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2018年1月24日 (水)

日本社会は、権力のある者が上といった単純な仕組みで成り立っているのではないのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

在日反日勢力によって昨今、1185年に鎌倉時代が始まったという説がなされるようになっています。

なるほど源氏は同年の壇ノ浦の戦いで平家に勝利している。

しかし、源頼朝が天皇によって征夷大将軍に任じられ、頼朝が鎌倉に幕府を開いたのは1192年なのです。

つまり日本の歴史としては1192年こそが鎌倉時代の始まりなのです。

幕府というのは、天皇が任命された将軍の御在所(出先機関)です。

ーー

在日・反日勢力は、支配・被支配という自分たちの価値観で歴史を見ようとするから、このような日本の歴史としては明らかに間違っている説を主張するのです。

戦後日本の不幸は、日本の歴史を破壊する意思を持った人たちが、メディアを支配していることです。

在日・反日勢力は、占領軍の占領政策に協力することで、敗戦利得者となった。

そしてネット環境が整備されて分かったことは、戦後日本の政財界、言論メディア、教育界、そして法曹界までもが、日本に敵意をむき出しにするこのような人たちによって支配されているという事実でした。

ーー

支那・朝鮮人は、支配・被支配という関係でしか人間関係を築けない。

このような人々が、大学教授や裁判官・政治家になって言論界や政治、マスコミに介入しているのです。

このような人たちが、社会の上層部にあると、国内のあらゆる秩序が乱れます。

ーー

というのも日本では、民は天皇の「おほみたから」であり、権力者はその「おほみたから」の保護者であってきた。

つまり日本では「きみ(君)とみ(臣)たみ(民)」の関係の中で、君である天皇のシラス国であってきたからです。

日本社会は、権力のある者が上といった単純な仕組みで成り立っているのではないのです。

天皇以外の人はすべて天皇の「おほみたから」であり、それぞれ役割としての身分というものはあったものの、人としては上も下も関係なく対等という意識があるのです。

これは日本人が歴史の中で培った日本人の人に対する見方なのです。

ーー

しかし社会を維持するにあたっては、上下関係つまり支配・被支配の関係は必要です。

支配・被支配の関係を「ウシハク」といいます。

世界は、現在も支那・朝鮮でみられる、「ウシハク」しかなかった。

しかし、日本は、すでに天皇がおわしまして、その「ウシハク」をも「シラス(知らす、Shirasu)」のなかに内包させた。

天皇が 「シラス」ことによって、民衆は天皇の「おほみたから」となったのです。

ーー

つまり天皇がシラス・日本では、ですからどんな人でも、人として対等な存在なのです。

なぜなら、すべての民は天皇の「おほみたから」だからです。

「あなたも、私も等しく天皇のおほみたから」なのです。

ーー

当然、お互いの存在を認め合い、互いを尊重するという姿勢が、日本社会の根幹になります。

ーー

ただし、すべての民衆が「おほみたから」といっても、1億の人がいれば、1億通りの考え方があるのです。

これでは国という共同体はまとまりません。

ですから統治のためには、上下関係としての、つまり秩序としての「ウシハク」が必要になります。

ーー

つまり、シラスの中にウシハクを内包させた体制、というのが、日本型社会の特徴です。

ーー

ところが支那・朝鮮人らは、日本にも「奴婢と呼ばれる奴隷階層があったではないか」とか、「生口を支那皇帝に献上したと史書にある」と言う。

「奴婢」は、音読みは「ヌヒ」ですが、訓は「やっことはしため」なのです。

奴が「やっこ」で、婢が「はしため」です。

どちらも貴族などの家に住み込みで働く家人の男女ことです。

もちろん朝廷にも奴婢(やっことはしため)はいましたが、朝廷は、いわば国の行政機構です。

従って、この人たちをいまふうに言うなら、住み込みの、つまり官舎に住んでいる国家公務員です。

ーー

果たしてこれまでもそして現在も国家公務員は、奴隷であり上司の所有物なのでしょうか。

たとえば財務省の公務員は、いつから財務大臣の個人的財産つまり所有物になったのでしょうか。

在日・反日勢力は、魏志倭人伝に、倭王卑弥呼が魏景初2年(239年)に魏明帝へ男生口4人、女生口6人を、後継者の台与(とよ)が248年に生口30人を魏へ献じたとあると主張する。

