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2017年11月 1日 (水)

国や家族を護る為なら、日本人は全力を尽くして敵と戦います

ーー以下「読者投稿」より抜粋編集

ナポレオン・ソロ

絶海の中に在ったことで日本は、古代には大陸からの侵略から逃れられたのだし、侵略者らが航海術を手にした後には、もうすでに日本は相手以上の武力を持っており、外敵を退(しりぞ)けた。

逆に、絶海の中に在ったことで、多くの漂着民が多様な文化をもたらすことにも成った。

外国との交易があった事は、既に支那後漢書に倭人伝として記録されている。

ーー

また黒潮が台風をもたらし、日本で合流するプレートが多くの火山活動と地震をもたらしたため、日本は1年を通して災害の多いところだった。

しかし、黒潮は多くの魚を運び、火山活動は美しい風景と温泉をもたらした。

このような厳しい自然条件を人々は、助け合うことで凌いできたのだった。

ーー

これがつまり、「和を以て貴しと為せ」という教えになっている。

ーー

しかし助け合い共存するためには、各人が与えられた責任を全力で果たす事が求められる。 

日本軍が強いのは各人が与えられた責任を全力(命懸け)で果たすからだ。

大型戦艦でも、魚雷を受けると、沈没を防ぐために、浸水した区画の水密ドアを閉める。

つまりその区画に居る人たちを見殺しにする。

帝国軍人は、そんな状態でも、皆粛々と自分の持ち場を最後まで守った。

ーー

帝国軍人が身をもって見せた、このような「静かな覚悟と使命感」こそ、日本人が災害と戦いながら培ってきた精神で、真に誇るべきものだと思います。

ーー

ーー

ソロさんへ   ポッポです。

>その区画に居る人たちを見殺しにする。

軍艦沈没後の生存者が少ないのも当然です。

死ぬ覚悟で、任務に就いて居られたのですね。

ーー

危険な現場に行ったことがあります。

現場には、20~30人がいました。

が、誰一人逃げ出す者はいませんでした。

ーー

この現場の経験から、日本では、災害発生時にも、その場の日本人は、任務を投げ出したりはしない、と思いました。

(現場は幸い事故が発生せずに、皆無事に帰りました)

ーー

ーー

>ポッポさん ソロです。

私は戦後・商船学校で学びました。

そこでは戦前に卒業された先輩が教官をしておられた。

その中で、戦時中戦艦に乗っていた人が3人居ました。

ーー

その一人は、気象学を教えておられましたが、何も語りませんでした。

もう一人は、航海学の教官で、阿武隈、那智、妙高と重巡ばかりに乗っておられて、そして3隻とも沈没し、泳いで助かったとの事。

あとのお一人は、学校を出てから、旧商船大学の前身である清水商船に入学、卒業して改装空母に運用長として乗船されました。

が、引揚者や捕虜を含めると4千人余り乗って居た空母を、3回の雷撃を受けて沈没させられ、3日3晩海の中で浮かんでいて救助されたそうです。

助かったのは、3人とも航海科で、いわば甲板より上におられたからでした。

ーー

機関科出身の人は、エンジン室に居て、船の沈没と運命を共にする他は無かったのです。

でも、甲板上に居ても、爆弾や砲弾の直撃を食らったり、艦載機による機銃掃射を食らったりしますから、死ぬ危険性にはあまり変わりはありませんがね。

空母に乗っていて助かった教官は、艦長が自分の体を舵輪に縛り付け、着ていた油浸(オイルド)セーターをくれたと話してくれました。

艦長は艦の沈没と運命を共にされた。

そしてその教官は、「俺がこうして生きて居るのはあのセーターのお蔭だ」と言って居ました。

ーー

その空母には乗員兵員合計で5千人ほどが乗っていて、助かったのは約400人でした。

戦争は、敵味方の別なく、戦う意志の有無に関係なく、命を奪います。

戦争は、悲惨で、残酷です。

しかし、国や家族を護る為なら、日本人は全力を尽くして敵と戦います。

その教官は、戦死した同僚について「皆、自分の責任を果たす為に死んでいった」と仰っていました。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>qazxさん、ソロです。 お早うございます。 私の拙い文章を取り上げていただきまして、恐縮しております。

