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2018年4月 1日 (日)

かくして「民衆政治の優等生(ドイツ)」は「自由から逃亡した」

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

川口マーン惠美『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)

世の中には、いろんな研究者がいて、中には人口動態を研究している人がいる。

フランスの人口学者、エマニエル・トッドは、ソ連圏のイスラーム人口が増え続けているのを見て、その崩壊を予測した。

その後、その通りにソ連が崩壊したので、一躍有名人になった。

預言者となった彼はドイツについて、「ドイツが折々に欧州を自殺させる。EUは解体し、ユーロは崩壊するだろう」と予測している。

ーー

日本は世界戦2をドイツとともに戦った。

また日本での高級車のほとんどがドイツ製である。

それゆえか、ドイツに対する日本人の信頼は厚いものがあった。

ーー

ところがネット環境が出現し、ネット上に様々な意見が発信されるようになってドイツに対する日本人の見方も変化した。

その中には、フォルクスワーゲンを買ったが、ドアが取れる、ハンドルが取れるなど考えられないような故障で、困ったというのがあった。

そして、特にドイツの中古車を買った人が、あちこちの故障のために、馬鹿高い修理費に泣かされると書いたのだった。

(だから壊れない・維持費が安い・実用的であることを優先する米国ではドイツ車は売れない)

ーー

最近ネット上をにぎわしたのは、ドイツが、国ぐるみで、クリーンではないドイツ製ディーゼルエンジンを、排気ガス不正をやってクリーンだと言っていたことだ。

そして、その事実を隠蔽するために自動車評論家を買収していたということまでネット上で明らかとなった。

かって徳大寺有恒という自動車評論家がドイツ車を絶賛していたのにはどうやら訳があった。

徳大寺は、買収されて、大衆車の範疇で、カローラの価格の倍以上もするゴルフを比べて絶賛していたようなのだ。

ーー

現在の欧州連合EUはドイツが主導しているのだという。

じつは評者(宮崎)は、先月欧州連合本部のあるベルギーのブラッセルに滞在していた。

その折、タクシーを雇って、この「EU委員会ビルのあるEU村」へ行って見た。

そのEU加盟各国から選ばれた国際色豊かな官僚たちは、我々の税金で贅沢な暮らしをして議論に明け暮れていると、タクシーの運転手などはきびしい意見を吐いた。

その官僚たちが、偽善を振りまくために、EU諸国は無茶苦茶になり、混沌としだした。

ーー

一体EUを主導しているドイツで何が起こっているのか。

ーー

メルケルが「何人でも難民を受け入れるのは人道主義」と言い移民を受け入れる発言をした。

(難民なら時給1ユーロ(130円)で雇える)

するとリベラルなメディアがこの発言を言祝ぎ(ことほぎ)、財界は安価な労働力を確保できると飛びついた。

そしてシリアからの大勢の難民がドイツへと押し寄せた。

ーー

ドイツへの通り道になった、ドイツの周辺諸国では、移民の大群が押し寄せ、強姦など犯罪が増えた。

そのため、急いで国境を封鎖し、この事態を招いたメルケルを批判し、ドイツの政策が間違っていると言い出した。

そしてポーランド、ハンガリー、チェコ、オーストリアの周辺諸国の国民は、ドイツの惨状をつぶさに見て、「反メルケル」の政治指導者を政権の座に就けたのだった。

ーー

フランス、イタリアでも移民受け入れに反対する保守派が急台頭し、オランダでもあと一歩、英国はEUに背を向けてしまった。

欧州連合EUは、なんとも収拾のつかない大混乱に陥ったのである。

そしてドイツでは「メルケル政権安泰」としたリベラルメディアの予測は大きくはずれた。

ーー

川口さんは言う。

「CDU(キリスト教民主同盟)は、歴史始まって以来、最大の敗北を喫した」

「ドイツ政府とメディアが理想を追いかけ、現実を見失ったからだ」

(現在も再生エネルギー導入に酔いしれて電気代が高騰し、払えない人々が続出しだしている)

