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2017年11月30日 (木)

陛下が居られ、国の安寧を日々祈っておられることに感謝するばかりです

ーー以下「読者投稿」より抜粋編集

ソロです

戦後日本人を東京裁判史観で洗脳し続けた日本メディアは、日本人の多くが無宗教・無信仰だといいます。

が、例えば、奈良の薬師寺は、百万人以上もの人たちの写経と寄付によって、金堂と西塔の再建をしています。

奈良の大仏が国民の請願と寄付によって建てられたのと同じ伝統通りのやり方です。

このように日本人は、無信仰の部類に入る、いわゆる「縁なき衆生」でさえ、密かに世のため人のために生きていると言う例は幾らでも聞きます。

ーー

布施・持戒・忍辱・禅定・知恵という仏教修行は、日本だけに見られるものです。

おそらく山岳信仰での修験者の修行が、仏教の修行へと変えられたのでありましょう。

「色即是空」も、今やそのサンスクリット原本は日本の高野山にしかないのです。

つまり、「色(形あるもの)は空(実在しない)」というのは、日本人によって解読されたようなものなのです。

ーー

脳の機能が分かるようになって、ようやく、空(実在しない)の意味が誰にでも分かるようになった。

ーー

何れ滅んでしまう自分は、其れこそ空に成ってしまう。

それで、世のため人のために生きる、と言う考えに辿り着く。

世のため人のために生きるという考えは、一重に国が連続しているということで担保された。

つまりこの考えは日本でしか成り立たなかったと言えるでありましょう。

ーー

異民族の襲撃により皆殺しされ、何もかも無に成るようなことが繰り返されていたのでは、自分のために生きるということで精いっぱいになってしまう。

ーー

日本人は自然を恐れ敬い、それを八百万の神々として尊崇してきた。

正月には歳神様を各家にお迎えして新年が迎えられたことを家族皆で祝ってきました。

恐るべき自然に対して我々は、ともに助け合って立ち向かってきたのです。

そうした中で、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・知恵の修行体系を作ったのだと思われます。

漢字で表現され、抹香臭い言葉になっていますが、日本人が作ったものです。

それが今も、日本人の心の中に息づいていると申せましょう。

ーー

ーー

ポッポです

江戸初期から日本は、長崎の出島をオランダだけに開港していた。

こんな管理貿易をすることができたのは、当時、世界一の軍事力を持っていたからでした。

やがて列強が日本以上の軍事力を持つようになった。

そして日本に、長崎以外の場所を列強にも開港するように迫った。

こうして、明治が始まるのですが、それは、大政を天皇に返還すると言うことで始まったのです。

いわば昔に戻ってやり直したのです。

ーー

それは7世紀に日本国を作ったような、国民国家を作ることでした。

これは日本人にしかできなかった。

支那・朝鮮には未だに、国民国家が成立していないのです。

つまり、これは近隣諸国の人々から見ると、奇跡のような事業であったと申せましょう。

ーー

それは、例えば商取引は、西洋では、せいぜい自分良し相手良しの程度です。

それが日本では、それに世間良しが加わる(三方良し)。

ということは、日本では古くから、世間という概念が在ったということに成ります。

ーー

連続し続ける世間で評価を得たいという思いこそが、世のため人のために繋がったのだと思います。

ーー

連続し続ける世間という概念は、自然に日本人の生活の中に馴染んでいると思います。

敗戦後に天皇は、日本国憲法によって、主権者から、象徴にされ、今上陛下は、象徴として誠実に生きてこられました。

しかしもし、陛下が居られなければ、世間が連続するという意識もなくなっていたことでありましょう。

天皇のシラス国であればこそ、連続する世間という概念が生きて、3方良しなどという独特の考えが生まれるのです。

陛下が居られ、国の安寧を日々祈っておられることに感謝するばかりです。

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コメント

最近、左翼に見られることに、「天皇制」との表現があります。
「天皇制」と言う表現は、「天皇を独裁権力者であるかのように扱う。」と感じさせるものではありますが、日本に成文憲法ができたのは、明治時代になってからです。

