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2018年1月14日 (日)

ところが支那・朝鮮人にとっての歴史というのは、政治宣伝なのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

イタリア、支那、イギリスの合作映画である『ラスト・エンペラー』は、「紫禁城の黄昏」が原作とされています。

資金のほとんどは支那人が出したといわれているのに、この映画は支那ではほとんど上映されませんでした。

支那人にはすぐにばれる嘘が多くて見せられなかったのです。

それに、清国への回帰運動に結びついたらマズイとの判断があったからとも言われています。

ーー

しかし、この映画では、溥儀が日本軍によって不当に扱われており、それが世界に拡散したわけです。

つまり支那共産党としては、日本が悪いという宣伝になった。

ーー

日本人にとっての歴史は、過去の事実から学ぶ対象です。

ところが支那・朝鮮人にとっての歴史というのは、政治宣伝なのです。

したがって事実ではなく、宣伝目的をもって作られた作文に過ぎない、いわば嘘であるのです。

つまり人民にその内容を刷り込むことで、支配者層の支配をより一層確実にするための道具に過ぎないのです。

ーー

それでは、『ラスト・エンペラー』のもととなった「紫禁城の黄昏」とはどういう内容の書物だったのか。

著者のレジナルド・フレミング・ジョンストン(SirReginaldFlemingJohnston,1874年-1938年)は、清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の家庭教師をつとめました。

そして、のちに香港大学の教授やロンドン大学の東方研究所所長にもなっています。
 
当時第一級の支那学者でした。
 
ーー
 
つまり彼は、満洲国建国の経緯や溥儀自身の意思も、よく知っていました。
 
彼自身の体験を綴ったのが『紫禁城の黄昏』という本だったということになります。

ーー

東京裁判のときに、日本の弁護団は「溥儀が満州建国を望んだ」ことの証拠として、この本を証拠物件に 申請したのです。
 
しかし、却下されます。

証拠採用してしまえば、東京裁判自体が成り立たなかったからです。

それゆえに「紫禁城の黄昏」は、戦後長らく世界中で再出版されなかった。
 
ーー

映画「ラスト・エンペラー」がヒットした頃、この本を岩波書店が岩波文庫として刊行しました。

ーー

この文庫では、清王朝についてを説明した1章から10章までが、まるごと削除されていたのです。

しかも序文の満洲国建国に関係ある人物が削除されていた。

ーー

岩波文庫版で、削除された部分は、次の通りです。

 第1章 1898年の変法運動
 第2章 変法運動の挫折
 第3章 反動と義和団運動
 第4章 光緒帝の晩年
 第5章 西太后
 第6章 1911年の革命
 第7章 大清皇帝の退位条件
 第8章 大清と洪憲朝
 第9章 張勲と王政復古(復辞)
 第10章 松樹老人(張勲)の自伝
 第16章 王政復古派の希望と夢
 
ざっとみただけでも、義和団、西太后、1911革命、張勲などなど、以後の歴史を決定づけた重要な部分であることがわかります。
 
ーー
 
これに、渡辺昇一さんが怒って、多くの訳者に参加してもらい、新たに出版したのが、『紫禁城の黄昏―完訳(上下)』(祥伝社)です。

手元にあるのは、単行本の本の方なので、以下はその単行本の方の帯と前書きです。

ーー

「東京裁判」と「岩波文庫」が封殺した歴史の真実!
清朝最後の皇帝・溥儀(ふぎ)のイギリス人家庭教師による歴史の証言。
映画「ラストエンペラー」の原作にして、
戦前のChinaと満洲、そして日本との関係を知る第一級資料、待望の完全訳。

上巻では、原著全26章のうち、第一章から第十四章までを収録。
うち第一章から第十章までの邦訳は、岩波文庫版未収録。

近代化を唱える康有為(こうゆうい)の運動が失敗に終わり、西太后が実権を掌握すると改革派の光緒帝を幽閉し、反動政策を推し進める。
だが、ついに革命を誘発し清朝は滅亡。
 
即位して間もない少年皇帝・溥儀は、曖昧な条件の下、そのまま紫禁城に住み続けることになった。
 
そんな中「帝師」の要請を受けた著者は、日々皇帝に接し、唯一の外国人として紫禁城の内側をつぶさに見聞する機会を得る。
 
清朝最後の皇帝・溥儀(ふぎ)の家庭教師として、皇帝の人となり、紫禁城の内幕、満洲問題と日本との関係を、内側からつぶさに観察したイギリス人による貴重この上ない歴史の証言。
 