そしてリベラルメディアが「極右」と騒いで異端視してきた「ドイツのための選択肢」は誰の予測をも超えて大躍進を遂げた。

ーー

ドイツには大量の「反メルケル」がいたことになる。

周章狼狽したメルケル政権は、言論の自由を踏みにじるSNS規制法を議会通過させ、時代に逆行する。

ーー

著者は、このようなドイツ人特有の考えを以下のように説明している。

「ドイツ観念論」というのは、「ドイツ理想主義」だと。

ドイツ観念論は哲学者のヘーゲルを源流として、その弟子や後継者にはナチスに近い思想を抱いたハイデッカーなどを生んだ。

ヘーゲルの思想から右へ行ったのがニーチェ、左がマルクスだと総括すると、あるいは説明しやすいかも知れない。

ーー

そして「戦後」、ドイツ人は、「自分たちはヘーゲルの時代、いや、もっと以前から高邁な理想を追求してきたはずだったのに、独りヒトラーのせいで道を踏み外してしまった」と言い出す。

ナチスが悪く、ドイツ人はヒトラーに騙されただけ、という都合のよい歴史観である。

ーー

戦後朝日新聞によって、戦争犯罪をでっちあげられ、有りもしない罪を押し付けられ、贖罪意識に苦しんだ日本人からするとドイツ人はなんと気楽な人たちなのかと思ってしまう。

ーー

もうひとつ、著者は、「独中関係」は独特の歴史を持っているとしている。

日清戦争では、ドイツは、清に最新鋭の軍艦(「定遠」と「鎮遠」)を売って、清を日本と戦える国にした。

日支事変の際には、蒋介石に武器を供与し軍事訓練を施すための軍事顧問団を秘かに派遣しつつ、一方で日独伊三国同盟を結んでいたのだ。

まことにドイツという国は、日本から見れば恥知らずの国だったのだ。

そのご都合主義的、機会便乗主義的な政治にはドイツ特有な思考体系がある。

ドイツはプロイセン王国の頃から、「産業革命を成し遂げた」ことで輸出するべき商品を抱えていた。

そして清に近付き対清貿易で利益を得ようとしたのだった。

「ドイツは中国との交易をさらに拡大するため、徳華銀行(日本名は独亜銀行)という投資銀行をつくる」

それは、現在、中国が主導しているAIIBを彷彿とさせる。(p74)

ーー

しかしなぜ支那人は、こんな恥知らずのドイツに好感を抱いたのか。

「お茶や陶磁器、絹などを輸入し、それをアヘンの密輸出で精算しようとしたイギリスなどとは違い、ドイツの売り込んだものは、生産手段であり、軍事技術だった」

「つまり、清の近代化に資するものを、ドイツは売った。ドイツと清の絆が固くなったのは、当然の成り行きだった」

ーー

どうやらドイツ人と支那人は似ている。

「狐と狸の壮大な化かし合い」が独支関係なのだ。

「ときにドイツは中国を『経済国家主義』などと批判する」

「(しかし)中国マネーと中国市場の威力はつとに大きく、ドイツ人はあらがえない」(p112)

かくして「民衆政治democracyの優等生(ドイツ)」は「自由から逃亡した」と著者は主張するのである。

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>ドイツの凋落と因縁の独支関係
 日本人に限らず、東洋人の「技術はドイツ」と言う感覚は、顕著なものだったし、韓国などは、ドイツ信仰の域にまで達して居る様だった。 世界的にも、大戦終了後、ソ連と米国が繰り広げた兵器開発競争や宇宙開発競争の双方の中心に居るのも夫々の国が、引き入れたドイツ人やユダヤ教徒であった事は、暗黙の了解事であろう。

 工業系で機械技術に携わったものなら、殆どの鬼界の初発はドイツ人が関与している事を知って居る。亦、宮崎さんのご紹介に有る通り、ドイツのヘーゲルを基とした、「ドイツ観念哲学」は、近代の哲学の祖ともいえる存在であり、正にドイツは、欧州の理性の発源地である事は、世界の誰霜が認め理事実に違いない。

