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2018年1月 8日 (月)

そこへ、ヴェノナ文書が公表されたのだから、アメリカの知識人たちに与えた衝撃は大変なものだった

ーー以下「株式日記toraさんの意見」より抜粋編集

第二次世界大戦前後の時期にアメリカ内のソ連のスパイたちがモスクワの諜報本部とやり取りした秘密通信を、アメリカ陸軍情報部が秘密裡に傍受し解読した記録、それが「ヴェノナ文書」である。

1995年、アメリカ国家安全保障局(NSA)が公開した。

その研究によって、ルーズヴェルト大統領の周辺には、側近であったアルジャー・ヒスを始めとする200人以上の政府官僚がソ連のスパイだったことが立証されつつある。

ーー

ルーズヴェルト政権内部にソ連工作員(スパイ)がいるという疑念は、60年以上前からあった。

1948年、下院非米活動委員会において『タイム・マガジン』記者のH・チェンバースが、アルジャー・ヒスを「ソ連の工作員だ」と告発している。

1950年には、ジョセフ・マッカーシー上院議員が「国務省に潜む共産党員の名簿を入手した」として、容共政策を進めた国務省や陸軍の幹部たち、特にジョージ・マーシャル国務長官や、蒋介石政権の顧問を務めたオーエン・ラティモアらの名を上げ激しく追及した。

「マーシャル国務長官やラティモアらはソ連に通じており、ひそかに支那共産党政権の樹立を支援した」と。

ーー

確かに彼らはソ連や支那共産党に好意的な発言をしていた。

が当時は、彼らが、ソ連のスパイだと断定する証拠は何もなかったのだ。

しかも、ソ連の工作員として名指しされた人物が次々と自殺した。

自由主義(リベラル)派のメディアは、「マッカーシー上院議員らが根拠なく言論弾圧を行った結果、自殺に追い込まれた」などと、保守派を批判した。

ーー

以後、ソ連や共産支那に好意的な言動をする人物を批判することが出来なくなってしまった。

日本では、戦後、占領軍に協力し、敗戦利得者となった人々がメディアを支配した。

彼等は、現在では在日反日勢力と呼称されるようになったが、それまでは左翼と呼ばれていた。

彼等は、反日行為をすることで、日本政府を脅迫し、多くの利権を手に入れた。

それは、反日行為を繰り返していたソ連や共産支那の代理人のように見えた。

ーー

戦後のアメリカメディアも、ソ連や共産支那に同情的な自由主義者(リベラリスト)に支配され、保守派は肩身が狭かったのだ(リー・エドワーズ著『アメリカ保守主義運動小史』明成社)。

ーー

そこへ、ヴェノナ文書が公表されたのだから、アメリカの知識人たちに与えた衝撃は大変なものだった。

「国連創設にまで関与したアルジャー・ヒスらがソ連の工作員であるはずがない」と断言していた自由主義派の学者やメディアはもうヒスをかばうことが出来なかった。

1991ソ連が崩壊すると、エリツィン政権は、旧ソ連時代のコミンテルン・KGB文書の一部を西側研究者に公開した。

これらの文書の公開によって、「やはりルーズヴェルト民主党政権内部にソ連や共産支那の工作員が居て、両国に利するような政策を推進した」と言われるようになった。

これは実に60年ぶりのことであった。

ーー

アン・コールター女史はその代表的な評論家である。

2003年、女史は、ヴェノナ文書を引用しながら、『トリーズン(反逆)』(邦訳『リベラルたちの背信―アメリカを誤らせた民主党の六十年』草思社)を書いた。

2004年5月13日、ジョージ・ブッシュ大統領は、アメリカ保守主義同盟40周年大会の記念講演で、アルジャー・ヒスらを告発した『タイム・マガジン』記者のチェンバースを「アメリカの保守主義のリーダー」として高く評価した。

2005年5月7日、ブッシュ大統領はラトビアで演説し、アルジャー・ヒスが関与したヤルタ協定について「史上最大の過ちの一つ」だと強く非難したのである。

1945年2月、ルーズヴェルト、チャーチル、スターリンの米英ソ三カ国首脳がソ連領ヤルタで会談した。

この会談で、国際連合構想にソ連が同意する見返りとしてポーランドやバルト三国などをソ連の勢力圏と認めること、ソ連の対日参戦と引き換えに満州の権益や南樺太・北方領土を与えるとされた。

