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2018年5月10日 (木)

コンピューターの進歩が作り出す未来は、人類がこまで考えてきた未来とはまったく違ったものになる可能性がある

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

いま、大容量処理速度世界一を誇っている日本のスーパーコンピューター「京」は、とても大型です。

量子コンピュータが開発されると、「京」の性能がパソコンの大きさに収まってしまうのだとか。

2018年3月26日、「京」を運営している理化学研究所は、「京」を使って、ヒトの脳全体の働きを再現する数式(アルゴリズム)を開発したと発表しました。

これでおそらく(想像ですが)、人間が、その意識(記憶・思考力・感覚)をコンピューターに移し替えることができる時代がやって来ることでしょう。

ーー

我々日本人は、12万年前にはすでにこの日本列島に棲息していました。

このことは島根県の砂原遺跡で出土した石器によって明らかにされています。

3万年前には、世界最古の磨製石器を用いていました。

このことは群馬県の岩宿遺跡が証明しています。

そして1万6500年前には、世界最古の土器を制作しています。

このことは青森県の大平山元1遺跡が証明しています。

ーー

そして1万2500年前には漆が栽培され、8千年前には稲の栽培(朝寝鼻貝塚・岡山県)が行われています。

ひとくちに1万年といいますが、西暦は2018年しか経っていないのです。

明治維新からは、たったの150年です。

つまり150年前には、まだ私たちはチョンマゲを結っていたのです。

ーー

国産初のワンボードマイコンである東芝のテレコスが発売されたのが1976年、日本電気がPC-8000シリーズを発売したのも同じ年です。

あれからまだ42年しか経っていない。

ーー

もっというなら、地球誕生から46億年のあいだには、もしかしたらコンピューターシステムを開発するに至った動物がいたかもしれないし、そんな魚がいたかもしれません。

そしてそういう進化した動物や魚が、肉体を捨てて電子空間に住むようになる。

何万年という過去の中に、コンピューターのようなものが開発され、当時の生き物がこぞって電子空間の中に引っ越してしまった・・・ということもありえるわけです。

ーー

その電子空間では、なんでもすきなことができてしまう。

それでは面白くないから、電子空間に宇宙を作り、地球を作り、生物を作り、生物に肉体を与え、生まれてから死ぬまでを観察して楽しむというゲームを始めたかもしれない。

つまり、我々の住むこの宇宙は、そうやって作られた電子宇宙なのかもしれないのです。

ーー

我々の意識は、いまは肉体の中に封じ込められています。

平安時代まで「たましいと」は「たま(意識)」と「しい(肉体)」が『「たま」の緒』によって結(ゆ)い合わされてできたものと考えられていました。

『「たま」の緒』がほどけると、ほとけ(仏)になる。

定家卿は、百人一首の中(89番)に、式子内親王の歌を載せています。

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

ーー

大和言葉の「からだ」は、もともと「から(空)・だま(玉)」であり、現代語ではそれは肉体のことでありましょう。

肉体に意識を載せている、肉体は乗り物と考えられていた。

イザナキとイザナミがオノゴロ島を築いたということも、電子空間としての地球を創造したのだとも読めるわけです。

つまり、記紀の日本人には、そういう伝承が残っていたのかもしれない。

ーー

意識を、肉体ではなく、コンピューター内部(電子空間)に載せるのです。

するとこの肉体を失った意識は、電力を自分で作り出すコンピューターの中で永遠に生きることになる。

やがて、我々ひとりひとりが持つ意識を、そんなコンピューターに載せることが出来るようになるかもしれないのです。

ーー

理論物理学者らは、現在世界が10次元であると言っている、その世界は数式でしか表現できない。

ということは、まさにこの世界は電子空間であることを如実に示している。

そのシステム空間の中では、考えることが即、形になるのです。

まあシステムの限界があるでしょうからその限界に達するまでは何でも可能だということです。

ーー

文明がずっと進化していけば、肉体を持つ必要がなくなる。

宇宙船などというハードさえも必要なくて、意識体として、宇宙の果てまで瞬時に行き、帰ってこれる。

こうしたことが、古事記の中にほのめかされている。

ーー

コンピューターの進歩が作り出す未来は、楽しみ半分、不安もあります。

人類がこれまで考えてきた未来とはまったく違ったものになる可能性が出てきたからです。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>コンピューターの進化の可能性が描く、未来社会像
 神戸にある、最先端のコンピューター「京」ですが、量子化すれば、PC程度になると言うのは驚きですね。もしそうなれば、量子の世界では「次元超越」が起こって居ると野話を聞いた事がありますので、距離や時間を気にしないで、瞬間移動が可能と言う事でしょう。

 唯、質量があると次元拘束が懸って速度が光速を超す事は不可能になります。然し、魂には「重さ」が有るのではないかと言う疑念が有るので、誰でも死ねば、宇宙の果てまで飛んでいけるのかというと、そんな事は無いのかもしれません。

 天才科学者であったアルバート・アインシュタインによってヒントを得た、量子論なんて、90%以上が想像の産物だと思いますが、見えない世界で起こって居る事を、頭の中で空想しながら組み立てて、結局、現実には、原子爆弾を作って終ったワケです。 

 つまり、「空想は、空想ダケではなく現実だった」と言う事を原子爆弾は証明したのです。 そして、その核分裂や核融合は、宇宙では、無数の星そのモノで絶えず行われている事なのだと言う事を人類が知ったのは、前世紀初頭でしょう。 つまり、僅か100年しか経って居ない。

