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2018年1月20日 (土)

支那政権にとって、内陸アジアはその死活を握る、地政学上重要な存在なのだ

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

楊海英『「中国」という神話――習近平「偉大なる中華民族」の』嘘』(文春新書)

日本人の一般読者の既成概念からみれば、真逆の内容が語られている。

例えば共産支那の軍事力の脅威は日増しに高まっている。

「強国」イメージの習近平体制は、しかしアキレス腱(弱点)を持っているのだという。

楊海英教授は、その軍事力は内陸アジアに向かっており、支那の弱点は、ウィグル、南モンゴル、チベットなどの内陸部にあると指摘している。

ーー

「歴史始まって以来、支那と内陸アジアは衝突しつづけてきた」

「内陸アジアの動静が支那政権の運命を左右してきたのだ」

「支那政権にとって、内陸アジアはその死活を握る、地政学上重要な存在なのだ」

ーーと。

「中華の思想や価値観は一向に万里の長城を北へ西へ超えることはなかった」

「仏教とキリスト教、イスラーム教は支那に伝わって定着したが、支那起源の道教や儒教が嘉谷関より西へ広がることはなかった」

「支那的な価値観と思想は、遊牧民にとっては異質な生き方で、受け入れがたい精神として映っていた」

「つまり内陸アジアの遊牧民にとって、支那人ははっきりと異なる文化、文明に属する」

ーー

だから支那の歴代王朝は、凶奴(きょうど)、突厥(チュルク系)、吐蕃(チベット)に軍事的に制圧されると、それら遊牧民に女性を贈ってきたのだった。

つまり、「結婚による民族戦略」を行使してきたのだ。

ーー

支那人は、「支那人を妻とした以上は、うちの婿だ」と発想し、相手の政権を「支那の地方政権」とみなしたのである。

まことに身勝手な論理である。

だから支那人女性を妻にした「チンギスハーン」は「支那民族」の英雄となるのである。

モンゴル人が漢族を征服した屈辱の歴史は、かくして教科書から消された。

ーー

そこで、楊教授は二つの歴史的出来事を、支那人のやり方として克明に記している。

ーー

遊牧民の呼韓邪単干に漢王朝は宮廷にいた王昭君を嫁として嫁がせる。

紀元前33年のことである。

そして王昭君は遊牧民の王(干、カーン)との間に子をなした「悲劇的女性」主人公として描かれるようになる。

支那人にとっては歴史改竄は朝飯前なのだ。

現代支那人は王昭君を二千年前から甦らせた。

そして異民族と結婚し、その屈辱的な風俗習慣に絶えて宥和をはかった「民族団結の象徴」にしたてあげたのである。

ーー

共産党政権は、フフホト郊外に巨大な「王昭君墓地」なるものを建て、観光客を呼び込んでいる。

その記念公園には、彼女と夫の呼韓邪単干が夫婦仲良く馬に乗っている巨大な銅像が聳えている。

売店ではチンギスハーンの絵画、人形、Tシャツも売られている。

ーー

評者(宮崎)が、この王昭君墓地を見学したのは、かれこれ十数年前である。

タクシーを雇って、フフホト市内から三十分ほどのところにあった。

車を待たせ、テント村に入り、この新しい神話の像が並ぶ場所を見学した。

<二千年前の話を突如、甦生させたのだから、彼女の墓地であるかどうかは誰にも分からない)

ーー

彼女はカーン(王)の側室の一人でしかなく、呼韓邪単干の死後は、その息子の側室として二人の娘を産んだ。

(これが遊牧民独特の「レヴィレート婚」)

