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2017年11月23日 (木)

日本の国体を守るために、大なる意思が、近衛を首相にし、彼をして敗戦へと導いたのではないのか

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

林千勝『近衛文麿 野望と挫折』(ワック)

大化の改新、645年(大化1)、中大兄皇子(のちの天智天皇)・中臣鎌足らが蘇我氏を打倒して始めた古代政治史上の一大改革。

蘇我蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)父子を滅ぼした中大兄皇子は孝徳天皇を即位させ、自らは皇太子として実権を握った。

中大兄皇子は、その功が大だった中臣鎌足に『藤原氏』を名乗らせる。

その後、藤原氏の権勢は拡大し、栄耀栄華を誇り、藤原道長はその頂点にたった。

「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」

ーー

近衛氏は、その藤原氏嫡流の五摂家、九条、一条、二条、鷹司家の筆頭の家柄である。

近衛文麿は十二歳で近衛家の当主になっている。

その「本心には、『華族』の軛から逃れたいという気持もあった」と著者はいう。

一時期共産主義にかぶれたといわれているが、父親の地位を嗣いで東亜同文書院の院長として「支那」に行く。

それから、アジアの諸民族の団結を訴える論文を書き始める。

その代表作が「英米本位の平和主義を排す」「世界の現状を改造せよ、偽善的平和論を排撃する」など国粋主義に溢れる内容のものだった。

ーー

このような近衛が「支那事変勃発直前から日本軍による南進と真珠湾攻撃の50日前まで、まさに戦前の激動期に我が国の政治中枢を」担った。

しかし、支那事変では、共産党の挑発に乗り、戦線を拡大した。

近衛は「日本の北支進出に肯定的」だったからだ。

「事変拡大を煽動する声明を出し陸軍や世論を」煽った。

ーー

一方で、「『国民政府を相手にせず』と声明したり、事変拡大を予算面で手当てしながら、不拡大政策については不作為の連続」、そして戦線の拡大に反対した石原莞爾を更迭する。

