無料ブログはココログ

« 人生には出会いとせつない別れがつきものなのだ | トップページ | 彼らこそ植民地主義の受益者で、祖国と同胞を侮蔑する張本人である »

2018年1月10日 (水)

今まで人間がしてきた仕事をロボットがしてくれるようになる

ーー以下「株式日記toraさんの意見」より抜粋編集

例えば我々が認識する外界というものーが、脳の作用の一つだとすると、花を見て「美しい」と思う感情は、どのようにして得られたのだろうか。

それが学習によって得られたものでないとすれば、私たちの生命が地上に生まれた瞬間にも、私たちの脳は、花を見て美しいと感じたはずなのです。

おそらくその感情は、花を美しいと人間の多数が感じるように「進化」した、ということかもしれません。

つまり、感情とは、天与のものではなく、世代を超えて遺伝子に刻まれた「学習」と言えるかもしれません。

ーー

感情というとても人間的なものが、「学習」によって得られたものだとすれば、学習つまり記憶することの得意なコンピュータには勝てないことに成ります。

ーー

およそ経済合理性を求める分野において、人間がコンピューターに勝る分野などというものはないかもしれません。

しかし高性能なコンピューターが安価に作れるようになれば、「人間が従来、人間らしい・人間にしかできないと思っていた領域」にコンピューターが進出してくることでしょう。

それは、自分で判断ができるような、人工知能という形になるでしょう。

ーー

例えば、膨大な数の条文や判例を覚えて新しい判断を下す、判事や弁護士のような仕事。

膨大な臨床資料から、病気を診断し、治療法を見出すような仕事。

あるいは、膨大な身体画像から、病気を診断し、治療法を特定する仕事。

これらの仕事は、人間にとっては、長い学習期間が必要であり、社会ではその知的行為に高い代価が支払われているのです。

ーー

しかしこれらの仕事は、費用が高いが故に真っ先に人工知能に代替されるでしょう。

ーー

一方で、人間が、人間によってもてなされたいという欲求を人工知能は満たすことができない。

つまり接客業などの仕事は人間がする必要があるのです。

人間が人間による称賛を糧に生きるような、いわば人工知能で代替できない部分にこそ、人がこれから生きるべき部分があると言えましょう。

ーー

つまり、人工知能の出現が、人とは何かという問題に人を直面させているということに成ります。

ーー

理由もなく家族や他人を愛したり、逆に嫌ったり、無意味で生産性のない趣味に興じたり、機械で作れるものよりも手で作られたものを好んだり。

人間とは、およそ合理的でない行動を取る生き物です。

ーー

しかし、そうして私たち個々人がそれぞれの魂の命じるままに振る舞っていると思っている行動が、本当は遺伝子の学習によるものかもしれない。

膨大な記憶を持つ人工知能で容易に代替できることなのかもしれない。

あるいは世論(ソーシャル・ネットワーク)の中で、意識することなく刷り込まれているものかもしれない。

私たちは、そうした不安とともに生きる時代に足を踏み入れたのだと思います。

ーー

人間とは何か。

この、経済とは無縁だと思われていた問いが、いまや逆に人の経済活動を変容さす可能性が出てきているのです。

ーー

今まで人間がしてきた仕事をロボットがしてくれるようになる。

ロボットだから経費が、確実に計算できる。

人を雇う方が利益が多いのであれば、人を雇えばよい。

ーー

膨大な記憶を必要とし、高賃金の職業は、真っ先に人工知能に置き換えられていくでしょう。

ーー

金融の世界では、これまで経験豊かなトレーダーが高額で雇われていた。

それが今や、人口知能ロボットに置き換わっている。

なにしろ一秒間に数千回も売買を繰り返すことなど人には出来ないからです。

ーー

その為にグローバル企業は世界中から人材を集めて儲かる方程式を研究させ、人工知能にその方程式を実行させている。

しかもその内容は絶対に公開されることはないのです。

今も休むことなく人工知能ロボットが売買を繰り返して膨大な利益を上げている。

ーー

つまりこれからの世界は、人間とは何かという問いに、うまく答えを出した人たちだけが生き残れるような世界になっていくということなのです。

« 人生には出会いとせつない別れがつきものなのだ | トップページ | 彼らこそ植民地主義の受益者で、祖国と同胞を侮蔑する張本人である »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

人間とは知性があり、理性があると思っていても、実態は感情に左右されており、これは、「世代を超えて遺伝子に刻まれた学習効果によるものかも知れない」と言われるますと、そうだろうと思います。

だって、新生児は生まれたときには何の知識も経験もないのに、先ず呼吸を始めます。そして、泣き声を上げます。

ここまでは、何の知恵もないのに勝手にしてくれるのです。
そして、産婦の介助者は、この泣き声でホッとするのです。

出産後、1分か2分位したら、産婦と新生児を繋いでいた臍の緒は、その用を終えて萎みます。

その後には、お腹が空いているのかどうか知らないはずなのに、女性の乳首に吸い付きます。うんちと小便を排出します。これで気分が悪くなったら、泣き声を上げます。

これらは当たり前のことです。出産で母体から生まれるときは全て神の思うままと思うでしょうけれど、生まれるときの介助者の都合によって、何分かは待ってくれるのです。(これは自然界において、母胎が危険を察知したときのためもあるのかも知れません。)
このことは、考え方によってはとても大切なことだと思います。