ーー

このヤルタ協定の結果生まれた戦後世界体制の中で、東欧諸国がソ連の支配下で苦しむこととなった。

そして、ソ連による満州・北方領土占領、共産支那の成立、半島の分割などがおきた。

ーー

後にこの戦後の世界体制は、「ヤルタ体制」と呼ばれるようになった。

ーー

この戦後体制をブッシュ大統領が正面から批判したのだ。

アメリカの保守主義者たちは、この発言を歓迎した。

フェミニズム反対運動の指導者として著名なフィリス・シェラフリー女史は「ブッシュ大統領、ヤルタの屈辱を晴らす」と題した論文でこう書いた。

ーー

ジョージ・W・ブッシュ大統領、ありがとう。

去る5月7日、ラトビアにおいて演説したブッシュ大統領は、大国同士の談合によって、多くの小国の自由を売り飛ばしたヤルタ協定は誤りだったと指摘した。

時期がだいぶ遅れたとはいえ、誤った歴史を見直し、F・D・ルーズヴェルト大統領の悲劇的な間違いの一つについて、よくぞ、言ってくれたものだ。

(ヤルタ協定によってソ連に併合された東欧諸国に対して謝罪の意を表明してくれたと)

ーー

さらに、この数年、ヴェノナ文書などを引用してソ連や共産支那を支持していたルーズヴェルト政権の政府高官や知識人たちを告発するサイトが急増しているのである。

ーー

その代表的なものが、2006年11月に開設された「保守の辞書(コンサバペディア)」である。

ヴェノナで工作員とされた人物の一覧とその人物像(プロフィール)、他で明らかになっているソ連の工作員たちの名簿とともに、ヴェノナ研究の新たな成果を紹介し続けている。

ーー

この中では、従来の東京裁判史観とは違って、「日米戦争を引き起こしたのは、ルーズヴェルト政権内部にいたソ連の工作員たちではなかったのか」という視点まで浮上してきている。

ーー

意外なことに、アメリカの反日運動の背景にソ連の工作員たちの暗躍があることに当時から気づいていた人物がいた。

日本外務省の若杉要ニューヨーク総領事である。

若杉総領事は昭和13年から15年にかけてアメリカの反日運動の実態について詳細な報告書をたびたび作成し、外務省に報告している。

ーー

若杉総領事が作成した報告書の多くは当時機密文書扱いであった。

が、平成14年からアジア歴史資料センターにおいて公開され、現在はアジア歴史資料センターのホームページにて誰でも見ることができる。

これら若杉総領事の報告書とヴェノナ文書、世界共産主義者連盟(コミンテルン)文書等を併せ読むことで、ソ連の対米工作の一端が見えてくる。

ーー

ソ連の崩壊は、共産主義の間違いを証明するものだ。

共産支那も、共産主義国を名乗ってはいるものの、その実態は、共産党による国家の私物化である。

支那人が使用していいる、人民、共和国、共産党、一党独裁政権、高級幹部指導、社会主義市場経済などこれらは日本語だ。

ーー

共産主義は、本来は欧米の資本主義が発達した国で生れた思想であり、資本家もいないような国で共産主義革命などお笑い種(ぐさ)なのだ。

本来ならば資本主義化し、多くの資本家が生まれ、資本かと労働者との間に大きな格差が生じている現代支那にこそ平等思想としての共産主義が議論されるべきなのである。

ーー

共産主義の議論は、資本家と労働者の間の格差をどうすれば克服できるかという議論から始まる。

資本主義大国アメリカで共産主義運動が起こったことは納得できる。

つまりアメリカの共産主義運動こそ、起こるべくしておこった由緒正しいものなのである。

そしてその運動が敗戦後の日本に持ち込まれた。

文字通り、金持ちから税金を取り貧しい者へ配られた。

(当時松下幸之助氏は、所得の90%を税金として支払っている)

