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2017年10月 7日 (土)

今やバルカン問題は『未来のヨーロッパ』の問題となりつつある

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

マーク・マゾワー著、井上廣美訳『バルカン』(中公新書)

ーーwikipediaより

1914年6月28日、オーストリアの皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇太子フランツ・フェルディナント大公が、共同統治国ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボで「青年ボスニア」のボスニア系セルビア人で民族主義者のガヴリロ・プリンツィプにより暗殺された。

オーストリアのレオポルト・ベルヒトルト外相(オーストリア・ハンガリー二重帝国の共通外相)は懲罰的な対セルビア戦を目論み、7月23日セルビア政府に10箇条の最後通牒を送付して48時間以内の無条件受け入れを要求した。

セルビア政府はオーストリア官憲を事件の容疑者の司法手続きに参加させることを除き、要求に同意したが、オーストリアはセルビアの条件付き承諾に対し納得せず、7月25日に国交断絶に踏み切った。

躊躇するハンガリー首相ティサ・イシュトヴァーンと皇帝の反対を押し切る形で、7月28日にセルビアに対する宣戦布告が行われた。

ーー

ドイツ政府は、三国同盟に基づいて対応を相談したオーストリアに対し、セルビアへの強硬論を説いた。

ロシアの総動員下令を受けて、参謀総長ヘルムート・ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・モルトケはかねてからのシュリーフェン・プランを発動させて8月1日総動員を下令し、同時にベルギーに対し無害通行権を要求した。

ドイツ政府は翌2日にロシアに対して宣戦布告し、さらに3日にはフランスに対して宣戦布告した。

ーー抜粋ここまで

こうして、バルカン半島のサラエボ事件を契機に世界戦1が勃発したのだった。

ーー

遠き昔、バルカンはギリシアとローマの覇権が激突する場所だった。

中世にはオスマントルコ帝国が支配下に置いた。

近世には西洋列強が、オスマントルコ帝国を滅ぼし、バルカン半島は三度の戦火に合い破壊された。

ーー

「仏蘭西革命(1789)に始まり、1923年にオスマン帝国が崩壊するまでの時期、所謂『長い十九世紀』は、近現代のバルカンの政治地図が現れた時代だった」

「ナショナリティ(民族集団)の原則に従って建設された独立国家が、500年続いたオスマン帝国にとって代わった」

ーー

「一時はオーストリアとロシアがバルカンを分割し、エカテリーナ女帝の孫がコンスタンチノーブルで玉座に座る筈だった」

この行く手を塞いだのが民族自決の独立運動だった。

しかし、独立にいたるには「ヨーロッパ列強が味方となって介入するのを待たねばならなかった」(p148)

ーー

500年以上ものあいだ、言葉も習慣も異にする人たちが共存してきた社会(帝国)で、国家という概念を理解するのは困難であった。

そのような社会では人々は、キリスト教徒かイスラム教徒かの区別しか出来なかったのだ。

「『ルーマニア』や『ブルガリア』という概念は、1830年代になってもまだ、ほんの一握りの知識人や活動家を駆り立てていたに過ぎない」

「『アルバニア』とか『マケドニア』に到っては、おそらく無いも同然だった」

新国家の指導者らは、「過去のオスマン時代の世界観に染まった農民社会から民族を作り出さねばならなかった」のだった。(p165)

ーー

しかしこうして言わば人為的に作り出された多くの民族は、民族間に緊張をもたらす元凶となった。

それぞれの民族が国民国家を築くためには領域内に住む異民族を浄化する必要が出てきたのだ。

大虐殺とそれに対する報復大虐殺が繰り返されることとなり、それがバルカン半島の近代史を特徴づけるものとなったのだった。(p248)

ーー

やがて、米ウイルソン大統領はオーストリア・ハンガリー帝国やドイツ帝国を破壊するために、民族自決を主張し国民国家の独立を促した。

それまで、多民族共存状態であったバルカン半島でも、民族自決のために、独立国を求める紛争が激化した。

多くの民族が集まるバルカン半島では、宗教や民族の違いによる紛争は収まることがない。

民族を主張すれば、今は小康状態であっても、やがて戦争が始まるはずなのだ。

ーー

冷戦以後、バルカン半島経由で、「黒海、旧ソ連、中央アジアを含み、オスマン帝国崩壊以来最大の領域に渡ってビジネスの機会を提供」することになった。(p262)

