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2018年3月20日 (火)

日本社会は、天武帝が「肉食を禁じられた」ように、「自分さえよければよい」という人たちの存在を決して許してはこなかったのである

ーー以下「黒木頼景ブログ」より抜粋編集

日本人の宗教観とはどんなものなのか。

山本七平は、著書の中で日本人を日本教徒である、と述べていた。

たしかに日本には神社という宗教施設と思われるものが至る所にある。

ーー

西洋人は、宗教には、教義と、戒律がなければならないと考える。

ところが日本人が宗教だとばかり考えていた神道には教義がないのである。

しかも、四つ足のものは食べてはいけないというような、いわば戒律が明治になるまで守られていた。

ーー

その戒律は、例えば牛肉1kgを得るためには10kgの飼料を牛に食べさせなくてはならない。

そのための広大な牧草地が必要になる。

つまりこの戒律は、肉食を許せば、肉を食べるものと餓死するものが出てくるという、深刻な事情から生まれたものだ。

餓死をなくそうとすれば、肉食を禁止する必要が出てくる。

それで天武天皇は、仏教の不殺生を理由に、その治世(675年)に肉食禁止の勅令を公布された。

ーー

もちろん人の食料に余裕ができた環境のもとでは、千年以上も守られていたにもかかわらず、例えば明治になって、簡単にこの戒律は破棄された。

つまり、神道はイスラム教やユダヤ教と違い、教典に基づく宗教ではないのだ。

だから西洋人にそれが宗教であると説明するのは難しい。

ーー

昭和天皇が崩御されたとき、CNNの特派員は、神社の宮司に神道の説明を受けていたのだが、例えばその要点である「かんながら」など理解できないでいた。

日本人は、神社にある鎮守の森に行き神を実感する。

そんな体験を西洋人はしたことがないのだろう。

ーー

また日本人は、教義や戒律などを提示されれば、窮屈だと感じてしまう。

それで、日本の仏教徒は、南無阿弥陀仏(阿弥陀仏を信じる)と念仏するだけで、あるいは南無妙法蓮華経(法華経を信じる)と題目を上げるだけで、教義や戒律については無知のままだ。

それでも諸外国に比べると日本人はほぼ完璧といえるような道徳的生活をしているのである。

つまり、山本七平が日本教徒であると書いたように、日本人は特定の宗教を信じている人のような行動(反応)様式を持っているのである。

ーー

それはどういうことか。

いまネット上で大問題になっているのは、日本で、国会議員が「日本死ね」と発言するような状況が生じていることなのである。

多くの日本人は、彼らに対して日本人ではない人たちであると感じる。

彼らは日本教徒ではない、異教徒なのだと。

ーー

欧州では異教徒については皆殺しにするような時代があった。

しかし日本の歴史は、そのような人たちについても、皆殺しにするようなことはせずに、その存在を許し、彼らと共存してきたことを示している。

しかし、敗戦を契機に彼らは、占領軍に協力することで、戦後社会を支配するようになり、敗戦利得者となった。

そしてかれら在日・反日勢力は、日本人に、戦争責任を押し付けた東京裁判史観を教育し、占領軍憲法を強制してきたのである。

ーー

ネット環境の出現によってようやく、日本人は、戦後社会が在日・反日勢力に牛耳られてきたことを知る。

それは例えば、以下のような事実が日本社会で起こっていたことを示している。

ーー

[17] 名無しさん@1周年[] 2018/03/16(金) 00:18:37.43 ID:59vZRusl0 ●辻元清美と北朝鮮と関西生コン(連帯ユニオン)

金丸信、砂利利権を画策、北朝鮮に「北は川が多く、日本に砂利売れば儲かるよ」

金丸、北朝鮮とのパイプ役で土井たか子(社会党、朝鮮人)と接近。辻元は土井の子分。

関西生コン(極左、朝鮮学校・北朝鮮在日系・ヤクザ・懲役者の巣窟)が、北朝鮮の砂利を請負 「中小の生コン業者、「連帯」に加入して、北の砂利買わんかい!」と恫喝

安倍総理が北朝鮮に経済制裁。北朝鮮の砂利の輸入禁止

関西生コン「安倍けしからんのー。辻元先生、福島(朝鮮人)先生、お金はなんぼでも出しますんで、 安倍つぶし、よろしゅー頼みますわ。わしらも沖縄の基地で煽って安倍叩いたりますわー」

辻元「まかしときー」

辻元「なんやてー、うちが国から14億ぶんどって、豊中市が2000万で買いよった 土地の隣に、右翼のおっさんが小学校建てるやてー。生コンはん、つぶしにいきましょ」

関西生コン「いつもみたいに、業者にバイトもぐり込まして、つぶしたりますわー」

籠池夫人メール「辻元やら関西生コンが妨害にきて困ってます。助けて下さい」 あきえ夫人「お察しします」 森友土地業者社長「関西生コンが態度の悪いアルバイト送り込んできてウソの証言してます」

