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2018年5月24日 (木)

日本は、新石器時代から続く血脈がずっと保持された国である

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

戦後、占領軍の占領政策に協力することで、敗戦利得者となった人たちによって、日本の文化の破壊が徐々に進められてきました。

現在ネット上で在日・反日勢力と呼ばれている敗戦利得者らは、裏社会から占領を始め表舞台に進出し、日本文化を次々と破壊しています。

NHKの時代劇を見るとその中身が以前の時代劇とは変質していることでよくわかります。

ーー

占領軍の旧体制破壊政策に協力した人たちは、漢字表記、仮名使いも変えてしまった。

占領は1952(昭和27)年には解かれていますが、それがいまでもまだ当用漢字が用いられ、文章の表記も現代仮名使いになっています。

このため多くの人は、ほんの70年前に書かれた文書の意味が読み取りにくくなった。

また旧漢字が持っていた意味も失われてしまった。

ーー

このように文化が失われることで、たとえばひとつの歴史上の事件等についても、その解釈がきわめて表層的になってしまっています。

ーー

その良い例が、赤穂浪士討ち入りの理由です。

実際には将軍第一か、尊王かという思想上の対立であったのです。

しかしそれは当時の社会では表立っては「言えない」事柄であった。

それが、年寄りにイジメられた若殿様が、キレて殿中で刃傷沙汰を起こしたという話にすり替えられた。

ーー

表立ってはいえないから、話を差し替えた、でも誰の目にも少し考えたら分かるような仕掛けがなされた。

察するということが、日本の文化であり、だから芸事は二度おいしいといわれる。

劇場で楽しみ、帰りの蕎麦屋で親父からその背景を教えてもらって二度納得する。

だから二度おいしい。

ーー

そういうなぞかけを読み解くことがそもそも「忖度(そんたく、相手の気持ちを察する)」の意味なのです。

ーー

民衆政治democracyも、日本人なら民を「おほみたから」とする政治だと理解する。

それが支那・朝鮮文化だと民衆の目をつぶしてものを見えなくして主人が贅沢をするという意味になる。

(民という字は両目をつぶされた人の意)

