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2018年1月13日 (土)

神々とご祖先と、今生きている先輩たち、自分たち、後輩たちみんなが、天皇のもと、ひとつになって、より良い未来を築こうとしてきた

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集
 
自分(ねず)のやっていることは、ジグソーパズルのピースを集めているような気がします。
 
戦後これまでの間に、壊れてバラバラになってしまったものの断片を集めて、原形を再現しようとしている。
 
日本の原型はどのようなものだったのか。
 
ーー
 
それは、独特の統治方法であり、ひとことでいえば「シラス(知らす、Shirasu)」です。
 
神々とご祖先と、今生きている先輩たち、自分たち、後輩たちみんなが、天皇のもと、ひとつになって、より良い未来を築こうとしてきた。
 
それが日本の原型です。
 
ーー
 
日本は、長い歴史の中で、全体として、良心が勝ることができた国だと思うのです。
 
なぜそれができたかといえば、それはひとえに天皇の御存在あってのことです。
 
日本には権力よりも上位の天皇という存在があり、その天皇によって、すべての民衆が「おほみたから」とされてきた国であった。
 
これによって権力者は、民の私有者ではなく、民を預かる立場に置かれた。
 
こうして民と権力者が、対立関係ではなく、一体となって未来を担う関係になった。
 
ーー
 
日本が和の国だというのは、「きみ、とみ、たみ」の三者が、いわば鼎立関係になっていたことに由来するのです。
 
ーー
 
昨今、天皇をたんなる機関(エンジン)と見立てたり、一種の仕組み(天皇制)と見立てたりすることで、置き換えが可能だと主張する人たちがいます。
 
あるいは天皇周辺の醜聞をあげつらうことで陛下の権威を下げることに血眼になっている人たちもいます。
 
その人達は何が目的なのでしょうか。
 
ーー
 
日本では、天皇の存在が、権力者から民衆を自由にしてきたのです。
 
天皇の存在を否定することは、権力者が「民衆を奴隷にする(私物化)」ことを許す行為であり、悪意としか言いようがありません。
 
支那・朝鮮では、権力者が、民衆を私物化し、民衆から搾取する行為を当然と考えて、実行していたのです。
 
ーー
 
本来、権力と責任は一体であるべきものです。
 
ところが、権力が最上位にあれば、誰もその権力者の責任を追求することができない。
 
権力者は、反対者を粛清して頬かむりできるからです。
 
(支那・朝鮮・ロシアでは現在もそうなっている)
 
ーー
 
責任抜きで権力行使ができる状態を暴政と呼んでいるのです。
 
ところが、現在の日本には、堂々と国益を損ねる政治家が存在している。
 
またメディアの多くが、日本の名誉を棄損し、国益を外国に売るような行為をしているのです。
 
ーー
 
それに対して、誰も責任を問うことができない。
 
ーー
 
これはつまり、我々日本人が、無責任政治、無責任報道を容認しているということです。
 
そのような社会においては、誰もが自分の幸せを守ることだけで精一杯になります。
 
子供たちの未来どころではなくなっている。
 
ーー
 
一人の人間が、人生のすべてをかけたとしても、できることはごくわずかです。
 
けれど、その「わずか」を、5年続けたら、10年続けたら、20年続けたら。
 
一日は24時間に1秒足らないのだそうです
 
その足らない1秒が4年蓄積されると、うるう年の24時間になります。
 
まさにチリも積もれば山となるです。
 
ーー
 
東日本大震災は、本来の日本人の凄みをあらためて思い返させてくれた地震となりました。
 
困ったときに互いに助け合い、利他の心を持って整然と行動する日本人の姿が、ネットで世界の人々に報道されました。
 
それは、日本人の原型が出現したものでありました。
 
日本人のDNAに染み付いた日本人本来の姿でした。
 
ーー
 
では、どうしてそのような行動が、日本人のDNAとなったのか。
 
混乱した状況では、人々は信じられないような暴虐を行うものです。
 
それが日本では一切起こらなかった。
ーー
それは、長い歳月のうちに、日本人のDNAとなったといえるのではないでしょうか。
それではなぜ、日本人にそのような文化性が染み付いたのか。
それは日本に天皇という存在があったからです。
 
