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2017年11月19日 (日)

日本国の破綻や滅亡を願う政治家の存在はどう考えてもおかしい

ーー「読者投稿」より抜粋編集

katachi

日本には愛国勢力の他に、他国と違って在日・反日勢力がいる。

ネット環境が出来て一挙に愛国勢力の発言が表に出だした。

それは、それまで、メディア・言論界でなされていた議論の無知や頭の悪さだけでなく、公平性や客観性という近代精神の無さを鋭く突くものだった。

これまでどうしてこのような知的レベルの低い議論が堂々となされてきたのか。

それは、占領軍の占領政策に協力することで敗戦利得者となった在日・反日勢力が、戦後の日本社会を支配し、特にメディア・言論界を支配してきたからでした。

ーー

敗戦利得者らは、人権や平等を主張しているが、それは日本国民の人権や平等ではなく、自分たちの敗戦利得を守る為だった。

それは、在日・反日勢力の日本人に対する憎悪発言(ヘイトスピーチ)や憎悪犯罪(ヘイトクライム)の存在によって明らかだ。

そしてとうとう、堂々と在日・在日勢力を非難するものが、都議会議員に選ばれた。

ーー

愛国者勢力が、ネット上に展開してきた主張がようやく形になってきた感じです。

後は、在日・反日勢力を日本から駆逐することに成るでしょう。

ーー

これからは、野党も現在の在日・反日野党ではなく、愛国野党になっていくはず。

日本国の破綻や滅亡を願う政治家の存在はどう考えてもおかしいからです。

在日・反日勢力は決まって護憲を主張する。

しかしネット上では、日本国憲法が占領政策を実行するための道具だったことが明らかにされている。

(日本の政治家は朝鮮・ベトナム戦争への参戦を拒否する道具として使った)

ーー

今、支那・南北朝鮮が軍国主義化するにもかかわらず、在日・反日勢力は「国軍不保持、交戦権放棄」の憲法を国民に強制しようとしている。

それは、日本人を支那・南北朝鮮の奴隷にしようとする行為に他ならない。

そのことが、ネット環境を通じて徐々に国民の間に浸透してきている。

それが極右と呼ばれた愛国者が都議会議員に選ばれた理由でありましょう。

ーーここまで抜粋編集

ーー

katachiさん ソロです

昭和6年に軍主導で満州国を立ち上げてから、軍国主義となった日本は世界を相手に侵略戦争を始めた。

これは占領軍がでっち上げた内容です。

ーー

戦時は、敵国の経済制裁により貿易が止まる⇒物資欠乏。

若者が兵となる⇒労働力減⇒工業・農業生産力が低下。

その結果国民は窮乏生活を余儀なくされる。

ーー

資源を自給できない国が、世界戦(総力戦)をすれば、当然こういう結果になる。

これを軍国主義だと言うのはおかしいでしょう。

在日・反日勢力(敗戦利得者ら)は、日本が世界を相手に総力戦を戦ったということを説明しない。

そして、戦前日本を悪の権化の様に言っている。

ーー

例えば北京は、日本が満州を「奪った」と非難します。

しかし、満州は「万里の長城」の外側にある満州族の地であり、現在は、支那共産党(侵略者)によって支配されている。

ーー

米国は、1889年に米西戦争に勝利し、世界覇権の夢を見始めた。

日本に対し、手付かずの満州の共同開発を持ち掛けた。

小村寿太郎は、西欧型の植民地支配を嫌って、それを断った。

いらい米は、日本を敵視し始める。

ーー

日本は昭和6年以来、満州を西洋型植民地支配から護る為に、ずっと蒋介石軍やその背後に居る米英軍と戦ったのだった。

そのため、国内は、物資不足や思想統制で犠牲を強いられていた。

日本の中枢部が、それをしなければ、国が無くなると考えたからだった。

ーー

しかし、広島・長崎に、原子爆弾が落とされ、そんなものが、9発も使われれば、日本全土が人が住めない土地になると危惧されるにいたった。

先帝陛下は国民が救えるのなら「私の命はどうなってもよい」と考えられ、ポツダム宣言の受諾を命じられた。

ーー

敗戦は、悲惨なものです。

米兵の諸業は、酸鼻極まるものでした。

特にマリアナ諸島陥落後の1年間、米軍は日本人を嬲(なぶ)り殺しにしたのです。

犠牲になった民間人は55万人以上です。

戦後進駐した占領軍は、日本人に対して、暴行のやり放題をした。

そして、占領政策の一つとして、1週間余りで日本国憲法を作り日本人に強制したのです。

(もちろんこれは国際法違反です)

