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2018年2月 2日 (金)

ということは、ユダヤ人は、歴史について支那人同様、嘘をついているかもしれないということになる

日本人は、漢文で書かれた古典に親しんでおり、その意味を理解することができる。

支那人も同様に、あるいは日本人よりももっと漢文が理解できるはずだと考えて、そのことを支那人に告げると、古典は難しくて読めないのだという。

そして何が書いてあるのかさえ分からないと。

ーー

これは聞く相手が悪かったのだと思ったのだが、北京大学哲学科出身の石平氏も、そうだったのである。

氏は、日本に来て、日本語に翻訳されている支那の古典を読んで、やっと古典を理解することができたのだった。

つまり、支那人には支那古典は読めないし意味も理解できないようなのだ。

ーー

それでも支那人らは、古典がわかっているふりをする。

それは、ユダヤ人とて同じである。

ヘブライ文字は22の子音のみからなっている。

母音が表示されていないのでどう読むのかは口伝である。

ーー

ユダヤ人らは、ヘブライ文字で書かれたバイブルを読んでいる。

ということは、ユダヤ文化の伝承がなされているということになる。

ところが彼らは、ユダヤ人の遺跡とされる場所から見つかる陶器に書かれたヘブライ文字が読めない。

しかも、その文字はフェニキア文字とうり二つ、まるで同じなのだ。

ーー

ということは、ユダヤ人は、歴史について支那人同様、嘘をついているかもしれないということになる。

日本人は、1300年前の書物が読め、その中身の真偽について議論するようなことをしている。

が、そんなことができるのは日本人くらいしかいないということになる。

ーー

そして、支那人らが、日本にある文化の起源を主張するように、ユダヤ人も他民族の起源を主張するようなことをする。

ウンベルト・エーコは、小説『薔薇の名前』を書いた作家なのだが、自分は現代史を変えた文書を偽造する現場にいたと書いている。

ハザール人がユダヤに背乗りしたように、ユダヤには、ユダヤとは無関係の人種が入り込んでいる可能性があるのである。

ーー

文化があると考えられる地域、それは最初欧州だった。

ハザール・ユダヤ人らは欧州に押し寄せ、キリスト教が金貸しを禁じているのに乗じて金融業界を支配することで政治力を手に入れる。

そして2度も大きな戦争を起こさせて、結局世界を乗っ取ってしまったのだった。

ーー

いま、歴史と伝統を有する日本に彼らの関心が向かっていると考えても決しておかしくはないだろう。

というのも彼らは過去、他国の持つ文化や歴史を乗っ取るようなことをしてきたからだ。

伊勢神宮の参道に、五芒星の印の入った石灯篭を並べて見せ、ユダヤとの関連をほのめかせたり、日本人に祭りの神輿をアークだと主張させる。

こんなことは、世界のメディアに、自分たちに都合の良い内容だけを報道させてきた彼らにとっては朝飯前だろう。

ーー

日本の歴史は神話から始まっている。

そのような文化を背乗りしたいという連中がいてもおかしくはないのである。

彼らは、例えばかつて万葉集は朝鮮語で読めると書いた朝鮮人のようなものなのだ。

万葉集が書かれた時代には、朝鮮に表音文字がなかった。

つまり朝鮮の古語がわからないのに、現代朝鮮語それも各地の方言を使って万葉集を好き勝手に読むなどというでたらめをしていたのだ。

ーー

ヘブライ語も、口伝の伝承がない時期があって、その読みが正しいのかどうかわからないとされている。

たとえばyhwhというユダヤ人の神を表す文字は読めないままだ。

もうユダヤ人も、他文化を乗っ取るようなことはやめて、自分たちの国を持ったのだから、そこから歴史を始めたらどうなのだろうか。

ーー

日本人も、1300年以前がよくわからないからと言って、世界各地から、歴史の断片を集めて自分勝手な解釈などしないことだ。

だまされるのが落ちだからだ。

日本の歴史については、資料が日本国内にも十分すぎるほどあるのだから、まずそれを使って発信してほしいと思う。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>縦椅子さま お早うございます。 本日も更新有難うございます。
>>古代の歴史
 古代史と言えば、大体西洋でBC10~20世紀、東洋では、従来の黄河文明のBC15~20世紀前だったのが、80年代の長江の発見に拠ってBC70~90世紀迄遡れる事が分り始めて居る。 

 つまり、明らかに現住民族とは異なった民族の文化が其処で繁栄して居たと言う事である。 ブログ主の指摘にも有る様に、嘗て万葉歌人の柿本人麻呂の歌を「朝鮮古語でも読める」とか言った朝鮮の学者が居たが、その時代には、朝鮮半島には、文字自体が無かった可能性が高い、何故なら文字を必要とする様な、安定した社会では無かったからであろう。

