たちの心を打って居たからだ。

 そんな中に、パウロと言うファリサイ派の士師もいて、ローマの執政官(ユダヤ人)と組んで、ゲッセネ派の士師であったイエスでは無く、「イエスは、ユダヤの神が地上に遣わしたメシアで有った」と吹聴、是に、平和な世の中を願う、民衆の多くが着き従った。 然し、もちろん多数派のファリサイ派がこんな状況を看過するわけが無く、執政官を通じて、ゲッセネ派をせん滅しようとしました。 処が、執政官はパウロと話が通じて居たので、ちゃんと動きません。

 斯うした、ユダヤ族の内訌に拠って、治安が乱れている事が。ローマの怒りを買いましたが、ユダヤ人は何時もの様に服従せず、逆に蜂起して、エルサレムの神殿を根城に、反ローマ=ユダヤ独立運動を始めて終い、西暦70年に、ローマに調略を受けた、士師フラビウス・ヨセフスの裏切りに拠って、ユダヤ族は全滅しました。 キリストの刑死後、37年目の事です。

 以上は、私の妄想に過ぎないかもしれません。 でも当時のローマ人には「モゥ戦争は御免だ」と言う厭戦気分は有ったと思いますし、ローマ人は、青人文明である、メゾポタミア文明の都市国家で信仰されて居た、豊穣神や戦闘神の様に、人間達の物質的な欲望や願いを叶えるだけの、依代としての神しか、継承して居なかったのです。 ギリシャ神話から剽窃した、ローマ神話を看ればよく分る筈です。

 西洋人のキリスト教への精神的な依存度は、我々日本人の想像を絶する程高く、殊に、ウナムーノがベラスケスの「十字架を降りたキリスト」の絵が、「神曲」「失楽園」に続く、キリスト教への叙事詩だと言うのは、正直言って分り居ません。 中世欧州の基礎を作った青人文明とそれを奪取した白人文明をtsなg者が、他ならぬ、キリスト教であったと言う、事実以外は。 亦、 ベラスケスの絵を看て、ウナムーノと言う人が感じた「生きて居るものへの賛美」ですが、是も私には、全く理解出来ないものです。

 唯、ユダヤ教の中で、イエスがそれまでの民族宗教的な、「民族神を崇め、随うと、誓って契約するものだけを嘉する神」では無く、「他人を思いやる心を育てる事で、人心に平和を齎し以て世に平和を齎す神」と言うのは、ユダヤ人にとってもローマ人にとっても、新鮮な驚きだったと思います。 

 結局、ユダヤ族の絶滅後、300年程経った頃に、ユダヤ再興運動が起こって、鎮圧されて居ますが、その主張も、ユダヤ像に安寧と平和な日をと言うものでしたから、ローマはゲッセネ派ユダヤ教を、救世主教「=キリスト(ギリシャ語でメシア)教」として、国教にしたのです。

 話が大脱線して居ますが、こんな経緯で成立したキリスト教ですから、キリストの復活等は、願望や贖罪の話でしかないと思います。 大体、イエスが復活して一体何をした、と言うのかと言えば、何も起こっていないわけです。 ならば、イエスを刑死させた事に拠る天罰を懼れ、逃れる為の嘘でしかない、と私も思います。 

 この嘘を、嘘だと言えなかったのが、キリスト教が支配した中世欧州だったわけです。 何故なら、「神の子イエスが、祖の一命を以て、人類を御救いになった」と言う、話を聴いた信者たちに、贖罪意識を植え付けて、以て、教会の権威を維持して居たワケですから、一歩間違えば、「神の名を騙る、詐欺師」でしか有りません。 唯、こういう事を、皆が何の疑いも無く信じて居たとは考え難く、寧ろ、欧州の痩せて狭い農地で、何の希望も無く、農奴をして居た多くの人々が、心の安寧の依代を求めて居た結果である、と私は思います。

 江戸期の「葉隠れ」を学んだ日本人が、その嘘を見破ったのは、日本では、幾ら正しい行いをして居ても、世の治安を保つ為に、秩序を乱したものは、死を以て償う事が常識だったからでしょう。 加えて、イエスが神の子だから、と言う理由で特別扱いするのも、悉皆有仏性を信じる、日本人としては、納得が出来なかなかったと思いますね。

縦椅子様

今日も素晴らしいブログ有難うございます
≪イエスの頭上には板が打ち付けてあり、そこには、ヘブライ語、ローマ語、ギリシャ語で「ナザレのイエス、ユダヤの王」という罪状が記されている≫≪イエスを嘲笑するこの言葉は、こののち、≪INRI≫と四文字で示されるようになった≫-このイエス像のエル・グレコ版の像とモーゼの十戒の模写写真を子供時代大事にもっていたことがります。それほど印象的で心を打つものでした。それはその頃クウォバィスという本を読んだせいかもしれません。ローマ人がキリスト教徒に迫害を加える様子ー特に暴君ネロがコロッセオでライオンにキリスト教徒と戦わせる残虐なシーンやキリスト教徒が迫害に耐え、隠れてまで神を信じることに恐れを抱きました。そのころから罪の意識をおぼえ、悩み、自分探しに読書に救いを求めました。わかったことは、「自分には罪はない」ということです。1つは「自分は余りにも喜々として生まれてきた記憶がある」という自信があること、2つめは「あまりにもよくしてもらい、そのおかげで生きていける」のでということ、人を不幸にするのはー悪い人間がいるからだと思います。人類は多くの思い込みから、そして多くの思惑から、勝手に自分に都合のよいキリスト像をつくりだしてきました。蔓延するコピーキリスト像は≪多くの人々を奴隷にし苦界に沈めた張本人なの≫でしょう。
そんな時、屋根裏部屋で傷ついた血を流しているキリストを見つけ、自分の食べる食事をキリストに差し出して、やがて天国に召されるマルセリーノのかわいい少年の瞳をその歌とともにおもいだします。
 「無私の武士道精神」は日本の誇りだと思いますとつらくて、涙が出てきます。

縦椅子さま
、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という言葉は武士道のバイブルとも言える「葉隠れ」にみられる名文で、江戸時代中期に、主君亡き後出家した山本常朝の語りを田代陣基が聞き,書き、まとめ上げたですが、、簡潔な名文が心に迫ってきます。
 「大氣(寛容)と云ふは、大慈悲の義なり。神詠に、「慈悲の目ににくしと思ふ人あらじ科のあるをば猶も哀れめ」。廣く大なること限りなし。普くと云ふところなり。上古(上代)三國(日本、中国、印度)の聖衆(聖人)を今日まで崇め奉るも、慈悲の廣く至るところなり。
何事も君父の御為、又は諸人の為、子孫の為とすべし。これ大慈悲なり。慈悲より出づる智勇は本の物なり。慈悲の為に罰し、慈悲の為に働く故、強く正しきこと限りなし。我が為にするは、狭く小さく小氣なり。悪事となるなり。勇智の事は、この前得心せり。慈悲の事は、頃日篤と手に入れたり。
 家康公仰せに、「諸人を子の如く思ふ時、諸人また我を親の如く思ふゆえ、天下泰平の基は慈悲なり」と。 --300年以上もの間、武士のばかりでなく、人々の心の指針をなっていた、「葉隠れ」の精神は今が一番必要とされるべき時だとおもいます。

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