ーー

このような恥ずべき憲法を、今も、メディアを使って在日・反日勢力は、日本人に守れと強制し続けているのです。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>katachiさん
>>野党も現在の在日・反日野党ではなく、愛国野党になっていくはず。
  同意します。 是非そう在ってほしい、否、そうならねばオカシイと私も思います。 本来、政権を取った政党が施政を行い、野党となった政党が、施政に着いて是々否々で討議を重ね、政策をより良く、且つ現実的なものにしてゆく、是が民主主義政治のあるべき姿でありましょう。 

 処が今の野党は、元々特定の団体の利益代表のような態ダカラ、時代の流れと共に変わって行く、国民の質に対応できないのではないでしょうか。 例えば、海員組合等は、最盛期には、外航従事者だけでも⒑万人以上の大組織でしたが、私が学校を卒業し多昭和50年代から減少し始め、今や、200名にも満たない有様です。 海運界では、日本人船員の高い給与は払えない状況なのです。

 古来より日本人は、特質である「言葉より態度・行動を重視する」処から、個人的な意見はあっても、公の利益に合致して居ないと、端なる「我まま」と捉えられて、貴重な意見が日の目を見ないママになっていたのですが、是が戦後、組合の組織率が上がった事で、集団の意見となれば、「意見を同じくする仲間が沢山いる」と言う安心感が生まれ、勢い組合活動が盛んになった時期がありました。

 然し組合活動も、時代が移り、日本が経済発展を成功させて、賃金がそれなりに上がり、物質的な充足感が上がって来ても、幸福感が得られるとは限らない事に気が付き、「一体何の為にやるのか」と言う疑問が湧き始めました。

 然し、組合の活動と言えば、相も変わらず「賃上げ」と「労働条件の向上」でした。殊に、賃上げに関しては、日本の経済水準が上がって、何時の間にか世界有数の経済大国になり、円の価値も上がって来たのですから、何処かに着地点を見出すべきだったのです。

 日本の戦後是までの国内循環を重視した閉鎖的なサイクル運営の経済は、外乱に強く、皆がリスクを分け合える為に、経済自体が強靭であると言えるし、横並びの安心感が公平感を齎して居ました。 

 然し、、この社会主義社会でも斯くや」とさえ言われた公平さが、逆に「経済は好調だと言うが、依然とし「て、金に追われる苦しい生活は変わらない」と言う感覚から、「何も変化がない=組合活動では、幸福感が得られない」と言う、結論を出してしまって居るのです。 この感覚が次第にマンネリ化して、組合活動に対する期待も萎み、活動は次第に下火になって終いました。 

 すると、組合自体の活動目的も組織を維持する為になって終い、中には、政治活動に重点を置き、「労働者の幸福の為の活動」では無く「国家を転覆せしめて、共産国家に変えて終おう」と目論む連中に変質し、何時の間にか、知らずその組織を支援している事態になっている、亦、甚だしきは、外国からの売国の誘いに乗って、違法すれすれの行為をする、或いは、違法行為を看過する様になって終ったのが現状の連合であり、マスコミではないかと疑って居るのです。

 然し、日本人の平均的生活水準は、世界でもトップクラスである事は論を俟たない話です。 物資や食料が不足しているが故に争いが起こり、時に殺人が起こって、民族同士の根深い対立に発展したり、故地を追われて難民化している民族が、世界には幾らでもいるのに、丸で他人事です。我々は一度立ち止まって、もっと深く「幸福とは何だろう」と考えて看るべきなのです。

 「足るを知れば、争いは半分になる」と、昔の人は言って居ますが、是は、生存が懸ったレベルでは無く、暖衣飽食している我々にこそ、与えられるべき俚諺でしょう。

>昭和6年に軍主導で満州国を立ち上げてから、軍国主義となった日本は世界を相手に侵略戦争を始めた。

1994年に、日本は朝鮮のあり方を巡って日清戦争を行い、朝鮮を申告の属国から独立国にしました。
1904年に、日本はロシアの太平洋への進出や支那・朝鮮への影響力を弱めるために、日露戦争を行いました。
以上の2回の戦争は、勝利を得ることができたから簡単に書いていますが、両方とも開戦前には勝利を疑われたもので、もし敗戦していれば大東亜戦争の敗戦以上の影響が、あったと思います。