 では、地理的に西に比べて民族の移動が起こり難い大陸島の東で、現住民族の祖先は一体誰なのかと言えば、周囲に棲んで居た蛮族か、太陽活動の変化や火山の爆発等に拠る突然の寒冷化といった気候変動を原因として、遥々遠方から水と食糧を求めて、遠征して来た、非定住の騎馬民族だろう。古くは、広大な大陸平原(ステップ)に棲む、スキタイ等のチュルク(トルコ)族や匈奴が挙げられよう。

 基本、非定住の彼らは現在のシベリアに居たマンモスや大角鹿と言った大型の哺乳類を買って生きてきたが、気候変動に拠って大型哺乳類が滅び、代わりに草食の鹿や牛、羊を飼う事で、暮らしを安定させてから、次第に数を増やし始めた。 然し、大陸では水の確保が最も。気候の影響を受け易く、水が枯れれば、家畜を連れて水のある処まで移動する他は無かったから、水のある処の確保が、民族の栄枯盛衰を決めるカギとなった。

 彼らに取って生きる上での工夫とは、獲物を狩るか家畜や家族を捕食獣から護る事に限られていて、永い時間をその土地で過ごさねば、結果が得られない農耕定住民とは、文化的な発信力と言う点で大きな差が生じて居る。 従い文字文化も、伝達すべき情報量が少ないので完成度が低い。

 是は、現代でも遊牧民で突出した文明を持った民族は皆無で、歴史に名を遺す様な国を持った民族と言えば、隋・唐の鮮卑族/匈奴の壮族、或いは、元の蒙古族か、清の満州族(女真族)だろうが、彼らの文明はオリジナルなものは少なく、端から農耕民であるシナの既存文明の剽窃である。

 西は、全般に高緯度地帯にある所為で、欧州半島自体が温暖化以後も、氷河があちこちに遺っており、氷河が溶融に拠って移動する際、表土が削られて石が露出した土地が多く、其処に移り住んだ農耕民が、状況に適した作物を見出し、品種改良で、痩せた土地と気候の冷涼さに適合させる迄、農業を開始できる状況では無かった。

 だから、もし、欧州にBC30世紀以前の古代文明があったとすれば、氷河が無かったナイル川沿岸を出自としたモノ、或いは其れより古い地中海の中の水没部分だろう。 是は、現存する島に僅かに、その痕跡が認められるが、隣接するメソポタミア文明と同じBC30世紀が限界の様です。

 いずれにせよ、東洋と西洋とでは、「古代」と言う言葉が示す年代が5千年位違って居るので、欧州文明は、「一番遅れて来た文明である」と言えそうです。 

 唯、氷期が明けた直後、或いは、大量の氷河の蒸発に拠って生じた「寒の戻り期=ヤンガードリアス期(BC95~85世紀=今から10500~9500年前)の明けには、現在のシリア付近にあったレバントと言う地帯で、欧州文明の萌芽とも言うべき、小麦の栽培が始まって居た痕跡があります。
 
 ですから、欧州文明の起源を水没した地中海の中に求めなくとも、中東や南アジアにそのルーツがある可能性は高いと思います。 然し現状、それ以後の遺跡は、一躍3~5千年後のBC40~20世紀に飛んでしまいます。

 黒海周辺の肥沃な土地は、ヘブライ族の民族史であるとも考えられる旧約聖書にある「エデンの園」に比定される黒海の浅い部分や周辺特、或いは、現在のトルコであるアナトリア半島以南には、その後メソポタミア文明やインダス文明が栄えた事、亦、ドナウ川やドニエプル川沿いにも、古代文明があったと考えても可笑しくないワケで、この先の発掘や発見が俟たれます。

 ユダヤ人とは、白系のハザール人と青系のヘブライ人と言う異なる民族の混淆集団の括りである事が、ハッキリしているのに、尚ユダヤ人と言う人種の存在を主張するのは、シナに言う、漢民族と同義なのではなかろうか、つまり、ユダヤ人として受けられる利得を護る為の方便=プロパガンダであろう。 従い、歴史の改竄は必須になって来るのも、シナと同じである。

>支那人も同様に、あるいは日本人よりももっと漢文が理解できるはずだと考えて、そのことを支那人に告げると、古典は難しくて読めないのだという。

これには拍子抜けがしたというのが、正直なところです。
日本人は、「自分がそうだから、他人もそうだ」と思い込むところがありますけれど、そんなことが通じるのは日本人だけなのが実態でしょう。