ーー
 
天皇の存在は、民衆に権力者からの自由を保障したのです。
 
権力者はむしろ民衆を天皇の「おほみたから」として保護しなければならなかった。
 
民こそが「おほみたから」なのだという、おそらく人類の理想ともいえるのが日本の原型なのです。
 
我々の父祖らは、このような素晴らしい文化を持つ国を護り通したいと願い、外地でも勇敢に戦ってくれた。
 
ーー
 
戦後70年以上を経過したいまでも、そうした文化の断片が日本の日常生活の中に散らばっている。
 
私(ねず)はそれらの断片を集めて原型を再現しようとしているのです。
 
ーー
 
もっとも、私が再現したものが、確実に正しいとは言えません。
 
中には、「そんなはずはないだろう」と批判されます。
 
たとえば、百人一首の歌についても、当時の貴族たちは、政務ではなく、性夢に励んでいたかのように解説しています。
 
素性法師の歌などはホモの歌にされている。
 
ーー
 
それで本当はどうなのかといろいろ調べてみると、素性法師は敵味方双方の兵を悼む心情を読まれていたのです。
 
古事記や日本書紀も、いまや著者の意図とは離れた解釈がなされていた。
 
それで私(ねず)は失われた原型を復元するために残された断片を集める作業をしているのです。
 
ーー
 
在日のことにもすこし触れて置かなければなりません。
 
ーー
 
彼らが戦後の日本でのしあがったのは、38度線という東西世界の境界線があったからです。
 
世界戦2後、西側の自由主義諸国とその東側の共産主義諸国が冷戦で対峙しました。
 
この時朝鮮半島では、西側の南と東側の北が対峙することになった。
 
この際南朝鮮の経済成長が北(東側)に対する西側の宣伝として使われた。
 
東西冷戦が、南朝鮮の経済成長の理由だったのです。
 
それは同時に、日本における在日Koreanの横暴をも許すものとなった。
 
ーー
 
南朝鮮の経済発展は、世界の秩序維持に、不可欠の要素とされてきた。
 
しかし今や国際情勢はすっかり変わったのです。
 
彼らを助けることは、国際社会の中で、もはや百害あって一利なしとされるようになった。
 
つまり、南朝鮮は国際社会から見放されるということです。
 
そうなると日本国内に限らず、世界中で朝鮮人Koreanは、これまでのような横暴が通用しなくなります。
 
犯罪は犯罪とされるようになるのです。
 
今年はそのことがあきらかになります。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

財政均等法を打ち破ったのは、東京五輪からですか?NHKでは五輪からと言ってますが、NHKの日本が、緊縮財政をするために、朝から国民にたいし、様々に煽ってますが、悪い面ばかりだすのは、大学入試の、少論文でも駄目で、NHKは大学入試合格ならないような、番組で、日本国民を煽ってるんですか?

日本の緊縮は、隣国特に、韓国にメリット、緊縮反対の三橋を嵌めて、

>戦後これまでの間に、壊れてバラバラになってしまったものの断片を集めて、原形を再現しようとしている。
日本の原型はどのようなものだったのか。

戦後の日本は、GHQによるWGIPやプレスコード、3S政策によって大きな影響を受けました。
義務教育においてGHQの政策では、報道検閲や焚書はなかったと習いましたが、これらは全くの嘘で検閲によって連合軍の都合が悪そうなことは報道せず、数千冊の書物が破棄されていました。
また、公職追放で日本の歴史学者も追放したため、歴史を研究・教育する体制は破壊されたと思います。

これらが代表するGHQの政策は、勝者の立場でなされたものですが、そのために日本の歴史教育は無茶苦茶です。だって、検閲・焚書で例えるまでもなく、あったことを無かったとすれば真実が何処にあるか判らなくなるのです。

この状況は、サンフランシスコ平和条約が締結された後には、報道機関が情報の独占者として継続されました。
報道機関は日本の帰還ですが、彼等は敗戦利得者としてGHQの政策を継続したと考えます。
そして、このことが現在にまで至る原因だと思います。
本来の日本ならば、天皇を中心とした「シラス」国として統治されたと思います。


>在日のことにもすこし触れて置かなければなりません。

在日は同じ敗戦国であったにも関わらず朝鮮進駐軍を自称して、敗戦に打ち拉がれた日本の中で、あらゆる犯罪を犯しました。
彼等は気に入らないことがあれば、集団で暴動を起こし、力で要求を通しています。
(数日前に読んだ資料では、警察ですら彼等の前には力不足で、任侠の人達に助けを求めたのです。これは、幼いときに聞いたことがありました。)

在日も今では、このような暴動を起こすことは出来ないと思いますが、その代わりに在日企業は、税金面での途方もない優遇処置が執られています。

確定申告の碑が近づいています。在日は税務署に確定申告をせず、在日朝鮮商工会に書類を提出し、これを在日朝鮮商工会の税理士は朝鮮総連への寄付や不当な接待費を必要経費として処理して処理するのです。
結果として税金は極めて安くなり、1989年の予算委員会では売り上げ15億円以上の企業が納税額48万円になったことも報告されています。