だから「日本にも奴隷がいたのだ」と。

ーー

しかしそこには「献じた」と記されています。

およそ他国との国交を保とうとするときに、役に立たない奴隷の献上などするでしょうか。

献上するのは相手が喜ぶものに決まっています。

つまり、彼らはおそらく有能な技術集団であったものと考えられるのです。

ーー

すべての民衆が天皇の「おほみたから」であるということは、素晴らしいことです。

これによって民衆は権力からの自由を得ることができる。

権力者は、民衆を保護する立場であって、その私有は認められなかった。

このことが民衆の自由にとってとても大切なことだった。

ーー

さりとて、それによって、民衆が放縦になってしまっては、国家運営ができない。

正しいこと、間違っていることを明確にし、悪を懲らしめ、みんなで協力しあわなければならないところでは、強制力も必要です。

そのために、我が国で独自に発達したのが、臣下の道としてのウシハクであり、それは後世には武士道と呼ばました。

ーー

一般に日本語の「ウシ(大人)ハク(支配)」は、主人が部下を私有することを意味します。

が、その主人は君臣民のなかの「臣」にあたります。

臣は与えられた領国内にいるすべての天皇の「おほみたから」を保護する立場となります。

ーー

武士は、この「臣」に仕える者です。

臣に「侍(さむら)ふ」者なのです。

「さむらい」は、「さむらふ」が変化して名詞になった語で、もともとは自動詞の「さむらふ(侍ふ)」であった。

つまり貴人である「臣」に仕えることを「さむらふ」と言ったのです。

ーー

貴人である「臣」は、天皇のおほみたからを預かるのがその役目です。

ですから武士は、貴人に代わって民が豊かに安全に安心して暮らせるようにするために、我が身を捧げます。

これが「義(ことわり)」です。

従って武士が義に生きるといえば、それは「民が豊かに安全に安心して暮らせるようにする」ために、命がけで勤めることを意味する。

ーー

支那・朝鮮での「義」は、単に主君の命ずるままに生きることを指します。

従って、極端なことを言えば、主君が「腹が減った、あの家の者の目玉を食いたい」といえば、その家の者の目玉をえぐって主君のもとに持ってくるのが、大陸や半島型の「義」です。

ところが日本型の「義」では、そうはなりません。

そんな時、武士は、これを諌め、必要があれば、主君を座敷牢に閉じ込めるのが日本型武士道の「義」となる。

ーー

我が国は、政治権力の上位に、天皇を置いた。

そして天皇は権力者の人事権(任命権)を持った。

民は、その天皇の「おほみたから」であり、権力者は民の生活に責任を持つ必要があった。

ただし、秩序維持のために、明確に上下関係を持つ機構を内在させた。

ーー

この仕組みが生み出した結果が、日本人のお互いを尊重し合うという気風なのです。

これが日本人の和とやさしさを育んできたのです。

日本人のやさしさの原点に、天皇の存在があるということになります。

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コメント

>>在日・反日勢力は、占領軍の占領政策に協力することで、敗戦利得者となった。そしてネット環境が整備されて分かったことは、戦後日本の政財界、言論メディア、教育界、そして法曹界までもが、日本に敵意をむき出しにするこのような人たちによって支配されているという事実
ネットが整備されて分かった事でどれほど多くの人が、今迄思い描いて居た日本の姿が、汚鮮されているか、そして、それが日本の伝統を蝕んで居る事に気付き、若者を中心とした覚醒に拠って、隣国シナ朝鮮の驚くような歴史観を知るに至りその危険性を認識し、友好関係など結ぶ必要は無い事を自覚するに至ったのは、正に僥倖と言う他は無く、其のネットを使って本当の日本史を根本から学ばせていただけるのは、本当に幸せな事であると思います。 有難うねずさん、貴方に日本は救われました。