関西生コン 「なんやぁ、マスコミに辻元先生とうちの名前が出とるやないけ。あかんやろ。始末つけんと」

マスコミから、辻元・関西生コン削除 森友の残土処理をしていた田中造園の秋山社長、 豊中市市役所のトイレで変死、もぐりこんだアルバイトも死亡

マスゴミ、ビビって、だんまり。 2018/03/16(金)

ーー

縦椅子ブログの読者はこのような状況について次のような意見を書いている。

ーー(ナポレオン・ソロさんの意見より)

仄聞するに、この連帯ユニオンと言うのは、元国労で暴れて居た人たちで、その多くは、被差別部落の出身だと言う。

その被差別部落も、戦後、済州島から密入国してきた朝鮮人らに乗っ取られて、今やその2/3が朝鮮系だ。

ーー抜粋ここまで

彼ら朝鮮人らは、メディアを暴力で脅し採用枠を設けさせることに成功する。

また、子弟に、弁護士資格を取らせ、日弁連を乗っ取った。

さらに、試験をうけさせ、高級官僚にならせて省庁も乗っ取ってしまった。

ーー

これらの乗っ取りが可能であったのは、彼らが、一方で反日メディアを使って、差別、人権、平等、公平という耳触りがよく、誰も反対できない政治宣伝をしていたからだ。

(彼らこそ、日本人を差別し、日本人の人権を無視する、そして平等・公平が理解できない人たちなのだ)

ーー

日本人は、朝鮮人らが、日本人や日本社会に対して悪意を持っているなどとは全く考えてもみなかったのである。

ようやく日本人はネット環境を得て在日・反日勢力の存在を知り、彼らの悪意を知った。

そしてこのまま何も対策をしないで放置していると、国が乗っ取られてしまうことに気付いたのだった。

ーー

日本社会は、天武帝が民の餓死を防ぐために「肉食を禁じられた」ように、「自分さえよければよい」という人たちの存在を決して許してはこなかったのである。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

神道が、ユダヤ教に近いのであれば、別の視点が成り立つのではないか?
キリスト以前のユダヤ教は、生贄として牛や羊を燔祭としていた。
その名残が日本でも物部系の神社で行われていた。
有名なのは諏訪神社で有る。
その後原始キリスト教のユダヤである秦氏が入国して燔祭の禁止を挙げながら物部系神社に監視役として加茂神社から禰宜を各地に送り込んだそうである。
カモがネギを背負ってやって来るはこれからきているようです。
その意味は、キリストの磔刑により全ての人類の罪を負うたから燔祭の必要は無くなったからである。
なるほどなと思うのであります。
日本の神道の有り方は、降霊術によって教義が、示される。
日本の神道系新興宗教は、殆どがそうである。
それをチェックするのが、審神者(さには)であり霊の次元を見極める役目をする。
教祖は、依り代として降霊した霊によって自動書記として文章を一気に書き上げ、それを改めて教祖が読み返す。
一般人には、解り難い記号に近い文面で有るようです。
霊力が無ければ、出来ない現象でしょう。
エドガー・ケーシーも寝た状態で何らかの啓示を受け自動書記として表現していた。
古代のユダヤ教もそう言う一面があったようです。
より具体的な神が臨在するアークが、有ったから直接啓示をレビが受けたのではないかと思われる。
それが日本にあるとなると歴史がひっくり返ります。
日本が、神国と言われる意味になるのではないか。
神風も古書に2度現れている伊勢神宮から去って諏訪に移動した人物(名を忘れました)それと元寇の時だけで、大東亜戦争では、神風は、吹きませんでした。
元寇と筥崎宮は、アークと関係ありそうな気がします。
アークを持ち出さない限り使えないのでしょう。
現在は、伊勢神宮の地下神殿と言われる場所に安置されているそうです。
20年に一度の遷宮式にも御船代つまりアークの代用が登場します。
伊勢神宮は、英語表記でも神殿と言われるテンプルに変わっているそうです。
最近は、科学の領域も量子論が、発達したお蔭で霊的要素も科学の俎上に違和感なく上がる様になっているのではないでしょうか。

縦椅子さま
今日も素晴らしいブログ有難うございます
「日本には神社という宗教施設と思われるものが至る所にある。」ーー
「日本人は、神社にある鎮守の森に行き神を実感する。」
そして、いつも神々に守られている、この地をまもる精霊、八百万の神々が見守ってくださっている気配をかんじています。
最近、「雲上雲下」という朝井まかて氏の著書が徳間書店からでており、「八百万の神々を総動員して消えゆく物語の世界に危機を感じ、取り戻そう」精魂を込めて、書かれています。日本の今の現状と重なる部分があり、時期を得た、それでいて、普遍性を持つ優れた傑作だと思い、ここに推奨いたします。

>日本人の宗教観とはどんなものなのか。

いつも、何も碌に知らないくせに、思っていることを書いています。
60年前に祖母の言っていたことが、こんなときに思い出されるのです。

かみさんは神さん。ほとけさんは仏さん。両方とも拝み。
私は結局、そうなっています。

日本には、あらゆるものに神が宿っており、それを粗末にしてはならないと教えられたと思うのですが、今の自分にそれが出来ていると言いがたいのは残念ですが、神さんは日本の生活の全てに広く、浅く根を張っているように思っています。