>しかし今や国際情勢はすっかり変わったのです。
彼らを助けることは、国際社会の中で、もはや百害あって一利なしとされるようになった。

安倍首相は自民党が政権を取り戻してから、戦後レジームからの脱却をスローガンに着々と在日にも目を向けています。

直接の目的ではありませんが、マイナンバーもその一つで有り、通り名の制限もその一つだと思います。
(通り名は、元々朝鮮人が日本人名の使用を要求し、日本がそれを認めた制度ですが、気が付けば創氏改名を日本が強制したとの反日材料にされていました。)

>>日本は、長い歴史の中で、全体として、良心が勝ることができた国だと思うのです
 その中心には、権威の王であるスメラミコトが置かれて居た事が、他の国とは大きく違う処です。 然し、シナの文献に遺る「倭の五王」=河内王権時代は、権力の王が是を兼ねて居ましたが、河内王権自体、応神帝の父帝である仲哀帝が、吉備国の豪族に命じて湿地帯を大規模干拓を行い和泉・河内に穀倉地帯を出現させ、経済的基盤とした王朝で大きな権力を揮う事が出来ました(諸説あり)。 処が、応神帝から数えて7代末に現れた、武烈帝は暴君だったので、筆頭家臣の大伴の守屋が暗殺して終いますが、1代前の雄略帝がライバルになりそうな血縁者を次々に殺した所為で、武烈帝亡き後の後継者がいなくなり、本来敵方である丹波の豪族だった大ド(亦+しんにゅう)王=継体帝を担ぎ出した時は、正に日本の皇統の最大の危機であったと言えましょう。

 唯、その当時は、帝がスメラミコトと言う司祭を兼ねる以外、普通の国とあまり変わらず威力双方を持った王の国であったと思われます。ですから継体帝は守屋はその気になれば、帝位を簒奪するチャンスだったワケで、継体帝も守屋の陰謀を疑い、20年も即位しなかったそうですが、守屋が死んでから、朝廷を樟葉宮から河内に移します。 是に拠り大伴氏の権力は衰えました。

 当時の大和朝廷は、吉備族・大和族中心の豪族連合の支持で成り立って居たので、もし守屋の策謀が成就して居れば、今の日本は無かったでしょう。筆頭家臣とはいえ、神霊の依代足るスメラミコトを血筋でも無い大伴氏が取って代わって居れば、近畿地方は大きな戦乱の渦に巻き込まれ大和朝廷は瓦解して居たと思われます。

 その大伴氏が地方に左遷された後、権力を握った物部氏とオソラク長江民由来の新興豪族蘇我氏の対立時に、聖徳太子が敢えて仏教を掲げた蘇我氏側に着き、以て、帝の独立性を文字通り死守します。 それから約50年を経た壬申の乱後、即位した天武帝によって威力分離が行われましたが、天武帝の敵方であった天智帝の片腕だった藤原氏が、権力を握った時は、当時の帝が女帝だった事もあり、スメラミコト本来の権威王・祭祀王は、形だけのモノになって居ました。 つまり、君主が2つになって終ったのですが、是はその後の事を考えれば、最良の途だった様に思います。

 以後、明治帝の先帝に当たる孝明帝迄は、天皇は本当に形式だけの存在で、スメラミコトであったとはいえ、実質京都の貧乏貴族にしか過ぎませんでした。 斯うして看れば、江戸末期までは、結果的に威力分離の政体が支持されてきたダケの様な印象を受けますが、徳川幕府末期に、影響力や財力・武力の面で圧倒的な差があるのにも拘らず、幕府は公武合体によって世の秩序を糺そうとして居ますので、尊皇の志は、武士のみならず庶民にも脈々と受け継がれて居た様子が窺えます。 つまり時の権力者が、庶民の天皇家支持力を借りようとしたと思われるのです。

 明治帝の評価は左翼の歴史学者でも頗る良く、明治大帝・聖帝とも呼称されて居ます。 sりゃあ、当時、欧米列強に拠る武力の侵略で、アジアの殆どの国は、白人文明の収奪と差別ので屈辱的な暮らしをして居たのですから、一介の新興国に過ぎない日本が、あれよあれよと云う間に世界のトップクラスの国家として認められるに至ったのですから、絶大な人気がある国家元首を悪く言う筈も無い。

 然し大政を奉還したにも拘わらず、憲法に関しては成文憲法であるその性質上、移り行く世との整合性を点検し、遺漏が有れば付加し、亦は、改正するダケの政治力を持つべきであった。是が為されて居なかった為に、国家神道等と言う現実を全く膾炙していないモノが罷り通り、天皇陛下を現人神として奉る事で、却って、追い詰める様な形になって終ったのでしょう。