 そして、この若者達と現在世の中を占拠している敗戦利得者達との、日本の伝統を護る攻防は、始まったばかりなのですが、先ずは、是以上誤った歴史観で日本の若者を教育する事を阻止しなくてはならないでしょう。幸可不幸か、敗戦利得者の見分けは非常に簡単です、つまり、反日でトンデモナイ歴史観の持主と言う特徴を持って居るからです。 ですから、是等の亡国歴史観保持者と戦うに際し、敵味方の識別力を高める為にも、正統な歴史観を身に着ける事が何より重要になって来ますね。

 その趣旨から言えば、日本の伝統的な社会の構造が、「ウシハクを内包したシラス国家」であると言う事は、真の日本史を学ぶに一番先に知るべき学習する事でしょう。

 思うに世界でも日本は大陸島東の辺縁に位置し、且つ、世界一の大洋の西、大きな海流の終着点にもあります。 氷期には日本海と東シナ海と言う、当時は、陸地に包摂された内海、若しくは湖だった2つの海を隔てて大陸に接続しており、大陸から獲物を追って、或いは、業労船が海流に乗って流れ着き易い場所に在りました。

 処が、この大陸の辺縁に有る弧状部分には、多くの火山が集中して居て、火山の終局的な爆発を度々起こして居たので、「時々大音声と火柱を挙げる恐ろしい土地」「化け物が棲む地」と言う認識が、古くからあって、気候変動などで食糧と水を求めて大陸の奥から南下、或いは東進して来た侵略者は、海を超える手立ても無い事から、それ以上の侵攻を諦めていたのです。この事実も、日本が守られて来た土地であり、日本人も大陸の侵略者の遺伝子は。最小限しか伝えられなかったと言う事を示して居ると思います。 

  つまり、日本に棲んだ人々は、侵略者に拠る略奪や強姦に拠る遺伝子の攪乱をそれ程受けて居ないと言う事になり、1万5千年程続いた縄文時代の前も列島は平和であった、と言う事になりますね。 そして、この弧状部から出土する石器(尖頭器)や土器から、オソラク10万年以上前から人が棲んで居たと最近では言われています。

 人類の文明の曙の時代は新たな発見に拠って、ドンドン遡って居ています。 人類の起源も15万年前のアフリカの大地溝帯が人類=ホモサピエンスの誕生の地であると言われていたのが、現在では、モロッコから出土した頭蓋骨から31万5千年前にはホモサピエンスが居たと言う記録が認められています。 

 そして更に驚く事には、日本人の血統には今から3万年前の氷期の最中に絶滅したと言われて居たネアンデルタール人(旧人)の遺伝子が他の人種より桁違いに多い事から、日本列島に棲んだ、最初の人類は、ネアンデルタール人を血族に持つ人々だったと考えられています。オソラクこの人種は大陸からマンモスや大角鹿と言った大型哺乳類を追いかけて、当時は陸続きであった現在の海峡を越えて列島に辿り着き、定住した日本人の祖先でしょう。

  斯うして、連綿と続いて来た日本列島での人々の生活の営みを、世界史と同時進行で学んで行く事で、列島を外敵からあらゆる手段で守って来た日本人たる矜持を形成して、未来に繋ぎたいですね
 

>在日反日勢力によって昨今、1185年に鎌倉時代が始まったという説がなされるようになっています。

この1185年説は、日本人の感覚にはないものだと思います。
支那・朝鮮の感覚では、敵を倒し政治の主導権をとったことが重要であって、そこに類を見ない価値を見いだすから壇ノ浦の戦いで平家に勝ったことが、鎌倉幕府の始まりとの考え方になるのでしょう。