ーー

あるいは一時的に大儲けをするアメリカンドリームが、あたかも素晴らしいことのように宣伝される。

そうではなくて、本当に大切なことは、みんなが豊かに安心して安全に暮らしていけるようにしていくことなです。

在日・反日勢力の朝鮮文化にはそれがないので、その重要なことが忘れられてしまう。

ーー

神話ひとつをとっても、そもそも神話という言葉自体が、幕末に英語の「Myth」の訳として当てられた造語です。

ギリシャ神話やケルト神話は根拠のない作り話です。

しかし我が国で伝えられた神語(かむかたり)は、我々と直接血のつながった祖先の物語なのです。

神語(かむかたり)が神話にされたのも戦後に記紀の「神代の巻」を「なかったこと」にするためだった。

ーー

我々はそういう破壊された「日本文化もどき」の中で、そうと気付かずに生活している。

「このままでは日本文化は破壊され消えてしまう」

しかし我々の文化は、その程度の浅いものではありません。

在日・反日勢力に消されるような柔(やわ)なものではないのです。

しかしこのまま放置していればさすがの日本文化も消滅してしまうことでしょう。

ーー

その日本文化は、これまで破壊され続けて、いまやその片鱗をとどめるのみになっています。

けれど、失われてはいない。

我が国の文化は、たった70年やそこいらで破壊され尽くすほど浅いものではないのです。

つまり我々はまだ取り戻すことができるところにいるのです。

ーー

ただし、そこにあるのは、ジグソーパズルの切片のような破片だけです。

その破片を組み合わせて、もういちど日本文化という絵柄を完成させていく。

それがいま、必要なことだと思います。

それは、私たち日本人の価値観の根幹を取り戻していくという作業です。

ーー

昔、武士が街中で町人の与太者に絡まれるということがありました。

武士は剣術の修行をしており、腰に二本の刀を差しています。

武士は絡んできた相手を無礼討ちにできる。

さりとてくだらない挑発に乗って喧嘩して人を斬ったとなれば、お家の恥です。

もし刀を抜いていながら、逆に相手に斬られたとなれば、これまた武門の恥です。

それはお家断絶を意味します。

ーー

では、からまれた武士はどのようにしたでしょうか。

絡むような町人は無礼討ちを覚悟したとても度胸の据わったヤクザです。

他の人に、もっとひどく絡んで、人を困らせているに違いない。

武士の役割は、そのような挑発をするヤクザが出ないように、世を正すことにあるのです。

そもそも絡まれるようなところにいたこと自体が不徳です。

絡まれてもじっと我慢して、そのようなヤクザがどうしたら出てこれない世にできるかを考えかつ実行する。

それが武士の役割です。

ーー

絡まれたから反応するのではないのです。

絡まれたことと、反応(行動)の間に、価値観という判断の物差しがあるのです。

ーー

日本人が日本人であることを取り戻す、つまり日本人としての価値観を明確に打ち立てる。

これができなければおそらく在日・反日勢力に日本文化が破壊され続けている現状は変わらない。

逆に、日本人が日本人としての価値観を復活させていけば、必ず日本文化はよみがえる。

ーー

それは、おそらく大きな回り道です。

けれど、いちばん近道であると思っています。

では、その価値観とは何か。

先祖伝来のものです。

ーー

「よろこびあふれる楽しい国(豈国(アニクニ))にする」 それは日本書紀に書いてあることです。

決してむつかしいことではない。

けれど豈国こそがあらゆる価値判断の物差しとなることです。

ーー

よろこびあふれる楽しい国にするための大事なことは何なのか。

憲法改正論議の前に、そもそもどういう国に日本をしたいのかを考えることの方が重要なのです。

それは百年経っても千年経っても色あせないことを考えることになります。

ーー

背の高い人が、ドアを通り抜けるときには、腰をちょっとかがめなければなりません。

そうしなければ、おでこを鴨居にぶつけてしまいます。

それを、腰をかがめないで何度もおでこをぶつけるようでは、見ている人は、「あれは馬鹿だ」と思うことでしょう。

ーー

つまり同じ行動からは、同じ結果しか生まれません。

目標を達成するためには、試行錯誤を経て考え抜かれた行動が必要なのです。

工夫された行動で有れば、どんなに苦労することがあっても、必ず最後には勝てるはずです。

本質が正しく、手段方法にも間違いがないから勝つのです。

ーー

ペルーのマチュピチュ遺跡は、1911年に西洋人によって発見されるまで、その存在すら知られていなかった。

高山の山頂から麓に建てられたこの遺跡は、調べてみると500年前までは、実際に人々がそこに住み、使われていたことがわかった。

いま、その石組みや建物跡だけが残されている。

しかしそこでどのような社会生活が営まれ、なぜ放棄されたのかを、現代において知る人はいません。

文化が「失われた」からなのです。

ーー

500年前といえば、日本では室町時代です。

日本では、その時代に築かれた城や町はいまもちゃんと残っていますし、当時の記録(歴史)もちゃんと残っています。

当時の日本人が、いまの日本人の直接の祖先であったこと(つまり血がつながっていること)を疑う人はまずいないと思います。

それどころか、1000年前の日本文化であっても、我が国ではそれなりにちゃんと継承されています。

その頃に創建された寺社は、いまなおその多くが健在です。

ーー

歴史(記録)が現在につながり、文化が継続しているのです。

ーー

しかし、上に述べたペルーしかり、北米のインデアンしかり、あるいはアフリカの王朝しかり、東アジア諸国の王朝しかり、

いまではそこでどのような統治がなされ、どのような文化が営まれていたのかさえ、まったくわからない。

これらの事実が示すことは、文化は滅び消失するということです。

ーー

かつて半島の南部、今のSouth Koreaの南半分のあたりは、倭国、つまり日本の直轄地でした。

そこには倭人(日本人)たちが住み、倭国(日本)の文化が営まれていました。

けれど新羅によって征服され、そこにあった日本人たちの社会も文化も破壊されました。

明治以後、35年間にわたって半島は日本の領土となりましたが、それでもそこに住む人々に倭人(日本人)の文化が戻ることはありませんでした。

建物などは、設計図と技術さえ残っていれば再建が可能ですし、模倣も可能です。

しかし文化(思想・生活習慣)は失われれば二度と復活しない。

ーー

それだけに、日本人が古くて長い歴史を通じて築いてきた文化は、私たちの世代で決して見失ってはいけないものだと思うのです。

しかもその文化は、実は3万年前にはじまる磨製石器の時代から、1万7千年前に始まる縄文時代、

その後の弥生、大和、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、江戸、明治、大正、昭和と培われてきた。