 私が出た商船学校は、私が入る4年前に高専化しましたが元は国立高校でした。 大正の初めに創立された商船士官「=甲種3等以上の幹部乗組員」の養成機関として、戦前は全国に11校あって海運界の殆どの商船士官の母校になっていました。 随い、戦時中の卒業生の消耗=殉職は数多く、卒業名簿を看れば、昭和50年当時、10 期〜30期の間の卒業生は殆ど生き残って居ない情況でした。 戦争中〜末期の僅か1年半足らずの間の無理な船舶運用が、米潜水艦や攻撃機の餌食を増やしたと云う事です。

 勿論、撃沈させられた中には、病院船や興安丸の様に、海外からの引き揚げ船で、民間人しか乗って居ない元客船も含まれているのは謂うまでもありません。国際的に批准している筈の戦争法では、民間人を攻撃の対象としてはいけないとありますが、米国の攻撃が無差別だった事は戦争の早くから常識だったのですし、米軍の飛び石作戦で、島嶼守備部隊が玉砕した後、傷病で玉砕に加われなかった無抵抗の軍人の殺戮も隠蔽されています。 

 亦、マリアナ群島のグアム・サイパン・テニアン・ヤップでの、米軍の民間人に対する虐殺、暴行、強姦などの犯罪行為のやり放題も、完全に隠蔽されていますが、被害者の多くは沖縄からの移民であり、その野蛮な様子が沖縄に逃げ帰った彼らによって、詳細に沖縄中に知られていたから、殆どの沖縄人は政府の避難勧告にも肯んじなかったのです。つまり、「死ぬのなら沖縄を護り、沖縄で死にたい」と云う思いです。

 これら、明らかに戦争法違反の米国の行為から、「日本人は皆殺しにしてやる」と云う意図は明らかでした。 ダカラ、カミカゼ攻撃も、寧ろ、当然と云う認識だったのです。

 米国は戦後一貫して、こういう自分達が行った蛮行には目もくれず、被害を受けた日本側の僅かな過失や行き過ぎを殊更に論って来たのです。 米国のマスコミが完全に恣意的な報道態勢に有る、と云う事は一目瞭然でしょう。 明らかに、何処にも公平とか正義と呼べるものは有りません、何処が先進国なのでしょう。彼らに人道主義に悖る云々で他国を批判できる訳が有りません。

 然も70年代末期迄、黒人の殺人すら容認する明らかな人種差別が顕在した事は、68年のメキシコオリンピックでの陸上男子100mの勝者、アール・ハインズ選手の表彰式での抗議で明らかにされています。 その人種差別の根源となった白人優越思想は、80年以降潜在していたのですが、米国に多くの白人が占める中間所得層の没落によって顕在化しつつあります。 つまり、米国人の中身は、戦前と何も変わって居ないのです。

 我々日本人が、この先気を付けなければならないのは、米国人、特に白人種の集合意識には、未だに中世然とした人種的な差別観やキリスト教的な独善が蟠踞しており、それらを、何の反省も無く、否寧ろ当然の事として持って居ると云う事です。

 欧州の中世、被差別の下層農民をルーツとしている米国の保守層は、移民で出来上がった国なのに、「モンロー主義」に有る様にその本質は保守的にして閉鎖的で、一種の島国の様です。 彼らは極めて保守的で、牢固とした宗教主義者が故に、進歩を受け容れない気風が有ります。 民度は極めて低く、中世然とした人種差別的な考えを未だ常識としている処も多いのです。 