この大日本帝国憲法においては、第一条に天皇のことを規定していますが、現憲法においても第一条で天皇のことを規定しています。
ですから、「天皇制」という制度ととらえる表現は、あながち間違っているとは言えないように考えますけれど、その一方では、憲法に天皇を記述すること自体が、日本の風土に似合わない気もします。

私は日本人ですから、日本の憲法を遵守していますが、日本国において天皇は、法律を超越している存在で有り、憲法の中に記述すること自体が不遜だと思うのです。

天皇のことは、皇室典範も含めて天皇と皇室が決められるもので有り、法律で決めることなでおこがましいとすら思うのです。
そして、天皇及び皇室がなされる事柄は、本来は天皇及び皇室が決められることで有り、政府はこれを依頼するだけで、これを天皇及び皇室が受けるか否かは、個人の都合として考えられれば良いことだと思います。


ただし、願わくは天皇は日本人の地を維持する為に、男性でなければならないと思いますし、できうる限り天皇の血統に近い方が望まれると思います。


天皇のことを不躾な形で書いてしまいましたが、これを定めている憲法についても、少し気になることがあります。

これは、憲法が国や内閣といった公権力の暴走を防ぐ為、使い方を憲法で定めている。と言うもので、憲法を使って貢献力を制限するとの、考え方です。
従って、憲法守らせようと言う護憲派の主張だと言うことですが、これに同意できません。

憲法は日本の法律の基本ですが、憲法とは日本の国をよりよくする為に作られているものだと思うのです。

日本の国を構成しているのは、日本の領土・領海・領空と日本の国民です、これを維持する為にあるのが、日本の法律だと思うのです。

これについて、現憲法に記されている「諸国民」ですが、最近「日本を火の海にする。」と言ったり、「日本列島を核で海に沈める」と言ったりします。
憲法が作られた頃のように「他国と対等関係に立たうとする各国」ばかりではなくなったと思うのです。
日本に侵略して、国民を拐かす国もあるのですから、憲法をそのままにしておきますと、日本人が安全に住めなくなっていることもあり得るのです。


これは、日本がもう一度、原爆の攻撃に曝される可能性を示しています。大げさだと考える人もいるでしょうけれど、少なくとも国家がそう言っているのですから、冗談だととらえることはできません。
トランプ米国大統領が来日されたときに、拉致被害者の家族の方と面談されましたが、拉致事件は日本国内で発生しているのです。

北朝鮮が核兵器を開発し、これで日本を海に沈めるというのなら、これに対応しなければならないと思います。憲法と国民とどちらが大切かと言えば、国民を護ることが大切なのです。
少なくとも、日本で3回目の核爆弾など真っ平です。
これに、対応できるようにすることが必要で、そのためには法律でも憲法でも、必要なものにしなければならないと思います。

乱暴ですが、日本の国民が3回目の核爆弾をの被害に遭う可能性があるのなら、これを考える国が、日本を対象にできないと考えるようにするためには、何をしても良いと思います。

>>世のため人のために生きるという考えは、単に国が連続しているということで担保された
 そうですよね、社会が連続して居ないと、幾ら「子孫の為に」「世の為に」と考えても、継承するのが野蛮人では、ドウなるか分りませんからね。 特に、世界の歴史を眺めて看れば、優秀な民族が生き残るのではなく、より勇猛な(野蛮な)民族が、戦いの経験も従い武器も貧弱な民族を亡ぼして、現在に至って居るのが分ります。 逆にダカラこそ、戦争がなくならなかったのです。

 今でも、そう言う野蛮な成分を持った国が居ます。それが、ロシアとシナである事は論を俟たないでしょう。 勿論、米国も負けず劣らず野蛮なのは、謂うまでもないのですが、現在の世界は覇権を果たした米国支配と言っても可笑しくない、のですから、彼らが気が着くまでは、日本の良い点を強調する位で良いのかもしれません。

 日本は、世界で1,2を競う野蛮な米国に敗戦したのですから、もっと悲惨な目に遭って居てもおかしくなかったのですが、終戦直後は兎も角、未だ建国150年を越したばかりだった、江戸末期に来訪した米国は、日本の伝統の文化財を見た時、まるで宝石箱を開けた様な思いに囚われたのではないか、自分達には無い伝統の輝きに魅入られたと考えるべきだと思います。