近衛は「昭和研究会」を梃子(てこ)に、事変拡大、『東亜新秩序』『大東亜共栄圏』を打ち出した。

ところがこの「昭和研究会」は、世界共産主義者連盟(コミンテルン)の工作員(スパイ)の巣窟であった。

「昭和研究会」の尾崎秀実は、独ソ二重スパイ・ゾルゲに機密情報を漏らし続けた。

近衛自身は、これらの共産主義者を駒として利用していると考えていたようだ。

ーー

「国家総動員法」「総力戦体制」「日独伊三国同盟」はすべて近衛政権における政策である。

側近には筋金入りの共産主義者で反米親支那の風見章もいた。

「近衛は風見という確信的な共産主義者を政権中枢にいれて、共産主義者たちが企図する敗戦革命を自らの覇権獲得計画におりこみ利用した」

ーー

一方で近衛は強く反共を訴え陸軍皇道派にも近づいている。

ーー

鳩山一郎は、『日記』の中で、こうした近衛政権に付いて、『新体制の正体不明』『近衛に日本を引き回されては堪えきれない』と書いた。

この近衛の行動の軌跡からは政治的陰謀の匂いがかぎ取れる。

彼は、何か確信が在ったとしか思えないような政策を採用し続けているのだ。

ーー

林千勝氏の労作は、近衛の先祖をたどって藤原氏に行き着くところから始まる。

1300年前に日本を変えた男を血筋に持つ近衛が、再度国難を目前にして日本をそれこそ根本的に変えたのだ。

ーー

近衛は、東京裁判に備えて、反証の文章を準備していた。

このことからすると、近衛が青酸カリを飲んで自殺したとは考えにくい、と著者は推論する。

自殺したとされた日の前夜から近衛家に泊まり込んでいた人々の証言はすべて異なっていたのだ。

著者は、関係者の証言を比較しつつ、近衛は政敵に殺されたのではないかと結論を下す。

ーー

思えば、あのまま日本が支那・朝鮮に関わっていたら恐らく日本は、敗戦よりももっとひどい状況、つまり国体が完全に破壊される状況になっていたにちがいない。

近衛は、支那に行って支那人に実際に接してみてそのことを直感したのだと思われる。

日本の国体を守るために、大なる意思が、近衛を首相にし、彼をして敗戦へと導いたのではないのか。

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コメント

 「米ソ英仏蘭支の連合軍が日独伊の枢軸国を破った」事は、ドイツ・イタリアの欧州制覇=英仏蘭が属領としていたアジア・アフリカ植民地の独占の野望が潰えたと共に、日本の大東亜共栄圏構想も瓦解に帰したということです。 一見、全体主義国家と其れに反対する国家群との2項対立の結果の様な印象を受けますが、其れは、連合軍が戦後、或いはヤルタ会談で話したストーリーでしかない。

 実際は複雑で、皇国日本がナチスドイツや独裁者ムッソリーニのイタリアと同じ全体主義に分類出来るわけが無いのに、三国同盟を理由に一括りにされたし、ソ連と米国は、表向き自由主義と共産主義と言う全く違う成分で構成される政体の国だし、英仏蘭は第一次世界大戦で大いに疲弊した旧帝国主義の残り滓でしか無く、ドイツの野望から植民地の権益を護る為だけの連合軍参加であった。

 つまり、後世に残されている世界の歴史展開は、全て、戦時中、或いは、戦後にこしらえられたストーリーに過ぎないワケで、人類が未来の為に学ぶべき、歴史に隠された真の戦争原因には、全く触れられていないと言って良いだろう。

>>「国家総動員法」「総力戦体制」「日独伊三国同盟」はすべて近衛政権における政策である。
側近には筋金入りの共産主義者で反米親支那の風見章もいた。
 ↑に加えて、近衛は土壇場までソ連のコミンテルンを信じて居たからこそ、日米戦争の仲裁を頼んだのだろうから、彼がゾルゲ達を使って居たつもりだった、と言う見方をする拠りも、寧ろドップリ、コミンテルンの計画に浸って居たと考える方が現実に沿って居ると思う。 何故なら、彼が唱えた大東亜共栄圏思想は、表向きは米国を主体とする、連合国の中の植民地権益に拘泥する旧帝国主義国群が行った「経済制裁=ABCD経済包囲陣に対するアンチテーゼであるが、この計画を基本的に辿れば、ソ連が描く共産主義で世界を覆うコミンテルンの計画と相反しない、寧ろその一部と考える事が出来る、ダカラ、戦線の不拡大を唱えた石原莞爾を更迭したのだろう。

 そして日米開戦から3年後の昭和19年末には、戦争の大勢はほぼ決まって居たと言って良かった。 日本の負け戦を決定付けた事は、10月末に行われたレイテ沖海戦で日本海軍が主だった機動部隊の主力空母群を全て喪失した事であろう、だからこの頃には、東京は既に、数次にわたる空爆に晒されていた。

 17年6月のミッドウェー海戦で受けた打撃以来、機動部隊はその威力を漸減して来たが、レイテ沖決戦の敗北に拠り、日本はマリアナ諸島も護る事が出来なくなり、制海権、制空権を失ったと言って良かった。 つまり、米国に対しては全く勝ち目がなくなったのだから、この時点で戦争を止めるべきだった。 実際に水面下では、時の鈴木首相から休戦~講和に道を開く会談の申し入れが行われたと言う情報もある。 然し米国は、元々米国側が日本の参戦を画策して始めた戦争ダカラ、日本をせん滅する事が目的だったのだから、大陸では未だ日本軍が圧倒的に優勢だったのだから、講和など在り得なかった。戦争はやはり、始めるより止める方が難しいのである。

 近衛が真に皇国日本を護ろうとしたと言うなら、この19年末のタイミング以外にはなかったと言えましょう。 勿論シナ・英蘭軍に、圧倒的に勝って居る陸軍は、猛反対しただろうし、既にコミンテルンのスパイとして、ゾルゲ一味と共に処刑され兼ねない状況だったから、提案そのものが、出来なかったし、出来ても意味が無いと考えたのかもしれない。