 この先、良くも悪くも地球規模で活動しなくてはならない日本人は、日本に最も親密な国家として付き合うに、米国人や国家のこういう正体を知っておくべきなのですが、戦後体制を創り上げたWGIPは、彼らを理想的な国民として極めて偏頗に紹介して来ました、そういうギャップは、移民した日本人なら誰でも感じた事でしょうが、吾々日本人しか知らない層は余程気を付けないと、危ういと、思うのです。

 米国のWGIP施策が終了したと云うのなら、米国は、良心に従って、隠蔽している歴史上の犯罪行為を明らかにするべきですし、我々も、本当の歴史を子孫に伝えて行かねばなりませんが、米国国民がそこまで覚醒しているかは大いなる疑問ですね。

縦椅子さま

 このような貴重な、「国や家族を護る為なら、全力を尽くして敵と戦っていただいた方々の尊い命の犠牲」のお話しを伺い、身が引き締まり、唯々黙とういたすばかりでございます。今私たちが安寧のうちに営めるのも、この方々が身を挺して我が国を護ってくださった御蔭だと、感謝いたしております。 感謝!!
 

>このような厳しい自然条件を人々は、助け合うことで凌いできたのだった。

日本人は、個人の場合にはそれ程でもないが、集団になると力を出すと言われています。
これは、厳しい自然環境の中で集団が生き延びるためには、必要不可欠な本能であったと思います。そして、生まれた人間が、誰にも教えられなくても母乳を求めるように、日本人は集団の中で全体を守ることを、優先して生きることになっているのでしょう。
これを続けていくために、「和を以て貴しと為せ」は必要なものだと思います。

「和を以て貴しと為せ」は、604年に聖徳太子に作られた「十七条憲法」の第一条に記されたものですが、1868年に明治天皇の勅命によって示された「五箇条の御誓文」には、「万機公論に決すべし」と記されています。

こちらも、表現こそ異なるものですが、本質的には共通する部分があると思っています。
十七条憲法が作られてから五箇条の御誓文が作られるまで1200年以上も経過しているのに、日本人は協力と民主を主体として国を護ってきた、素晴らしい民族だと思います。


>助かったのは、3人とも航海科で、いわば甲板より上におられたからでした。

軍艦は戦闘中に敵から攻撃を受けるとき、甲板上にいると爆弾や砲撃食らったり、艦載機による機銃掃射を受けるから危険だと思っていました。
しかし、艦内部にいた場合には、爆弾や砲撃そして魚雷による攻撃でエンジン室が被害を受けた場合に、水密区画が閉じられることで機関員は逃げられず、艦の沈没と運命を共にすることになる。
そして、艦長もまた艦の沈没と運命を共にする。

厳しいことですが、艦長が艦の沈没と運命を共にすることを、なる程と思いました。
表現は悪いのですが、機関員を助けずにしなせて艦長が生き残るのでは、責任者としての立場を放棄することになりますから、艦の運命と共にするのは仕方ないです。

この習慣は、日本人だけでなく外国の場合でも、英国のプリンス・オブ・ウェールズの艦長も艦と運命を共にされています。


>戦争は、悲惨で、残酷です。
>しかし、国や家族を護る為なら、日本人は全力を尽くして敵と戦います。

戦争は、悲惨で、残酷なもので、誰だってやりたくはないと思います。これは、民間人だけでなく、軍人や兵隊だって同じだと思います。
民間人は、とばっちりとの思いがあるのかも知れませんが、軍人や兵隊は、敵と相手をするため、身の危険は直接ですから戦争をしたくないと思います。

しかし、それでもやらなければ、ならないときがあると思います。
そのときは、仕方がないから戦争をすることになります。
そして、国や家族を護るためなら、日本人は全力を尽くして敵と戦います。

ソロさんへ  ポッポです。

ソロさんの投稿も、縦椅子さんの記事と一連になっていますので、続きになります。

>国際的に批准している筈の戦争法では、民間人を攻撃の対象としてはいけないとありますが、米国の攻撃が無差別だった事は戦争の早くから常識だったのですし、

大東亜戦争の開戦と同時に、米国は太平洋における「無制限潜水艦戦」を発表しました。
発表したからと言って、民間船への攻撃は許されないと思いますが、戦争とは無慈悲なものだとしか言いようがないです。
でも、病院船まで攻撃することはないでしょう。日本人が白人だったら、同じ事を出来たかと思います。