 更に、人工物で人間の頭脳を超える機能を持つ機械を造ろうとしているのですが、其れに拠って、人力で計算し尽くすには1億年も懸る様な、事象でも、僅か数分で答えが得られ、更に、異なる計算についての比較も瞬時に出来る、となれば、是まで推測でしか無かったが故に「不確定で信用が置けない解」でしか無かったモノが、「信頼できる解」に成るのは、科学に取っては、大きな進歩の礎に成ると思います。

 ですから、コンピューターは、未だ発明から100年も経って居ないのに、其の演算速度は、長足の進歩を遂げています、前述の量子コンピューターなどがその典型例で、要は「情報を運ぶ媒体となる量子は、電子の伝達速度より早い」と言う事でしょう。

 量子と呼ばれる極微粒子群は、当然質量も最小ですが、質量が無いと、この宇宙では、移動は光速、或いは、光速以上となる事が知られて居ます。 太陽の活動の際に出て居る、ニュートリノ粒子には、質量が無いとされて居ましたが、10年ほど前、僅か乍らある事が分って居ます。 

 我々はニュートリノの海の中に居る様なモノなのだそうですから、僅かにでも質量が有れば、重さとして顕現すると思うのですが、未発見の重さを打ち消すバランサーになるモノが存在しているのかもしれませんね。

 其れはそうと、日本列島には、12万年も前から、人類が棲んで居たとの証拠が、石器に拠って実証され、3万年前に磨製石器が、1万6500前には土器が、そして8千年前には、人類に爆発的な人口増加を齎す、炭水化物の米を栽培し始めて居た事が何れも、移籍からの出土物で確認されていると言う事ですが、大陸島の東端に位置する日本列島なら、陸路、回路、の何れでも、蓋然性としては十分だと思います。

 つまり、スンダ大陸に5万円前に辿り着いた一行とは別の集団が、大陸を横断して、12万年前には、列島に棲んで居たと言うわけですね。 日本列島は、世界最古の文明の島なのかもしれませんね。 この先の研究・発掘の結果が愉しみですね。

 この事実は是迄の人類史をひっくり返す様な話ですが、元々、白人文明で始まった、人類史の探訪は、紀元前20世紀ごろに一番遅れて文明化した白人文明を最古との考えをベースにして居るカラ、話がおかしかったのであって、気候や地形から類推すれば、暮らし易さや人間が生きて行くのに、必需品の水・食物を手に入れて、生き延びる自然条件を考えれば、12000年ま迄地球は氷期だった事から、欧州半島の様な高緯度地方に先に文明が発達するわけが無いのです。

 然し、本文中に指摘があります様に、人類以外の動物で、高度に知能を発達させた動物が存在して居たとしても、おかしな話ではありません。 其れは、可能性として人類は忘れてはイケない事でしょう。

縦椅子様

 このところの時の速さは、想像を絶するほど超速で考えている間もなくことが、運んでいき、心でかんがえることが、即実現になっているような不思議な感覚にとらわれています。そして、心はなにも考えていなかった赤子の心のようになって時空を飛べるようになるかもしれません。今心に浮かぶのは、小学校の時、冷戦の始まりでソ連に味方する子とアメリカに味方する我々が意見を言い合っていたことーその友もなくなってしまいましたが…-中学はロマン・ロランやマルタン・デュガールに没頭し、ドクトル・ジバゴの詩に心震わせました・そのときは魂だけがあったような気がします。法善寺あたりで「裸体のマヌカン」を見たとき、砂にとじこめられた、アィーダの悲劇を連想したり、ジャンコクトーのオルフェの神秘的な映像の美しさにうたれました。これは≪イザナキとイザナミがオノゴロ島を築いたということも≫に関連があり、≪我々の意識は、いまは肉体の中に封じ込められています≫≪肉体に意識を載せている、肉体は乗り物と考えられていた≫≪宇宙船などというハードさえも必要なくて、意識体として、宇宙の果てまで瞬時に行き、帰ってこれる≫ようになるかもしれない≫時代にもうなっているかもしれないのです。ダイソーで小学生が「うち、コンピュータで検索するわ」といってましたが、年齢は関係なく、調べたい対象を限りなく検索できるこの≪コンピューターの進歩が作り出す未来は、楽しみ半分、不安もあります人類がこれまで考えてきた未来とはまったく違ったものになる可能性が出てきたからです。≫全くその通りですね。-今日も素晴らしいブログ有難うございます 感謝!

>我々日本人は、12万年前にはすでにこの日本列島に棲息していました。

地球の46億年の歴史を考えれば、12万年前もつい最近のことですね。
46億年の間には、今の人間のように機械文明を発達させた異種の生命体もあったの知れません。そして、今の人間の文明は、失敗例の一つと捉えられるのかも知れません。

それでも、今の人間はこの文明の中で、最善と思われる方法で生きていかなくてはならないと思いますが、そんなとき、独裁者が核兵器で火の海にしてやるとか、海に沈めるとかで脅しを掛けるのは、余りにもちゃちな独裁者だと思いますし、権力を持ってその国では何でも出来る立場なのに、もう少しマシなことを考えられないのかとも思います。


>文明がずっと進化していけば、肉体を持つ必要がなくなる。

その時人間は、どんな欲望を持つのでしょうか。
肉体を持たず、精神世界でのみ生きるときは、肉体を持っている人に羨望を感じてやっかみからその人の住む世界を虐めて笑うのか、肉体を不便な性状のものと考えて、精神の世界に住む無限の存在に昇華しているのかと思います。

50年位前に、日本のSF界はあらゆるジャンルでの可能性を小説にしていたと思います。その時にこんなことも考えていました。
小松左京氏の「神への長い道」を思い出しました。

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