 戦争を開始しましたが、終わり方の宛てが全く無いのに、米本 土爆撃=米国からの講和と言う、在り得ない計画を立てていたとは、今更ながら驚かされます。それに資金が少ない、工業力も大きく差がある、資源が無いと端から分って居ました。 それなのに、物量の豊富な米国が陸海軍同じスペックの銃弾を使って居るのに、日本は、陸海軍では互換性が無いと言うバカな話があちこちにありますが、是で、銃はあっても弾薬が無いと言う中でどれほど多くの兵市が無念の思いで死んでいったか、日本は本気で勝つ気で戦争をしたのだろうかと、悔しい思いが湧いてきます。

 まぁ日本人が有史以来、外国で戦争をしたのは、朝鮮とシナとロシアと、全て日本本土から物資の補給が及ぶ範囲ですので、そこを基本に作戦を建てても、全て初めての事なので、作戦に穴があるのは仕方がなかったのですがね。

 然し、昭和帝が終戦のご詔勅に触れられていた様に、「汝臣民は、忍び難きを忍び耐え難きを耐えて、日本の正義の為に、良く戦ったが米国は2発の新型爆弾を投下し・・」と、国民の奮戦ぶりを褒め称えて居ます、そして、「是以上戦っては、日本人が皆殺しにされる恐怖を感じるが故に、ポツダム宣言を受諾する事にした」と、仰有って居ますが、是は実は、陛下が処刑を敵の判断に委ねると言う事ですので、ご詔勅全文を読むと、丸でご遺書の様に感じられます。 そして、陛下は「やけにならず、諦めず、必ずや日本を立て直し、再び世界に栄えある日本国にして下さい」と結んでおられます。

 私はこのご詔勅を聞いた国民で泣いた人は数知れず居たに違いないが、腹を立てて怒った人はごく一部であったと思います。それは陛下が、後日全国の行幸を開始された時、迎えた国民達が、恨み言一つ謂わなかったが、陛下が落涙する姿を看て共に泣いたのは、陛下と共に、此の受け容れ難い敗戦を受け止め、この国を復活させようと真に決意したからに違いありません。 斯うした国王や国家元首は、天皇陛下の他には世界の何処にもいないと言う事を、誰よりもGHQが、総司令官のマッカーサーが知った事でした。

 否、ダカラこそ「日本恐るべし」と感じた米国人も居たのでしょう。現在の日本がその「惧れ」に拠るWGIPの結果であると言って良い。 然し戦後も今年で72年になります。何時迄も、WGIPの所為ではありません。 必死で戦った日本人の中にも、腰抜けや学弱の卑怯者は居たのです。そう言う連中がWGIPに沿って創り上げた戦後体制でしたが、1昨年の米国民主党の副大統領に拠る、「現行憲法が、米国製である」子との暴露に始まり、昨年のレジーム維持派「=売国左翼、護憲派」の共産国朝鮮の暴走によって、大幅に国民の支持を失い退行して、憲法の改正が可能になりました。

 これは我々の先人が、2700年に亘り連綿として国家を災害や、戦争から護り、より良き国家を子孫に遺そうと努力してきた結果なのだと、改めて確認・認識する必要がありましょう。

終戦直後の、朝鮮人の暴虐無人の行動、結構まとまってたような、組織的に動いてたのか?日本人は何故組織的に、対応出来なかったのか?

松茸さん   ポッポです。

終戦直後の暴虐無人の行動に、日本人はなぜ組織的に対応できなかったかとのことです。

当時の日本はGHQに統制されており、警察官は拳銃を持たず武器らしいものは警棒だけでした。また、庶民は朝鮮人の行動に対し、警察力が不十分であったことから、太刀打ちできなかったと思います。

一つの事例として、1946年1月18日に発生した「七条警察署襲撃事件」があります。

概要は、七条警察署が闇米買い出しの朝鮮人を物価統制令違反として現行犯逮捕したものですが、連行途中に犯人が逃走し在日朝鮮人連盟の支部に逃げ込んだことから事件になりました。

1月24日に朝鮮人40人が七条警察署に押し掛け、署長に抗議したところ、朝鮮人と対立していた的屋・博徒500人が警察の応援に駆けつけ、署員とともに朝鮮人を実力で排除しました。
朝鮮人は反撃のために約700人を集結させ、これに七条警察署側は○○組に応援を要請し、組は古文を総動員して迎えつ準備を整え、京都駅前で大乱闘になりました。
最終的に、警察はMPの出動を要請して、MPが駆けつけて沈静化しました。

この事件において、朝鮮人の組織的・暴動に対して警察では対応不可能であったことが、松茸さんへの回答になると思います。
今では想像できないことですが、警察が70年前のこととは言え、現在の指定団体に応援を求めなければ対応できなかった位に、日本の治安が保たれなかった状況だったのです。(これは、WIKIにも掲載されている事件です。)

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