もし、日本が戦争に勝っていたなら、これの発表者は戦犯になったでしょう。(カーチス・ルメイは日本に負けていたら、自分は戦犯になっていたと言っていました。)

日本は、「無制限潜水艦戦」を発表したとは思いません。民間船への攻撃は「愛国丸」や「報告丸」が行っていますが、潜水艦による民間船舶への攻撃は少ないと言えば良いのかどうかですが、ドイツが日本にインド洋で実施して欲しい旨を要請したけれど、余りやらなかった記憶があります。

戦争の作戦として、日本はもっと非戦闘船を攻撃するべきだったと思います。


>被害者の多くは沖縄からの移民であり、その野蛮な様子が沖縄に逃げ帰った彼らによって、詳細に沖縄中に知られていたから、殆どの沖縄人は政府の避難勧告にも肯んじなかったのです。

この部分が分かりにくかったのですが、「沖縄に逃げ帰った彼らは」は、戦時中だと逃げ帰る船がないので、戦後に逃げ帰ったと言うことでしょうか。
この場合には、「政府の避難勧告」は、1944年8月頃の本土への疎開船がありますので、分からないのです。


>明らかに戦争法違反の米国の行為から、「日本人は皆殺しにしてやる」と云う意図は明らかでした。

チャールズ・リンドバーグ大佐は、米兵が日本の捕虜を飛行中の飛行機から放り出して困るとの旨を、本に書いていますから、酷いものです。


>その人種差別の根源となった白人優越思想は、80年以降潜在していたのですが、

人種差別は、そう簡単に収まらないと思います。
差別をしてはいけないと法律で決めても、人間の差別感覚は分かっていても止められない。

考えてみれば、国際連盟が設立されたときに人種的差別撤廃提案を日本がしたときに、これに反対したのは米国のウィルソン大統領でした。
義務教育の時に、国際連盟のことは勉強しましたが、人種的差別撤廃提案のことは、習っていません。これは、GHQとWGIPによると言いたいのですが、私の場合、小学校1年の頃はサンフランシスコ条約締結後ですから、GHQと敗戦利得者による忖度と言うことになります。

今でも野球のイチロー氏やダルビッシュ氏が差別されていると言うのですから、人間というものは扱いにくいものだと思います。


>米国は戦後一貫して、こういう自分達が行った蛮行には目もくれず、被害を受けた日本側の僅かな過失や行き過ぎを殊更に論って来たのです。 

慰安婦問題の場合は、2015年日韓慰安婦合意が締結されましたが、これはオバマ米国大統領がいなければ、成り立たなかったと思いますが、韓国慰安婦だけが問題であったら、米国は問題にしなかったはずです。

慰安婦問題だけでなく、朝鮮戦争やベトナム戦争で女性への酷い暴力が行われたことが、米国内に知れ渡ることとそれが人権問題に発展することを恐れたと思います。
あの頃は、韓国人の朝鮮戦争の慰安婦が、米国に渡って運動を始めていました。


>戦後体制を創り上げたWGIPは、彼らを理想的な国民として極めて偏頗に紹介して来ました、

子供の頃は、米国の豊かな生活を映した映画やテレビを見て、正に理想の生活が米国にはあると思っていたのですが、見事に騙されたと言うのか、日本人が働いても上前を持って行かれるのか、GDPに反映される生活はそれほどではありません。

そして、日本の大東亜戦争を侵略戦争だったと吹聴するのですが、どう考えても、米国が大陸での利権取りを日本相手にして失敗したための意趣返しにしか思えませんし。米国のABCD包囲網やハルノートは、第二次世界大戦に、米国を参戦させるためのものでした。