 然し、ドイツの総合的な評価は、決して芳しいものでは無い。 其れは第一次世界大戦の契機が、オスマントルコと言う異文明を、欧州大戦に関わらせた事への英仏露からの反発が以上に大きかった所為もある。 大戦直後のドイツへの仕置きは、殆どドイツを亡ぼさんかの如く、けた外れに厳しいものだったから、経済史に取り上げられる様なインフレや市場の荒廃が、ドイツ人の復讐心を燃え上がらせた。 

 大戦に従軍した時の位は伍長に過ぎなかったヒトラーは、そう言った民衆の不満や劣等感を吹き飛ばす様な、演説の名手であった。 忽ちの裡に彼が国民の支持を得て、ドイツ人は自信を取り戻し、ドイツは再生した。 然し、ヒトラー率いるナチスは、巧みな外交術を駆使して、忽ちの裡に欧州の一大峡谷に返り咲いた。 此の躍進ぶりに米国などは、ドイツを友邦国とした位である。

 然し、共産主義国の大国として、突如ドイツの前に立ちはだかったのが、ソ連でsった。 スターリンと言う、権謀術数に長けた、指導者は、寧ろ、極東と欧州に、新興発展著しい国を敵として抱えていたので、宥和的に振る舞って居たが、裏で葉、世界中にネットワークを張り巡らして、世界の共産化を図って居た。

 ドイツも「第三帝国」と言う、世界覇権を目論んでいたから、英仏蘭国が、植民地相手によく使って居る2枚自他三枚自他外交を、シナと日本相手に展開、シナを陰から軍事支援して、日華事変を起させる一方、日独伊でファシスト軍事同盟を結ぶと言う、破廉恥な外交もやって、その本性が、英仏蘭と同じく、祭儀的である事をしましています。

 宮崎さんが仰有る様に、元々、シナ人とドイツ人居は煮た処があるのかもしれません。 自己肥大癖、自惚れ、差別的なものを前提にした自己中心的な非協調性等は、よく似て居るとおもいますね。 然し、シナ人の出自の多くは、実は遊牧民に沿を求める野蛮で、文化の自己発信が不得意である処は、真逆ですが、その代わり、外側だけは、実に上手く造るのは、実は不器用なドイツ人の補完になっているのかもしれませんね。

 まぁ、取り敢えず、メルケルドイツは、4期目に入ったわけで、この間に、ドイツ銀行がシナに貸し付けた300兆円が焦げ付いて居ると言う仄聞情報がありましたが、直ぐに終息しました。 しかし、このシナにとっての外債は、今も未解決のまま放置されて居る様です。 

 つまり、シナの経済破綻は、ドイツの、そして、EU全体の破綻に連鎖して行く恐れが十分にあるのです。 で、一方のシナ派と言えば、ドイツの技術力を銃抜分に利用して、世界をリードする様な部門冴え出て来ている様ですが、生来の「儲け逃げ」の悪癖が簡単には消えないでしょう。 ドイツが三度煮え湯を呑まされる日は、刻一刻と近づいて居ると思います。 しかし、全て、ドイツ人の自業自得と言う他は無い事ですから、ドイツ人が、何時自らの歴史に学ぶ日が来るのか、と、心配でもありますね。
 
 


縦椅子さま
 4月1日になりました。毎日素晴らしいブログを更新して戴き有難うございます。
 「ドイツ製品がいい?」という」思い込みで、フォルクスワーゲン社の車に乗ったのですが、散々トラブルに悩まされ、お薦めで今は小っちゃな国産車に乗っています。矢張り国産がいいです!私は何でも国産です。安心できますから・・・明日、車検から帰ってきます。

ドイツの車は性能が良いと徳大寺有恒氏は「こんな車は買ってはいけない」と言う本でしたが、ドイツの車メーカーに買収されていたとは思いませんでした。

あの本では、日本車はボロクソでした。
ドイツ車は高速でも安定しているけれど、日本車は低速ならば未だ良いが、高速になるとふらつくとされていたように覚えていますが、そこまで飛ばしたことがないので、日本車で十分だと思っていました。それに故障しませんからね。