世界最古かつ最長の・記録が残されている文化であり、いわば人類の宝ともいえる文化なのです。

ーー

ひとくちに3万年といいますが、紀元1年から、まだたったの2000年しか経っていない。

3万年というのがどれだけ長い期間か。

そんな途方もない時の経過の中で、おそらくは私たちの祖先は、様々な試行錯誤を行ってきたのではないかと思います。

ーー

それは、一部の人が贅沢の限りをつくして、人々から収奪を繰り返すような社会であったり、

強いものがひたすら弱いものから奪う文化であったり、

人々が道徳性を失って欲望のままに生きるような時代もあったかもしれません。

そうした様々な試行錯誤を経て、言語、習慣、価値観、道徳観を育くみ、現在の日本文化につながっている。

ーー

現在の日本は、誰もが豊かで安全で安心して暮らすことができる。

そして誰もが、愛と喜びと幸せと美しさを追い求めていくことができるのです。

なぜそのようにいえるかといえば、日本は、新石器時代から続く血脈がずっと保持された国であるからです。

ーー

生きている間に自分勝手な欲望を満たすことだけだけが人生のすべてと考える文化を持った国は、歴史上も、現代においても、幾多の例があります。

しかしそのような国においては、貧しい人たちは人間性さえも否定される人生しかありません。

ーー

そうした世界にあって、日本は、末端で生きる人々こそが「おほみたから」とする文化が営まれてきたのです。

これはすごいことだと思います。

ーー

築いてきた日本人の高い精神性を伴った文化は、片鱗でも残っていれば、復活の可能性はあります。

同じものにはならないかもしれませんが、再構築して発展させることは可能です。

しかし完膚なきまでに打ち砕かれたら、二度と復活することはできません。

ーー

世界各地に散らばる古代遺跡は、文化がまるでガラス細工のようにもろいことを示しているのです。

だからこそ、大事に丁寧に日本文化を掘り起こす必要があるのです。

ーー

戦後70年間日本は、世界に例がないほどの平和(戦争のない状態)を作り上げてきました。

このことは、戦前の人たちからみても、素晴らしいことであったことと思います。

我々が目指すべき次の段階は、「よろこびあふれる楽しい国(豈国)」を取り戻すことです。

私たち日本人の文化はそのような希望が持てるものだからです。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>3万年の伝統日本を復興する為に
 ↑のねずさんの復興運動には、全面的に賛意を持っておりますし、ねずさんが警鐘を鳴らしておられる、「文化はガラス細工の様なもので、一旦壊れて失われると再生できない」と言う、危惧も痛い程分ります。 

 安倍政権が行って居る戦後体制の改革は、現在を看ても分る様に、敗戦利得者となった、在日・反日勢力が表立って、形振り構わず自分達の権益を守らんと、倒閣運動を行って居ますから、マトモな報道が為されて居ないので、政治が全くの機能不全に陥っているかの様に、TVや新聞と言ったレガシィ・メディアしか、情報取得手段を持たない情報弱者の人々は、思うかもしれませんが、実は全くそんな事は無く、却って、反日の野党が国会に居ない方が、法案に対する健全な質疑が行われて、日本に必要な法案が次々に可決して居ます。

 是をマスコミは全く伝えませんが、ダカラと言って、日本は困らない、つまり、マスコミもモゥ不要に近い存在で有る事を自らが実証して居るのです。

 さて、日本では、凡そ3万年前に始まった新石器(磨製石器)時代から、連綿として、途中、幾つもの火山の終局的噴火や大地震、大津波で、何度も絶滅したであろう我らの先祖は、それでも、この列島に棲み続ける為に、都度、災害を乗り越える工夫をし、与えられた狭い平野や流れのはやい川、暑くて湿度の高い夏、毎年襲ってくる台風、そして、あっと言う間に降り積もる大雪は、列島の住民に次々と試練を与え続けたのですが、我々の祖先は、オソラク大きな犠牲を払ってですが、悉く乗り越えてきたのです。

 そう言う事績は、其処彼処に残って居ます。 例えば、昨日のお題にあった、日本語がそうでした。 南北に長い日本には、様々な処から渡って来た異民族が棲みついて居たと考えるべきなので、当然、言葉も様々あって然るべしですが、アイヌ語を除けば、殆どは、元は同じ言葉が、伝達する時に付加や「地元の言葉」と言われる、民族が使って居た言葉が遺ったモノが混ざっている状況が見られますが、是を纏めて方言と言われて居ます。

 方言ですから、根気よく対話をして行けばちゃんと通じます。例えば、私は鹿児島の出ですが、青森県の津軽弁で喋るお年寄りの話も、聴きとれる4~5割の内容なら、理解できます。 処が、オソラク民族の坩堝と思われるシナでは、10㎞離れた村でさえ言葉が通じない場合があると言いますが、是は方言だから通じないのでは無いでしょう。 異民族だからだと思います。 つまりは、相手と意思疎通を図る必要が無いと言う状況があった「=敵対して居た」と言う事では無かったか。

 処が日本では、互いに通じ合おうとします。 決して、言葉が通じない異民族の人を、其のままに放置する事は無いと思います。 此の事が、日本民族の中に、自然に「共存共栄」の精神を「争って優劣を着ける事」よりも「和を優先する」精神を育んできたのだと思います。

