無料ブログはココログ

« 在日の利権について真っ先に賛同しているのは共産党である | トップページ | (韓国憲法)第39条 全ての国民は法律が定めるところにより国防の義務を負う »

2017年10月 4日 (水)

願わくば良き演技をやり遂げんことを!

通常は、その「お話」だけで終わる。しかし一つの「お話」の背後には膨大な物語が控えて居るのである。

それら膨大な物語を一挙に思いつき、そのお話の深い意味を、これこれだと提示できる人は天才であると思う。

徹底さんが、それを難なく、こんなことは常識だと言わんばかりに、やっておられる。そのものすごいことを、凡人の小生にもわかるように少々編集してお目に掛ける。

ーーー以下抜粋編集qazx

【徹底的改造計画2/18】桃源郷に迷い込んだ男http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/4b589933c544695378aa8b80356dde2d

ーーー

【石井孝明2/17】「本当に貧しい人生だったと思うよ」 http://blogos.com/article/32128/

「本当に貧しい人生だったと思うよ」という言葉を残したのは、佐佐木吉之助氏である。米経済誌『1989年フォーブス』に世界12位の富豪として取り上げられた人物だ。

氏が亡くなったのだという。享年79歳だった。私は晩年少し交際があったが、1月の週刊新潮の報道までその事実を知らなかった。ご冥福を祈る。

ーーー

バブル最盛期、佐佐木吉之助氏が全株保有する資本金1000万円の会社「桃源社」所有の145の不動産の含み益が1兆円となり、その時フォーブスに取り上げられたのだ。

その後バブルは崩壊し、地価暴落の中、持ちビルを全て手放すこととなった。国会で証言を求められたのだが、それは後に偽証罪で刑事訴追された。それで繰り返しメディアにも登場した。バブルの凄さと怖さを実体験した人だ。

著名なノンフィクション作家が彼に、「あなたは何のために1兆円を稼いだのだ」、と聞いた。すると佐佐木氏は、「分かんねえよ」と、答えた。作家はこの佐佐木氏の態度に怒り、取材を止めてしまったそうだ。

しかし「この答え本心なんだ」と私には話した。彼はバブルの時代に、また資産を失ったときに何を考えたのか。彼の言葉をそのまま再録してみる。

ーーー

「何で金持ちになったのか。そして資産を全部なくしたのか。この力がどこから来たのか、自分でもよく分かんないんだ。俺は物欲も権力欲も金銭欲もない。うまい物を食べ、いい女をはべらせ、贅沢三昧することにまったく興味はない」

「医者だから放蕩を続けたら健康を害することは分かっていた。自分の限界を試したいという思いは当時少しあった。今になってこんなに資産を作って、全部なくして、映画のような出来事ばかりを繰り返してすごい人生だなと一人で笑っている」

「何も考えずに行き当たりばったりでやっていた。今になって振り返ると、運命がこんな状況を作り上げたんだと思う。俺は一種の『ピエロ』。何か大きな時代の意志に踊らされていたんだ。不動産なんてやりたくなかったんだ」

「俺をつぶしたものは何かと考えるけど、やはり人間の嫉妬と欲望が大きいんじゃないかな。儲かっている人間をつぶして、金を奪おうという集合意志が働いたのさ。俺は政官財暴のあらゆる勢力から目の敵にされた。成り上がりのディベロッパーに対する反感なんだろうな」

「あのバブルの時代、欲望をありのままに出す人間が多くて、嫌だったけど面白いと思ったことも多かった。俺の周りにすり寄ってきたのは金の亡者ばかりだ。株取引疑惑で98年に自殺した代議士の新井将敬もちょっかいを出してきた。彼の場合はかわいいワル。闇の世界から政治家まで「化け物」だらけだった。そうした奴らは大嫌いだけど、人間らしいと笑いながらみていたよ」

ーーー

「桃源社の名前は、陶淵明の詩「桃花源記」に出てくる不老不死の理想の地「桃源郷」から取ったのさ。俺、慶應の医学部で成績は良くて、研究者として残れと誘われた。けれど医学会の束縛がいやだった」

「70年ごろ、今あるようなカルテの情報管理とか、海洋の生物や物質の薬や医療への利用を考え、金を稼いでそれに投資をしようとした。医学の役に立ちたかったんだ」

「不動産は儲けやすかったんで始めたが、それが本業になったんだよ。俺にロマンチックな面があることは、あまり知られていないけどね」

「なんでバブルの責任が俺個人に追求されるか、分かんないね。俺は全額返せなかったけど、返済に最大限の努力をして、それはノンバンクなどの貸し手から評価をいただいている。世間は知らないだろうし、信じないだろうけど、商売での信用を大切にした」

「マスコミは「反省しているか」と聞くが、あんたらには関係ないだろと言い返している。それは個人の内心の問題だ。俺は他人に迷惑をかけないように必死に頑張った。それを認めてくれる人もいる。それでいいじゃないか」

