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2018年4月 7日 (土)

そしてメディアは首相や大臣の首を取るほどの強大な権力を手にしたのだった

ー以下「ナポレオン・ソロさんの投稿」より抜粋編集

>>引揚邦人達の無念と国防の在り方について

終戦時母の一族は、満州の大連に居て財をなしていました。

伯父は早稲田の英文出で、外国語が達者(英・支・独・露)だったので、既に大倉商事に就職して居ましたが、陸軍の諜報部に徴集され不在でした。

母と叔母達3人(21、19、17,16歳)は、頭を丸刈りにして2年間、息をひそめて大連の祖父の会社の部下(満州人)の家の屋根裏に匿ってもらい暮らしたそうです。

GPU(ゲーペーウー 後のKGB)に摘発される恐れがあったのです。

終戦の混乱し切って居る最中の帰国は危険だと祖父が判断したからでした。

祖父が懼(おそ)れていたように、この時期に引揚げた者は、あちこちで朝鮮人やロシア囚人兵(ラーゲル)による襲撃、暴行、強姦に遭い、民間人の凡そ20万人が殺されています。

ーー

正に、「復讐するは我に有り」と言う状態だったのです。 

ーー

それを反日メディアは、「日帝はもっと酷(ひど)い事をした」と報道して、朝鮮人の犯罪をかばったのでした。

事実を知って居る人達が事実を発言しても反日メディアは一切取り上げなかった。

反日メディアは事実を無視したのです。

ーー

現在高齢者となっている当時を知る人々はその状況を恨みに思いました。

この恨みは、本来は、反日メディアに向けられるべきものでした。

(当時日本人はメディアが在日・反日勢力に支配されているとは全く知らなかった)

しかし、日本政府が一切弁明しなかった(できなかった)ために、彼らの恨みは日本政府に向かった。

ダカラ、現在のような高齢者ほど、政府を信用していないという状況が生まれたのでしょう。  

ーー

もちろん悪いのは、日本が戦争に負けた事です。

中には、「負ける戦争をしたのが悪い」と言う人がいます。 

しかし、史実を調べれば分かるように、日本政府は、戦争を回避する為に出来る限りのことをしていた。

ーー

ルーズベルトは大恐慌に際して、大規模公共(投資)事業をするのだが、この時、政府に資金を貸し付けて大儲けしたのは資本家だった。

ルーズベルト政権に多くの共産主義者が入り込み、その政策を親ソ反日にねじ曲げていった。

これは近年公開されたアメリカの機密資料・ベノナ文書などで明らかにされている。

日露戦争の時に反露親日だった米国は、ロシア革命を機に親ソ反日に転換したのである。

ーー

独ソ戦が始まると、ルーズベルト政権はソ連に対して凄まじい軍事支援を行っている。

航空機1万4千7百機(零戦の全生産量に匹敵)、戦車7千両、 装甲車6千3百両、トラック37万5千台、ジープ5万2千台であった。

資本家はこれらを生産し売りつけ大儲けしたのである。

更にルーズベルトは、ハルノートで追い詰めた日本に真珠湾攻撃をさせることに成功する。

こうして、米はドイツ戦に参戦する口実をつくり、国民を戦争に引きずり込んだのだ。

当時の米共和党下院リーダー・ハミルトン・フィッシュ議員は、「ルーズ ベルトは、われわれをだまし、いわば裏口からわれわれをドイツとの戦争にまきこんだ」と著書に書いた。

ーー

そして日本は米国との戦いに負ける。

(それも戦艦大和を護衛艦も付けずに危険な海域に出陣させたり、戦力を小出しにしたりしてわざと負けるような)

そして日本を支配した占領軍は「旧体制を破壊する占領政策」を在日・反日勢力に協力させ実行した。

在日・反日勢力は占領軍に協力することで、戦後社会の政財界、教育界、言論・メディア、法曹界を支配し、敗戦利得者となった。

彼らは、読売を頂点とするメディアを支配し、首相や大臣の首を取るほどの強大な権力を手にしたのだった。

そしてメディアは、米、支那・朝鮮の利益を代弁するような、ひたすら謝罪と賠償を日本人に迫る言論空間を作り上げた。

ーー

そんな中で、日本政府は、軍事費をGDPの1%以内にするとか、非核三原則を守るとか、専守防衛に徹すると言ってきた。

そして日本政府は、自衛隊では、国を守るためには戦力が足らないと言い続けている。

ところが一方で、空母のような護衛艦や、世界一静かで高深度潜航かつその深度で魚雷発射可能な潜水艦を何隻も持ち、原発を建てまくってプルトニウムを蓄積してきたのである。

ーー

これら国防のための手配は、いわば日本の奥の院ともいうべき存在の意思なのでありましょう。

ーー

一方ネット環境を手にした人々は、新聞・テレビ・ラジオが報じない内容が何かをネット上で知ることができるようになった。

そして在日・反日勢力の存在を知り、彼らが戦後社会を支配し、日本人を支那・朝鮮人の奴隷にしようとしていることを知ってしまった。

つまりネット住人は、反日メディアの主張の逆が正しいと思うようになった。

それは、支那・朝鮮人が発信する内容をネットで直接読むことで確認された。

ーー

日本に対して核を使用した米国は、日本人の反撃を恐れて、戦後の日本社会に「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を持つ日本国憲法を強制した。

