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2018年3月 1日 (木)

このチベットの現実こそが、日本が直面している危機の正体なのである

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

ペマ・ギャルポ『犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る侵略に気づいていない日本人』(ハート出版)

深い悲しみ、悲哀、血なまぐさい惨劇が全編にあふれかえっている。

このチベットの現実こそが、日本が直面している危機の正体なのである。

ペマ氏は、日本人に、支那人の奴隷となっても良いのかと訴える。

ーー

なぜなら共産支那は、すでに日支国交正常化以来、侵略計画を立て実行してきたからだ。

ーー

日本メディアは、日支国交回復を全面的に支持した。

各新聞記者らは、支那に招かれ熱烈歓迎という看板に迎えられて有頂天になり、共産党政権の支那にはハエもいないとお世辞を書いた。

そんな記者たちを待ち構えていたのは共産党員による資料の提供だった。

共産党はその資料を基に、自分たちに都合の良い記事を記者らに書かせた。

それが、南京大虐殺、731部隊、百人切りだった。

やがてそれらは、支那共産党が対日歴史戦に使う武器として利用される。

ーー

日本は、それらの「歴史」によって莫大な政府間支援を要求され、謝罪を求められた。

ーー

東京オリンピック開催に合わすように支那共産党は核実験を開始する。

しかし、日本メディアは非難しなかったのだ。

そして記者らは、日本企業に支那への進出を促し、まんまと共産党の術中にはまっていくのだった。

ーー

チベットは「寛容の国」だった。

その寛容が、結局は支那共産党という暴力組織を国内に招き入れることとなった。

ーー

日本は、敗戦後、占領政策によって旧体制を破壊され、占領軍憲法を強制される。

その占領政策に協力し敗戦利得者となった人々が1952年に再独立した後も、日本の支配者となって、護憲を維持している。

それは自分たちが得た敗戦利得を維持するためだ。

ーー

敗戦以来70年余、「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を持つ憲法は、自国の安全を自分たちでは保障できないという、主権国家とは言えないものなのだ。

それが国を滅ぼす元凶となることをペマ氏は力説している。

ーー

評者(宮崎)がペマさんと知り合ってかれこれ三十年になる。

本書で展開されている歴史的な証言は会うたびに断片的に聞いてはいたが、本書を通じて改めて知った事実も多い。

とくにペマさんが12歳で初来日したおりに資金提供者(スポンサー)となった人々がいた。

共通の知り合いは亜細亜大学・倉前盛通教授(ベストセラー『悪の論理』でも知られる)だった。

ーー

しかし、その前にペマさんは埼玉県毛呂山町に住んで、チベット語を喋る木村肥佐生氏と出会っている。

この木村肥佐生氏こそ、チベット潜行十年、チベットで政治工作をしていた工作員だった。

チベット名はダワ・サンポだった。

木村は英語、モンゴル語を話し、チベット語をチベット人のように操った。

ーー

木村は、チベットで日本の敗戦を知った。

残地諜報員としての職務も自動的に解かれ、以後帰国までの流浪物語は木村自身が回想録を書いた。

(それをもとに木村の生涯を描いた英語本もある)

ーー

その木村氏がペマさんの日本における庇護者の一人だった。

戦後、帰国した木村が、外務省でかれの体験的情報を報告すると、外務省はまったく興味を示さなかった。

ともかく本書の圧巻は、木村がペマ青年を前にして、迎えたチベットからの要人と対話する場面である。

ーー

支那共産党の属国となってからのチベット政界の大物が日本にやって来たときのことだ。

チベット政府の内閣官房長格だったバラ氏に会ったとき、木村は言った。

ーー(引用開始)

「閣下は私のことを覚えていらっしゃいますか?」

パラ氏は答えた 「ハイ、覚えています」

すると、木村先生はさらに乗り出した 「私はダワ・サンポです。ソクボ・ダワ・サンポです」

「私のことなど覚えているはずがない。あの頃、あなたは天下の大バラでしたから。あなたの顔をまっすぐ見られるチベット人はほとんどいなかったが、私はよく覚えているよ。私はあなたの顔を忘れない。私たちが(チベットの改革のための)嘆願書を出しに行ったとき、あなたは私たちに物を言わせずに、叱りとばした張本人だった」

そして(木村)先生は私(ペマ)を指さし、 「この子たちを国のない子供にしてしまったのはあなたたちだ」

ーー

しかし、そのときのバラ氏は立派だった。 彼は静かにこう言った。

「おっしゃることはごもっともだ。だが当時の私たちは英国をはじめ、周囲の圧力と国内の不満に挟まれ、炎の中にいるような感じで、彼ら(チベットの改革派)を国外に追放することで精一杯寛大な措置をとったつもりであったのだ。全員処刑しても収まる状況ではなかったのですから」(本書pp49−50)

ーー(引用止め)