 その思いは、ローマ人がユダヤ人の宗教文化を体験した時以来の事では無かったか、西洋では世界の文明の源の様に謂われているローマですが、第二次ポエニ戦争では、ローマはカルタゴのハンニバルに攻められ追い詰められて、ガリア人の男女を戦勝祈願の生贄にして居ます。 つまり、BC2~3世紀にして、未だ人間を生贄にする位の文明水準だったと言う事です。 

 西洋人は日本に出遭った時に、異様な格好はしているが、実は未だ見た事が無い程の高い文化水準を持って居る事の片燐を江戸期の開国の際、既に、欧州も米国も知って居たと言う事でしょう。何故、日本が世界一の武器保持国なのかも、その時理解したのでしょう。

 それに日本は、天皇(スメラミコト)を権威の頂点に置くが、権力を、その時代に勝ち抜いた集団に任せると言う「威力分離」の政体を採って居ました、そして、その決定を決めているのは、実は、大衆であったが、其処に気が着いた西洋人は多くなかったでしょう。 然し、日本の文化を良く知れば、文化を興したのは、西洋の様な支配階級の道楽ではなく、庶民の日頃の愉しみをベースにした商行為を伴って居た、と言う事に気が着き、その社会の文化の程度や技術力の高さに驚いた事でしょう。

 然し、当時帝国主義全盛の世界の中の日本は、自らが植民地にされない様に、富国強兵策を取る他は無かったのです。 そして、植民地の危機を避ける為に、自国の何十倍の規模を持つ、大清帝国と帝政ロシア相手に戦いを挑み、是を打ち破ったのですが、戦国の世が平定されて凡そ260年間、平和な暮らしに慣れていた国民は、戦国期の常識であった、「戦争はお侍さんがするモノ」と言う認識のままだったのに、徴兵を受け、イキナリ経験をした事が無い大戦争で、多くの働き手を失いました。

 この事態は90%以上農民だった国民には、生産力の著しい減退を齎した由々しき大事で、多くの農民が貧困に喘ぐ事になりました。 そして、平和を望む声が日本のインテリ層を、当時、理想の政体であると思われていた、共産主義へと傾かせました。 本来ならモゥ茲で、革命なり、内戦形起こって居ても不思議ではないのですが、日本では江戸期から、「民がお上を信用している」と言う、西洋では考えられない現象が、極当たり前のように続いたので、昭和初期の大恐慌も乗り越えられたのだと思います。 亦、戦前にも日本の危機になる様な規模の大きい大地震や風災害が在ったのですが、やはり、同じ理由で被害は出ましたが、国内が乱れる事はありませんでした。

 斯うして日本の歴史を俯瞰して看ますと、日本人の極めて現実的な姿が見えてきます、日本は昔から、意図せずとも社会主義であると言われて居ますが、トンデモ無い、生産力を担う民衆が力を持って居るのだから 行政を預かる層は、農民の生活や権利を大事にしたが、社会秩序の維持に関しては殊の外厳しかったと言うことでしょう。 その分、武士層にはさらに厳しかったと言う事です。 結果、平等な社会が生まれて来たと言う事だと思います、ダカラ、265年も平和だったのでしょう。

 そして大きな国難に見舞われそうになって居る事を感知した下級武士層は、合衆国の様な封建体制では、バラバラに調略されて、日本人同士が日本を亡ぼす戦いをする羽目になると気付き、政体を変えて帝国にしたのが明治維新で、その変化について行けなかった勢力を鎮圧したのが、戊辰戦争であり、西南の役であったのですが、結局、外国勢力に一切の干渉を許さず、新生日本を立ち上げたと言うのが、維新の志士たちの真の功績であると言えましょう。

 日本の真の力は、「お上を庶民が信じて居る」処から発していると私は思います。 そのお上とは、詰まる所、国民の日々の安寧と国家の弥栄を、祈念されて戴いて居る天皇陛下=スメラミコトを指すのは言うまでもない事です。
             

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