でも、ベンツの小型トラックが職場に入ったのですけれど、高速道路でブレーキが故障して、同僚はしにそうになったと言っていました。(古い話で30年位前のことです。)


ドイツは第二次世界大戦の敗戦から難民を受け入れましたが、この難民の給与が極めて安かったことは、日本ではつい最近まで報道されず、難民を受け入れることだけが報道されていたことに、作為を感じます。
最近の大量の難民の受け入れの結果、ケルンで暴動が発生し女性への暴行も頻発したことで、一般のドイツ人がこれに反発したのは当然だと思いました。

メルケル首相は安価な労働力を受け入れることで、ドイツの産業を強力なものとしましたが、メルケル首相は元東ドイツの出身ですから、幼少期は社会主義での教育を受けていますから、西ドイツでの教育とは異なるものとなったことがあると思います。

日本でも電力政策では、共産党は一見理想的なことを言っているけども、現実的でないことを言います。
ドイツでは原子力発電を辞めて、太陽光発電を利用するとのことですが、一般住宅のドイツ人は、太陽光発電による電力は全部売電して、消費する電力は全部買うとのことでした。

菅内閣のとき、日本では太陽光発電による電力は、当初電力会社が1kw/h42円で買うとのことで、孫正義氏はそれぞれの家ではコーヒー1杯分位ですと、楽しそうに言っていました。
今、太陽光発電による電量の購入価格は、相当値下がりしたそうですが、一世帯当たりの負担は750円位に上がっています。

それにドイツは原子力発電を全敗するとの話でしたが、それは2022年からの話で、未だ原子力発電は使っていますし、電力危機の場合にはフランスからの電力購入で危機回避をするそうです。

日本は東日本大震災後に震災の危険があるからと浜岡原発を停止してから、定期点検する原発を順次停止させて、電力危機を作り出しました。
そして電力危機は地震の心配がない、韓国から電力を買えば良いとしていたと思います。


韓国などはドイツは第二次世界大戦の戦後補償をユダヤ人の場合には個人補償を行い、その他の国に対しても十分に補償を行ったと言っていましたが、その実態はナチスが加害者でドイツも被害者だとの基本があり、戦後補償は極めて曖昧でした。
日本が補償の必要がない朝鮮にまで補償したのとは、大違いでした。


日本は維新後、フランス式の陸軍を考えていましたが、普仏戦争でドイツが勝っていたことからドイツ式の陸軍を編成しました。

その当時に派遣されたドイツの士官は優秀で、これ無しに日清・日露の戦役に勝てなかったと思います。
そして、第二次上海事変ではドイツ式の教育による蒋介石軍75万が日本軍を待ち構えていたのですが、日本軍は幸いにしてこれに勝利しました。
この勝因は、日本人と支那人の民族の差にあるとしか思えないものでした。大陸で何処まででも逃げられるだけでなく、皇帝が支配民族を意のままに扱える支那人は、天皇は国民を大切に扱うとしてきた日本人には勝てなかったのです。

もっとも、日本兵は捕虜になれば良くてなぶり殺しですから、支那人のように逃げることを選択できませんでした。これもまた、日本兵を強くした一因だと思います。

支那事変が始まった頃、日本陸軍は10倍の支那軍に負けなかったと言いますし、これが終戦に近づいた頃でも3倍の支那軍に負けなかったと言います。
(年月による変化は、日本軍の補給が十分でなかったためだと推測します。)

最近のドイツは、日本を嫌いであると評されることが多いです。
子供の頃は、ドイツ人がこの前の戦争では3カ国でやったけど負けたが、今度やるときは2カ国でやろうとの報道もあったのです。
日本の経済力が向上して、GDPが上がるにつれて、可愛げのないアジアの国になっていったのかも知れないと思っています。

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