米国のGHQによるWGIPやプレスコードは、日本に何をもたらしたのかを一度検証して、戦後の日本人が何を失ったのか、何を得たのかを確認し、今後の日本人が生きていくための参考賭して考え、学校教育に生かすべきだと思います。

>>「沖縄に逃げ帰った彼らは」は、戦時中だと逃げ帰る船がない
否、有ったと思います。 それも沖縄直行では無く南大東島等、軍事拠点では無い離れ小島への定期便は、戦時中でもあった筈ですから(無いと、島の生活物資が不足して、住めなくなる)それを利用すれば、沖縄に辿り着けた可能性が有ります。 それに、そう言う事を逃げ帰った人々が沖縄で喋ったとしても、米軍は痛くも痒くもなかったでしょう。 寧ろ、全面降伏を勧める意味では、有効と考えた可能性だってあります。

 其れに、米軍がサイパンなどでやった住民に対する違法行為は、当時、米兵の間では人種差別観もあって、違法行為として認識されて居なかった可能性が高い。 そうでなければ、警告なしに、洞窟の中に向かって、火炎放射器を発射したりしません。 あれをすれば、洞窟内は短時間で酸欠状態になり、中に人がいた場合、全員死ぬのは避けられないでしょう。 

 そう言う場面を撮ったVTRを、戦後TVで、我々は何度見せられたか、それに、明らかに追われている女性が、何の躊躇もなく崖から飛び降りるシーンも有名ですが、何故女性に躊躇いが無いのか、考えた事がありますか?

>>GHQによるWGIPやプレスコードは、日本に何をもたらしたのかを一度検証して、戦後の日本人が何を失ったのか、何を得たのかを確認し、今後の日本人が生きていくための参考として考え、学校教育に生かすべき
 その通りです。 そうでなけれ ば、先人たちは本当の意味で浮かばれません。

 米国は、自分達が犯した、人間としてしてはならなかった事を正直に悔い改めて、謝罪を行い、再犯を禁じなければなりませんが、「国家の為に、已む無くやった」と、胸を張って言えるのなら、それでもいいでしょう。 

 然し、報いは人間に拠ってでは無く、人間が作り上げた環境が、時や空間を超えて齎すものなのだと、思い知る時がきっときます。 何故なら、其れこそが釈尊が言う宇宙の真理であり、法則だからです。

 GHQが戦後日本人に対して強制した、プレスコードやWGIPは、神をも畏れぬ人工的な、自らの罪過の隠蔽行為に過ぎません。 我々子孫は、正しく歴史上の事実を知って、我々とはいかなる国民なのか、日本人として守るべきものとは何か? を、自ら考え、悟って、次の世代に正しく伝える事を軽んじてはイケません。

ソロさんへ   ポッポです。

>それも沖縄直行では無く南大東島等、軍事拠点では無い離れ小島への定期便は、戦時中でもあった筈ですから

戦争中でも、定期便はあることは分かります。
しかし、米軍が島々の上陸作戦を開始した時点で、これらの定期便も上陸作戦をされる島には行けなくなります。そして、残虐行為が行われるのは上陸作戦後ですから、島の周囲は米軍に囲まれて、島々の住民は避難できないし、残虐行為を本土や沖縄に伝えることが出来なくなると思いました。

また、米軍に完全に制圧された後は、定期便は行かないと考えました。

それとも、完全に制圧された後、米軍の監視が緩くなったときなら小舟で脱出することは可能だったか、群島の場合、中心の島は占領されても、端にある島の場合には占領作戦が行われずに、島民は災厄を免れ端の島に避難する。そして、占領作戦の終了後に、そこから脱出することは可能であることも考えられます。

こんな事を書いていますが、米軍が日本の兵隊は勿論、一般国民にした残虐行為を疑っているわけではありません。
ただ、島民の方が必死になったときに、どうしたのかと疑問です。

>ポッポさんへ
 私が、マリアナ諸島で米軍が為した住民への残虐行為の告発に拘るのは、戦後70年を経過した事で、米国人に歴史の隠蔽を解き、両国人が真実をの歴史を知って、真に反省をして、二度と繰り返さないと、云う共通認識を持つべきだと思うからです。 

