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2017年12月10日 (日)

坂本龍馬はなぜ全国を自由に飛び回ることができたのか

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

坂本龍馬は今風に言えば商社の経営者であました。

その彼が、なぜ全国を自由に飛び回ることができたのか。

本人の宿泊代や食事代、それに、亀山社中や海援隊など、いわば社員の給料など莫大な資金が要ったはずだからです。

当時の社員は、ほとんどが住み込みなので屋敷が要る。

その食費・光熱費等の維持費が要る、龍馬はどうやってそれらを得ていたのか。

ーー

グラバーは、英国経由で龍馬を仲介人に立て、慶応元年(1865)にミニエー銃4,300挺、ゲベール銃3,000挺を薩摩に売っています。

龍馬はこれらを、薩摩から長州に提供させている。

幕府との戦争を前にした長州にとって、これらの武器は、願ってもない買い物となったはずです。

つまり当時金持ち藩であった長州はカネに糸目を付けなかったでありましょう。

竜馬が手に入れた仲介料も、莫大なものになった(はず)。

ーー

このお金が、竜馬に全国を自由に飛び回ることを可能にした。

ーー

一方幕府は、この前の年に、同じ銃をフランス経由で買い付けているのです。

つまり戊辰戦争は同じ武器を使ってなされた。

それではなぜ英仏はこのような大量の武器を持っていたのか。

ーー

米国の南北戦争の終結は1865年4月です。

ところが、前年の1864年9月に、南軍の本拠地であるアトランタが陥落し、勝敗が決しています。

勝者の北軍が、敗者である南軍の持っていた武器を押収した。

南北戦争の結果できた合衆国政府は、南軍から押収した武器を英国経由で薩摩に売り、フランス経由で幕府に売った。

日本人は、代金を国際通貨である金goldで支払ってくれる。

押収した武器を高く売りつけることで、戦争で疲弊していた合衆国政府は大いに潤った。

ーー

恐らく勝者である北軍(合衆国政府)も負けた南軍も、英仏から戦費を借りていたのでありましょう。

その借金が返せた上に儲けまで出せたと言うわけです。

ーー

このおいしい商売が成り立つためには、黄金の国(日本)で紛争を起こす必要があった。

戊辰戦争以降の日本での内戦が絶妙の時期に起こっていることに成ります。

逆にいえば、黄金(カネ)持ちを相手に、危機感を煽れば、武器が売れる。

戦いが大きくなれば、「骨の髄までしゃぶりとる(その国を破綻に導く)」ことができる。

内戦を扇動して武器を売って儲けると言うのは、今も大国によってなされていることです。

ーー

坂本龍馬については、長州側に近代銃を与えたことで、戊辰戦争を悲惨な殺し合いに変化させた。

それで、龍馬を嫌う人も多かったのです。

しかし、いずれ日本は近代銃を取り入れているはずなので、彼がそれを先取りしたことは、彼の才能の一つであったのでありましょう。

ーー

その龍馬は「土佐勤王党(土佐勤皇党)」の出身なのです。

司馬遼太郎は、幕末を「尊王攘夷派と開国佐幕派の戦いだ」としています。

しかし当時は、幕府が、天皇の「おほみたらか」である民が、豊かに安心して安全に暮らせるように最善を尽くせていないことが問題とされていたのです。

(幕府も尊王であった)