 近衛の自殺についての筆者の疑惑は極めて妥当なものだと思う。 近衛に生きて居てもらっては困る勢力と言えば、コミンテルン側である事に疑いはない。 彼らは戦前から日本の敗戦~先帝陛下の処刑~日本を共和国化する計画だったから、「国家元首に戦争責任を取らせる」と言う、彼らに取って極めて当たり前の慣例を、極東裁判の席上近衛が証言の中で、自分も参画したコミンテルンの陰謀を、暴露してソ連の立場をひっくり返す恐れがあったから、それを阻止したのだろう。
 
 近衛は日本の敗戦=陛下の処刑と言う事を惹起するとは、考えて居なかったのかもしれない、或いは有っても、自分が身代わりに成れば良いと考えたのだろうが、彼の想像では、何れも相手は英米であって、スターリンは、そんな自分に協力してくれると思い込んで居たとしか思えない。 然し、陛下の処刑を強硬に主張したのは、ソ連とオランダであった。

 コミンテルンが誑し込んだ、国の元首に近い貴族や高官を利用して、国家を転覆し、元首を追放亦は処刑して、国そのものをコミンテルンが占領すると言う手立てで生まれる悲劇は、その後東南アジアや南アジア、アフリカで繰り返される。 そして、歴史には詳らかではないが、何百万人の死者、何千万人と言う難民を発生させたのだが、共産主義の理想を達成・顕現出来た国は、ベトナム・キューバ以外には一つも無い。 其の2国も、国内の状況は情報統制の為に状況を判定できない、唯、政体が続いて居ると言うだけなので、国民の人権無視の朝鮮やシナと変わらないのかもしれない。

とかく韓国への様様な経済支援多々あるが、財務省も財政均等化とか持ち出し、金融引き締めを省内で、官庁の韓国への優遇、日本下げ工作員なんとかならないか

日本が、満州に進出した時、満州国を樹立すると共にユダヤ建国をすべきであった。
すごく良いアイデアで有ったと思う。
そうすれば、あの当時で満鉄とアメリカの鉄道が合作で鉄道網が、ユーラシアに伸びていたのではないか。
日本は、フグ計画として秘密裏に薦めていたと思うのだが。
アメリカの鉄道進出を妨害した為、事変に巻き込まれ南進迄させられてしまった。
負け戦しなくともユダヤ建国をするだけで、世の中大きく変わってい居た筈だ。
似非ユダヤ達も、万里の長城以北は、何処の所有地でもない事が、国際的常識であった。
今となっては、幻想では、あるけれど。
だが歴史の不思議と言うか、満州を占有している時、川瀬勇と言う農学博士が、馬の飼育を擦る為のうまごやしの植物を調査中に、アワッシュ(寒羊)と言う尾っぽに脂肪を溜める羊を見ている事である。
戦後イスラエルに川瀬氏が、招聘されたときユダヤ人のキブツでそのアワッシュを見たのである。
その羊は、ユダヤ人しか飼わない特殊な羊と言う事が、判明。
確実にユダヤ人が、シルクロードを通過して其処まで来ていた何よりの証拠で有り、不思議な巡りあわせでもある。

近衛文麿首相は不勉強の故、解らないことばかりですが、保守系の人からの評判は悪いです。
近衛首相の考え方は、愛国的なのか、売国的なのかすら分からない部分がありますけれど、血筋から見れば愛国者でしかありません。

しかし、それにしては共産主義者との接触が多すぎますが、これは若気の至りか、共産主義者を利用できると思ったのかも分からないです。
それでも、尾崎秀実と交流していれば、その先のゾルゲに情報が流れるのですから、考え方に浅い部分があったと思います。