日露戦争後の日本は満州に進出しましたけれど、その当時の支那の王朝である清国は満州族の征服王朝でした。清国の皇帝である愛新覚羅溥儀が政権を中華民国に譲って退位した場合、元の満州に戻ることは正当なことであったと思います。
満州は清国の万里の長城以北の土地で、清国の時には漢民族の立ち入りが禁止されていました。
ただ、溥儀には権威はあってもこれを行使する実力がなかったから、日本が後援をしたのです。

そのためには、日本が米国と共同してこれに当たろうとした場合には、米国は西欧型の植民地にすることを考えたと思いますから、日本はそれを避けるために、日本型の国家建設を考えたと思います。
この場合、日本型の国家建設とは、日本が併合を懇願されて実施した朝鮮で行った統治に準じたもので、インフラを整備し、産業を育成することで国家を豊かにすることを目指すものでした。

これによって、満州は農業、工業、交通のそれぞれに短期間でめざましい発展が見られました。人口も大幅な増加したと思いますが、これには日本からの移民だけでなく、朝鮮からの移民もありましたし、最も多かったのは万里の長城の南からの官民像の流入だったと思います。
満州の共同開発ができなかった米国は、中華民国において蒋介石と共同して日本を敵視する政策を進めました。


1937年7月7日の盧溝橋事件は、そんな中での出来事で日本軍と国民党軍が近接していたときに、支那共産党が発砲したことが発端です。この時には、日本軍と国民党軍ともに事態収拾に動いて、7月11日には現地停戦協定が成立しました。
この場合、駐留自体は義和団の乱の事後処理を定めた北京議定書によるもので、支那に駐留していたのは日本軍だけでなく、他にもフランス軍、米軍、英軍、イタリア軍も居留民保護のために駐留していました。

すると、7月13日に大紅門事件が発生し、中華民国北平(北京市)南苑区の大紅門で中国軍第38師に日本兵が襲撃されました。
7月14日にも、日本軍騎兵が殺されています。
7月20日にも、盧溝橋城から日本軍に射撃を加え、同時に八宝山方面にあった部隊の一部も日本軍を攻撃したため日本軍も応戦するという事件を起こしていた。

そして、廊坊事件が7月25日から26日に中華民国の北平近郊の廊坊にある廊坊駅で発生しました。

広安門事件は7月26日で、中華民国冀察政務委員会の支配地域であった北平で起きた国民革命軍第二十九軍による日本軍への襲撃事件です。

通州事件は7月29日で、中国陥落区の通州において冀東防共自治政府保安隊が、日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃、230人以上をぎゃくさつした事件です。

これだけ日本軍に対する攻撃をされ、軍民を攻撃されれば何処の国でも怒ります。通州事件は軍だけでなく民間人を含めて230人以上がぎゃくさつされています。
そして、これまでの事件は全て支那側からの攻撃です。
また、広安門事件までの日本軍は、軍事活動を抑制的なものとしているのです。

また、盧溝橋事件は早期に解決しているのですけども、これを解決していないものとしての連絡が、大紅門(北京市)に行っていたとの情報も聞いたことがあります。
これだけのことをされれば、日本も本気で怒ります。そこへ上海では中華民国軍が日本租界を攻撃したのでは、中華民国は日本と戦争をする気しかないと思います。

従って、日本が侵略したのではなく、支那が日本を引きずり込んで戦争をさせたとしか考えられません。
これより大分と昔のことですが、日本では生麦事件がありましたけれど、この時には報復として薩英戦争が起こっています。西欧ならばそれほど厳しい報復がされるのですから、日本は極めて抑制的な処理をしたのですが、この平和的な解決では通用しなかったのです。


その結果が第二次上海事変です。
第二次上海事変は、1937年8月13日から10月26日で中華民国軍の「日本租界」への攻撃とそれに続く日本軍の反撃です。
中華民国軍はこれまでの事件の集大成として上海に60~75万人の部隊を準備して日本軍を待ち受けました。対する日本軍は当初の3千人から最終的に25万人にまで増加(それでも、3分の1程度です。)