ーー

土佐藩の郷士たちは、ドラマやマンガでは、いかにも貧しそうに描かれます。

しかし郷士というのは、出世は望めませんが、半農半武の大地主たちで、上士と呼ばれる山内家の家臣たちより、はるかに生活にゆとりのある人々でした。

ーー

経済的に豊かでありながら身分の低い郷士たちにとって、国学にある「天皇とおほみたから」という概念は、まさに夢のような思想となりました。

こうして武市半平太が主催する土佐勤王党(土佐勤皇党)は、一時は500名を越える郷士たちを集めて、たいへんな勢力を持つようになるのです。

この武市半平太の組織する土佐勤王党は、組織が大きくなってくると、それを動かすための資金が必要になります。

そこで勤王党内部で、影響力を持ったのが金持ちの坂本龍馬でした。

ーー

彼の生家は、もともと農業と商業の兼業農家です。

莫大な財産をもち、郷士株を買って士分に取り立てられていました。

要するに龍馬は、お金持ちだったので、江戸へ出ることもでき、北辰一刀流の免許皆伝を得ることもできた。

お金を持っているゆえに、なにかというと頼りにされるようになる。

そして気がつけば、武市半平太の高弟となって影響力を持つようになっていたのです。

ーー

勤王党は、要するに天皇を中心とした世こそを大事とする団体です。

龍馬はそこの幹部ですから、当然に思想の根幹は勤王(尊王)にあります。

土佐藩も尊王は同じです。

ただし、儒教が学問の中心でしたから、政治はあくまで既存の政治的上位者が行うべきものという考え方をとります。

したがって、藩の思想は、尊王佐幕公武合体に向かいます。

ーー

一方、土佐勤王党は、郷士たちの集まりですから、尊王を基礎とした幕藩体制否定派です。

そのためには、夷狄を打払い、国の形を抜本的に改める必要があるという思想です。

そしてそのためには、国内体制の変革と、欧米列強に負けないだけの軍事装備が必要となります。

ーー

それで龍馬は長崎に亀山社中をつくり、英国人のグラバーに接触して軍事物資の調達を図ろうとします。

こうして実現したのが、薩摩藩名義でミニエー銃4,300挺、ゲベール銃3,000挺を買い付けて、長州藩に売るという武器の買い付け斡旋です。

さらに龍馬はグラバーから蒸気軍艦のユニオン号を買い付け、その船で幕府と長州藩の会戦である下関開戦に、長州藩の海軍として参戦したりもするのです。

が、その後は公武合体のために動くことになります。

ーー

ところが持ち船の「いろは丸」が、紀州藩の「明光丸」と衝突して沈没してしまう。

龍馬は国際公法を元に、紀州藩と直談判を行いますが、相手は徳川御三家です。

土佐の郷士(浪人)では相手にされない。

ーー

このときに紀州藩側の窓口として交渉の任にあたったのが、後に東京府知事になる三浦安(みうらやすし)です。

龍馬はやむなく後に三菱財閥の創始者となる岩崎弥太郎に交渉を任せる。

岩崎は、土佐藩の藩士だから、紀州藩も捨て置けず、やむなく賠償金を払うことになります。

ところがその賠償金の支払いが決まった数日後、龍馬は京都の近江屋で暗殺される。

ーー

龍馬は数カ所を斬られ、その中で致命傷となったのが額の傷で、恐らく即死しています。

当時の京都の家屋は、保温のため天井が低く造られていました。

低い天井は、額の傷が、中段からの面打ちでできたものであることを示しています。

北辰一刀流の達人龍馬が、銃で応戦する間もなく、鞘に入れたままの愛刀で受けながら、額を深く割られているのです。

これは、龍馬の相手の技量が、抜きんでていたことを示しています。

つまり龍馬を斬ったのは、名だたる剣豪であった。

ーー

この事件後、陸奥宗光らが、龍馬の敵討ちにと、三浦安を襲撃しています。

このとき三浦安は、身の危険を察して新撰組に護衛を依頼していました。

陸奥宗光らは、護衛の新選組と斬り合いになり、三浦安は、顔を10針ほど斬られている。

これが天満屋事件です。

ーー

新撰組の近藤勇は、後に官軍によって捕縛され、武士の処遇ではない斬首となった。

これは、土佐藩の強い要求による天満屋事件の意趣返しであったといわれています。

これらから私(ねず)は、龍馬暗殺は、紀州藩によるものだと考えているのです。

こうして史実が考える対象になっていく。

それは社会の出来事についての理解力を養うのにとても役立つと考えています。

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コメント

 散々、幕末を描いた作品で描かれた坂本龍馬ですが、郷士であったと言うのは知って居ましたが、まさか、富農出身であったとは知りませんでした。

 然し考えて看れば、江戸末期と言うのは、武士にとっては非常に暮らし難い社会になって居たというのは、収入が、280年位前の関ケ原の戦いでの武勲で決めた禄高だったのですが、コメの生産高は、その時代の3倍強ですが、消費人口は2500万人で殆ど変わって居ませんから、コメの流通価格は、当然、1/3になっている。 武士の給与は、米の石高でし現れるから、簡単に考えれば、給与も1/3になっていたワケです。

 其れに対し農民は、幕藩制度下でも、色々な保護を受けて居て、鍬下年季「=開墾した新田の年貢を一定期間免除する」や隠し田「=開発した新田を届けない」で、副収入が有るのが当然でしたから、富農は幾らでもいた様です。 お話に出て来た近藤勇も元は、農民ですし、当然、弟分の土方も冲田も農民です。 彼らが揃って、剣術の達人であったと言う事を考えれば、竜馬や武市と同じく、農民~郷士~武士のコースを辿ったのでしょう。

 それにしても、「幕府も大名も勤皇であった」と言う視点は、云われて看れば、目から鱗ですね。  ダカラ、大政奉還はスムーズに運んだのでしょう。 問題は、幕府をドゥするのか、徳川家をドゥするのか、と言う事であったでしょう。

 こう言う史実が明らかになると、江戸期の日本人が、如何にお上=武士階級を信用して居たかが分ります。 もし西洋列強の極東進出が無ければ、未だ、江戸期が続いて居たかもしれないと言う気すらします。

