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2018年2月14日 (水)

しかし学生の頃に革命ごっこをしたばかりに人殺しまでしてしまった人たちにとってはもう引き返せないでしょう

ーー以下「ttensanブログ」より抜粋編集

都会生活をしている人は、単独では、食べ物も着るものも住居も手に入らないことをよく理解している。

ましてや時刻表通りに運行される電車など利用することなど不可能だ。

都市生活は、多くの人々の知恵と不断の努力があって成り立っているのです。

その複雑で、精緻な仕組みは、一朝一夕になされたものではない。

ーー

しかしいつの時代にも、わがまま放題したがる輩がいる。

ーー

彼らは人間ではありません。

というのも野生の動物だって最低限の規律を守って生活している。

彼らは最低限の規律も守ろうとしない、つまり動物ですらない。

とすれば思考を持たない無機物であるとブログ主は考えます。

ゆえに彼らが革命だと言って人を殺せば死刑を以て規律を守らせなければ社会が崩壊してしまう。

ーー

20世紀は共産主義の実験の世紀でした。

資本を持つものがますます豊かになり、一方に貧困に苦しむ人たちが現れた。

20世紀初頭はそのような時代だったのです。

その解決策として資本を社会が持つ共産社会が考えられた。

共産社会にするには、資本家からその資本を取り上げればよいと。

そして暴力革命によって政権を取った。

(ロシア革命では人口の2/3が死んだ)

ーー

しかし共産主義者は、奪った資本を資本家のようには活用できなかったため、貧困層は以前より一層苦しむこととなった。

ーー

一方で共産主義者らは、革命だと言って住民が長い間住み着くことで形成した「共生の方法」(culture)さえ破壊してしまった。

それまで先人が積み上げてきたもの(culture、文化)の中から、精神性までを破壊すれば、支那・朝鮮人のようになってしまう。

人々はばらばらの存在となり、互いに確執しあう存在となってしまう。

そのため、共産主義者が支配した諸国は貧困と非道に苦しむこととなった。

共産支那では、共産党が、虚偽のGDPを発表することで繁栄を演出している。

(富んでいるのは支配階級の共産党員のみ)

つまり共産主義の実験は失敗に終わったのです。

ーー

一方先進諸国では、社会保障という概念が考え出され、貧困を税金によって救うようになり、それが機能することになった。

社会保障が機能してみると、先進諸国では、革命を起こす理由がなくなってしまった。

つまり先進諸国では共産主義者の存在理由がなくなってしまったのです。

ーー

しかし、日本では堂々と共産党が合法的に存在している。

ーー

そして日本の共産主義者らは、いまだに大企業が悪いと絶叫している。

大企業は国際競争に勝利することによって大企業になりえている。

企業が世界市場で競争している現状を考えれば、大企業がなければ雇用は生まれず、日本が先進国でいることができなくなる。

つまり世界は、共産主義をはるか後方に取り残して、進化してしまっているということになる。

ーー

しかし学生の頃に革命ごっこをしたばかりに人殺しまでしてしまった人たちにとってはもう引き返せないでしょう。

彼らは今も革命を夢想しているはず。

そしてそのような人たちに資金支援をして、日本社会を攪乱し、日本文化を破壊しようとしている人たちも存在する。

したがって、共産主義者の主張はもはや日本人離れしている。

まあ日本人の若者はこのような事情を知っているので彼らには近寄らない。

つまり、もう彼らの先は見えているということです。

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コメント

>縦椅子さま お早うございます。 本日も更新有難うございます。
>>共産主義は20世紀の実験の結果、否定された思想・政体である
 ↑は、事実を踏まえた客観的な判断だと思います。 ですから、日本でも共産主義に拘泥しているのは、今更やり直せない高齢者が主になっているのでしょうが、その高齢者が、SEALs の様な、低レベルの若者集団を受け容れて居るのは、ドゥ云う気持ちなのでしょうか、ご自分が歩んで来た人生が、「何時か起こる筈の人民蜂起による革命成就の為に役立った」と無理に結論着ける事で、「成功であった」と思い込んで死んでゆきたいのでしょうか。

 まぁ、このブログ主が仰有る様に、人殺し迄、してしまったのでは、最早引き返せないのは、当たり前ですが、そうでなくとも、多くは、定職にも着けず、定住も出来ないママ官憲から逃げ回り、当然家庭も持てず、剰え親兄弟から疎まれる悲惨な人生を送って来た筈であろう。その不幸な道を若いモノが、再び歩み始めるのを、人生の先輩として看過して居て良いものだろうか。

 世界の共産主義者達の多くは、利己主義的な社会の所為で、自らや周辺の人々の上に起こった、悲劇や、不条理に対する憤り、怒りに拠って、新たな社会を求めると言う過程をふんでいる。 然し、日本の共産主義者達は、裕福な層、西洋教育を享受した層が中心となっている。