現実のところは、他国の人から見れば分かっていないところでも、分かっている振りをしたりして、とぼけるところも多いのかなと想像します。


>伊勢神宮の参道に、五芒星の印の入った石灯篭を並べて見せ、ユダヤとの関連をほのめかせたり、日本人に祭りの神輿をアークだと主張させる。

こんなことは、真新しい内は誰も想像しないし、引っかかりもしないのですが、数十年百年と経ちますと古くなって、気が付けば欺される道具にはなりそうです。
これで思い出したのは、数年前、尖閣諸島付近の海に中国が投げ込んだ墓石でした。
数十年百年と経ったとき、彼等は中国人が尖閣諸島に住んでいた証拠だと、言い立てる可能性は大きいと思います。


>日本人も、1300年以前がよくわからないからと言って、世界各地から、歴史の断片を集めて自分勝手な解釈などしないことだ。

日本の歴史に、世界の資料は必要ありません。
日本国内の旧家に残っている資料は、莫大なものがありますから、これを丁寧に保存し、旧家の方がもてあました場合には公共でそれを保存すれば、貴重な資料が日本の財産になって歴史を守る武器になると思います。

やはり状況証拠だけでは、話の虚実が入り交り中々正解に近づけない。
物的証拠が、どうしても必要になって来る。
最近のDNA解析も技術が、進んでかなりの線で進んできた。
縄文人の骨からの解析だとDが多くその地域は、チベット~中東へ続く。中東の遺伝子は、EとDである。
極めて類似の関係にある。
中東と言えば、フェニキアにも行き当たる。
フェニキアとユダヤ人の関係は、どうなのか?
旧約聖書によると、ソロモン時代に世界の海に出かけ珍品・貴重品を持ち帰ったとある。
この流れから見るとフェニキア人とユダヤ人は、協調関係にあったと思われる。
ヘブライ文字が、有る前にフェニキア文字が、有ったのだろうか?
フェニキア文字が、アルファベットの原点になっている。
彼等は、ガラスをも発明発見している民族である。
方々に出かけたとなれば、日本列島にも来た可能性が、有る。
大航海時代のアメリカで、古代ユダヤの遺品メノラーが、発見されている。
日本での痕跡を見るならば、これは推測だが、九州熊本県の彩色古墳では、無かろうかと思う。
此処に描かれている船が、どうもニュアンス的にエジプト・中東地域のイメージがするのである。
そんな時期に熊襲や隼人の元の様な者達がフェニキア人と一緒に入りこんできたのではなかろうか。
日本列島には、何派かに渡ってある程度の集団が入り込んできている。
アジアでは、揚子江(長江)文化である水耕栽培のコメを日本に持ち来った事であろう。
河姆渡遺跡がそれを示しているのではなかろうか。
その背後は、青海地区と言うチベットである。
黄河文明は、良く聞くが、揚子江文明は、最近のものである。
黄河文明は、主に麦が、主体である。
交流は、圧倒的に黄河文明地域が主体になっているが、民族の流れは、其れより南方で有ると思う。
私は、昔から呉越が気になっているのですが、日本の地理にも広島の呉や福井の越前・富山の越中・新潟の越後などの越と呉は、日本に大陸と何の縁もゆかりも無いのであろうか?
少なくとも日本の漢字の音読みは、呉音である。着物も昔は、呉服である。
それに古い地名等は、、歴史を示していると思うのです。
魏呉蜀の時代も、魏と倭の朝貢関係から、魏の背後で有る呉をそのまた背後に居る倭が攻める流れが、有ったのではなかろうか。
それを示す専(左側にに土片)レンガの事ですが、倭は来てくれるだろうかと言うよな意味の刻んだ文章が見つかっています。
日本列島が、今の位置に移動する前は、正に呉の背後に当たるのです。
九州を軸に右回りで90度回転させると解ります。
恐らく記紀の国生み国造りもこの様な描写の様に見えます。
韓が、何故日本海を東海と言う名称に拘るのか移動と考え合わせると理解できるのです。
思えば、私の出た九州大分の小学校の校歌に出足に東海の平和の海にと言う歌い出しです。大分の海は、豊後水道にあって東海と言うイメージではありません。
何かある様に思います。愛知県を東海地方と言うが、これはどうなのか?東海道は?
伊達に歌詞は、書かないと思うからです。
何かそこに意味が含まれていると思うのです。
日本列島は、有史の時に移動したのではないか?それが倭国大乱として記紀の記録に残る。
日本の歴史を本腰入れて調べれば、古代世界史が解けるのではないかと思うほどです。。


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