ただ、優柔不断の事柄は、十分な知識がない為に判断が遅かったのか、元々がそうであったのかと考えますけれど、優柔不断と決めつけられますとそれに対する反発は強かったのでしょう。
だからといって、判断したことが正しいと言えないのは、相手があるので何とも言えないところです。


>近衛は、東京裁判に備えて、反証の文章を準備していた。

近衛首相が東京裁判に出席していれば、彼の行動で考え方を推測せずに、発言から考え方が理解できたと思いますが、自死したのか、ころされたのかも分からないのでは、想像することも出来ないと思います。


>思えば、あのまま日本が支那・朝鮮に関わっていたら恐らく日本は、敗戦よりももっとひどい状況、つまり国体が完全に破壊される状況になっていたにちがいない。

日本は終戦後、連合軍の為に戦争法を無視したとんでもない占領政策をされたのですが、それ以上にソ連がGHQに潜り込んでいたら、天皇はどうなっていただろうと考えることも恐ろしく思います。


日本は日支事変から大東亜戦争までを、7人の首相(近衛首相は2回)で戦いました。
その7人は、近衛文麿、平沼騏一郎、阿部信行、米内光政、近衛文麿(二回目)、東条英機、小磯國昭、鈴木貫太郎です。

近衛(一回目)から米内までは、支那の為に事変に引きずり込まれた気がします。
近衛(二回目)と東条は、米英によって戦争に引きずり込まれたと思っています。
小磯、鈴木は、終戦処理に向けた選任とも言えます。

結果として、日本は戦争に負けて多大な被害と、とんでもない占領政策を受けたことになりましたけれど、戦後70年を超えてその間には復興しただけでなく、戦前以上の経済国になりました。
もうそろそろ、敗戦によって受けた精神的な痛手からも回復して、未来を見据えた政治を行っても良いと思います。
戦後レジームからの脱却には、憲法の改正も必要ですし、日本の中にいる敵を排除する為にスパイ防止法の制定も必要だと思います。

スレは難しくわかりません。しかし日本名を名乗った、朝鮮人が日本で核の勉強をして、北朝鮮に渡り、驚異となる、核ミサイル開発をする。、それを取り締まる事も出来ない、どう思いますか、北朝鮮の日本人拉致関係者も、日本で当たり前に暮らしてる。らしい

>ポッポさん ソロです。
>>それ以上にソ連がGHQに潜り込んでいたら、天皇はどうなっていただろう
 初期のGHQの民政局は、ケーディスやホイットニー等と言うニューディラー=共産主義者が主体でしたから、直ぐに組閣させた内閣は社会党政権でした。 つまり、ソ連の魔手は、FDRの遺産と言う形で、日本に入りこんで居たのです。

 処が、この政権には、政治のプロが全くいなかった、と言うより、戦前の政治の主体もやはり官僚政治であり、昭和6年の満州事変の辺りから、軍の発言力が増して、軍人の政界進出が目立ち始めましたが、軍人は政治はずぶの素人、結局官僚依存の政治が酷くなったダケですから、社会党政権と雖も、官僚抜きで政治が出来る筈がなかったのです。

 ですから、政権が瓦解し、経済の悪化を立て直す意味で起用されたドッジが、失脚したニューディラーに替わってウィロビーがGHQの実務を担当した時に、旧商工大臣を務めて居た岸信介と外務省官僚だった吉田茂を起用したのです。 その後、軍人以外の政治家の復権が為されて、戦後政治がスタートしたと言って良いでしょう。

 先帝陛下の処刑は、当初は、ソ連とオランダの強硬な主張が優勢で、既定の事の様でしたし、陛下もポツダム宣言を受諾した時にすでに、処刑される事をお覚悟召されて居たと思われます。 ですがA級戦犯にノミネートされた中で、死刑の判決を受けた9人が9人とも、陛下の助命を申し入れてたので、マッカーサーに躊躇いがあった。 其処で陛下は一人お出かけになり、マッカーサーに会見して、「国民の助命嘆願」を行われました。