 然し、日本の貨幣に純金が使われて居る事を知った西欧の連中は、如何にして、その「金」を日本から略奪するかしか考えて居なかったのでしょう。 そう言う意味で、竜馬はそれも承知で、商人と渡り合ったと考えるべきでしょうね。 

 考えようによっては、竜馬は一歩間違えれば、売国奴扱いされる非常に危うい立場であった事が分ります。 三浦安と言う紀州藩の武士の名前は初めて知りましたが、竜馬暗殺の下手人を推定するには、可成りの重要人物の筈です。 何故、有名ではないのでしょうね。

 歴史には表と裏がある、と言うのは、或る意味常識でしょうが、何故そんな見方が表なのか、と言う事も、真剣に考えてこそ当時の本当の事情が見えて来るように思います。
 

あの当時東インド会社が、どのように入り込んでいたのか。イギリスフランスが中心に動いていたように思います。
東インド会社(フリーメーソン)は、今のアメリカの似非ユダヤ金融資本家の流れです。
元締めは、ロスチャイルドでしょう。
東インド会社もオランダ~イギリス~フランスなど拠点が、点々としていますが、似非ユダヤにによる支配に他なりません。
長崎のグラバー邸の庭石にフリーメーソンのマークが刻印されて明らかです。
龍馬の金の出所は、グラバーでしょう。出入りをしているし、武器商人として動いている。
それに明らかに龍馬が、フリーメーソンであることを示すハンドサインの写真が有ります。
そのポーズは、ナポレオンと同じ右手を懐に入れている姿です。
龍馬は、グラバーの影響を強く受けていたのではないか。
フリーメーソンの手足となって動いたように思う。
フランスメーソンは、江戸幕府に付き、イギリスメーソンは、薩長に付くと言う両面作戦で互いに戦わせ従来通りの漁夫の利を得る作戦です。
日露戦争も全く同じ構造ですね。
似非ユダヤは、近年まで同じ作戦で歴史を作ってきました。
コロンブスの時代から、根底にグローバル思想が根付いていたようにおもわれます。
否、イエズス会の布教時代からポルトガル・スペインでユダヤが動いていますから、具体的に世界を意識したのは、16世紀でしょうか。
似非ユダヤは、金を出すが、表に姿を見せず歴史の裏に隠れ現在まで世界を操っています。
龍馬は、いわばフリーメーソンのパシリでは無かったかと思っています。
船中八策もグラバーの影響ではないか?
フリーメーソンは、一枚も二枚も上手です。
信長の時代より今日に至るまで日本を完璧にものに出来て居ません。

>土佐藩の郷士たちは、ドラマやマンガでは、いかにも貧しそうに描かれます。
>しかし郷士というのは、出世は望めませんが、半農半武の大地主たちで、上士と呼ばれる山内家の家臣たちより、はるかに生活にゆとりのある人々でした。

このように、江戸時代の人々は貧しかったとのイメージを、戦後世代に植え付けるのは、GHQによる占領政策であったと思います。
このために、日本の戦後世代は江戸時代の日本人が常に貧しく、苦しい生活を送ったとの印象を吹き込まれました。

これが反日・在日によって、日本はますます江戸時代は貧しかったとのイメージを植え付けられたのですが、実際は江戸時代の朝鮮通信使が浪速、京、名古屋、江戸での感想で記述しているように、日本は朝鮮が夢のように見た豊かさと、日本文化に満ちた朝鮮人が夢のような生活を送っていたと思います。


>しかし当時は、幕府が、天皇の「おほみたらか」である民が、豊かに安心して安全に暮らせるように最善を尽くせていないことが問題とされていたのです。
(幕府も尊王であった)
>勤王党は、要するに天皇を中心とした世こそを大事とする団体です。

幕府と勤王党のいずれもが尊皇であったことは、間違いないと思います。
勤王党は元々尊皇でしたし、幕府も大政奉還以降は尊皇に舵を切ったと思って間違いないでしょう。従って、それぞれの方針の差は、尊皇に至る方法の差だと思っています。

そして、大切なことはこの両者が上手に戊辰戦争に決着を付けてくれた結果、日本は英国・フランス・米国の植民地にならずに済んだことだと思います。

これによって、日本が植民地にならなかったのは今更言うまでもありませんが、同時に、世界の植民地にされていた国々は、第一次世界大戦後の国際連盟で日本が人種差別撤廃条約の提案がされたことを忘れてはならないと思いますし、大東亜戦争(第二次世界大戦)に日本は植民地を持っている国々と戦争を戦いました。
その結果、日本は敗戦となりましたけれど、その後にアジア・アフリカを中心に植民地の国々は独立運動を通して、独立を勝ち得たと思います。

この時に、日本は敗戦しましたけれど、その敗戦して捕虜となった兵隊が植民地であった国々で独立戦争に参加し、それらの国で大きな力となったことを忘れてはいけないと思います。

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