原著は1934年刊行。
ーー
 
「紫禁城の黄昏が極東軍事裁判に証拠書類として採用されていたら、あのような裁判は成立しなかったであろう。こういうだけで、本書の価値を知るには十分である。もちろん、何が何でも日本を悪者に仕立て上げたかった東京裁判所は、本書を証拠資料として採用せず、却下した」(渡辺昇一)

ーー

満洲族は、漢族とは言葉も文字も習俗もまるで違います。
そして満州は、万里の長城の北にある土地です。
そもそも、万里の長城から北は、Chinese(漢族)の土地ではありません。
だからこそ万里の長城も築かれたのです。
 
ーー
 
満洲国というのは、満州から出てChinaの覇権を握っていた清朝政府が、本来の自分たちの土地に満洲民族の帝国を復活させたい、わば満人の満人による満人のための国家です。
 
その満州人国家をつくるに際して、世界は一家、人類はみな平等という八紘一宇の精神を持つ日本が、建国のための指導をしましたが、巷間言われる「支配」と、「指導」では、その意味合いはまるで異なります。
 
日本が当時行ったのは、あくまでも「指導」です。

ーー

満洲の老人たちは、いまでも「われわれにも自分たちの国があったんだ」と涙を流します。
しかしもう戻れない。
 
満洲国の血筋自体が消されてしまったからです。
ーー
 
歴史は繰り返すといいます。
 
このままいけば、日本は、ウイグルや満州のようになってしまいかねません。
 
韓国だって同じです。
 
調子に乗って日本叩きに邁進していると、イの一番に吸収され、粛正されるのは、韓国です。
 
在日コリアンにしても、自分たちの利権ばかりを主張し、日本を貶めることばかりしていたら、結果、Chinaに呑みこまれ、すべてを失うのです。

ーー

終戦直後の台湾で、「日本という犬が去って、Chinaという同胞がやってくるのだ」と、国民党兵士を喜こんで迎えた人々がいました。
 
彼らは国民党が上陸する港に集まり、爆竹を鳴らして拍手で迎えました。
 
ーー
 
ところが船から降りてきた国民党兵士は、服装もデタラメ、靴さえ履いていない者がいる。
 
体中に、鍋や釜、貴金属やらの財産をくくりつけ、中には血のついたピアスを胸にぶら下げている者もいました。
 
ついさっきどこかの女性の耳からひきちぎってきたものに違いありません。
 
そして拍手をもって迎え入れたChineseたちは、台湾の町中で略奪の限りを尽くし、女とみれば手当たり次第強姦したのです。
 
ーー
 
台湾の市民は、その行為に抗議して10万人規模のデモを起こしました。
 
けれど、時すでに遅し。
 
国民党は、台北の市庁舎の屋上に機関銃を据え付けると、これを台湾の市民に向かって乱射しました。
 
市民の犠牲者は、3万人にものぼりました。

ーー

満州も同じです。
 
満州国時代の新京は、実に清潔で平和で文化的な街でした。

戦後、Chineseが乱入しました。

日本人の共産党員が手引きして、日本人女性や親日満人に対し、強姦・殺害を繰り返しました。

街も文化も、人々の生活も、破壊された。

ーー

日本は世界の良心です。
 
その日本を守るのは、そして子や孫の時代に、素晴らしい日本を残すのは、私たちの世代に課せられた最大の課題です。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>日本人にとっての歴史は、過去の事実から学ぶ対象です。
ところが支那・朝鮮人にとっての歴史というのは、政治宣伝なのです。

ネットの世界に入ってから、覚えた言葉は
「日本人にとって歴史はヒストリー(事実)である。
韓国人にとって歴史はファンタジーである。
支那人にとって歴史はプロパガンタである」
でした。

しかし、岩波文庫もまた、日本の報道機関の「報道しない自由」に準じた出版社であると思うと、ゲッソリします。
印刷された出版物は、信頼に足る引用元としますから、出版社がその印刷物を信用できないと考えますと、困ったものだと思います。

自分の投稿は何処まで正確なのかと、不安になります。
まあ、自分で分かることは確認するけれど、その元が間違っていたら、ごめんなさいと言うことしかありません。


この「紫禁城の黄昏」について、今の支那人に愛新覚羅溥儀と満州のことと言っても通じないでしょう。だって、満州は支那において死語になっています。(支那は、満州を東北地方と言い換えて、満州は無かったことにしています。)