しかし今やその日本国憲法は、日本が北朝鮮によって核攻撃されるかもしれない事態になり、変更されようとしている。

自衛隊が国軍として憲法に記載されることが、それが、いつの間にか防衛庁が防衛省になり防衛大臣が存在しているような、そんな当たり前のことになろうとしている。

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コメント

>祖父が懼(おそ)れていたように、この時期に引揚げた者は、あちこちで朝鮮人やロシア囚人兵(ラーゲル)による襲撃、暴行、強姦に遭い、民間人の凡そ20万人がころされています。

戦前の日本は、満州を初めとする支那大陸に大勢が行っていたのですね。
引き揚げ者数を見てみますと、旧ソ連からは軍人・軍属が45万人、邦人が2万人。満州からは軍人・軍属が4万人、邦人が100万人。大連からは軍人・軍属が1万人、邦人が22万人。北朝鮮からは軍人・軍属が3万人、邦人が30万人。韓国からは軍人・軍属が18万人、邦人が42万人。支那からは軍人・軍属が104万人、邦人が50万人。台湾からは軍人・軍属が16万人、邦人が32万人。香港からは軍人・軍属が1万人、邦人が1万人。大陸や支那関係は以上ですが、その他にも仏領インドシナ・比島・蘭領東インド・東南アジア等とても多いです。(データは2015年3月31日現在、厚生労働省による)
軍人・軍属の合計は194万人、邦人の合計は287万人で総計は478万人にも及びます(仏領インドシナ・比島・蘭領東インド・東南アジア等を除く)。
ザッとの人数ですから、正確ではありません。

そして、引き揚げ時に20万人程がころされいる。
非戦闘員が7%も殺される恐ろしさには、いかに戦争後だとしても驚き、恐れる他はありません。

この数字は、韓国が主張する慰安婦の人数と同様になりますが、こちらの数字は実数であるのに較べ、韓国の数字に全く根拠がないので、比較になりません。


>それを反日メディアは、「日帝はもっと酷(ひど)い事をした」と報道して、朝鮮人の犯罪をかばったのでした。

戦後のGHQによるWGIPのプレスコードによって、反日メディアは虚偽報道を普通に行うことで報道の良心をなくし、報道を独占することで日本国民を欺しても、バレることはないとしたのです。

日本人は、残念ながら報道機関を信用することは出来ません。
従って、今回の政府が放送法から第4条を撤廃することについても、それでも構わないと考えることにしました。

日本は法治国家ですから、それぞれの法律はよく考えて作られています。ときに、疑問を感じる法律でも、それが法制化されるときには、政府の苦労が忍ばれることが多く、これを理解できますと当分はこれが精一杯だと考えられるのです。

放送法第4条について、これまで政府は放送局にこれの遵守を強く求めるべきだと思ってきましたが、各放送局は守る気がありませんでした。
1年以上国会で議論されている森友問題について、NHKを初めとする放送局は呆れる程に一方的な報道を繰り返しました。そして、国会では第4条の取り扱いで、罰則の適用をしないようにと繰り返したのです。

法律に示された罰則は、違反すれば適用されるものですが、これに反対するだけで、自主規制のためのBPOは偏向思想によって、実態はあってなきがごとしと言うよりも、あるだけ害になる存在です。

それならば、放送法第4条を撤廃することで放送局に政治的公平性を求めることは諦め、その代わりに放送局の設立には、自由性を持たせれば良いと思います(NHKは別です。)。

既存の地上波のテレビ局も新設のテレビ局も平等に電波オークションに参加して、勝ったところが放送する権利を得て放送すれば良いのです。

ただ、経営者と従業員は日本人に限るとしなければ、スパイ防止法のない日本では国の安全が保てないと思います。

縦椅子さま

「終戦時母の一族は、満州の大連に居て財をなしていました。
伯父は、陸軍の諜報部に徴集され不在でした。
母と叔母達3人(21、19、17,16歳)は、頭を丸刈りにして2年間、息をひそめて大連の祖父の会社の部下(満州人)の家の屋根裏に匿ってもらい暮らしたそうです。」-のお話しは異国の地大連で、本当に心細いおびえきった生活を屋根裏部屋で2年間過ごされたということはとても辛いことだったとお察しいたします。しかも女ということを隠すため、妙齢の女の人が丸刈りにして・・・などなんというご心労なんでしょうか!
「終戦の混乱し切って居る最中の帰国は危険だと祖父が判断されしたからでした。」-これは賢明なご判断だったとおもいます。
 ここ大阪も、難波は高島屋と精華小学校を残して、大空襲をうけ焼け野原になってしまい、精華小学校の地下に戦火を逃れようと逃げ込まれ人が多数いたそうです。そして空き地は好き放題に占拠されました。あの戦争は終わったわけではありません。いまだに続いているように思えます。記憶の中にあります。
忘れないうちに、記憶を分かち合う必要があるように思います。
 カズオ・イシグロの小説「遠い山なみの光」は、戦後間もない地方都市ー長崎で暮らす人々の戦後の営みを焦げ付くにおいとともに再現した小説であるが、おさなくして、英国にわたり、幼児期の記憶だけで、日本の心の中の景色を描き、今も心に重くのしかかる問題として、日本人のどうしようもない気持ちをふかく、見事に語って、心打つ名作だと思います。-今日は素晴らしいお話し有難うございます。感謝です。

