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2018年1月27日 (土)

ネット環境が整備されなければ今も、日本人は事実を知ることなく自国を誇れなかっただろう

ーー以下「宮崎正弘ブログ」より抜粋編集

敗戦は日本人から自信と矜持を奪った。

それだけではなかった。

自信と矜持をなくした人々の中に、占領軍の占領政策に協力するものが現れたのだった。

そして彼らは敗戦利得者となり、戦後日本の政財界、教育界、言論メディアそれに法曹界を支配した。

ーー

ネット環境が整備された今、これら敗戦利得者らは在日反日勢力と呼称されている。

ーー

いまもなお在日反日勢力は、日本の歴史を貶めることで利権を維持しようとしている。

例えば、「封建時代は暗黒時代だった」や「近代化が遅れたのは鎖国のせいだ」あるいは「日本の百姓は支配階級の搾取により疲弊していた」と言いつのっている。

そして「封建時代」の諸国諸大名が、それぞれの諸国を豊かにするために競い合って、様々な工夫をしていたことが後の日本の発展の基礎になったことには触れない。

また鎖国は、列強がキリスト教を使って日本を植民地化することを防いだとは決して言わないのである。

(秀吉はキリシタン大名が火薬を手に入れるために日本人女性をキリシタンに売っていたことに激怒してキリシタン禁止令を出している)