だからEU、欧米、旧東欧諸国、旧ソ連が積極的にバルカン半島に絡んでいる。

そのため世界の覇権国家であるアメリカもバルカン半島には、高い関心を示さざるを得ないのである。

このバルカン問題はヨーロッパの過去の出来事としては済ませられない。

ヨーロッパに多くの異民族(難民)が押し寄せているからだ。

今やバルカン問題は『未来のヨーロッパ』の問題となりつつある、と。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

東アジアでもバルカンと内容は違うが、半島を挟んで暴発しそうです。
第二次大戦、第一次大戦ともヨーロッパ戦線・アジア戦線と両サイドで異なる戦争が同時期に起きている。
これは、偶然では無く意図的なやらせですね。
一方が平和であることを許さなかった。
また同様な東西の暴発を仕込んでいるのでしょうか?
人間共は、何回でも騙されますね。

>qazx様、ソロです。
>>言わば人為的に作り出された多くの民族は、民族間に緊張をもたらす元凶となった
人類は、この先起こる戦争が、其の所持する火器の威力の大きさや世界的な政治のつながりから、人類の共滅戦争である事を自覚すれば、何故そうした事を企てる為政者が出て来るのか、と言う事を、真剣に考えねばならないと思います。

 島嶼国家の日本とは違い、陸続きの国では、大衆レベルで国の括りを自覚する事は、難しい様です。 シナ・朝鮮がそうであるように、年々歳々の気候の具合に拠って、絶えず飢えた他民族の侵入や逆に膨れ上がった人口の吸収先の対象にされているからです。 特に、地形的に袋小路となる半島は、行き場を失った多種、多数の難民の集積場となり易く、その距離的な近さが、お互いの差異への寛容度を消滅させて紛争になる。

 そしてその紛争の結果、遺されるのは、考え着くあらゆる理由に拠る差別と、常軌を逸した弾圧に満ちた社会である事は、世界の歴史が繰り返し証明して来た事である。 異宗教が対立の原点の様に謂われているが、排他的な教理で有名な、砂漠の1神教、ユダヤ、キリスト、イスラム教でさえ、古には、故地パレスチナで永らく共存関係にあったのである。 従って異宗教が対立点になるというのは、後世の付加を根拠にした牽強付会に過ぎない。 

問題なのは異なった習俗を持つ、国家・国境意識の希薄な集団では、その集団内の「正義」の基準が多様に変化すると言う事実であろう。 この様に価値観が多様な集団を一つに纏めるのは難しい。

 もし正義を社会で執り行う必要が生じたのなら、何より、多くの人間の同意・共感が不可欠である。 ダカラ、同じ習俗を持ち、同じ生業を営む価値観が近い集団が、共通の利益の為に纏まって作ったのが国なのではないだろうか。 因みに宗教は、その正義を強化する為に為政者に採用された、規範の一つに過ぎないと思う。

 ダカラ冒頭に掲げた様な、意図して民族を細分化する事は、異文化、異宗教に溢れる集団の中の対立点を抽き出す行為に他ならない。 つまり、意図的に戦争を起こそうとしているとしか思えない。

 是は明らかに、犯罪であろう。

 其れを意図的に行おうとしていたのが19世紀の欧州であり、20世紀のドイツ・ソ連であったと思います。 2つのケース共、世界大戦に繋がっています。第一次で一千万近く、第二次で1億人近い死者を出して来たのですが、世の中は、全く学習して居ないかの如く、戦争の原因となった、弱小国の病貧争災から目を背け、自らの繁栄だけを追い求めて居ます。

 前述した「戦争を画策するもの」は、斯うした貧しい現状に絶望し、民族の生存権を賭けて居たものも大勢いた事でしょう。 生存権とは、「自分の生の為に葉、他者の生を犠牲にしても許される」と法解釈されているからです。 然し、戦争と言う手段が事態の解決にはならず、人類の共滅しか齎さない可能性が高くなって来た現状、唯の政治力学の操作だけで、事態を先送りにする事は、モゥしてはならないと人類は覚醒すべきです。