ほかにも貴重な歴史的証言が詰まっている。

本書は涙なくして読み通せない。

行間にもペマ氏の苦労、チベット人の悲劇、その懊悩と悲惨な逃避行の思いが滲み出ている。

ーー

チベット人は、共産支那に侵略され、国を失った。

120万もの同胞が犠牲となった。

ダライラマ法王は決死の覚悟でヒマラヤを越えてインドに亡命政府をつくったのだった。 http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/note/kimura/kimurahisao.htm

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コメント

>縦椅子様 本日も更新有難うございます。
>>チベット侵略問題
 残念ながら、ぺマさんには、日本人としてお詫びを申し上げねばならない、と思います。 何故なら、120万人もの人々が、現実に惨殺されているのに、その事実を事実として報道せず、全マスコミがジャーナリスト面をして居るのを、国民が許しているのですから。

 「知らなかった」のではなく、「知ろうとしなかった」ダケだし、政府も、目先の対シナ政策の方が大事だった、というダケの事、言い訳は絶対に出来ません。

 此の件について、自国に戦前日本が行ったと言う、非道行為は、何の証拠も無いプロパガンダである事が分って居るが、声高に主張している国が3つもある。 

 では、自分達はドゥなのか、ベトナムでやった事、チベットやウィグルでやった大量虐殺は、其の悪辣さでは、世界で指折りの悪業だと思うが、他人に反省を求めるダケで、自分は一切反省はしない、まるで他人事であると言うのでは、何れ同じ目に遭っても、仕方がないし、抗議すらする資格が無い。

 否、世界には、是まで自身がやって来た残虐行為から言って、人権など語る資格が無い国が幾らでも有る。 例えば、アメリカ、英国、フランス、ドイツ、そして、ロシアも、その例外になる事は許されないが、では、斯ういう国が、真に反省して、悔い改める様な事をして居るか、と言えば、私が知ってる範囲では、僅かとしか云う他は無い。

 基本的に同じ人げだと思って居ない、或いは、自身の人権も驚くほど軽く扱われているから、他人の人権も尊重できないと言う環境に措かれているモノも多い事だろう。 良心を目の前で殺され、自身も絶えず生命の危機に有るのでは、他人の心配など後回しになって当然で、命の危険の無い処で暖衣飽食しながら文句を言って生活している我々には、彼らを非難する資格は無いと思う。

 我々に出来るのは、弾圧を受けて居る人達の境遇をより正確に知って、我々が出来る最大限の事をするべきで、何故、平生から世界平和を説いて居る宗教団体が動きださないのか不思議でたまりませんね。 他宗教だからと言うのなら、貴方が信じて居る宗教の神様は、世界宗教処か、貴方の民族にしか通用しない神でしかないが、そう言う神は、他と連携する事も出来ずシナの無神論者に踏み潰されるしかないと、認識すべきですね。

チベットの犠牲者は120万人だそうですが、中国からの被害はこれだけではありません。
東トルキスタンでは50万人だそうですが、これに妊婦に中絶を強制した結果、胎児の犠牲は850万人にのぼるそうです。
内モンゴルの侵略だって、被害は数十万人だそうです。
満州の場合は、戦前は中国大陸で最も栄えていたと思いますが、今は満州の地名さえ抹消されて、痕跡すら残されていません。
北京オリンピックでは中国大陸の少数民族が紹介されていましたけれど、あの時すら、民族の形跡があったのかと思いました。


>日本メディアは、日支国交回復を全面的に支持した。

米国によるピンポン外交に取り残された日本は、田中首相が急いで日支国交回復を行いましたが、あの騒動は何だったのかと思います。

>共産党政権の支那にはハエもいないとお世辞を書いた。

これは、朝鮮戦争の時に米国が支那に最近爆弾を投下する噂があって、支那がこれに対抗するために「支那には蠅もいない」と言う噂を流したことによると思いますが、私の親はこれを信じましたから日本のマスコミは怖いものだと思いました。

今更ですが、現在の支那を見るまでもなく、当時の支那はもっと不潔だったと思います。
イラク戦争の時に、米国に攻撃されて爆弾の破裂音を聞きながら、米国の攻撃はないと言ったイラクの大臣がいましたが、嘘もここまでになりますと、大本営発表どころではないと思います。

毛沢東氏は田中首相に南京事件について、国府軍が減少して有難かったと言っていたのですが、今では有りもしなかった30万人ですから話になりません。

もっとも、田中首相の場合には戦前のことをどのように理解していたのかが判りませんし、戦後のGHQによる政策の影響で、南京事件のことを言うには、バイアスが掛かったと思うからです。


チベットは共産支那に侵略されて、国を失いました。
しかし、中国の野望は収まらずに、今でも南シナ海や東シナ海を侵略しています。
そして、中国は過去に支那の帝国が一時的に領有したことのある国は、現在も中国に侵略される可能性を持っています。
そればかりでなく、日本は支那に一度も領有されたことがないのですが、この国ですら中国は侵略する意図を持っていると思います。

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