 是に感動したマッカーサーは、逆に陛下を助命する事を決意した。と言う有名な話に繋がって居ますが、マッカーサーのGHQの責任者としての評価は、あまり芳しいものではありません。然し、陛下が、お覚悟をされて居たのは確実で、其れは「終戦のご詔勅」の中身をじっくり聞けば、是は国民に対する陛下の遺言状であると分ります。

 この様に国民の身になって考える君主を、マッカーサーが初めて知った様に、決して表には出ませんでしたが、世界も驚き、そして、陛下が決して、ヒトラーやムッソリーニと同列の全体主義国家の指導者では無かったと言う事を、認識したのです。

 近衛はそう言う意味でも、日本の皇室の在るべき姿を見失って居たと言うべきでしょう。 自分の伯父に当たる陛下が、摂家の跡取りと言っても、先代の放蕩で財政的に潰れかけて居た近衛家を立て直す意味で、2度も首相に指名した御恩を忘れ、当時、世界で流行って居たとはいえ、共産主義に被れ、コミンテルンの手先に堕して居た自身の姿をも、ゾルゲが逮捕されるまで見失って居たのは、一生の不覚であったでしょう。

 彼には、自分の足下が見えて居なかったと言う事だと思います。

ソロさんへ  ポッポです。

A級戦犯9人による天皇の助命、天皇陛下の自らの命を省みずに国民の助命をされた御覚悟と、これを知ったマッカーサーの心が天皇陛下をまもったことになったことは、幸いだったと思います。

ただ、ソ連の場合は、革命の際に皇帝の一家を処刑して、皇帝の血筋を途絶えさせた経過があります。
ですから、ソ連が東京裁判において発言権を大きくしていれば、皇室の血筋が大きく粛正された可能性を考えたのです。

このように考えるのは誠に不吉なことであり、言霊の上からも嫌なことではありますが、ロシア革命や支那の易姓革命等を考えたり、シベリア出兵に伴う尼港事件のことを思いますと、ロシア(ソ連)が終戦時に北海道まで侵略せず、東京裁判にもそれほどの力を持っていなかったことをありがたく思う次第です。

>ポッポさん ソロです、レス有難うございます。
 確かにソ連には、ロマノフ皇帝ダケで無く、一家を全員惨殺して、王朝を根絶やしにした実績がありますね。 如何にロシア人が未開な民族であるかを物語っている、と私も感じます。

 是は戦前の人達も同じ感想を持って居たのではないかと思う次第、陛下の処刑だけは避けたかった軍人や政治家は、ソ連ではなく、3年半死力を尽くして戦った最大の敵であった米国に、命懸けで訴えたのだと思います。 最後は、陛下御自身のお覚悟が途を開いたのでしょうが、陛下自身にとって戦後の40年余りは、「生き恥を晒して居る」と言う思いに苛まれていらっしゃったのではないかと忖度いたします。 国民の側からすれば、陛下が戦後も御在位されて居たからこその現在、と言う事は、国民皆共感する処ですので、感謝の念で一杯なのですが。

 それにしても、彼ら(ソ連)には、道義と言う言葉が通用しないと思います。 全て力づくで、敗者には全く容赦しない。 その対象は、敵の身に非ずで、否寧ろ、自国の民に対する弾圧、抑留、無視等、非人道的扱いで、公式なものだけで数千万人の犠牲者を数えます。 正に、中世並みの人権意識しか持ち合わせて居ないのが分ります、唯、シベリアと言う環境条件が極限まで厳しい処で、生きて行くのと、温帯で暮らして行くのを同列に考えてはいけないのかもしれませんが。

 私はロシア正教が如何なる教えなのか知りませんが、表面に出て来る死生観ダケ観て居れば、凡そ、仏教が説く、他に対する寛恕の様なおころが欠如して居る様に思います。 正教=キャソリックが皆同じかと言えば、ギリシャやローマはちょっと違うような気がしますので、ロシア人独特のモノ「=厳しい環境条件」が反映していると思います。

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