「日本しね」との発言は、日本自体を全否定した言葉ですから、自動的に反発しましたし、それを言った人は日本人ではないと感じました。
確かに言われてみると「異教徒」でした。
唯、具合が悪いのは、この発言の後のことですが、日本を否定するような対象に対して思わず、「○○しね」と思ってしまうことです。


昔は、WGIP、プレスコードや敗戦利得者、そして反日メディアのために日本は悪かったと思っていたのですが、ネットの皆さんのおかげで事実を知りました。

お人好しですが、もう欺されないと思うのですけれど、反動も大きくて、今では保守と言うより愛国でありたいと思っています。

日本の国は日本人のもので、子供や孫のために考えて行動しませんと、国を乗っ取られてしまいます。
私は普通の日本人ですけれど、真実を知った日本人はこんなものだろうと思います。

>縦椅子様 本日の更新有難うございます。
>>日本人の宗教観
 私は日本人には、西洋と同じレベルの宗教観は無いと思って居ます。 何故なら、西洋人の宗教は、道徳心を持つ事が出来ない野蛮人達をひれ伏させる為に、必要な道徳律を強制する、謂わば、社会を安寧に保つ上での苦肉の策だったと思うからで、ダカラ、人では無い必要があり、圧倒的な力を持つモノでなければならなかったのでしょう。

 然し毎年やって来る風水害や、時偶、大爆発する火山や、建物を全開させる地震、其れによって起こる津波等、脅威は目に見える形で生活を、否、生きる事を脅かして来たから、自然に日本人には、そう言った目に見えない知らないものの力は、全く説得力を持たなかったのでは無かろうか。 然し、川の氾濫や高潮の被害で、不運にも命を落とす人は居るワケで、見えないモノへの畏れ「=祟り、悪霊の仕業」と言う考えも、捨てきれないのは、謂わば、人間の性の様なモノでしょうが、それも西洋のものとは、意味が違うと思います。

 つまり、西洋の悪魔・悪霊と言うのは、正義「=神の陰」の様なモノですが、日本の悪霊は、強いネガティブな思念を基にしたモノで、簡素に言えば、人間の恨みや残留思念ですから、相手を徹底的に貶めたり、苦しめたりして殺すと、祟りが有ると言う戒めに通じるモノ、逆に言えば、悪霊も人の一形態であると言う事です。

 私は日本人ですから、斯う言う考えが簡単に腑に落ちるのですが、西洋人には分らない。 其れは、西洋人に取って自分達に不幸を齎すのは異民族と言う、言葉も常識も通じない異星人の様な連中だったからですが、日本人にとっては、其れは自然の脅威や四季が主であり、いくら頑張っても成敗などできる相手では無いけれど、時が過ぎれば脅威は去ります。 然し、怖いのはその直後食い物を無くした飢餓であり疫病でありました。 壊れた生産手段の復旧を図りますが、長く厳しく食糧が不足する冬を乗り切る力が、足りるかどうか、と言う心配や不安を抱えて居た事でしょう。

 この結果の差は大きく、前者は新たな敵の侵入に備えて、或いは、自身の食糧を確保する為にも、異民族を皆殺しにする必要があったが、後者は寧ろ皆で対策を考え、設備を復旧して、工夫・改良して、同じ状態になる事を避ける為に、団結し、或いは異なる地域に居るものも巻き込んで、知恵を借りたり、援けあう事を選択したのだと思います。

 日本人はその生活から、神と共に暮らして居ると言う潜在意識を持って居るので、特に宗教に拠って、教化される事は無く、ダカラこそ、江戸末期~明治初期に日本を訪れた西洋人「=生麦事件で斬り殺されたヒューㇲケンだと言われて居ます」は、「クリスチャニティも知らないのに、何て道徳的なのだろう」と、感心していたと言います。

 亦、女性の扱いに関しては、「朝鮮やシナの様に、家畜同然の扱いでは無く、女性の家庭内での地位は高く、特に都市部の商家を切り盛りする女性は、その高い教養と、措かれた信頼では、西洋社会をはるかにしのいでいる。」と、彼の黒船のペリーが絶賛しています。

 是も、日本人に取っては、当たり前の事でした。 曰く、「平和な時は女が強い方が上手く行く」それは、日本ン人の最高神は、天照大神と言う女神なのですから。

 日本人に取っての神様とは、自分達の祖先の様な存在であり、其れだけに、親しみ敬うべき存在で、決して悪魔などに変化しない絶対善の存在ですが、荒々しい男神では無く、母親の様に優しい女神であってほしいと日本人は思って居ると思います。

 唯、日本人が数万年も子の列島の上で暮らす裡に、人間は、その生き方で悪霊にも善神にもなる存在なのだと言う考えを持ち始めたのは、間違いないと思います。

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