>縦椅子様 本日も更新有難うございました。
>>戦後72年目にして、認知され始めた日本
 戦後72年間、長く苦しい道のりでしたが、ようやく、日本の本当の姿を西洋人が気付き始め、その文化の深さ、温和だが規律正しい社会の姿、日本人の平和を愛するが故の他者に対する思いやり、異文化、異宗教、異人種といった未知のモノに対しても、差別をせず、同じ人間として受け容れようとする寛容さ、博愛主義・・を知り、然も、日本人が自身が極限状態にあっても、人間として恥じない行動をしようと最後まで努力する稀有な民族である事を知って行く裡に、日本に惹かれファンになっている外国人が、増えて居る様に思います。

 この現実は、嘗て、満州で、朝鮮で、そして樺太で、多くの理不尽な仕打ちを強制されて、命を落とした20万人モノ民間人の方々も、草葉の陰で、さぞお喜び事かと思います。

 現在の世界は、大戦終了後、表向き、共産主義陣営と自由主義陣営に分かれて居る様に見せて、実は双方の政治的な打算や功利主義的な不正な金儲けの資金を貸し付けて、大儲けをして来た国際金融団が存在して居たと言うワケです。

 最近公開されたヴェノナ文書に拠れば、日本は嘗て此の金融団の所為で、米国の実は、共産主義者で有った大統領のFDRがしかけた罠に嵌り、真珠湾攻撃を敢行してしまい、第一次大戦の不当に厳しい戦後処理に立ちあがったナチスのヒトラー同様、世界の犯罪国家の様に扱われ、「民族殲滅」戦争を戦わされて終いました。 爾来、72年が経過しましたが、その間、戦前日本の官僚だった岸と吉田は、巧みな対応で米国に逆らわず、然し、米国が持ち込もうとする、あらゆる戦争への日本人の関わりを最小限に食い止めて、結果日本人の戦争犠牲者を朝鮮戦争での掃海作業の47名ダケで食い止める事に成功しました。 そして、その一方で、経済面では、GDP「=国内総生産」を、アメリカに次ぐ世界第2位に迄成長させて、「奇跡の復興」を遂げました。

 日本人には、社会の中に、他人同士でも「扶け合う」事が、善なる連鎖を惹起して、社会全体を善化する事を、経験から知って居ます。 ですから、韓国にもシナにも、自分達が成功したやり方を惜しみなく教えたのでした。 その結果、韓国やシナも近代化を成し遂げ、シナは、その人口の巨大さを利用して、短期間のおうちに、世界の経済大国に成り上がって、日本を抜き去り、米国さえ脅かす存在となって、世界制覇を狙うような常用です。

 然し、日本人の善化運動は止まらず、嘗ては、西欧列強国の植民地だらけだった、東南アジアの国々に、資本を投入して、丸で植物を育てる様に。搾取する処か折に触れて、社会資本の充実を図り、国々に中産所得層を育て上げたので、僅か10余りの裡に、人口が急増して、東南アジアだけで、人口6億人の世界第二の巨大市場だった、欧州市場を人口の数の上で、抜き去って終いましたが、人口の増加は今後も続き、この先5年間で、人王⒑億人のインドを含めれば、消費人口20~25億人の大消費圏が誕生するのです。

 此の傾向はやがて中東やアフリカ、そして、ロシアや中央アジア、南米にも波及して行き、世界を覆う事になろうと思います。 この日本が世界中で実践して来た、「繁栄の種を撒く行動」「荒れた環境を修復する活動」「互いに援け合う事を尊ぶ道徳律」は、嘗て、英国や米国、シナやソ連が目指した、「覇道」では無く、「王道」に基づくものである事を、世界の人々は気付き始めます。 そして、「目先のパンを争うよりも、分け合う事が、神が人類に求めていらっしゃることである」と、その尊さに気付くでしょう。

 我々日本人は、人類全てがその神の子であり、人類が力を併せて、この奇跡の惑星地球を、平和な地上の楽園の如き処とする為に、知恵を貰い、二足歩行出来る様に進化させていただいて、自然現象を通して数々のヒントを与えて頂いたのは、それが神の人類に対する愛であり、期待であったと言う事を、人類に伝える為に居るのだと、私は信じて居ます。

 ですから、日本人が滅びる時は、人類が希望を失う時だと、そして、滅びる時だと思います。 然し、日本人になれなかった東洋人は幾らでもいます。この日本にも、日本人と生まれたのに日本人になれない人も沢山いると思いますね。 我々は、先ず日本人である事がイカなる事かを知って、先ずは日本人に在らねばならないのです。

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