これは、満州に対する歴史の捏造で、清国と支那の関係を解らなくしていると思います。
そして現在の中共は、その建国後の歴史で内モンゴル、チベット、ウィグルを吸収したことは認めていますが(実態は侵略による植民地支配で現在は自治区)、満州については自治区として扱わず、黒竜江、吉林、遼寧の三つの省を東北地方としています。

冗談ではありません。東北地方は元は満州という女真族等の遊牧民族の土地であり国だったのです。
その証拠に、女真族と漢民族の境界には万里の長城を建設して、彼等が万里の頂上よりも南側へ越境しないように防御していたのです。

女真族が力を付けて万里の長女より南側へ進入・侵略して打ち立てたのが清国で、女真族は清国の建国後に首都を北京としたのですけれど、この時には、漢民族が満州に入らないようにしました。
時を経て、清国が崩壊したときには最後の皇帝で会った愛新覚羅溥儀が北京にいられなくなったから、日本は彼を支援して元の土地である満州国を建国したのです。
ですから、この時まで日本は支那を侵略したことにはなりません。

大東亜戦争では、日本は不幸にして敗戦しました。
これに乗じて満州国を侵略したのは支那であることが、真の歴史だと思います。支那が満州国を侵略し、その後には植民地にもせず、一方的に本国に吸収したのではないでしょうか。

これは、日本が韓国を条約に基づいて併合したことと同様ではなく、まさに今の韓国が日本に対して主張している一方的な併合(植民地)と同様のものであったと考えます。

さりとて、今、これを主張してもどうにもならないのが悔しいところですけれど、大戦中でも平和で文化的な都市であった新京に、中共軍が乱入したことに怒りを覚えますし、

>日本人の共産党員が手引きして、日本人女性や親日満人に対し、強姦・殺害を繰り返しました。

これに対して、日本の共産党員が今、平和を唱えても口先だけだと思う他ありません。

日本の古代史から近現史に至るまでどれ一つ取ってもこれが正史だと言われるものが無く推測の域を出ない。
考古学によって歴史の塗り替えが頻繁に起こる様になった近年は、戦後の左翼学者による或は、GHQの圧力による歴史改竄が、考古学や遺伝学によって矛盾が出ている。
歴史が、政治利用され任那日本府は、無い事に成っているが、広開土王石碑には、南韓の倭の存在が明記されており、歴史の出鱈目とうやむやにする学問の逸脱がある。
それに日本建国の歴史も戦後日本人に知らされていない。
縄文・弥生の共存で人種的差がDNAの結果殆どないなど、コメの伝播も半島より日本の方が相当古い事も考古学で証明されている。
つまり半島では、大陸の陸稲と日本の水稲が、混在しているのである。
挙げればきりがないが、それほど日本は古くから存在するのである。
チャイナから文字伝来があるまで文字は無かったと言われるが、神代文字として何種類もの文字が有った事もこ偽書と言われている書物に存在している。
左翼学者の無能で怠慢な日本の歴史は、完璧に曲げられ歴史のストーリーが極めて解り難い歪になっている。
以前ソニーが神代文字のCDを発売したが、アメリカのロックフェラー辺りが、全て買い占めている。
似非ユダヤは、戦前は、ヒットラーを利用し、日本も何らかの手管があるのか古史にまつわる遺物が収集された話が散見している。
それほどに古代史を知りたがる似非ユダヤが居るのである。
伊勢神宮にも書庫に過去の神代文字で書かれた掛け軸が奉納されており、源頼朝の物も有る。
グローバルで歴史を俯瞰している似非ユダヤは、日本に照準を合わせた歴史観を見出している様である。
終戦時アメリカ軍が、仁徳陵を発掘したのもその一環である。
単純に見ても高校世界史の歴史年代表見ても日本だけが一本線で皇国が続いている。
他は、全て易姓革命の如くぶつ切りの歴史である。
それだけに歴史の信憑性は、有るのかもしれないが、日本の様に変化しなければ、始まりの歴史が現在曖昧で解り辛い事と、戦後GHQの歴史介入における改竄が、未だに幅を利かせ日本史が、曖昧なままである。
今後歴史の改竄が、是正される時は近いと思う。