そして日本は世界一の社会保障がなされ、世界一の長寿国となった。

ーー

ロシアも支那もいわば後進国であり、まだ資本主義社会に至っていない。

資本主義が成り立つための、自由、法治、民主政治が未成熟なのだ。

つまり、ロシアが後進国であったために、共産主義が崩壊したのだ。

ーー

支那は、共産党が国家を私物化するような、いわば古代国家なのである。

資本主義の基礎、つまり、自由・法治・民衆政治がなければ共産主義は成り立たない。

そう考えれば、ルーズベルト政権こそ真性の共産主義国家であったと言えよう。

大恐慌から脱するには、国家が有効需要を作るという共産主義的な方法しかなかった。

ーー

その新政策を行う人たち(ニューディーラー)は共産主義者であり、戦後日本へ来た彼等は活躍できた。

というのも日本社会がすでに資本主義の基礎ができて居たからだった。

戦後日本はこのようにして世界一の社会主義国となった。

ーー

だからアメリカとソ連の対立は、真性共産主義国とニセ共産主義国との対立であり、ソ連はニセ共産主義だから崩壊した。

共産支那は共産党の一党支配下にあるものの、支那共産党は、ソ連のスパイであるマーシャルなどが作らせたものだ。

マーシャルは国務長官や国防長官を歴任した人物であり、彼がスパイであってもFBIは手が出せなかったのだ。

ーー

しかし貧富の格差を解決しようとする共産主義思想とソ連や支那共産党が主張する共産主義とは関係がない。

ソ連や支那共産党が主張する共産主義は、独裁を正当化するための方便にすぎないのである。

ーー

アメリカの共産主義者は、いわば共産主義の狂信者なのである。

支那共産党の生みの親はそうしたアメリカの狂信者たちであり、それはヴェノナ文書によって明らかにされた。

江崎道朗氏のブログには、日本にも共産主義者の工作者が大勢いた事が記されている。

まさに戦前の日本はソ連とアメリカの共産主義者に翻弄されたのである。

ーー

しかし、ソ連や共産支那の事例から、もはや共産主義は平等思想としては崩壊したといえよう。

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コメント

縦椅子さま

 待望の縦椅子さまのブログを得て、真に新年が明けたような気がいたします。明けましておめでとうございます。

 「1945年2月、ルーズヴェルト、チャーチル、スターリンの米英ソ三カ国首脳がソ連領ヤルタで会談した。このヤルタ協定の結果生まれた戦後世界体制は、後に、「ヤルタ体制」と呼ばれるようになった」が、ヤルタ体制が牽引した様々の問題を目から鱗が落ちるように解説していただきありがとうございます。
 「ヴェノナ文書の公開によって、「やはりルーズヴェルト民主党政権内部にソ連や共産支那の工作員が居て、両国に利するような政策を推進した」所為で、いまだに苦しんでいる国々(日本も含めて)あるのは、ゆゆしき問題ですが、このようにグログで明らかにしていただき、感謝いたします。
本年もよろしくお願い申し上げます。。


 縦椅子様 ブログ再開有難うございます。 本年も宜しくお願いいたします。

 ヴェノナ文書が公開されて、今迄推測でしか語れなかった部分が明確な証拠を得て、確信を以て語られて居る様に感じます。 亦、戦後のヤルタ体制を俯瞰する視点が完成し、其れに拠って、共産主義の先進実践国とされて来たソ連や共産シナの体制の独裁体制→全体主義国家への変貌の原因、つまり、共産主義国家運営の失敗の原因が明快に示すされて居ますね。

 つまり、共産主義とは資本主義国家の成熟の先にあるもので、ソ連やシナの様に、専制政治下にある国に持ちこんだのでは、其れまでの専制政治を主を変えて復活させる契機になったに過ぎなかった。

 ソ連は崩壊したが、ゴルバチョフ~エリツイン~プーチンによる、ロシアと言う独裁国家が遺ったが、近代の市場資本主義を未経験な為、工業生産国には程遠く、現在も資源輸出国家でしかなく、国家経済が資源の相場の帰趨に左右されて、国家として低迷を抜け出せないでいるし、ソ連時代に抑圧して来た多様な民族主義が台頭し、国家の統治を主体に考えれば、民主化も出来ないでいる。

 シナは市場を開放したが、結果、全体に貧しくとも低い格差しか無かった社会が、その包含する巨大な人口から数字の上では世界2位の経済大国になったが、共産党関係者と無辜の農民とでは、400倍もの格差を生む酷い差別社会を生み出してしまった。 そして、その経済は規模の大きさダケで、殆どの企業が国営企業で、市場モラルは専制国家時と全く変わらず、自由競争に任せられず、国家の恣意的介入を必要とし、亦、商業モラルも依然として低劣な賄賂先行なので、国際信用の悪化を食い止められないのだろう。

 処が、アメリカや日本は、資本主義が既に根付いて居たので、社会の共産主義の膾炙と言う点で、上手く進捗したので、特に日本は、その有効な成分のみを体制下に取り入れて、その社会平等性から言って、世界一成功した社会主義的国家であると評価されている。

 然し、この体制の基礎を創った米国の共産主義者=ニューディーラー達は、ソ連がスターリンに拠って独裁支配化する事を予想できなかったのか、バルト三国やポーランド、そして、日露戦争で、日本に割譲した千島、樺太の領有権を取り戻す事を、ソ連の国連参加を引き換えに認めて居るのである。