 ご指摘の様に、確かに、文化・文明は脆く、一度滅びたら不可逆なものである事は、論を俟ちません。 日本でも、或る時代に社会を新来の民族に武力支配されて、新たな常識を流布されて、日本文化が変質した事が有ったかもしれません。 然し、日本文明時は、斯うして生き延びて居るのです。 其れは、「異文明の膾炙力」とも言うべき日本文明の特徴にもなって居るものです。

 その力の顕在を感じたのは、つい最近、維新後の西洋化を軽々と乗り越えて、西洋に負けない、否、凌駕するモノを作って見せましたし、第二次世界大戦後も、米国が意図的に持ち込んだ、3S「=Sports Screen Sex」もアニメーションと言う、新たな表現方法も、停滞する欧米文化を尻目に、世界で絶賛されるようになって居ます。

 然し、この先の変化は、コンピューターや通信機器の発展によr、更に急なものが予想されますが、其れに我々日本人我対処するに、「温故知新」日本文明の古代にも、学ぶべきヒントが、幾らでも眠って居るのでは無いでしょうか、其れには、ねずさん達が進めて居る復興運動がドゥしても必要になります。

 ですから、安倍さんにお願いしたいのは、先ず、文科省の綱紀粛正を行って、思想的に共産主義的な考えを持つンモノは、端から採用しない、大学改革を進めて、思想的に中庸を保てない教授・教官・教師は排除して、東大出の前川喜平の様な、反体制を生きがいとする様な、社会人としてすら呆れ果てるエリートが、出てこない様にしてほしいですね。

 古来から、「教育は国の背骨である」と言います。 今その教育が、一番脅かされていると思います。 其処に皆が気づけないのは、或いは、気が着いても声を挙げられないのは、売国マスコミが態と無視して居るダケでしょう。

 

日本は皇紀2678年ですが、日本の歴史は3万年前の磨製石器の時代から始まっている。縄文時代からでも、1万7000年前というのは凄いです。そして、皇紀2678年は世界でも最古であり尊敬されている国です。

しかし、1974年までは世界で2番目に旧い国でした。それまでは、エチオピアが尤も旧い国でした。エチオピアは1974年にオイルショックによる物価高騰が引き金となり、陸軍が反乱してハイレ・セラシエ1世は逮捕され廃位させられて、エチオピア帝国はエチオピア人民民主共和国となりました。(今は、エチオピア連邦民主共和国)

こんなとき、エチオピア帝国は帝国主義国家で人民共和国は民主主義の国だと思うのですが、北朝鮮の正式名称は朝鮮民主主義人民共和国です。
朝鮮民主主義人民共和国という名称は民主主義を名乗っているのですが、金正恩委員長による独裁国家であることは間違いありません。


日本は自然に恵まれた国ですが、その一面で地球のプレートが集中していますから、大地震が多くそれに応じて地形は破壊されます。季節に四季があることで美しいと思いますが、そのために台風も来て雨風の災害があります。

その中で日本人は生活してきました。
地震、台風等の災害は、日本人にとんでもない災厄をもたらした代わりに、日本人は皆で災害に対処するという協力を教えたでしょう。
それが、日本人の団結力を高めたと思います。

その力は、独裁者が国民が窮乏しても贅沢を要求するのに対して、国民が窮乏しているなら天皇もまた、国民と同じであろうとする優しさに繋がっていると思います。


世界で最も旧い国になった日本ですが、蒙古の襲来、スペイン・ポルトガルが世界を植民地にしようとして大航海時代、イギリス・フランス等の西欧諸国が世界のほとんどを植民地にした維新の前後を潜り抜けてきました。
そして、アジアの巨大な清国、ヨーロッパの強国であったロシアとの戦争を乗り越えた後にあった最大の危機は、大東亜戦争でしたけれど、これにはついに勝てませんでした。

敗戦によって、日本は占領軍によって統治されましたが、この統治は誠に酷いものでした。
第二次世界大戦を最後まで戦ったのですから、米国からソ連までが日本を貶め、再起できないようにズタズタにしたのです。何しろ、日本が併合してた朝鮮人までが、戦勝国民だと称して日本人に乱暴、強奪等無法の限りを尽くすことを禁止しなかったのです。この時に朝鮮人が暴れた結果で無理矢理得た利益は、今でも続いているものがあるのです。

昭和22年、日本に自国を守る権利すら放棄させた米国は、昭和25年に朝鮮戦争が勃発するまで、この愚かさに気付かなかったのです。

戦後70年余りが経過して、安倍首相は戦後レジームからの脱却を訴えています。
この時に、日本の戦後レジームからの脱却と共に、日本の失われた過去も復活させて、日本人が世界に誇れる国だと自覚して行ける国にするべく、文部科学省をリストラして再構築するべきだと思います。

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