ーー

「支配者階級の搾取」に至っては、どの藩も飢饉に備えてお助け米を用意していたことから考えれば、それは世界一軽い搾取であったと推測されるものだった。

ーー

これら江戸時代の史実は、ネットで調べればわかる。

つまり戦後社会は、在日反日勢力によって支配され、かれらが言論空間を自分たちに都合の良いように作り上げていたことがわかる。

ネット環境が整備されなければ今も、日本人は事実を知ることなく自国を誇れなかっただろう。

そう考えると恐ろしくなる。

ーー

今ネット環境を手にした日本人は、ネットを通して世界を見、知ることができるようになった。

そして世界をつぶさに比較してみると、日本は政治、経済、社会制度、福祉、文化、芸術、自然、風景、民度等良いどころか、むしろ優れていることに気づいたのだった。

そしてだれもスエーデンが素晴らしいとは言わなくなった。

日本をけなし続けていたのは、在日反日勢力が牛耳るメディア・言論界だけであったのだ。

在日反日勢力は、さらに日本人に「東京裁判史観」つまり世界戦2の戦争責任は日本にあるという自虐史観を強制し続けていたのだった。

もちろん彼ら自身の敗戦利得を守るためだった。

ーー

例えば欧州はせいぜい十世紀に文明らしきものを築いて、人種的には無縁のギリシア・ローマを祖先に借用することで歴史の古さを語ろうとした。

欧州からの移民によって作られた米国は、移民たちの祖国の欧州史を自分たちの歴史の基礎に据えたのだった。

ところが、近年コロンブスのアメリカ大陸発見などという西洋中心史観に多くの人が疑義を訴えだしたのだ。

ーー

日本でも、

仁徳天皇陵はピラミッドより大きい。

伊勢神宮や出雲大社の規模は、パンテオン宮殿より遙かに大きい。

十七条憲法はマグナカルタより六世紀も早い時期に成立している。

東大寺の大仏開眼の際には遠くインド人まで参列していた。

遣隋使・遣唐使の廃止はもはや唐から学ぶことがなかった事実の証明である。

源氏物語はシェイクスピアより五世紀もはやく世界最古の恋愛物語だ。

仏像は世界一流の宗教芸術であり、江戸時代の大衆芸術であった浮世絵は、欧州の近代絵画に衝撃的な影響を与えた。

そしてさらに、

日本の城は城下町の一部であり、計画的に作られた城下町全体は、世界的にみて規模、土木・建築技術ばかりかその美しさも世界に誇れるものだ。

と言われるようになった。

ーー

これらだけでも日本人は自国を誇りに思うことができる。

ーー

近年の考古学はさらに、日本人が誇るべき歴史を持っていることを示している。

すなわち日本の縄文時代は一万五千年前まで遡ることが可能であると。

例えば、5千年前の三内丸山縄文遺跡から出た遺骨は外傷なく、すくなくとも千年、平和が続いたことを物語る。

縄文時代、すでに日本は、独自の文明圏を築いていたことが明らかとなったのだ。

ーー

このように、ネット環境の出現によって、日本人は、日本の本当の歴史に触れることができるようになった。

それは、「東京裁判史観」を否定するものだった。

1868年の明治元年から、今年はちょうど150年目となる。

日本人の多くが、「東京裁判史観」の呪縛から解放される、そんな年で有ってほしい。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

毎日新聞、毎日テレビ、朝日新聞、朝日テレビ、フジテレビ等捏造とか、記事書き換えとか言われて、会社を潰せ等、しかしある人達が入り込んで、細菌のように会社を蝕んでる。病原菌だけ駆除できないのか?

左翼の歴史学者は、創造性に欠ける。
例えば記紀の国生みの話は、完全に物語としてスルーされているが、矛をかき混ぜたり、柱を回ると言うのは、地球環境の激変を伝えると解釈したい。
つまりプレートが急激に動いて、南の島が北に北の島が南になった。
現在の位置に収まるまで九州を軸に列島が90度左回転した事に成る。
つまり北海道や青森県当たりの地形は、元々南に有った事に成る。
だから北海道で南方の貝のブレスレッド、ハマグリの貝が、出土するのである。
縄文の宅配では無いのである。どう考えても?しか頭に残らないで有ろう。
ずうっとこの様な歴史観が、支配して矛盾ばかりなのである。それを不思議と言う。
青森の三内丸山古墳から鮭の骨や化石が、出ないのである。
更に現東西が、未だ分離した状態で移動した為東西のぶつかりでフォッサマグナが形成されアルプス連山の造山活動にんった。
そのぶつかりで西の九州~四国~関西へと中央構造体になった。
しかもその影響で四国の周りが陥没して瀬戸内海や豊後・紀伊水道が出来た。
徳島県と和歌山県の吉野川は、その名残ではないか?
この事件は、魏志倭人伝の倭国内乱で示されているのではないか?
倭国内乱は、記事にされるほど激変で有ったことと、当時の武器で倭人の戦いが記事になる程の凶暴性を感じないのである。
それが証拠に戦いの遺骨の出土が、少ない事が、上げられる。
これらを勘案しても左翼の歴史学者のお粗末さを感じる。
学校で習うから仕方なく試験の為に記憶する訳だが、内容に矛盾が多くすんなり秩序ある話にならない。
記紀の解釈も都合によって中途半端である。
上述の観点から行けば、歴史は覆るが筋は通って来る。
日本列島が、動いた事を前提に調べればかなり古代史の真実が解るのではないか。
記紀は、嘘を書いておらず絵空事でもなく事実を書いていると思う。
これ等古書の身勝手な解釈は後世の左翼学者の無能が生み出す歴史抹殺でしかない。
あらゆる方面から紐解かないと日本の古代は、解らないままだ。
左翼学者の歴史観を否定する時期も近づいている。
彼等は、公職追放に値する。

韓国の火事で三日前の情報しか流さないのは何故、日テレニュースで韓国病院火災で37人死亡、41人やろに、産経ネット新聞では、検索出来ないし、載ってたのが、消されてる

>>「支配者階級の搾取」に至っては、どの藩も飢饉に備えてお助け米を用意していたことから考えれば、それは世界一軽い搾取であった
 其れは日本で時代毎に築かれた権力は、誰の為でも無く、庶民の為であったからでしょう。 日本は、一度権力を得ても庶民の支持を失えば、権力者もその座から滑り落ちると言う常識が通用していた世界でも稀有な国だったと思います。