「俺の財産を狙ったあくどい奴の顔が200人ぐらい浮かぶねえ。ただし世の中はうまく出来ているよ。その9割が社会的に10年経つと破滅していた。老子の「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉はその通りだ」

ーーー

2008年に息子さんが30歳で突然亡くなっている。その年に会った時、墓前へ備えてくださいと私が花を渡すと涙ぐんだ。そして次のように話した。

ーーー

「事業が膨らんでいるときも、うれしいとか、楽しいという感覚はなかったねえ。そもそも生まれてきたのが不幸だと思っている人間だ。心の中にはすべてを醒めてみる「虚無感」が巣食っている。それで息子もいなくなった。人生なんて本当につまらんものさ」

「真の金持ちというのは、精神的にも、時間的にも、空間的にも、自由な人間であると思う。俺はすべて対極にあった。寝る間もないまま働き続け、どこにも移動できず、精神は仕事に拘束され、つくったビルも全部なくなった。本当に貧しい人生だったと思うよ」

「そんなに自分を卑下しなくても…」と私が言うと、「そう思うから仕方がない。君も俺の変な人生から人の生きる意味を考えてみてはどうかね」と言われた。

ーーー 以下徹底さんの意見

現実というのは、過去と結ばれているということを意味する。現実は、過去の結果なのである。

ところがもし、過去と現在を結びつけている通常の因果関係が成り立たなければ、つまり過去が現在から逆算され得ないならば、過去も現在も共に、非現実であるに違いないのだ。

過去は現在に先立って存在しておらず、おそらくは私達が認識しているこの現在とともに同時に生起したものである。この構造は夢と全く同じだ。

夢から醒めない限りは、現実について、どういう結論もだせないという構造になる。

ただ技術的には、人間精神を、100%仮想された世界に閉じ込めることは可能である。そういう世界を幾階層にも無限に構築し、意識が永久に外部世界を認識できないようにしてしまうことも出来る。

夢を考えればわかるように、どういう設定の世界でも瞬時に構築できる。その世界では過去による限定を受けないから、現在の在り方はなんでもありなのだ。その世界では、現実と虚偽を区別することの意味は殆ど無い。

神でも悪魔でも天使でも霊魂でも奇跡でも、天国でも地獄でも、すべて心が思い描ける限り、何でも実現可能である。なんとなれば世界そのもの、自分そのものが一切合切すべて架空の存在だから。

ーーー

とりあえず、技術が進歩すると、居ながらにして現実と区別のつかない仮想空間内で、世界旅行ができるようになるだろう。

最終的には現実が現実であるということさえ断言できない状態に近づく。これは致し方ない。偽物が精巧になれば本物との差はなくなっていく。

しかしもし、すでに私達の前に、同じ様な技術的展開を過ぎてきた先覚者があったとし、彼らがすでに私たちの人格を夢の迷宮や回廊に閉じ込めているという、映画マトリクスのような状態に置いているのだとすれば、

つまり世界そのものが非現実なのだから、そこで神や霊魂といった超常識的存在が存在しているとしても、何らの矛盾も齟齬も生じない。

ーーー

問題は、世界が虚構であるとして、その場合、こっちの思惑でその設定に干渉出来るのか、出来るとすればその手段はどういうもので影響範囲はどれくらいなのか?そこにある。

世界が強固な常識で出来上がっているのなら、常識的な手段と範囲でしかこちらの干渉は受け付けまい。

しかし虚構でできているなら、世界に恣意的な干渉をすることは可能のはずである。あらかじめこちらからの干渉が不可能だと設定されていない限り、少なくとも虚構の設定に対しては、干渉できることになる。

まあこれは世界の設定者の裏をかくための手立て、つまり魔術の範疇に入る話になるのでここでは割愛する。

ーーー

世界に一人、何の意味もわからぬまま生まれ落ちてきたことの不思議さ。抗(あらが)いがたい運命。

とにもかくにも、この想うに任せぬ世界に生きていると、時々自分の存在や世界の流れがすべて、予め用意された台本通りに動いているのではないかという感覚に陥るものだ。

どうして、様々多様な人生があり、互いに取り換えることが叶わなくて、世界は自分の考えなど無視して、いつも勝手に動き流れて行くのだろう。

どこかに、作者がいて、そいつがわざとこういう運命を自分に押し付けているのではないのか?

自分は、そいつの思い描いた役を演じているという記憶を失って、役が本当の自分だと錯覚し続けているのではないのか?

こういう感覚を、人は、時々感じるのではないだろうか?