 北朝鮮が核兵器とミサイルを開発して、世界最大の核保有国であるアメリカを恫喝している現状は、たった3年前にさえ、考えも及ばなかった事だが、斯うして現実になって看れば、北朝鮮が行って居る施政でそれを云う資格があるドゥかは別にして、「如何にして、皆で幸せになるか?」は、古より、人類に与えられた命題ではないかと私は思います。

長い歴史に渡る民族移動の結果、バルカン半島には幾つもの民族が混在して存在していた。
それらの民族に差異はあったが、分かりやすいのは宗教であった。

米国ウイルソン大統領は、オーストリア・ハンガリー帝国や独帝国を破壊するために、民族自決を主張し、国民国家の独立を促した。

この多民族共存状態にあったバルカン半島に、民族自決を持ち込んだことから、それぞれの民族が独立国を求めたため紛争が発生し、これが激化した。


日本は大和民族でほぼ構成している、単一民族国家と言って支障のない国ですから、バルカン半島のことは、理解できないと言っても良い位です。

しかし、この日本においても、中国人はあちこちに中華街を作って中国人の居住地域を作っています。最近は、大都市だけではなく、北海道の山林も買収していて、面積は拡大しつつあります。
また、朝鮮人は大阪の鶴橋において「故郷」との表現を使って、そこが朝鮮人の居住地域であるかのようにしています。朝鮮人の居住集落(?)は、鶴橋だけではありません。朝鮮総連は金正恩に忠誠を使っていますし、民団は反日活動をしています。
今、ミャンマーで迫害されているロヒンギャも200人が群馬県に居住しています。
その他の民族だって、日本に来て集団となって居住することで、地元の自治会と摩擦が起きていることが、ときどき報道されています。

そして、日本では労働力不足になるとして、移民を奨励する動きがあります。労働力が不足することは、産業の発展に影響することですから困ることですが、安易に人手不足を移民に頼りますと、後々に民族の差が露出することになり、日本人との摩擦が大きくなることが考えられます。

そして、バルカン半島を引き合いに出すのは大袈裟と考えますが、日本は島国で治安がよいことから居住する場合には、極めて生活が安定します。一時的に住むことが目的であっても、それが長くなって永続的なものになっても、不思議ではないでしょう。

この移民が大きくなって、移民が元の風習や集落を維持するようになりますと、日本人との摩擦が大きくなり、これがどのような影響をもたらすかを考えますと、治安が悪化して、移民政策が破綻することも考えられます。

日本も戦前・戦後に移民政策をとりましたが、日本人は地域に溶け込む努力をします。
しかし、日本人がそうだからと、移民に来る民族がそうだとは言えません。戦前・戦後に日本に来た朝鮮人が、終戦後に十分な治安維持を出来なかった日本で、暴動を起こしたことを忘れてはならないのです。(石原都知事は、東京の一部を危険で歩けないと言っていました。)

現在の日本の治安の良さは、70年余りに渡る警察の努力の結果なのです。これを忘れて、移民を大量に増加しても労働力が増えるだけとの判断は、日本の未来に禍根を残すと思います。

在日の総結集で、希望の党は在日に乗っ取られたな、元々の希望の幹部では太刀打ちができなかったのやな

>ポッポさん、ソロです。
>>多民族共存状態にあったバルカン半島に、民族自決を持ち込んだことから、それぞれの民族が独立国を求めたため紛争が発生し、これが激化した
其れを大戦後、勝ち組のソ連の力を借りて、共産主義体制で纏めたのがユーゴスラビアのチトー大統領なのでしょうが、彼が亡くなると、途端に民族紛争が息を吹き返したのですから、チトーの晩年には、既にユーゴスラビアの政体がオカシクなって居たのでしょう。 

 ユーゴスラビア=スラブ人連合国と言う名が示す通り、バルカン半島の周りにはスラブ人の国が多いです。 チェコ・スロバキアやブルガリア、ルーマニアもそうです。 チトーはソ連(ロシア)よりですから、19世紀の汎スラブ主義運動の影響を受けて居たのではないかと思います。 

 バルカン半島周辺の様に、古くから多民族が錯綜している場所と言えば、極東では朝鮮半島がありますし、南アジアではバングラディッシュやミャンマーそして、是亦内訌を抱えたクメール族が棲むインドシナ半島国家(カンボジア・ラオス・ベトナム)があります。 半島には、世界中何処でも紛争の根があると思って良いと思います。 イベリア半島でも、独立騒ぎがありますしね。