しかし、日本人の考え方は、天皇が政権を担うものを任命することが重要とされます。
従って、征夷大将軍となったときが鎌倉幕府の始まりとされると考えます。

1185年説を取る人に、日本人のメンタリティはないと思います。
そんな学者は、日本にいるより支那・朝鮮にでも行って自分より下と思う人に威張っていれば良いのです。


今月の19日に体調を崩しまして、やっと、そこそこ戻ってきました。

明確な事ですが、GHQは、似非ユダヤが90%以上で成り立っています。 
日本は、似非ユダヤが、アメリカで実験に成功した様に裏で政治・マスコミを操作する手法を鮮人に付与させました。
それが今日まで続いている鮮人の日本支配である。
奴らの能力で出来ない事を似非ユダヤが、日本を破壊するのに地位を与えたのだ。
バカが、民度の高い日本人の上に居るのである。
これには、戦後日本政府、与野党議員も一緒になって加担しており、戦後利得者で成り立っている。
全ては、金で売国奴を配置しているのである。
国益重視の愛国者は、一握り居るかいないかである。
そう言う愛国的人間は、どう言う訳か、早々に逝かれる方が、多い。
日本の自立を何者かに妨害されているかのようである。
これら反日・売国奴在日議員を全て排除排泄しなければ日本は、浄化しません。
こんな腐れ切った民族の配下に居る事の屈辱を似非ユダヤは、日本人を抑える手法としているのである。
極めて心を逆なでする様なやり方である。
日本は、アメリカの何を信じれば良いのか解っらない。
似非ユダヤが、どの位政界に巣食って国防省・国務省にどれだけ入り込んでいるのか解らない。
其処に似非ユダヤが多ければ多い程、要注意である。
トランプになってからどうなのか未だ明確ではない。
似非ユダヤの傘下の人間は、表面上と違って本音は、日本を敵視する。
だから何時おかしくなってもいい様に注意深くしている事だ。
日本が、日本でありうるため準備は、しておくことだ。

ナポレオン・ソロさま
 
「オソラクこの人種は大陸からマンモスや大角鹿と言った大型哺乳類を追いかけて、当時は陸続きであった現在の海峡を越えて列島に辿り着き、定住した日本人の祖先でしょう。」--
最近テレビで南アメリカの最南端パタゴニアの日本人にDNA類似の南米最南端民族が紹介されていましたので、ご参考までにーー
「セルクナム族(Selknam)とはティエラ・デル・フェゴ諸島を含むチリ及びアルゼンチン南部のパタゴニア地域にかって居住していた民族。 オナ族(Ona)とも。南米最後の先住民族の一つとされ、19世紀末にチリ・アルゼンチン両国政府がディエラ・デル・フエゴの探索と領有を進めた結果、絶滅に追い込まれた。元々南米大陸を先住の地としていたが、マゼラン海峡をカヌーにより縦横断し、ディエゴ・デル・フエゴ北部に住み着いたと考えられている。
・オナ族(ヤマナ族)「(El fin del un mundo (世界の果て)」と題された写真展は世界の果てと言われたウシュアイアの周辺に住んでいた原住民セルクナム(別名オナ族)を紹介するものだった。宣教などの目的でヨーロッパから人が入ったことでいままでなかった病原菌が入り絶滅してしまったという歴史があるそうだ。寒い地域にもかかわらず肌をあらわにして体にペインティングしているのは祭りのときの様子だそうだ。その顔は私達日本人にも近いモンゴロイドで昔の日本人の写真といわれても納得できそうな人もいた。--Wikiセルクナム族よりーー
・テレビでは唯一生き残りの老婦人が民族の言語を知っており、絶滅の危機があるため、お孫さんが、残そうと絵本のような辞書を作られていることが報じられていました。---
寒い日が続いております。ご自愛のほどをお祈りいたしております。

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