 サイパン・グアム・テニアン等を米軍が占領して以降の住民による、本土若しくは沖縄帰還は、不可能では無かったか、と云うご指摘ですが、サイパンで捕虜になった兵士が、数名居ました、流石に兵士は直ぐに帰して貰えなかった様ですが、島の民間人を全員虐殺する事も出来なければ、全員収容所を作って拘束する事もした様子が有りません。 ではドゥしたのでしょうか。結局、島で起こった事を、他言しないように云って、後はお構いなしだったそうです。 是は、戦後解放された捕虜になった兵士で、島で起こった事実を本に纏めて発行した人が居たのですが、その中に書いてあるそうです。 

 戦後、戦前に出されていた日本の伝統思想や歴史関係の書籍が回収されて大量に燃やされていますが、WGIPに阿る新聞社・出版社は、全くこの詳細を伝えません、隠蔽されたままです。 ですから当然、発刊された本は反WGIPと言う事で、すべてGHQによって回収され、以後発禁となって終いましたが、彼はめげず、2回3回と、発刊を続けたそうです。 その甲斐あって、何冊かの本が世間に行き渡っている様です。 

 つまり、前にも書きましたが、米軍兵士、及び米軍将校は、日本人を完全に未開の土人として見下していたと言う事でしょう。 ですから、日本人の反発など意に介さなかったし、何より「皆殺し」するつもりだったのですから、虐殺に少々の目こぼしが有っても、この時点ではドゥでも良かったと思います。 ダカラこそ、ペリリュー島や硫黄島の陥落見通しが、余りにも甘くなって、米国側も多くの時間と兵士の命を失う事になったのです。

 戦後の20~25年までの5年間の日本国内、朝鮮半島内、台湾、樺太、満州と云った日本人の居留民がいた地域での米国の所業については、詳しいモノが有りません。 つまり隠蔽されていると云っても良いのです。 何故隠蔽するのか、隠蔽しなくてはならない様な、醜悪な事実が有ったからだと考えるのが普通です。

ソロさんへ   ポッポです。

丁寧な回答を、何度もありがとうございます。

小さいことに拘って、大きな事を忘れてはならないのですが、マリアナ諸島で米軍が為した行為を私が話すときには、恐らく聞かれることになるだろうと思い、敢えてしつこく質問した次第です。

米国において、米軍は正義の軍隊のように主張しますが、現実を見ればそんなことはなく、おぞましい実態がありました。それを知らなければ、戦争のことなど語れません。
日本の軍隊は、それに比べると遙かに規律が守られていたのですが、反日の人の場合には、米軍が10の悪さをしても、日本軍に非が1でもあったら一緒だと言いますから、これに対応できるようにするよう注意しています。

今でもそうだと思いますが、戦前の米国は日本のことを知りませんでした。日本人は身体が白人に比べてとても小さいため、それだけで馬鹿にしていたのかも知れませんが、日本が建国以来2600年の歴史を持ち、一つの王朝が継続している事など何も知らず、支那の近くにあるからと、同一視していたと思います。

その日本が、米国に戦争を仕掛け、多大な損害を与えたのですから腹も立つでしょうし、前線の兵隊は命を危険にさらしたのですから、なおさらだったのだと思います。
元が日本兵程軍律を守れなかったのですから、日本人を見たらぎゃくさつもしたし、女性に暴行を働いた事は事実として米国が認めなければならないと思います。

オバマ大統領は、米兵が犯した朝鮮戦争の性奴隷を見えなくするために、2015年日韓慰安婦合意を進めました。
マリアナ諸島での残虐行為は、正に隠蔽されたままですが、それらの島々には原住民の人が残っていますから、島の記憶からは未だ消えていないと思います。