 ロヒンギャの問題は、彼らが移植して来たベンガル人で、元々侵入者で、是を施政に利用した英国の責任が大きいでしょう。 そうでなくとも、ガンジス川の出口の三角州はスンダの昔から、多くの異民族の集積場の様な様相を呈して居た処です、其処に、態々、更に別の要素を加えるとは、ウィルソンと言い、アングロサクソン人のやって居る事は人類にとって許し難い事ばかりです。 彼らが今更、人権問題で他国を批判する等、歴史を知って居れば、在り得ない事でしょう。

 この極東版が、戦後米国が行った半島統治です。 元々、李氏朝鮮社会は異民族の複合体で、重層的な身分制度を布き、地主階層の両班が、差別と弾圧で民衆を押さえ込んで居た社会を解放したのは、他ならぬ、日本です。 大開墾政策や下層民衆の教化、社会インフラの整備、社会への近代流通の導入等数々の改革を行い、内鮮一体を図ったのでした。

 日本が負けた相手が、自由と民主主義の旗手で有る筈の米国であると知った朝鮮の新平民達は、是から更に、良い時代になると信じたのでした。 処がGHQは、端からその反対の施策を行った、反日の李承晩を初代大統領に登用したからだったが、新平民層は、大量虐殺され、折角、日本が与えた田畑も、全て両班層のものとなった。

 その恨みは、戦後71年経って漸く、新平民達が主体の政府を持つ事に繋がり、文在寅大統領が誕生したのです。

 然し、時すでに遅く、北の朝鮮政府は破滅の道をまっしぐら、韓国経済は風前の灯火と言う有様です。 然もイザトいう時頼りにしてきた日本とは、余りの反日に国交断絶寸前の状況です。

 是が逆転する可能性は多分ありません。 朝鮮族は北も南も、世界から見放されている状況なのですが、その自覚はさっぱりありません。 近い裡に、朝鮮族の国は世界地図から消えるでしょうね。

 日本はこの民族とは、もぅ「関わらない、援けない、教えない」と言う、安倍政権が示した是まで通りの関係を維持するべきでしょう。

在日総結集は確かにしてます、特定過疎地域の山村の女性でも、阿部を絶対に今回の選挙で引きずり卸さなくてはと、なんか呪いのような、物があります。

ソロさん  ポッポです。

ユーゴスラビアは、チトー大統領なくして、なり立たなかったと思います。
チトー大統領の施政下では、北部と南部の労働時間も異なると報道されたことがありましたけれど、一つの国家内においてこのようなことが許される程のことが可能であったのは、チトー氏への信頼であったとしか思えません。
今更でもないのですが、チトー氏が1980年に亡くなった後、1996年にコソボ紛争が始まったのですが、これは、彼の影響を受けていた人達が、政治的な力をなくしていたのだと思います。

そして、改めて世界を見回しますと、火薬庫が多いことに驚きます。
それぞれの紛争地域は、ウィルソンと言い、アングロサクソンと言い、人権のことを言える立場にない。特にウィルソンの場合は、国際連盟において日本が提案した「人種的差別撤廃提案」に反対しているのですから、どうしようもないものでした。

戦後の朝鮮半島も、李承晩という両班を大統領にしたのですから、日本統治下前に戻すものでした。李承晩は李承晩ラインを一方的に宣言し、これによって抑留されて日本人に日本統治下では廃止された拷問(狭い部屋に多くの抑留者を閉じ込める)を加えています。
李承晩が大統領として政治を行ったのなら、韓国内での人権無視は当然だと思います。

現在の文在寅大統領のやることは、余りにもチグハグ過ぎて、韓国では悪いとき程悪い手段を取ることの証明にしかならないのですが、10月10日には韓国と中国の間の通貨スワップが満期になる上に、中国から延長計画が示されていません。

幸い韓国は、日本からの通貨スワップ申し入れのない限り、日本とは通貨スワップには応じないとの姿勢ですから、この際にも「関わらない、助けない、教えない」との、関係を維持されると思います。
(ヒョッとしたら、米国と韓国の間のFTAを見直すとの条件で、米国の支援が含まれている?)

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