日本はこの事変で、大損害を受けながらも勝利を収めましたが、中華民国軍は上海から南京へ退却しました。
そして、南京で日本は攻略戦を戦い勝利しましたけれど、中華民国軍は軍規が整備されず、戦闘意欲の低い軍隊でした。
それに、蒋介石氏をはじめとする幹部は、さっさと逃げ出します。後に残った兵隊は、日本軍と戦うのを嫌がって逃げるために督戦部隊と撃ち合い、軍服を脱いで平服を着て民間人に成りすましたり、便衣兵になったりします。ついでに、民間人を襲い、やりたい放題をするならず者が、中華民国軍にはごろごろしていました。

こんな連中が支配していた南京を、日本軍は治安を回復して住民が戻って住めるようにしたのですから、大変だったと思います。

中華民国相手の戦争は、侵略戦争ではなかったと思います。
それに、中華民国は支那を統一していなかったので、国家でもなかったから国同士が戦う戦争でもなく、事変だったのです。


大東亜戦争の終戦後、毛沢東氏の支那共産党は中華民国の蒋介石氏を台湾に追い出してから、満州を占領し、南モンゴルを侵略し、チベットを侵略し、東トルキスタンを侵略しました。
これが、侵略国であり、軍事国家だと思います。

日本は、独り勝ちを好まないので、分け与えて共栄する方を好む。
其のほうが発展するし海洋国家に相応しい姿だと思います。
現在日本に触れる観光客が、増加して居て考えを改める人が増えている様に思います。
黒人は、日本人が、平等に扱ってくれることに感動し、白人は、日本の繊細な物造りともてなしに感動する。
イスラム教徒に関しては、ハラルを提供し、メッカの場所を示した拝礼所迄用意する。
日本を知れば知る程奥が深く、リピーターにならならなければ日本を知る事に成らない。
何もない島国で有りながら、自己完結をある意味達成している日本にあこがれるのは、当然だと思います。
食糧自給も日本が、本腰を入れれば世界を救えるほどの開発を見るでしょう。エネルギーもしかりです。
それらを今迄コントロールして抑え込んできたのが、似非ユダヤ金融資本の連中です。
過去に遡れば、彼らは、イエズス会で有り東インド会社です。
その二つとも日本は、係わりを持ちますが、イエズス会に至っては、日本を特別区としてバチカンは指定しています。
日本人は、既に教化された民度の高い民族であることを認めています。
その当時から鉄砲が伝われば、刀技術を使ってたちまちに世界一の軍事大国になっています。
しかも得意の改良が成されてます。
面白い屏風絵に長篠の戦いに信長陣営に紋付に六芒星を背中に着けた三人の人物が、描かれていますが、陰陽道の人たちと言われています。戦争の吉凶を行うのでしょう。
六芒星で有れば、ユダヤのカバラを想起します。
話が尽きませんが。
東インド会社になって、維新に影響を与え日本支配を試みたが、表向きの支配は、出来ていない。
しかしアングラな世界では、維新以後の日本を見れば、確実に現代と同様の状態に置かれています。
この様な、アングラな支配が、今後どのようになって行くのか?
唯一日本の思想で欧米と違うのは、似非ユダヤの世界独裁を無意識に嫌うと言う事です。
権威で世界を統治するのとは、全く違います。
似非ユダヤは、日本人の真逆に居ますから、常に対立関係を作らざる得ないのです。
似非ユダヤは、日本が、邪魔でしょうがない。
キッシンジャーの悪意ある発言はその一端と見ています。
それに面白い事にユダヤと共通の話題は、世界に無二の三種の神器が双方の歴史に有る事です。
歴史的事実として現イスラエルに三種の神器は、皆無である事。
日本には現存すると言う事。
面白い対比と同時に民族的にどちらが本物のユダヤかを証明する物的証拠となるものです。
今言われている日本の三種の神器は、表向きで有って、実際は、草薙剣がアロンの杖で有り鏡が十戒石板、勾玉がマナの壺です。
マナの壺は、前方後円墳を逆さにした形と言われています。
下部が丸いですから円形の鼎に安置されている壺でしょう。
ユダヤと思わせる状況証拠は、日本に腐る程有ります。
アークも神輿がレプリカとして全国の神社に配置されています。
アークの姿形は、j神社正面の賽銭箱が象徴しています。
上に注連縄あり御幣をあつらえ中央に鈴そこから垂直に賽銭箱上10センチ位のところまで撚り紐が、垂れている。
この形状はアークそのものの形状を示していると言われています。
旧約聖書の描写と同じです。
煙と雷鳴とアーク。
昼は煙となって、夜は稲光となって民を導く表現と瓜二つ。
ユダヤ人の習性は、見せながら隠すと言う事を常としていて、日本の古文書の意味も解けばダジャレに近い解釈が多くあります。
なぞなぞに近い隠し方をしています。
みんなが忘れないようにわらべ歌に謎を込めています。
言語にしても500以上の類似語が有ります。
古代ユダヤは、今のイスラエル言語と全く同じではないようですが、復元した結果の言語の読み意味で500も有る事は、異常です。
歴史から腑癌すれば、ユダヤ民族が、日本列島に流れ着くのは、当然かと思います。
三種の神器を隠すのに最適です。この神器とアークは、今で言えば超科学に属す部類でしょう。モーゼが、海水を分けて民を安全に対岸に導いたのもアークのなせる業。
古代に於いてこの様な科学は進化論的に信じられない事です。
ですから欧米の人は聖書を信じる限り創造論なんです。
日本とユダヤの謎が解ければ、今までのあらゆる不可解さは、氷解すると考えます。