そうした悲劇のヒロインのわりに銅像の風貌はふてぶてしかった。

西安に行くと楊貴妃の白い像があるが、日本人が思い描いているよりも遙かに肥っている。

そんな日本人が悲劇の主人公として思い描く姿とはかけ離れていたのだ。

ーー

そして著者は吐蕃(チベット)に嫁いだ「文成公主」の話を記している。

唐の都・長安はチベット軍に降伏し、唐の王家の娘「文成公主」を吐蕃のソンツェンガンポの元に嫁に出した。

そしていま、王昭君と並んで「民族団結」を象徴する女性として文成公主が現代支那に甦り、あちこちに記念碑やら銅像が建てられているのだという。

ーー

評者は、文成公主の巨大な白亜の銅像を青海湖を一周したときに山の中腹でみた。

作りは観音菩薩のようで、表情は愁いをたたえているかに見えたが、よくよく考えると唐王朝は漢族ではなく鮮卑系である。

したがって漢族と蕃族の民族団結とはいえないため、支那人は今「中華民族」なる架空の概念を用いている。

つまり歴史を塗り替えてしまったのだ

このようにして本書は、支那人らが、自分たちのその時々の都合によって、歴史をいわば改ざんしている事実を冷静な筆致で暴いてゆくのである。

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コメント

インドが、5000㎞の弾道弾打ち上げに成功したそうです。
そうなるとチャイナの北部全体迄をカバー出来ます。
いよいよ背後の槍が、整いました。
長年の国境紛争とチベット亡命政府の絡みから変化が起こりそうですね。
ウイグル・南モンゴルとも連携されるとチャイナは、お手上げ状態です。
人口の中心部は、海岸線に集中しており内陸は、ガラ空きです。
背後から一挙に進軍されて海に落とされて終わりです。
結構チャイナは、軍拡の割に地政学的に脆いです。
そうなると半島もチャイナ寄りに動いても将来が、また危うい。
詰まる所ロシアが、南進して不凍港の有る半島支配に乗り出す。
その後は、日本と半島経由で高速鉄道が、ヨーロッパ迄にビル事に成る。
現段階の半島では、二の足状態ですね。
チャイナは分裂かインド支配の可能性も有ります。
そうなると日本の開発環境は、激変して外交に攻勢を極めるでしょう。
チャイナと半島の民族は、混血されて全く違った地域になり、長年苦しんだキ印外交は、消滅する事に成る。

>縦椅子様 ソロです。
 3日間入院して居ました。 昨年取り残した尿管結石の大きい奴でしたが、ステント法と言う、チューブが体内に残る術式で、下半身麻酔で無事18日に終了、予後の経過観察の為、今日の午前まで入院でした。

 私も、宮崎さんが仰る様に、シナの歴史程いい加減なものは無いと思って居ます。 以前に居た会社には大連出身で、高校生で来日、長崎大学出のこが居ましたが、驚く事に、「満州人なんかいなかった」と言いだしたので、「何を言って居るんだよ、裡の母方は、大連で大きな会社をやって居たんだぜ、従業員は殆ど満州人だった、って言って居た。 シナ人こそ、満州は化外の地で、清王朝が滅んでから、東北に移住して来たんだ、何故嘘を吐くのか」と諫めた処、「シナの学校では、そう習った」と言って居ました。 歴史を歪めて教えるのは国民にとって、大層罪深い事で、その未来まで暗くして終う行為だと思います。

 「中韓を知りすぎた男」の辻本さんからの情報もあって、シナに対する見方は、以前とはまるで変わって居る自分に気が着いた、この10年でした。 その後、辻本さんから仕入れた知識から「正州」と言う呼称の意味、万里の長城を造らねばならなかった意味など、教えると、「何でそんなに詳しいか?」と訊いてきたので、「母親が、大連生まれの大連育ちだから」と言うと、「じゃあ、同郷ですねww」と言う事で何故か仲良くなりましたね。ww

 王昭君の話は、シナの三大美人と聴いた事がありますが、まさか現代に甦って居たとは、知りませんでした。 まぁ、白髪三千丈のお国柄ですし、楊貴妃の像が然程美人でも無かったのは、美人の尺度が国や民族で違うからでしょう。 故に、王昭君や虞美人も、古代の人ですから分りませんね。 

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