ーーー

This world is a stage and every man plays his part.(志子田光雄)
http://www.shikoda.org/proverb59.htm

イギリスでは16世紀中期に、『この世は舞台、人は皆それぞれの役を演ずる』が、ことわざとして成立している。これは、ギリシャのことわざ「世界は舞台、人生は登場」に由来する。

シェイクスピアがこの内容を彼の演劇の主題にしたことはよく知られている。

『お気に召すまま』では「この世はすべてお芝居、男も女もみな役者なのさ」と言い、マクべスには「人生は歩く影法師だ。舞台の上で、威張りくさって歩いてみるが、舞台が終われば耳を傾ける者もない、あわれな役者」と言わせている。

もし、「この世はすべてお芝居」なら、人は、それぞれの役に徹し切る演技が必要であろう。

ーーー

しょせんこの世界は夢幻の如き一瞬の舞台。そこにかくある自分として生きるのは、ただ役を演じているだけのこと。

とりあえず役になりきって最後までそれらしく最高の演技を尽くそうと想うだけのことなのだ。

そして舞台の幕はいつか降りる。夢から覚めれば、全ては消える。

一切は闇のなかに飲み込まれて後にはかけらも残しはしない。

自分の人生も、愛し憎んだ人々も、懐かしい風景や無数の記憶も、成し遂げた栄光も味わった屈辱も、やがていつかすべて虚構であったことが明らかになる。

その時、こうつぶやく、「私は何者だ?私の世界はどこだ?」、しかし答えるものはいない。

だから世界の創造者だと主張する者が現れ、無から舞台を作り、そこで一人演じ始める。人々は彼の作った深い迷妄のなかに自分の心を沈めてしまう。

そうすれは、自分が何者であるかと考え悩まずに済む。

そこへ時々僕が通り掛かっては「や~い、おまえ、ば~か!」とかわざわざ言っているのである。

ーーー

私たちは世界に生き、人々と出会い、所業を積み重ねる。

それが夢だとすれば、そこで虚しい人格を自分にも相手にも錯覚し、実体のない善意や悪意、相手のない愛情や憎悪を抱いていることになる。

おそらくはただ自作自演の一人芝居に、延々と、とりとめなく喜び怒り悲しみ笑っているだけなのだ。

ゆえにただ心せよ!

たとえここで何が起きようとあなたは決して真実には何も得ず何も失うことはない。

それゆえ真に心留め執着する必要はどこにもなにもない。

一切の人為はすべて無功徳(むくどく、無駄)となり、世々の全てはいずれ必ず大いなる虚無の中に消え行く運命にある。

私が私としてここにあるのは、わずか一刹那(いちせつな、ほんの短い間)だけ。

願わくば良き演技をやり遂げんことを!

« 在日の利権について真っ先に賛同しているのは共産党である | トップページ | (韓国憲法)第39条 全ての国民は法律が定めるところにより国防の義務を負う »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

佐佐木吉之助氏は、バブルに時代の富豪として取り上げられた人のようですが、どうも関東の人には疎くて覚えていませんでした。

それで、何の知識もなかったのですが、後に国会で証言を求められたとのことですから、バブルの渦中にいた人と言うことだけは分かりました。

>何で金持ちになったのか。そして資産を全部なくしたのか。この力がどこから来たのか、自分でもよく分かんないんだ。

右肩上がりで、日本の未来は輝いていた時代。
それに乗った人は、才能も手伝って、どんな商売をしても上手くいったのかも知れません。
ただ、物欲も権力欲も金銭欲もない。とのことについては、庶民の感覚からはかけ離れていたでしょうから、通常の感覚の者と比較したらとの前提付きです。そして、そこまでの物・権力・金銭を得た者にして、初めて言える言葉です。

バブルが起こったとき、その時流に乗って大きく羽ばたいたけれども、気がつけばバブルが弾けました。この弾け方は、バブル以上に止まらなかったから、何をやっても止まることはなく、墜落してしまった。そしたら、持て囃されていた立場の人は、それ以上に、責め立てられたと言うことなのかと思います。

誠実であった人は、負債をなくすべく努力したでしょうし、誠実でなかった人は、負債を減らすべき努力を私財の保全に向けたのでしょう。

因みに、しがない公務員であった私などは、バブルの時には民間の人の景気の良さを横目で羨ましがるしかなかったです。
その代わり、バブルが弾けた後は、民間の景気の悪化が気の毒に見えました。公務員は、不況産業のようです。

余談ですが、景気の良いときには公務員試験には、優秀な人の受験が減ります。そして、景気が悪くなりますと、優秀な人が受験して試験倍率が高くなるのです。

縦椅子さま

 今日は強烈な人生を生き切った方の生き様を通して、素晴らしい人生哲学に触れさせていただき、有難うございます。
 現実では、毎日舞台に上がり、一生懸命舞台を務め、踊りまくっていますが、上手く幕を下ろせるかが心配になってきているところです。「願わくば良き演技をやり遂げんことを!」切に願っています。感謝!!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 在日の利権について真っ先に賛同しているのは共産党である | トップページ | (韓国憲法)第39条 全ての国民は法律が定めるところにより国防の義務を負う »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31