戦後、日本国内での米兵はWGPIによって、悪行から保護されましたが、それでも日本の報道機関は「背が大きくて黒い人」というような表現で報道したと聞きますが、サンフランシスコ条約の締結以降もこれなどは忖度していたと思います。
でも、もう70年前のことですから、事実を掘り起こしてそのまま記録とし、日本の国民が知ることも必要ですし、これを米国民が知った上で、お互いが向き合うことも必要だと思います。

今回の選挙て、マスゴミは保守派2択で、二大政党を嫌ったんだな。

qazx様、いつも示唆に富む記事をアップしていただきありがとうございます。ソロ様、ポッポ様、本サイトのコメントを始め、他サイトでの活発なご議論を拝見し、常日頃から真に日本を良くしていこうとされているお姿に我が意を得たりと共感している名もなき一読者ですが、今回少し資料の提供も出来るのではと思い、コメントさせていただく次第です。
先の大戦におけるサイパンでの米軍の不法狼藉に関しては、田中徳祐の著書「我ら降伏せず サイパン玉砕の狂気と真実」に詳述されており、実際自分としてもその史実に接した時にかなりの衝撃を受けたので、真実の歴史を知る上で押さえておくべき事柄と思い、投稿した次第です。
ソロ様の言われるように、過去の史実はお互いに謙虚に受け止め、過去から学ぶべきことは学び、未来志向でさらに強固な日米関係を築くことが出来ることを、一日本国民として希求する次第です。
http://andreagritti.blog112.fc2.com/blog-entry-388.html
http://d.hatena.ne.jp/Takaon/touch/20140705

>民草の一人として 様 ソロです、お早うございます。
 私如きの拙い書き込みに、過大なお言葉を賜り恐縮です。 

>>サイパンでの米軍の不法狼藉に関しては、田中徳祐の著書「我ら降伏せず サイパン玉砕の狂気と真実」に詳述されており、実際自分としてもその史実に接した時にかなりの衝撃を受けたので、真実の歴史を知る上で押さえておくべき事柄だ・・
>>過去の史実はお互いに謙虚に受け止め、過去から学ぶべきことは学び、未来志向でさらに強固な日米関係を築くこと・・

 真意を代弁していただき誠にありがたく存じます。 亦、本のご紹介、大変有難うございます。 早速拝読させていただきます。

民草の一人として様   ポッポです

日頃から様々な知識が不足しているため、ソロさんにも迷惑を掛けています。

日本が好きなことは、こちらのブログに来られる人と変わりないつもりですが、今も未だ勉強中の身です。

歴史は過去の真実の事柄を学び、今後に生かすものだと思います。
本の紹介を、ありがとうございます。早速、読ませていただきます。

今後とも、よろしくお願いします。

サイパンの攻略戦のことを描いていた映画「太平洋の奇跡」を見ていたことを思い出しました。

当時は、実在の陸軍大尉が日本国民を護りながら米国と戦い、終戦後に軍法に則って降伏した米国映画で、米国映画としては珍しく日本人を褒めていると思っていたのです。

この映画は、アンジェリーナ・ジョリーの反日映画アンブロークンと、時期が重なっていましたから、良く覚えています。

映画も本もサイパンの大ぎゃくさつ等には触れていず、米軍の呼びかけに応じなかった人々と、日本軍が狡賢く(この場合は、褒め言葉です。)戦闘をしたことを描いていました。
そして、最後は日本軍が上官の降伏命令に従うという形で終わっていましたが、これは素晴らしいと思いました。
後で、戦犯にされて処刑される恐れがありますから、正式な降伏をすることは大切です。(フィリピンで投降した、小野田少尉も同様にされました。)


サイパンでの大ぎゃくさつを少しでも知っていたなら、この映画に対する見方は全く異なっていたと思います。
そして、非業の死を遂げ人達に成仏されますようにと、思うことしか出来ません。
白人にしても、黒人にしても欧米の連中には油断出来ないと思いましたが、アジアにも特亜がいます。
信じることが出来るのは、日本人だけと思いますが、なりすましにも気を付けなければならないと思います。

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