 是は、日本は端から、社会主義的な社会であり、国民は基本的に平等で、分業システムに拠って、その責任範疇を個々が一生懸命に果たせば、安寧で豊かな生活が送れる社会であったが、農業主体なら天候が、工業・産業主体なら国際情勢が、不安定要素となっていたから、農業主体から工業・産業主体への転換点であった明治~大正期(20世紀初頭)には、朝鮮を併合し、日露戦争に勝利し、第一次世界大戦に部分参戦しただけで、ドイツ領だった南洋諸島が手に入った、と言う前途洋々の時代だった。

 然しその陰で、多くの農家が没落を始めて、余剰になった労働力は、新たに興った産業へと振り向けられた。 是までの自然相手の農業の労働をベースに考えれば、決まった時間働けば其れで良いと言う工場労働等、全く経験がなく、事業主の不慣れな労働管理や、労働者に対する未熟な意識などに不適切な部分があっても、誰も指摘出来なかった。 そうした経営のしわ寄せは弱い立場のものに行く事になって「女工哀史」の様な悲劇が幾つも起ったのでしょう。

 そうした、蒙昧な経営層の所為で起こる悲劇に対する憤りや怒りを正義感故に持ったのは、寧ろ、貴族やインテリであった、と言うのは、日本人の基本的な平等意識が、遍く浸透して居た証拠だと思います。 殊に、学問エリートは勿論、財閥の御曹司や近衛氏等の高学歴の華族には、その気になれば社会改革を実行できる立場であったが故に、亦、当時の政界、財界が、薩長土肥の維新の元勲達の影響力に覆われて居た事への反発もあったものと思われます。

 然し日本の満州進出が本格化するに連れきな臭くなると、日本の共産主義者達の構成から、日本のエリート層が脱落して行きます。 是は軍部の台頭が、思想・主義者を、革命分子=国家転覆を企図する危険な集団と見做し、治安維持法の成立など、共産主義自体を禁じた事に大きな原因があると思われます。 その所為もあって、共産主義運動は、地下に潜行し始め、資金難から、ソ連発のコミンテルン組織と関係を持ち始めます。

 つまり、日本をロシア同様、内側からひっくり返そうと言う企みです。 当然、国は是を阻止する為に、規制を強めました、多くの共産党員が、逮捕、拘留されましたが、全てが治安維持法違反者では無く、内訌(内輪もめ)を起因とする殺人・傷害、も多く在ったとの事、戦後の GHQに拠るWGIPで、戦前日本が極悪であった事になって居るので、共産党も弾圧されて居た様な話になっていますが、実態は、非民主的で独裁の唯の極左暴力集団であったのは、今と変わらないと思います。

 共産主義者の多くは、逮捕拘留されて居ましたが、戦前3度も総理大臣になった近衛文麿の政策ブレーン昭和研究会のメンバーは、全てコミンテルンの細胞だったのですから、近衛氏の責任は非常に重いと思います。

 その内情が明るみに出る発端となったゾルゲ事件は、特高が米国からの除法を得て、相当早くから内定を薦めて居ました。 戦前の共産主義者の主魁であった宮城与徳の逮捕を皮切りに、昭和研究会のメイン・メンバーであった尾崎秀美(ほつみ)が、16年10月ごろ、特高に逮捕されて、友邦国ドイツの外交官、リヒャルト・ゾルゲに迄繋がって居る事が判明、特高は既にゾルゲ氏が、コミンテルンのメンバーで、二重スパイである事を突き止めて居たので一網打尽となりました。

 4人の外国人と13人の日本人が、死刑若しくは、懲役刑を受けて居ますが、ゾルゲと尾崎が、19年11月7日のロシアの革命記念日に処刑されましたが、国連に死刑判決を受けたA級戦犯の処刑日が、今上天皇陛下のお誕生日12月23日であったのは、コミンテルン組織の復讐であったと思われます。

 他のものは、判決・拘留後に、獄死者や自殺者を出しましたが、GHQに拠って、昭和20年10月5~7日に懸けて、釈放されて居ます。 是も、GHQ民政局のメンバーがコミンテルンの細胞であったと言う証拠でしょう。

 近衛氏はと言えば、この後も逮捕されずに、日米戦争の終結に向け、ソ連に休戦仲裁を頼むなど、正邪の判断も着かない呆れた行為をして居ますが、スターリンに完全に無視されます。戦後極東裁判にノミネートされると、出頭日の前日の夜に服毒自殺をして居ますが、彼に生きて居られると不都合な集団は、幾らでもいたので、謀殺説もありました。

 五摂家の筆頭と言う華族でも飛びぬけて名家に生まれ乍ら、共産主義に傾倒し乍らも名家が故に逮捕・拘束の手から逃れたのを良い事に、コミンテルンと結び、日本で共産主義革命を起こして、人民を救済したいと言う妄想を最後まで捨てられなかった。 

 共産主義が実は虚構の思想・政体であると言う結論が出た今なら、ナント下らない一生だろうと、評価されましょうが、彼の様な考え方の人は、オソラク今でも健在で、何時かは日本で革命の狼煙が上がる事を信じて居るのです。

ベトナム戦争で韓国軍が、現地女性を集め、トルコ風呂といわれる物を作った、何故日本でも性風俗店でトルコ風呂と言われたのか?

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