 家永三郎氏等の戦後GHQのWGIPに迎合した左翼歴史学者が言うような、搾取や弾圧等は何処にも無かったのです。 唯、江戸期と言うのは、その直前まで戦国時代が170年以上も続き、田畑は荒れ果てて農業生産力が落ちていたので、農民も初めは労働力が足りず困ったでしょう。 幕府を開いた時は、収入の数字を確定させる為に検知を行うモノですが、家康は太閤検地の数字をそのまま採用して、農民との無益な争いを回避して居ます。

 亦江戸期の265年通して、地球的な小寒冷期の最中だったので、天候が不順で、江戸期の三大飢饉は全て冷夏と旱魃が原因で、3年以上凶作が続いて居ました。 この時期が小寒冷期だったのは、同時代に描かれた、英国のターナーのテムズ川を書いた絵では、テムズ川が全面結氷して居ますが、当時の人は特に珍しい光景とは、捉えて居ません。

 斯様な状況だったので、人口は江戸期265年で殆ど増えて居ず2500万人のママだが、飢饉を懼れた官民双方の、新田開発や鍬下年期等の年貢の優遇措置等の増産に向けての努力で、コメの生産高は約三倍になっています。是を左翼学者は、弾圧と過剰な搾取の結果だと決め付けて、「農民はコメを食べられる状況では無かった」とか言って居ますが、是も大嘘。 当然、米の主たる消費者は、人口の9割を占めた農民で、人口の1割にも満たない武士階級だけでコメを消費できる筈がない。

 それに「御助け米」を為政者が用意したのは、左翼学者が言うような「米本位の経済体制だから、生産者人口が減れば国家そのモノが立ち行かなくなるから」と言った、消極的なものでは無く、「民は、スメラミコトの大御宝」と言う考え方からで、それが証拠に、搾取階級の筈の武士階級の収入は、関ケ原の合戦時の戦功に拠る石高で支払われましたが、江戸期初期から末期まで変わって居ません。つまり、生産高=流通量が3倍になったのに、消費人口は変わって居ないのですから、米価は当然暴落しますよね。 幕末には、政情不安でコメの値段が乱高下したので、武士の収入は上から下まで生活をするのが困難になった。 
 
 ダカラ石高、200以下の中下旧武士の生活は惨憺たる有様で、中には、武士である事を捨て、農民になる道を選ぶものが続出しました。 こういう背景が有ったので、武士の世から、イキナリ近代社会に替わっても、2つの大きな戦争は起きましたが、収まった後、尾を引く事は少なかったのです。 亦、何処の藩でも下級武士が活躍した原因は、半農半士の郷士の方が、生活が楽だったからでしょう。 近藤勇、土方歳三、沖田総司、坂本龍馬・・は何れも、百姓の出自です。

 然し、そう言う歴史の裏側は私も学校では習って居ません。 この先は、斯うした当時の庶民(農民)の正確な実態や共感を学べる日本史を確立して、子孫に伝えて行くべきでしょう。

一体、家永さん達は、日本の歴史を歪めて伝えて、日本をどの様な国にするつもりだったのでしょうか。 他国に阿り、自国の歴史をゆがめる事で自身の栄達を図ったと言うなら、「曲学阿世」と言う言葉は、実に彼らの為に在る言葉だと思います

>そして彼らは敗戦利得者となり、戦後日本の政財界、教育界、言論メディアそれに法曹界を支配した。

終戦後のGHQの占領政策によって日本の国は、国の形を見事に破壊されました。
ネットによって、これの回復が可能になると思いますが、日本が自信と矜持を回復できるのは、沢山の愛国者が書き込みをしてくれたからです。

しかし、その一方で貴重な書き込みは、消されていたり、読めなくなっていることがあります。
貴重な資料となる書き込みは、どこかに保存されていればと思いますが、ある方向からは片端から消去、または削除されているのが現状だと思います。

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