自然界にある世代を超えて遺伝子に刻まれた学習効果について、これがなければ生物はその種族が途絶えることになったから、遺伝子に刻み込まなければならなかったと思います。


>およそ経済合理性を求める分野において、人間がコンピューターに勝る分野などというものはないかもしれません。

記憶するだけでなく、その記憶は関連する事柄を結びつけることが可能ですから、学習効果は高いし、経済的なメリットは大きいから人間に成りかわって出来る事柄は幾らでもあり、人間にしか出来ないと思っていたことでも、次々に置き換えることが出来ます。


>今まで人間がしてきた仕事をロボットがしてくれるようになる。

今まで人間がしてきた仕事をロボットがしてくれるというのは簡単ですが、これはロボットより人間が偉いと、人間が決めたから発想できることです。
その内に、ロボットに自我が出来ることも想像できます。その時には、このような悠長なことは言えなくなると思います。
人間はロボットに仕事を与えられ、管理されて仕事をしないとご飯が食べられなくなることも、想像しなければならないのかも知れません。

そのときに、ロボットが人間を足蹴にして、ロボットがロボットを再生産することで人間を駆逐してしまわないように、ロボットに遺伝子レベルと言えるのかどうかは判りませんが、ロボットの基本プログラムに「人間を大切にしなければならない」ことと、ロボット三原則を埋め込むことが必要になると思います。

ロボット三原則とは、「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則から成るものです。

人間も神が、創造した生体ロボットと言えなくもない。
肉体の中に生命とも言える魂を秘めてDNAなる個性を身に着ける。
脳を持ち思考・学習して正誤は、別にしてそれなりの解答を得る。
AIは、あらかじめ人類が知りうる情報をすべて包含し、その中の組み合わせで最適な解答を瞬時に取り出す。
或は、専門分野のみに特化するAIも可能である。
これらAI 同士がネットワーク化されれば、人間の役割は、ほぼなくなる。
地球以外に移動しない限りただ生きるているだけの一生で終わるのかな?
何をやるにしてもAIが、伴って解決してしまう。
人間とAIの知識・思考が、同一線上から出発しなければ、人間の活動は、AIに敵わない。
つまり生活の快適化を人間と共にAIと模索する作業環境で無いと人間のやるべきことはない。
AIが人間にとって代わってできない事は、生理的処置だけではないか?
意外と少なすぎる。
AIは、生死が、解るであろうか?電源を切れば機械的に停止する。
人間は、幻覚を見たり夢想を見ながら意識が、肉体から無くなる。
当然霊魂となる生命も肉体を抜ける。そして生まれ変わる。
AIには、それが無い。
人間が居なければ、無意味な存在だ。
AIが、仮に感情を持つようになれば、人類の滅亡となるのではないか?

ニュース23で、日韓合意破棄は当然、日本側の配慮を求む?配慮て朝日新聞の捏造慰安婦が原因で、真実のような日韓合意に日本が歩み寄ったのでわ?

縦椅子さま

 「人間とは何か?」という究極の問に対する真摯な深い考察に
あたまがさがる思いがしました。
 人間って「はなはなんて美しいのだろう!」と思ったら、その「花びらの感触までえがいてみたい」とおもってしまう!「こんなことロボットはおもうのかしら?」
 カズオ・イシグロ氏の著作に「クローン人間の悲哀」をえがいた
作品も人間の悲哀以上の悲しみを湛えた作品だったと思う・・・
 「人が人の間にいる」のが人間で、ひとは一人で生きられない。「理由もなく家族や他人を愛したり、逆に嫌ったり、無意味で生産性のない趣味に興じたり、機械で作れるものよりも手で作られたものを好んだり。」するのもほかの人にみせびらかしたいから・・・
作家朝井まかて氏の新春対談(趣味の園芸1月号)で「江戸の
町民文化で面白いと思うのは、彼らは稼ぎが悪いことはさして恥じないんですよね。居直る(笑)。でも趣味では負けたくない。
花に狂歌、釣りと、仲間をたくさん作って腕を磨き合いました。」
「万葉の昔から、日本の人には「風雅」をたしなむ遺伝子が脈々と次世代に伝えられているんだもん」「絶対ロボットなんかにまけないぞ!」「いや!負けたくない!」・・・と叫んでいる人がいます!---それは、実は私です!!

日本て、あらゆる分野で、幹部の人達が日本人のフリをした人達だ、刑を裁くのにも、日本人のフリをした人を、日本人のフリをした人が裁くと、量刑が軽くなったり、国体を護るには、日本人のフリをささないようにすべきだ。帰化をした人達も

在日特権て、日本を乗っ取るための特権だ、即刻廃止にすべきだ

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 人生には出会いとせつない別れがつきものなのだ | トップページ | 彼らこそ植民地主義の受益者で、祖国と同胞を侮蔑する張本人である »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31