 ヴェノナ文書が公開されて居ない裡は、アルジャー・ヒスやジョージ・マーシャルは、FDR政権下でマルクス経済学者として、或いはFDRの右腕として、一流の評価を受けて来たが、公開後は、共産主義の狂信者と言う汚名しか得られないであろうし、亦、政治家としては全く資質が無かったと看るべきだろう。 彼らは、戦後世界での未成熟が故に誕生した、2つの巨大な全体主義国家が世界に齎す悪影響を、全く予想できなかったのですから。

少し遅くなりましたけれども、あけましておめでとうございます。
本年も、よろしくお願いいたします。


>その研究によって、ルーズヴェルト大統領の周辺には、側近であったアルジャー・ヒスを始めとする200人以上の政府官僚がソ連のスパイだったことが立証されつつある。

ルーズヴェルト大統領の周辺に、ソ連のスパイが200人以上もいれば米国のための政策ではなく、ソ連のための政策が次々の行われても仕方がないです。
これは、ルーズヴェルト大統領だけでなく、米国のお人好しさが出ていたと思いますが、同時に日本でも同様のことが起こっていましたし、支那の蒋介石相当も西安事件で共産党に拉致されましたから(その後の蒋介石は、国府軍をひたすら消耗させ、結果的に共産党軍を回復させています。)、世界中がソ連の陰謀に乗せられていたと考えることが正しいと思います。

そして、これは今でも続いている可能性があると思います。
民主党政権時代の2012年に、中共の駐日大使館の一等書記官(李春光)虚偽の日本の外国人登録証を取得していましたから、スパイの可能性がありましたが、警視庁公安部の出頭要請に応じずに帰国しました。
この頃の農水省は鹿野道彦大臣でしたけれど、このスパイに資料を渡していたと思います。


>日本では、戦後、占領軍に協力し、敗戦利得者となった人々がメディアを支配した。
彼等は、現在では在日反日勢力と呼称されるようになったが、それまでは左翼と呼ばれていた。

日本では、戦後の敗戦利得者はメディアを支配しましたが、さらに歴史学者は公職追放により追い出され、その後釜には左翼のものが座りました。このことによって、日本の歴史は歪曲、捏造されたものに改変されたものも多かったと思います。

戦後に生まれ育った団塊の世代を初めとする者達は、事実の歴史をどの程度知っているかを考えるとき、疑問符のつくことが多いと思います。
悪名高い治安維持法についても、シベリア出兵や尼港事件を考えるとき、否定しきれるものではありません。

今のメディアは情報を独占することによって、国民の思考を誘導することが出来ます。
このようなことを打破するのはネットの情報だと思いますが、ネットの情報にも良いものと悪いものが混在していますから、これをネットで利用するものは見極めることが必要とされます。
いち早くネット情報を得ることは必要ですが、その反面では、もう少し正確な情報と判断できるまでは、待つ姿勢も要求されると思います。


>ソ連の崩壊は、共産主義の間違いを証明するものだ。
共産支那も、共産主義国を名乗ってはいるものの、その実態は、共産党による国家の私物化である。

プーチンロシア大統領は、以前日本こそが社会主義国だと言ったことがありましたけれど、その通りだと思います。
それ以上に、それが行き過ぎて独裁者の国民の要求が強すぎて、国が破綻する恐れもある要素もあると思います。

これについてですけれど、現在消費税は8%ですが、10%にするとの計画です。
この時に低所得者は、2%文の消費税の負担が大きくなるからと、これを打ち消すために年間3万円の手当で国が補填することになったのです。元々消費税とは、国民から広く薄く税を徴収するための方策ですから、仕方がないと思うのですけれど、公明党が与党にいればこの補填も仕方ないとも思います。
でも、消費税の増額時期は延期されました。
増税が延期されているのに、この補填だけを実施するのは可笑しいと思うのです。これは、低所得者層に対する理由なき特典です。

こんなことを要求すれば、国民も又悪の独裁者となってしまうと思います。


>しかし貧富の格差を解決しようとする共産主義思想とソ連や支那共産党が主張する共産主義とは関係がない。
ソ連や支那共産党が主張する共産主義は、独裁を正当化するための方便にすぎないのである。

共産主義思想とソ連や支那共産党が主張する共産主義とは関係がないというのは卓見だと思います。

支那が今やっていることを観れば正にその通りで、政権を取るために唱えた思想がたまたま共産主義で有り、政権の取得後は独裁政権を維持する手段としているだけだと思います。

もし、共産主義が政治手法として浸透しているならば、役人はもっと理性的であって収賄を認める政治手法はとらないし、他国を侵略しようとも考えることはないと思います。

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