縦椅子さま
 「即位して間もない少年皇帝・溥儀は、曖昧な条件の下、そのまま紫禁城に住み続けることになった。」・・・
 
映画「ラスト・エンペラー」は広い 紫禁城で独り無邪気に遊ぶ皇帝溥儀の衝撃的映像と、坂本龍一になるで音楽で私たちの脳裏に深く刻まれた作品であります。、
 「『ラスト・エンペラー』のもととなった「紫禁城の黄昏」とはどういう内容の書物だったのか。」・・・について深く考察されたブログを掲載していただきありがとうございます。
 「清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の家庭教師をつとめました」著者のレジナルド・フレミング・ジョンストンの彼自身の体験を綴ったのが『紫禁城の黄昏』という本だった」ということですが、
 もしこの本が「東京裁判のときに、日本の弁護団は「溥儀が満州建国を望んだ」ことの証拠物件に 申請した」が通っていたら、戦後体制は変わっていたかもしれないし、・・・
 もし この本を「岩波書店が岩波文庫として刊行した際、ーー 清王朝についてを説明した1章から10章までが、まるごと削除されていたり、しかも序文の満洲国建国に関係ある人物が削除され」ていなかったらと考えると・・・しかし、歴史に{「もし・・・」はありません。
 しかし、ありがたいことに「これに、渡辺昇一さんが怒って、多くの訳者に参加してもらい、新たに出版されたのが、『紫禁城の黄昏―完訳(上下)』(祥伝社)」で、名誉回復となります。
 「日本は世界の良心です。」ーー日本の良心がこれまでも、
そしてこれからも世界中に行きわたってほしいと切に願います。

>>支那・朝鮮人にとっての歴史というのは、政治宣伝
否、歴史の扱いを、日本並みに「事実の積み重ね」として、厳格にやって居る処は、西洋にも無いでしょう。 何故なら、中世と言う時代が、キリスト教と言う全く、非科学的な常識を基礎にした社会だったのですから、権威や権力に不都合な事実は、歴史から悉く抹消・抹殺・無視されているのは、火を見るよりも明らかだからです。

 何故こう言う事が、起こるのかと言えば、治世が安定した期間が長く続かなかったからと言う他はありません。 究極、宗教自体の存在意義は、個人の心の安寧、具体的には「毎晩安心して眠れるか?」と言う事にありますから、本質的には非常に個人的な事象の筈です。

 処が安心を与えてくれる筈の神様が、逆に、猜疑心から発生する不安や怒りを信者に齎して居たのが、欧州の中世と言う時代であったと言えましょう。 そう言う攪乱や混乱を生んでいるのは、明らかに神のご意志では無い。 現実的な権力の衝突や利害の争いが原因なのは、自明の理であったでしょう。 其れを権力者側は、民衆を操作する手段として用いて、無辜の人々を刑場に送ったのです。 こういう背景で、マトモな歴史が紡がれる筈が無いのです。

 処が日本の歴史には、かなりの正確さで、史実が語られて居ます。 其れは何故か、そうして正確に記録に留める事が、子孫に経験を遺す事になると言う価値観が、縄文時代(1万5千年前)の古から、出来上がって居たからでしょう。

 日本は風水害が毎年襲ってきますし、何十年に一遍は、大きな津波が押し寄せて来るし、火山も噴火を起こすし、大地震も起る処です。 この列島で農業を営み飢えずに生き抜こうとするなら、当然知恵を働かせて、災害毎に工夫をして行かなくては、同じ悲劇を繰り返す事になるでしょう。

 勿論、大噴火や地震は、今でも予測が難しいですが、津波などは、ドレ位の高さまで逃げれば助かる、と言う記録があるのと無いとでは、雲泥の差でしょう。 事実に基づいた細かい記録は、子孫に取って、災害の被害を最小に止めるに必須のものであったに違いないのです。

 亦、そう言う記録が、確実に子孫の為になるのは、日本が列島と言う、侵略者から隔絶した島国である事で確実性が高く、説得力があったというのも、拍車をかけて居ると思いますね。

 シナや朝鮮に歴史を検証する術や価値観が無いのは、日本の様な、詳細な事実に基づいた歴史を遺す理由が無い事もありますが、何より、文字を読み書きする能力「=識字力、識字率」が、近世迄非常に低かった事が第一でしょう。 其れは、シナ・朝鮮人の情報に対する価値観の低さ「=パクリや著作権の無視行為」に如実に現れて居ると言えると思います。 この悪癖が治らないと、シナ・朝鮮人が、文明人として世界で扱われる事は、永久にないと思います。

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