>katachiさん ソロです。
 日ユ同祖論が昔から言われて居ますが、確かにご指摘の事実は、その蓋然性を高めて居ると言えましょう。 現在発見された遺構等から、三万五千年前迄遡れる日本文化のすべてが、ユダヤのレビ族のモノとは思いませんが、大きな影響を与えて居る事は確かだと私も思います。

 殊に、日本に起こった倭国大乱(紀元前5世紀ごろ?)を鎮めたのは一体誰か、そして、三族の和=大和を仲介し、天照大神と言う統一神を以て、三族「=ヤマ、シマ(ハマ)、モリの民」を纏めて外敵に備えさせたのは誰の知恵なのか、そして、神の預言を伝えるスメラミコトとは、如何なる存在として設定されたのか・・等々、興味は尽きませんが、日本には、元々、外来のモノを異分子として排除するのではなく、客人(まろうど)神として尊重、歓迎する傾向があったから、内戦を戦いながらも大陸からの侵攻を警戒して居た、三族夫々の長は、契機が欲しかったと思います。然し、何故、言葉の通じない筈のユダヤのレビ族が、戦乱の最中の日本に受け容れられたのか、等、疑問は残りますが。

>>現イスラエルに三種の神器は、皆無である事。 日本には現存すると言う事。 今言われている日本の三種の神器は、表向きで有って、実際は、草薙剣がアロンの杖で有り鏡が十戒石板、勾玉がマナの壺です。
 殊に、1万年以上も続いた縄文期には無かった「三種の神器」と言うスメラミコトを証する印と言うスタイルは、明らかに外来のモノであり、持ち込んだのもその仲介者であった
と思います。彼らの試みが上手く行った証拠に、是まで、列島では後発の弥生人の遺跡から、同じ穴に埋葬された、縄文人の遺体が出て来て驚かれて居ます。 三族の和は、上手く機能したのですね。

>>ユダヤ人の習性は、見せながら隠すと言う事を常としていて、日本の古文書の意味も解けばダジャレに近い解釈が多くあります。
 ↑は、私が信仰して居る神道系の教えでも良く在る話で、苦笑を禁じ得ないダジャレ的表現も、角度を変えて考えて看れば、大真面目な話が隠れて居る場合が多いですね。 その教団は崇盟五道を説き、「民族、宗教、そして地球は、元一つなのだから、不毛な争いを止めて、相互扶助と利他愛を基本とする、神主立体文明=地上天国を創り上げよう」と言って居るのであって、戒律だけがやたらと多く、亦、神も、自民族のみを嘉する契約神である、ユダヤ教とは全く違う教理を持って居ますがね。 唯、教団はユダヤ教とは親交が有る様です。

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